第408話 クラリアとの別れ
荒れた道に荒れる魔物。荒廃の意を見せる平原を注意深く進み、一行が到着したのは知らない町。名前を示して歓迎するアーチも無残に崩れ落ちていた。
「ようこそいらっしゃいました……と言っても、歓迎できる状況では全くないのですけれども」
「グレイスウィル騎士団の者ダ。今夜はここに泊まらせてほしい」
「はい……只今確認して参ります……」
デューイが手筈を整えている間、ユンネが生徒達に説明を行う。
「今夜は一先ずここでお休み。そして状況を適宜確認して、細心の注意を払いながらリネスの町に送り届けるわ。そこから船に乗れば、あとはアルブルアに帰るだけ。一先ずは……安全ね」
「何か……すみません」
「いいのいいの、これも騎士の役目よ。さて、明日には馬車を手配しておくから、今日はもう……」
待ってくれ、と言葉で止めて、
手を挙げたのは彼女。
「……どうしたの?」
「その……」
「……二人乗れるぐらいでいいんだ。トゥーベリー行きの馬車って、出せないか?」
全員が目を見開く。
後ろからクラヴィルが身を引き摺って、
クラリアの隣に並んだ。
「馬車の中でヴィル兄と話をしたんだ……ヴィル兄はトゥーベリーに戻るって……だから、アタシも戻りたいって思ったんだ……」
「イヴ兄もレイチェルさんも、結婚式だったのにこんなザマになっちまって、きっとアタシが考えている以上に傷付いている……父さんだって……」
「アタシは末っ子だし、魔法学園まで戻ることはできると思う。そしてログレスで起こったことなんて関係なしに、日常だって送れる……でも、そうした所で、皆が苦しんでいるのは変わりないんだ……」
「それを考えたら、アタシ、きっと上手く笑えなくなると思う……苦しんで、心配したまま生活するのも、嫌なんだ……」
「だから、アタシとヴィル兄はログレスに残る。皆とは……ここでお別れだ」
ここまで一気に言い切った彼女は、顔を涙に歪ませていた。
大切な友人と別れるのだって辛いはずだ。どちらも辛いという葛藤の中で、導き出した結論。
それを否定できるものがあるだろうか。
「……そう決断したなら、オレからは何も言うことはないよ」
「クラリア、家族のことスッゲー大事にしてたもんな……心配する気持ちもわかるよ。だから、行ってこい!」
「大丈夫、私達は待ってるから。ゆっくりことを済ませて……それから、色々やろう!」
「おれ、待ってる。訓練、する、帰ったら!」
「でもこんな状況だから……くれぐれも気を付けてね。あたしも貴女も、お互いに」
「とはいえ貴様なら心配には及ばないと思うがな」
「ぼくも同じ気持ちさ。二年以上も一緒だったからわかる」
受容が完了した七人、しかし煮え切らない様子の者が二人。
「……」
「……サラ?」
「……ああ」
「その……嫌か? アタシがいなくなっちまうの」
「ハッ、全然。騒がしいのがいなくなってせいせいするわ」
「……でも、死んだら許さないから」
忽然と言い放った後、サラはばっと顔を背けた。にやにやしながら見つめるのはヴィクトール。
「あ? 何様だテメエ」
「……真なる心というものは、図らずしも表出するのだと思ってな」
「黙れ殺す」
「おいおいぼくの真似かよ? ははっ」
「テメエら無駄に連携取りやがって……」
クラリアはそんなことに気付かぬまま、エリスに声をかける。
「エリス、お前も別れるの嫌か?」
「……ううん」
「でもずーっと悲しそうな顔してるぜ……」
「……」
(……こんなことにならなければ)
(クラリアも、クラヴィル先生も、クライヴ様もレイチェルさんも……)
(不幸にならずに済んだのに……)
動乱続くリネスの町。その中に聳える赤を基調とした建物。
力こそ正義、暴力こそ至高。リネス三大商家の一つ、アルビム商会の本部だ。
「頭領! こちらが調査の結果でございますよ!」
「どれ……」
商会長のハンニバルは、部下が持ってきた書類に一通り目を通す。調査によって自分の求める情報は軒並み手に入ったようだ。
「わっはっは! ロズウェリ連中は壊滅状態じゃのう!」
「はい~! 何でもアラクネめが主として襲った町に、丁度いらしていたらしくて! クライヴは瀕死、クレヴィルも無理が祟って昏睡状態でございます!」
「そうかそうか、うむ、しかし容態なぞ関係無いのが我等が信条よ!」
「この時期に搾れるだけ搾っておけ。他に取引している連中も同様だ! 魔術大麻を売り付けてこい! 全てはワシの野望の――」
バンと音を立てて、部屋の大扉が開かれる。
「……ここにいたか」
「こーれはこれはハンニバル様! 相も変わらずお変わりないようで!!」
手をこね笑いかけ、彼なりの礼儀を見せるラールス。不満な態度を隠そうともしないイアン。
「……」
「わっはっは! どうしたイアン! 眉が吊り上がってデコと引っ付きそうだぞ! わあっはっはっは!」
「町は混乱に満ちているというのに、のうのうと貴様は高所から見下していたという事実が気に入らない」
「実はですねぇ! 先程街を見回っていましたら、息子様の姿を見かけまして!」
「おお、イザークのガキか! 何たる偶然、それでどんな様子だった!」
「ええ、まあこんな事変に巻き込まれたんですからね! 疲れが溜まっているように見えても無理は有りません! それをイアン様は何故こんな所に居やがると思われまして――」
「黙れ!!! それ以上ほざくな!!!」
ラールスを蹴り飛ばして、無理矢理中断させる。
「ほう……? お主、何故遮った? どう思ったかぐらいわしに聞かせてもらっても良いではないか」
「今はそれよりも話し合わないといけない事案があるからだ……!」
「わっはっは!! 良く言えば仕事人間、悪く言えば鉄野郎! どうやらお主には血の一滴も流れていないらしいな!」
「それがどうだというのいうのだ! さっさと話――」
「……イアンよ」
「それ程までに、自分の罪と向き合うのが嫌か?」
笑みの消え失せた顔で、ハンニバルはイアンに詰め寄る。
「……」
「残念だった、実に残念だったなあ。お主の嫁は病弱だった。何に対しても打ち勝てる力を有していなかった。それでもなお健気なことよ――跡継ぎが欲しいというお主の願いに、全霊を持って応えようとした。その結果、等価交換という結末に至ってしまった――お主が、お主が無茶な願いを望んだ為に――」
「黙れ!!!」
悲痛な叫び。
それを聞いてハンニバルは、また笑いながら後退る。
「……逃げているのはお主も同じことよ、イアン。あのガキ諸共逃げ回って――何処に行き着くというのか――?」
数日かけてじっくりと町を行き継いで、ようやくリネスに到着した――九人。現在時刻は朝方だ。
「……はぁ」
「イザーク、寂しいのか」
「ちっげーしヴィクトール……急激な環境の変化に精神が追い付いていけないだけだし」
「物は言い様だな」
「黙れ」
船頭達にかけ合ってもらった結果、他でもないグレイスウィル騎士団からの頼みともあって、特別に一便出してもらえることになった。
安全面からすると、海には殆ど影響は出ていないが、物資輸送を目的としている船が数多く出航し、結局一日の便は普段の数倍にも上っていた。
「わざわざボクらの為に船出してくれるんだから、感謝しねーとな」
「……」
「……カタリナ? どした? アイツのことなら心配ねえぞ、ちらっと見かけただけだし」
「あ……」
訊こうと思っていたことを先に言われた。
発着場に来るまでの間、イアンの姿を見かけたのだ。
「いやーっ、それにしても暇だな。何時間後だっけ?」
「午後二時の便。数時間単位で自由な時間があるな」
「宿題……は建物諸共瓦礫の下か。街行っても邪魔なだけだし、何だかなあ」
「それでしたら自分達の手伝いをしませんか」
振り返ってみると、そこには鎧姿のカイルとダグラスが立っていた。
「……こ、こんにちは」
「ユンネ先輩から連絡が来ていました。そちらに見知った顔が来ると」
「まあだからと言って接待してやれる余裕はないんだけどな。寧ろこうしてお願いしているわけだが」
「……ねえ、せめて役立つことして待ってる方が気分良くない?」
「リーシャの意見に賛成。つーわけでボクは行くよ」
おれもワタシもと騎士二人の後に続いていく。
しかし、
「……わたしは、いいかな」
「エリス?」
「その……気分が落ち着かなくて」
「それでしたら騎士団が用意した宿があります。看板があるので、そこで休んでください」
「ありがとうございます……」
当然そのような場所には行かない。
行くのは路地裏だ。
「……」
数日前には迷った路地裏。険しく迷子を受け入れて、どうして喰らってやろうかとじろじろ見つめてきたが、
今日は違う。目的があるのならば、道は導くように広がっていく。
「あ……!」
その人影を見つけると、一目散に足が動き出した。
「……」
「……おや。二度ある邂逅は三度あると、よく言ったものだ」
不思議なことに前回彼と会った場所と、今彼と会った場所は同じだった。
まるで時が固まったかのように、彼はそこにいた。
「ひ、久しぶり、です……」
「再びこの町に来て、何か用事があったのかな?」
「……今からアルブリアに帰る所です。前回はアルブリアから来て、トゥーベリーの町に向かう予定でした」
「成程。それはさぞかし大変だっただろう」
「……」
「……どうしたのかな?」
「えっと……」
「時に悩みというものは、事情を知らない第三者に言ってしまった方がいいものがある。壁に球を打ち付けるようなものだと思って、言ってみなさい」
「……」
友人にも騎士にも。信頼している人々には一切言えなかったことを、
彼に言った。彼には言えた。
「……そうか。色々な人が傷付いてしまって、それで苦しいんだね」
「はい……」
「……」
彼は両手を肩に乗せる。
目線を落として、そして――
「……え……」
右の頬に、
彼の唇が、当たって、
「……君に元気を出してもらいたくてね。魔法のおまじないだ」
「
頬から口を外した彼は、そっと微笑みかけた。
「……」
「ふふ……少し、刺激が強かったかな?」
「……いえ……」
「……
微笑んだまま、瞳だけが力強く、
心の底を突き刺してくるように輝く。
指輪を着けた左手が、彼の右手で固く包まれる。
「君が苦しみを感じるのなら――私はそれを受け止め、幸福として君に還元しよう――」
それからどのようにして帰ったのかは記憶にない。
船にも普通に間に合ったし、航海も無事に進んだが、
頬にはあの感覚がずっと残っていて――
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