第357話 再び降神祭
しんしんと雪が降ってきて、粛々と町を静かに包む。行き交う人は賑やかに、祈る時は厳かに。臨む気分は晴れやかで、頭上の空は雪模様。
今年もこの日がやってきた。神に感謝を綴る降神祭。神の御許に膝をつけば、この時ばかりは敬虔な信者だ。
「ふー……準備完了っ!」
ウェンディにマフラーを巻いてもらって、鏡の前で再確認。
白とピンクが矢印の様に織られたデザイン。毛糸が熱を内包してあったかい。コートは新しく買った白い綿素材、ボトムスは密着したスキニー。中の素材がふわふわで温かい。
「……これを、こうして」
「首にかけ合いっこ! えへへー、仲良しの象徴だぁ!」
「ん……ウェンディさん、近いですぅ……」
自分の首にかけたマフラーを外すウェンディ。小さな身体でにこにこと笑う。
「よーしエリス、約束は覚えてるな?」
「見知らぬ人に話しかけられたら逃げる! ですよね?」
「そうだそうだ。まあ普段通りって所だな」
そうして本日三杯目のコーヒーを決めるローザ。
「ローザさん……行かないんですか?」
「興味ねえもん。家で寝っ転がってる方が性分に合ってるんだ」
「先輩アルーインに戻っちゃったもんねえ」
「あ?」
「また屋台が並んでいると思うから、楽しんでくるといいよー」
ウエハースを齧りながらソラも見送る。
「はい……それじゃあ、行ってきます」
「行ってらっしゃーい」
久々に一人で歩く城下町。大勢の人とすれ違ったが、それらと目を合わせないように顔を下げながら行く。
これ程までに人がいるのか、と何度目になるかわからない感想を抱きながら、雪降る町をマイペースに歩いていく。
そして到着したのは、何度か座ったことのあるベンチ。
「……お待たせ」
「……一人で大丈夫だったか?」
「うん……おかげさまで」
アーサーは黒いコートを羽織り、ポケットに両手を突っ込んで座っていた。ブーツも黒く底が高い。
「……黒一辺倒」
「別にいいだろ……」
「うんいいよ。わたしの白を分けてあげるから」
隣に座り、マフラーを首にかけてあげる。
「……やけに長いと思ったら、そうか」
「一度やってみたかったんだー。結構軽いんだよ?」
「そうか……」
暫く一緒に座り、首から身体を温める。行き交う人々は、どこか浮足立って見えていた。
「……今どれぐらいかな、時間」
「午後五時ぐらいか。全く、一面の曇り空だな」
「でも空も雪も、嬉しそうに見えるな」
「そうか……」
ふと気を付けて見てみると、人の流れが一方向に向かっている。
王城のある方角、その上更に西方面。
「そろそろ奉納の時間か。やっていくか?」
「う~……去年やったから、今年はパス!」
「ははは……まあ、信者という程ではないからな。別にいいだろう」
「それよりも、何か屋台で食べようよ。わたし小腹が空いてきちゃった」
「そうだな、行くか」
アーサーはすっと立ち上がり、それにエリスは釣られて苦しそうになる。
「ぐええええ」
「忘れていた……」
「……もう満足したから、外していい?」
「最初からお前がやってきたんだ、別にいいぞ」
屋台が立ち並び、大勢の人が金のやり取りをしていると、歩いているだけでも楽しくなってくる。
無論、その中に混じればもっと楽しい。そそる匂いに心踊らせ、舌で鼓を打つとしよう。
「ふー……」
「……」
「熱かったんでしょ」
「……ふん」
「急いで飲むからだよーだ」
二人が買ったのはココア。チョコレートがしっとり濃厚、甘味が心身共に温める。時々コップの中に雪が入ってしまうのもご愛敬。
「エリスはココアが好きだよな」
「そうかな?」
「オレがセイロンを飲むのと同じぐらい飲んでいる印象だ」
「そんな、三ヶ月で一袋飲み切る程じゃないよ」
「二ヶ月だ」
「同じで――きゃあっ!」
壁のように突然出てきた男に、エリスはぶつかってしまう。ココアが零れ、彼の着ていたぼろぼろの布切れにかかった。
「ああ!? おいガキ、テメエいま俺にぶつかってきただろ!!」
「え……」
「冗談を。ぶつかってきたのはあんただろう?」
エリスを庇うようにアーサーが立ち塞がる。
「へえ……俺はこうして服が汚れちまったってんのに、悪くねえって言うのか!!」
「元からそんなに汚れてたんじゃ、その言葉にも信憑性がないがな」
「あ゛?」
「やるなら手加減はしないぞ?」
指の骨を鳴らし、鋭く睨み付けるアーサー。
「上等だぁ!!! ガキ共、俺を馬鹿にするとどうなるか――」
「見せてや――?」
二人の間に、割って入るは鋼の鎧。
「寝ていようがいまいが、寝言を神の御許で言うのは容認できることではないわね」
兜は外し、露わになった右目の眼帯が痛烈な個性を醸し出している。
「……ユンネさん」
「あら、私のことを知っているなんて。
「武術部でお見かけしたことがあります」
「そっちね、了解した。私の記憶領域には微かに貴方の姿が残像として残っているわ。悲しいことに名前に関する情報が欠落しているけど」
「アーサーです。あの、逃げてもいいですか」
「ええ、私は貴方達を逃がすために舞い降りたのだから。真っ直ぐ広場に向かいなさい、噴水の近くに狐の騎士が待っているわ」
「狐……わかりました」
行こうと呼びかけ、エリスの手を引っ張って走り出す。
「さあ――待機時間はお終いよ」
「ぐあっ!?」
「貴方のことは騎士団に報告されているわ。この数時間で度々因縁付けて、暴力を振るっていたようね。言い訳は無用よ、こっちに来てもらうわ」
「は、離せっ! っ――!!」
「女かと思った? 残念、ユンネ・ヘリアリッジ様よ!!」
「……やり過ぎてねえかな、あいつ」
「生徒が絡んでいるもの、無茶はしないと思うわ。それよりもほら」
「よしよし。おーい、こっちだー」
アルベルトは大きく手を振り、アーサーとエリスを誘導する。
合流した後、息を切らした二人をベンチに座らせるのであった。
「よう、災難だったな。ユンネが気付いてくれなきゃ危なかったかもしれん」
「……そうですね。きっと、オレとあいつで殴り合いになってたと思います」
「まあ気持ちはわからんでもないって言うか、俺だったら言葉より先に手を出していたな」
「寧ろ言葉が先に出た分偉いわ」
「……」
ベンチからぼんやりとレーラを見上げるエリス。
「あら……ふふ。こうして会うのは結構久しぶりになるのね」
「はい……ずっと第四階層に籠り切りでしたから」
「どう? ウェンディやレベッカが迷惑かけたりしなかった?」
「いえいえそんな……ずっとお世話になりっ放しでした。お話するのも楽しくて……」
「そう……それは良かった」
「アルベルトさんも最近学園に来なくなりましたよね」
「ちょっと仕事が立て込んでしまってなー。俺としてもストレスが半端ないから、お前らに絡んで発散したい所なんだがな」
「ご苦労様です、素晴らしい王国騎士様」
「よせやいよせやい。素っ気なくありがとう、でいいんだよ俺みたいなのはよ」
暫くベンチに座ったまま、人の流れをぼんやり眺める。
「……レーラさん、さっきの人って」
「騎士の方かしら、それとも暴漢の方かしら」
「どっちもです。ユンネさんって呼ばれていたんですけど、あの人がユンネさんなんですか?」
「知っているのかエリス」
「ウェンディさんとレベッカさんが時々話していました……言動が壮大で、対応に一瞬困るけど、何だかんだ優しいって」
そうかぁー……と力なくぼやくアルベルトとレーラ。
「……同期なんだよ、俺とレーラとユンネは。入団試験の時近くにいたって理由でチーム組まされることが多くてな……」
「ユンネが何か言う度私達もそうなんじゃないかって思われていたわね……」
「今となってはいい思い出なんだけどな。時々胸焼けするけど」
「いい人ではあるんですね」
「まあな」
アルベルトは葉巻を一本取り出す。アーサーはそれとなくアルベルトとの距離を取った。
「で、暴漢の方ね。あれは単純で、物乞いとかそんな感じよ」
「グレイスウィルにいるんですか?」
「いたとしても、聖教会がすぐに引き取ってくれるから外には出ていかないんだ。ああいう奴らはこの時期特有で、外からの船に乗ってやってくる。外では救済されなくとも、天下のグレイスウィルでは救済されるってな」
「罪を犯す人間を助ける義理なんてないのにねぇ」
その時、後ろから鐘の音が鳴る。
「……午後六時か。方角は……魔法学園の方か?」
「それなら舞踏会が始まりますね」
「そうかそうか。いいのか? 参加しないで」
「最初からじゃなくって、時間が経って落ち着いてきてから参加しようって」
「ふふ、それもありね。最初からだとドレスは重いわ社交界の礼儀やらで疲れちゃうもの」
「そうですそうです、そうなんです」
「とはいえそろそろ行った方がいいだろう。着替える時間が必要だ」
「ん、そうだね」
エリスとアーサーはベンチから立ち上がり、騎士二人に礼をする。
「ユンネさんにもありがとうございましたって伝えてください」
「勿論だ。お前らこそ、パーティー楽しんでこいよ。飯をたらふく食ってこい」
「貴方ねえ……」
「ふふ……ありがとうございます」
「では、失礼しました」
こうして去っていった生徒達を、背中が見えなくなるまで見送る騎士達であった。
「……あら」
「どうした?」
「あの花園の紋章……キャメロットの人間だわ」
「へえ……おお、本当だ。やっぱり噂通りなのかもしれねえな」
「噂? 何の話よ」
「ブルーノの奴が言ってた。アルブリアにキャメロットの支部ができるって話」
「……ああ、そのことなの」
「何だ反応薄いじゃねーか?」
「元々ハルトエル殿下と話し合われていて、水面下で計画は進んでいたらしいわ。遂に実現したのね」
「そういうことね……まあ、毎年のように視察来てたもんなあ」
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