第409話 ある青年の襲撃

「むっふっふ……」



「魔物討伐の依頼、建築の依頼、商談取引にその他諸々……」



「おっかげ様でカムランは大儲けだーっ!!!」






 わっほーわっほーと叫ぶのはルナリス。ここはゴーツウッドの中心、八つの尖塔が囲まれた巨大な聖堂。その最上階より三つ下の階層、黒魔術師達が寝泊まりする場所である。






「うぜえ……」

「豚ぁ……」

「……でも、儲かっているのは事実なんだよなあ」




 魔術師達も今は黒魔法の研究なんかではなく、取り付けた依頼や商談の処理に追われている。どれもこれも速やかな対応が求められるものであり、カムランに所属している全員を動員しても間に合うかは微妙だった。




「ライオネル達を動員したのが効いたねこりゃあ。俗に言うマッチポンプってやつだ」

「マッチだかポンプだか知らねえが、これでカムランの地位もあがるってもんだぜ……」

「深淵結晶バリバリ作りてえなあ!」






「うむっ!! 今決定したぞ!! 兼ねてよりの予定であった、グレイスウィル支部を今この機に作ろうっ!!」




 その言葉にせっせと働いていた魔術師達は沈黙。




「……あの。今のお言葉、もう一度繰り返してはくださらないでしょうか……?」

「カムランはぁー!! 遂にグレイスウィルに進出するぞー!!」

「冗談言わないでもらえますか?」




 ルナリスがそいつを蹴り飛ばそうとするが、如何せん足が短いので当たらない。




「むんっ!! そもそも言った通りだ!! 我々はいつの日か必ずアルブリアの地に支部を作り、黒魔法を広めることを目標としていた!!」

「でも無茶ですよ! 連中は黒魔法に対して一番厳しいのに――」


「いや、名案だと思いますよ」






 そう口を挟んできたのは、白い髪に黒い瞳を持つ彼。


 多くの魔術師には参謀として認識されている彼だ。






「……貴方までそう仰るんです?」

「今回のアラクネ討伐、及び事後処理にはグレイスウィルの騎士団や魔術師が駆り出されていると聞く。戦力がある程度減り、混乱も発生している今が好機かと思われます」

「そうだろうそうだろうー! むっふっふー……よーし、幹部よ集合っ! 早速手筈を整えるぞー!!」






 鶴の一声を挟んだ後、わんやわんやと騒ぐルナリスから距離を置く。








 元居た位置にまで戻ってくると、黒い鎧の青年が待機していた。


 その顔には彼の発言を信じられないような、疑うような、戸惑いの色が表れている。






「……アルブリアの方に拠点を作っておけば、君達を派遣しやすいと思ってね」

「そ、そうでございましたか!! 不肖ながら貴方様の判断を疑ってしまい誠に申し訳ございません!!」

「だが……拠点を作ると言っても、連中の考えていることと私の考えていることは時折衝突することがある。私個人で動くこともやはり必要なのだ――」




 彼は青年の顎を掴み、


 跪いた所を無理矢理引き起こし目を合わせる。




「そうだ、君の力が必要だ。君の特性が活きる任務を与えよう」

「……!!!」




 歓喜に打ち震えて涙が落ちる。


 必要とされている実感が、身体を駆け抜けていく――











「お母様、こちら今回の被害を纏めた資料になります」

「ああ……机の上に置いておいてくれ……」

「既に机の上は紙の山で埋まっています……」

「……」




 ルドミリアもリティカも、目の下に大きい隈を作って、連日対応に追われている。


 ただでさえヴィーナの暴走によって第四階層、ウィングレー家が治めている領地が打撃を受けた中で、ログレスの事件についても見解を示さないといけない。




「リティカ……卒業したばかりなのに、私の手伝いばかりで済まないな。ログレスの状況を鑑みるに、フィールドワークにも連れて行ってやれそうにない……」

「大丈夫です。上手くいかないこともあるのが人生ですもの」

「ふっ……気丈な子だ。しかし流石に、そろそろ休息を取った方がいいだろう。若いうちは肌を大切にしないとな」

「それはお母様もですわよ……あっ!」




 階下からの声に気付き、外に出て行こうとするリティカ。




「この声は……ジャネット?」

「はい! おじ様から連絡が来まして、一度リネスの状況を整理してもらいたいので伺うというお話でしたの!」

「それなら伝声器越しでもいいだろうに……」

「きっとおじ様も休息を取りたいと思っていたのですわ! おじ様ー!」




 リティカがわらわらと部屋を出て行った後、ルドミリアは一人かけ用のソファーに座った。








「……ふぅ」



 葉巻でも持ってくるか、紅茶でも淹れるかと思ったが、それを実行に移す力も実は残っていなかったようだ。



「……」



 座位のままに心を預け、目を閉じて耽る。








(……ある文献には土の巨人フルングニルの下僕だという記述があったが。いよいよそれが現実味を帯びてきたな……)


(そういえば、ナーシル襲撃の時……タキトスに所属している奴が、フルングニルについて言及していたと、そうあったな)


(だとしたら先の中で連中の姿が見られたのも納得がいく……ならば連中か? 連中がアラクネを目覚めさせた?)




(聞けばアラクネは不安定な状態だったという。強い風魔法を当てれば錯乱し、一定の間時間を稼ぐことができた。つまり魔力構成が不完全だったということ……盗賊程度の知識なら完全に操れなくとも……無理はないか?)


(……恐らくこの機に乗じて、ログレスで暴れ回るだろう。哨戒任務と共に動向の調査も注意深く行わなければ)


(そして……伝承上の存在であった土蜘蛛は、確かに蘇ってこれ程までの被害を与えていった。だとしたら石蛇……メドゥーサだって……)






     きゃああああああああああああああああ!!!






「……!?」




 がばっと身体を起こす。何度反芻しても、その悲鳴はリティカのものに他ならない。




「キャメロン……出ろ」

「御意」











 ウィングレー家の屋敷の一階大広間。



 既にこの場は、血を流した数人の魔術師や騎士が、目を引く物体として散乱していた。






「ああ……」



「やっぱり、こそこそっていうのは僕の性に合わねえや……!!!」






 黒い鎧の彼は舌を舐めずった後、



 まだ生きている二人にぎろりと目を向ける。






「……おじ、様……リュッケ……」

「声出しちゃぁいけませんよ、お嬢様……」

「君を守るって言いたいけど、正直きついよね……」






 腹に傷が生まれ、血が流れ出す。骨を突き抜け臓器もやられたかもしれない。




 目の前の青年は、その鎧を赤に染めてもなお、




 足りないとでも言うかのように、睨蔑し続けている。






「……!」

「あ? 僕から視線逸らしやがって――おお、本命が来やがったか!!」




 階段の上で、キャメロンを伴いながら、



 ルドミリアが杖を構えて降りてくる。






「これ全部僕がやったよ? いやー雑魚だったね。口程にもない。所詮グレイスウィルの精鋭だって、こんなもんかぁ!!!」



 挑発染みた暴言にも動じない。じっと青年を睨み付けて、攻撃の機会を窺う――






「っと――!?」

「!! 駄目だ、リティカ!!」






     ルドミリアに気が向いている間に

     逃げ出そうとしたリティカ、

     そしてリュッケルトにジャネット。



     青年はそれを目撃するや否や、



     手から生み出した黒く尖った石で――



     幾つも生み出したそれを壁に当て付け、

     彼らを牽制する。






     肉体を貫こうとも容赦を知らぬ――






     ある程度傷が付いた所で、彼は飽きて「リティカッ!!」






「主君!!!」




       彼女は娘を庇おうと、

       母性のままに振り向く。


       隙が生まれたのを狂気は逃さない。








「ギャハハハハハハハハハハ!!!


     ギャハハハハハハハハハハハ……!!!」






 さながら矮小な虫を嬲り殺す、子供のよう。



 ルドミリアの肉体を数回斬り付け、彼女の血を浴びて手を叩く。






「あー!!! やっぱ楽しいなあ!!! ニンゲンが呻いて、血を噴き出して、肉塊に返っていくのはなあー!!!」






 青年はきょろきょろと、何かを探すように動いていく。




 そして壁をに大穴を開けるような音を最後に、彼が発する音は屋敷から消え去った。











「……」



「……従姉様……」






 完全に閉じられ、誰もいないと思われていた一室。



 そこから出てきたのは、すっかり顔面蒼白になった、フィルロッテであった。






「……お、おい……死んじゃいねえよな……? 返事、してくれよ……!?」

「……ぅう……」

「ああキャメロン!! こっちが起きたなら……!! えっと、えっと……!!」






 ばさりと何かが落ちる音が聞こえた。



 開けっ放しの入り口を見ると、そこには散々見慣れた顔。



 同僚のマーロン、偶々魔法学園の方まで資料を持って行っていたマーロンであった。






「ああ、てめえいい時に……!!」

「……これは、一体?」

「わ、わかんねえけど、やべえのが襲ってきて……!! 治療だ、治療手伝え!! アタシじゃ、手が、震え……!!」











 数分前に起こした衝撃が、そろそろ島全体を覆おうとしていた。



 大層煩わしそうにしながら、青年は黒い結晶を――






「……あ?」



「……」



「誰だテメエ」



「……ふんふん、そうか、知らねえわハゲ」



「でもまあ……豚野郎に何か言われて派遣されてきたんだろ?」



「まあ頑張りやがれ? ああそういえば――テメエは例のあいつと接する機会が多いんだったな」



「手出したらぶっ殺すからな? あの方の計画を狂わせるような真似をしたらな――豚野郎に何言われても、だ」



「じゃあなクソハゲ、精々醜く生きろよ!!!」








 こうやり取りを交わした後、青年は結晶を用い、周囲の景色に自身を溶け込ませる。











「ふん……人員不足が露骨に現れているな。警備体制がガバガバじゃないか」






 そう言って青年は窓ガラスを破る。



 中に入っていたその男は、咄嗟に回避し怪我を逃れた。






「……あ?」

「ハジメマシテェ♪ 僕のこと知ってるー?知らないよねーハハハハハ!!!」






 黒い鎧の青年と、スキンヘッドの卑しい目を持つ男。



 互いが互いに睨み合い、いつ騒動が始まってもおかしくはない。



 誰かこれを諫める者はいないのか、と思った所に騎士が駆け付けてきた。






「邪魔」

「ぐあああああっ……!!」




 文字通り片手間に、片手で数人の騎士を吹き飛ばす。



 男の目は見開かれ、そして口角がどんどん上がっていく。



 特有の下品な臭いも、続くように増していく。




「カムランの奴か?」

「正解!」

「俺様に興味があって来たと、そういうことだな!!!」

「正確にはワタクシの主君がな。まーでもいい暮らしはできると思うよ。少なくとも聖教会やキャメロット、そして腐れた薔薇の豚箱なんかよりはさぁ!!!」

「ヒャハハハハハハハハ……ギャーッハッハッハッハッハ!!」






 青年は器用に男の鎖を壊し、そして黒い結晶の一部を投げ付ける。空いた手では、杯の持ち手のような黄金の欠片を弄んでいた。






「飛び降りろ。直ぐに瞬間移動魔法を発動させるから、それで我が主君の元に一瞬で到着だ。跪く準備をしておけ!?」

「アハハハハハハハハ、グハハハハハハハハ……!!!」




 笑い声だけを残して、二人は地下牢から去っていく。








「……う……」



「報告、しないと……」



「マルティスが、脱獄……誘拐、され……」

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