第356話 ゆったりくつろぎ
「は~っ……」
「ううーん、最高っ!」
丸机で存分に足を伸ばし、そのまま横になるエリス。
「なぁんか昨日合流すんの遅いなあって思ったけど……」
「まさかこのようなものをご用意していただけたなんて……」
丸机の下に置いた熱を発する魔法具を、足先でちょいちょい弄るリーシャ。
「春になったら片付けないといけないんだけど……」
「いんやぁ、でも十分っしょ。外はさーむい、寒すぎる……」
ジュースメイカーでレモンを搾り、熱湯と蜂蜜を入れて掻き混ぜる。
「は~あったか~……」
「このランタンもリーシャが選んできたんでしょー?」
「そうよ~。意外とデザイン豊富で悩んじゃった……」
丸いランタンと四角いランタンがバランス良く点在し、暖色の光を煌々と齎す。壁に張られた装飾が、それを受けてきらきら輝く。
「高い所までよく付けたよね~」
「ハンスがいなかったらマジやばかった~。私も氷魔法極めれば、何かできるかなあ……」
「どこでも雪だるま作れるねっ」
「何それ~」
「だいじなことなのです!! ぷんぷん!!」
「あはは、スノウにとってはそうか」
スノウがぷんすこしている所で、扉が開いて寒風を吹き込む。
「ちょっ……顔真っ赤じゃん!? 冬なのに!?」
「それだけ訓練が激しかったということだ……ああ」
顔から滑り込むアーサー、すぐに乗っかるカヴァス。続けてルシュドとクラリアが、これまた汗っ掻きで息を切らしながらやってくる。
「ふー。疲れた。おれ、休憩」
「エリスー! 何かお菓子ないのかー!」
「飲み物ならあるよー。今レモンを搾るねー」
水は外の泉から持ってきたものを、念を入れて沸騰させている。それをある程度汲み分けてから檸檬汁を注ぐ。
「はいどうぞ」
「んぐんぐんぐ!!」
「早いな……」
「ほれルシュド、お前の分だ」
「ジャバウォック、ありがとう。ごくごく」
「……降りろ。このままでは飲めん」
「ワオーン!」
アーサーも檸檬水を受け取り、一度に飲み干し身体を潤す。
「ぷはー……ああ、美味い」
「外寒くなかったの?」
「身体を動かすと温かくなるんだよ」
「そこまで~?」
「嬉しすぎて張り切っちまったぜ!」
「おれ、外、出る。風、当たる……」
また扉が開かれ、足音と共に空気が入れ替わる。
「いやー楽しいな!! 釣り!!」
「お帰りー。釣りしてきたの?」
「うん。でも持ってきたのは一匹だけだよ」
カタリナは細身の魚を二匹取り出し、杖を当てる。その隣にイザークとハンスがどんと腰かけた。
「へっへっへぇ、悪いなぁ!」
「ちょっとー、ここ木の中だよー?」
「……大丈夫。今終わったから」
火が通って焼き色が着いた魚を、カタリナはイザークとハンスに手渡す。
「……何でぼくに」
「一緒にいたから。あたしは別にいいよ」
「……じゃあ、じゃあね? 受け取ってやるよ」
ほくほくの身に貪りつくイザーク、臭いに顔を顰めながらも少しずつ食べ出すハンス。
「んめ~~~!!」
「んめーはいいけど煙たいよー。換気換気ー」
「換気口とか……無理か。大分改造しないといけないね」
「そこまでの技量は持ち合わせてないでしょ」
その言葉と共に最後の二人、サラとヴィクトールが合流。
「結構上々な研究場だったわね……これは捗るわぁ」
「貴様も仕上げを手伝ってくれたこと、礼を言うぞ。俺一人では厳しい所があったからな」
「素直に認めんのね、意外」
「何の話ぃ~?」
「魔法陣研究場の土を加工したの。しっかりと跡が残る上に、魔力結晶も散布したから不足している魔力を補助してくれるわ。これで研究がしやすくなるわね」
「おお~。さっすがサラ先生だぁ~」
「肉体労働を辞さない分ヴィクトールよりもいい感じなのでは!?」
「色々考えていい感じと形容したわけか貴様」
「ただ身体を動かさない分、頭が働くとも言うわね。あと人を率いていく能力はワタシにはないわ」
「……そうか」
「照れてんの?」
二人も檸檬水を貰い、そして他の友人がしているように、丸机の下に足を入れる。
「ふぅ……」
「……閉鎖された空間というものは、こうも落ち着くものか」
「光源の影響もあるかもね~」
「シックで素晴らしい雰囲気だ」
「ヴィクトールが素直に褒めてる」
「最近貴様等からの俺に対する印象が不明瞭なのだが」
「……何これ、募金?」
「そうそう、絨毯買うの~。銅貨青銅貨から受け付けるから、よろしくねっ」
「……わかったよ」
「そろそろ換気はいいかしら?」
「扉、閉じるー」
「うおおおおお!!」
「クラリア、ノブをガチャガチャするのは止めなさい。壊れるわよ」
思い思いにくつろいでいると、
徐々に話すことがなくなっていく。
「ふぃー……今何時ぐらいだろ?」
「そんなの……って、時計がないわねよく見たら」
「今までは外が必ず見えていたから、そこから日の落ち具合とか見えたけど……」
「やっぱ正確な時間は計っておきたいわねぇ」
「ていうか換気口とか着けよう。ちまちま扉開けてたんじゃ意味ないだろ」
「その為には色々な改造挟まないといけないわね。少なくとも木皮に伐り込むのは確定」
「力仕事かよ」
「ちょっと待って、メモ取る……」
大体十人前後が押し入っているので、寒いを通り越して暑くなってきている。
「うーん、作ったのはいいけど、何でそこまで考えが及ばなかったかなぁ……」
「人なんぞそんなものだ。実行して初めて己の視野の狭さを思い知らされる。それを省み、また次の実践に繋げていくことにより成長という行為は齎されるのだ」
「にゃーんそういうもんかぁ」
「……わたし、ちょっと外出てもいいかな」
「いいよー行っておいでー」
むわっとした空気の中、エリスは立ち上がり靴を取る。
そして外に出た後の、爽やかで冷え冷えとした空気に当たり、気分が良くなった。
「むー……」
「……はうぅ。空がきれいだな……」
そろそろ雪が降りそうな空模様、てくてくと整備された道を歩く。
その後を遅れて追ってきたのは。、
「……エリス」
「アーサー……」
「ワンワン!! ハッハッハッ……!!」
「……犬は喜び駆け回る?」
「猫はお家で……キャスパリーグは籠っているのだろうか」
「あはは……」
いつしか自然に二人並び立って、空を見上げていた。
「……」
「……」
「……色々あったね」
「……そうだな」
今は寒い寒い冬であるのに、暑い暑い夏の記憶が昨日のことのように思い起こされる。
楽しい思い出も勿論、嫌な体験も――
「……アーサー」
返事はしない。
次に来る言葉を、じっと待つだけ。
「……もしも、この先、わたしがずっと……」
「わたしが、ずっと……」
「……」
その先がずっと出てこない。
涙が落ちる音がしたかと思えば、顔を俯けている。
「当然だ」
「例え魔法が使えなくても、何があろうとも、オレは永遠にお前の騎士だ」
「お前の元に発現したあの時から、ずっと変わることはない」
「……」
それが彼女が望んでいた答えなのだろう。
涙を頬に光らせ、顔を上げて、はにかんで見せた。
「……そう、だよね。ごめんね。当たり前のこと、訊いちゃって……」
「構わないさ。ちゃんと言葉で言ってくれないと、不安に思うことだってあるだろう」
「うん……」
「お前を守るのがオレの使命だ。オレは……それに従い、尽くしていくだけだ」
「……そっか」
曇った空から雪が降ってくる。
落ち行く雫も雪に変われば、美しく舞い踊るものだ。
「いやはやいい雰囲気ですなあ」
「自分から風に当たるっつって出てったんだから確信犯だなありゃ」
「野次馬根性半端ないわねアナタ達……」
またしても換気として開かれた扉から、二人の後ろ姿を覗く。恐らく聞かれたくない話をしているのだろう、石柱群の所まで歩いていくのが見えた。
「……」
「アーサーとエリスは、この後……「あの二人今後どうなっちまうんだろうなあ」
「……えっ」
「ああ、ごめんカタリナ。先いいよ」
「ううん……イザークの言ったこと、あたしの言いたいことと同じだから」
そっかと言って、先程までアーサーが座っていた場所まで移動するイザーク。
「……今後どうなるって、何を期待してるんだ」
「そりゃあまあ色々期待してますけど……うん……」
「……アイツさあ。時々エリスに対する執着が、スゲえ激しい時があるんだよね」
真面目な声色で語るイザーク。それを受けたヴィクトールの姿勢も、かなり真面目なものだ。
「……具体的には?」
「何を差し置いてもエリスのことを優先するって感じ。秋頃だって、貰った金貨それで使い果たして、毎日エリスの所に通ってたじゃん」
「そういう時期もあったな。しかし本人の意思の元でそうしているのだ、悪いことではないだろう」
「そうかもしんねーけどさ……」
「……エリスに尽くすことで、自分の存在理由をそれに求めようとしているように見えてさ」
「……」
「突拍子もないって思うだろ? ボクも思うわ。だけどアイツ、もうちょっと自分の趣味とか優先してもいいんじゃねーかって思うんだよ……」
「一人で行動することはたまにはあるんじゃないの?」
「だとしても買い物とか訓練そういうのばっかじゃん。例えばさあ、絵を描くとか劇を観に行くとか、そういうのとかねーのかなって」
「尽くすことねぇ……」
リーシャは丸机に頬杖をついて、輪状のアクセサリーを人差し指でぐるぐる回している。
「大事なのはエリスがそれを受け入れているかってことよね……」
「リーシャから見たらどんな感じなの?」
「んー、多分好意的に捉えてると思うよ。同年代のクラスメイトとして接してると思う。んだけどさあ……」
「……療養が終わったらまた一軒家でしょ。今まで通り暮らせると思う?」
「……」
「事情があるにしても変な話だよね。何でぽつんと隔離させられたような場所で、思春期二人暮らさないといけないのさ。監視の大人ぐらいつけようと思わない?」
「そうだな……」
隔離されている理由は、騎士王だから、ナイトメアだからということで納得がいくが――
監視については、確かに不可解である。
「こんな中で距離詰めてこられたら……悪化とか、ギクシャクとか、何かこう色々あるでしょ」
「余裕で想定できるわね……」
「……」
「……当事者の意思に任せて、後は見守る。結局ボクらにできるのはこれぐらいなのかな……」
「……人間関係なんぞそのようなものだろう。余程の権力者でもなければ介入の余地はない。まして親しい友人なら尚更だ」
「ああ……そうだわ。ボクらに距離感を保てとかどうのこうのって、言う筋合いはないよな……」
「……ねえアナタ達、話ついていけてる?」
「んー……何とか。えっと、エリス、アーサー、仲悪い、おれ、嫌だ」
「ボクらも大体そう思ってるよ」
「でも仲良くしろって言うのも違うってことだろ。アタシもすぐに暴力振るうような奴と、仲良くするように言われても嫌だからな」
「大方その認識でいいよ。だけど本当に仲違いしそうな時、何もしないで傍観してるだけってのも違うとぼくは思う」
「貴様からそのような言葉を聞けるとは思ってもなかった」
「黙れくそが」
段々と遠くの人影が大きくなっていく。
二人が戻ってくるのを察し、友人達は早々に話題を切り上げる。
そして友人の動向を心配する話などなかったかのように、またくつろぎが再開されたのであった。
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