第261話 フィールドワーク
旅館に到着した翌日。エリス、アーサー、カタリナ、イザークの四人は入り口に集合して、フィールドワークの話し合いをしていた。
「……んで? トロピカルフェアリーだっけ? ボクら四人で調査するの」
「しかしここに到着するまでは、そのような者は見かけなかったが」
「そうなの。結局港からここまで、一人も会えなかった……」
「ここまで来ると逆に不自然だよね……」
それぞれ食後の飲み物を嗜みながら話し合う。差し込む光は、じりじりと照り付けてくる。
「町の人に聞けば、情報得られるかな?」
「資料館とかにもあるかもねー」
「ふんふん」
事前に渡された用紙に、調査の過程をつらつらと書き連ねていく。
「……よし! こんなもんかな!」
「あとはハインリヒ先生に報告して……」
「楽しい楽しい実地調査だぁー! ひゅー!」
立ち上がって口笛を吹く。それを一睨するアーサー。
「お前オレと行動だからな」
「うげっ!?」
「サボりは許さん」
「ナンノコトカナー!!」
「ということで二組に分かれて調査する、でいいんだよな?」
「元よりそのつもりだったしー」
旅館があるのはブルーランド諸島の中でも最も大きい本島。ブルーランドの顔となっているこの島には、観光客用の出店やプレイスポットが数多く立ち並ぶ。陽の光が地面に反射し、熱波として湧き上がっていた。
陽炎が昇っていく。揺らめく向こうにあるのは、活気づく街並み。そこを行くのは制服を着た少年少女達――
「ねえカタリナ! この髪飾り可愛いよ!」
「あっ、ああっ待って……」
「遠慮しないでよ~!」
「……」
白けるアーサーを尻目に、延々と装飾品の出店を回るエリス。
「ボクよりおサボりが懸念される人々が」
「……事後報告するぞ」
「カタリナー、次こっちいこー!」
「ハインリヒ先生に報告して、成績削ってもらうぞー!」
「ひゃいいっ!」
ぴっと敬礼をして、カタリナを連れて走り去るエリス。
「……おい」
「はひぃ!?」
「今そこの店に入ろうとしていただろう」
「してないしてない!?!? たまたま足先がそっち向かってただけ!?!?」
「ならその手に持っている紙はなんだ!」
「これは店前のおねぃさんに押し付けられただけですー!?」
その紙をばっと奪い去る。
「予約票だと……? 料理の店……お前、ここで食事をしようと……」
「スキありー!!」
「なあっ!?」
足を引っかけ、盛大に転ばすイザーク。転ばされて地面に衝突するギリギリで耐えるアーサー。
「待て、お前なあ……!」
「ボク先資料館行ってるんでー!!! 現地で合流しようなー!!!」
膝と肘を垂直に曲げた走りで、颯爽と去っていくイザーク。
「……くそ。後で火属性魔法で炙ってやる……」
「あちー。あちちー。あっちーよー」
「ヘルマン先生……そ、その……」
「化粧汗で流れちゃってるかなー。だからブルーランドはあまり好きじゃないんだよー。引き籠り気質だから日光は無理なんだよー」
旅館の一室に籠り、生徒から受け取った実地調査の計画を纏めていく。
その他にも生徒達の巡回、定期連絡、時間の管理、更には翌日以降の訓練や自由散策の日程確認及び調整など――
学外における教師は、何かと仕事が多い。
「はは……生徒達と違って、凄い気苦労だ……」
「ディレオ先生、貴方が今まで臨海遠征を楽しめたのも、こうして先生方が裏方で頑張ってたからなんですからね?」
「よーく身に染みてます……」
ヘルマンとディレオが書類の整理を行っている部屋に、ミーガンが入ってくる。
「二年二組、これで完了ですぅ」
「ミーガン先生、仕事が早いっ!?」
「海釣りの準備をしないといけませんからねぇ」
「欲望に忠実!?」
「俺も夜に生徒達に話す怪談の準備しないといけないんですよ。ミーガン先生手伝ってくださいよ」
「拒否しますねぇ」
「ひっどい!!」
更に入ってきたのは、リーン、ニース、ルドミリアの女性陣。
「今欲望駄々洩れの会話が聞こえてきたような気がするのだが」
「何て醜い人達なんでしょうねえ!」
「アルブリアで楽しそうに水着見繕ってた人がそれ言います??」
「あれは部下が開発した新デザインの水着を試着していただけだ」
「私はたまたまその場にいて、たまたま巻き込まれただけですぅー!」
「年! 増! が! 何か言って」
リーンとルドミリアは、丁度背後をお通りかかったアドルフを、背負い絞めにして殴る。
「ていうかニース先生は、こっち手伝ってくれていいんですか。芸術家仲間の集会に加えて、ミョルニル会に顔を出すんでしょう?」
「それは夜になってからの予定だし、私だけ何もしないわけにはいかないよ」
「ありがとうございますよ、いや本当に」
「君達俺のことは完全に無視かね!?」
「己の業にまつわる不利益は、己でしっかりと得てください」
「待って!! そろそろ骨折れる!!」
そこににこやかな笑みを浮かべて、ハインリヒがやってくる。
「皆様ご苦労様です。そろそろ巡回の交代時間が迫ってきているので、担当の先生方はよろしくお願いします」
「そういえばそんなのがっ」
「次の担当はー私だった気がしますー。ハンス大丈夫かなあ……」
「対抗戦では目立った問題はなかったそうじゃないか。なら心配はいらないと思うぞ。多分」
「何て薄っぺらい……」
「ハインリヒ先生、自室でお休みくださいね。この日差しじゃ流石に堪えるものがあるでしょう」
「ご配慮感謝します。ですが私はまだ大丈夫ですよ」
そう言って、入れ替わりに部屋に入るハインリヒ。
「予定表予定表……あ、学園長が巡回に入ってますね」
「俺ー!?」
「ううむ、心底悔しいが拘束をほどかなければ」
「悔しいって何!?」
「……」
照り付ける日差しの中、一人地図と睨み合うアーサー。
どれだけ睨み付けても、資料館がどこにあるかはわからない。あと日差しが邪魔。
「くそ……」
「……暑い!」
限界が来たのか、適当なベンチに座る。
「……」
猛暑は思考を妨害する。最早地図と戦うことも諦めて、ぼーっと行き交う人波を見つめていた。
故に、自分の服の裾を誰かが引っ張っている。
そのことに気付くまでも時間がかかった。
「……お兄ちゃん」
「……」
「お兄ちゃん!」
「……」
「ねえ、お話しようよ! お兄ちゃん!」
「……?」
自分のことかと気が付いて、隣を振り向くと。
「えへへー。やっと気が付いてくれた!」
「……!?」
さらさらとした金髪にくりくりとした青い目。誰が見てもわかる童顔である。真っ白なワンピースを着て、身長から察するに年齢は七、八歳程度。
しかし一番目を引くのは、過度に膨らんだ胸部だ。
ぴっちりと布に覆われ、ブラウス生地の中でむっちりと存在感を放っている。胸部の前に手を持っていき、背中に隠すなどして、幼女は際どい仕草を見せていく。
「お兄ちゃん、ずーっと暑そうにしていたよね。大丈夫?」
「あ、ああ……まあ平気だ。問題はない」
「そっかー。暑かったらその辺でお水買うんだよ? でないと私、心配しちゃう……」
「見ず知らずの他人なのに、心配してくれるんだな」
「この島に来た以上は他人じゃないよっ! そうだ、私がお水買ってきてあげようか!」
「既にある、必要ない」
これ見よがしに、下げた鞄から水筒を取り出す。
「……」
「お兄ちゃん」
「……」
「おにぃ……ちゃぁん……」
「……」
「ねね、お話聞いてよぉ」
「……手短に話せ」
「私、お兄ちゃんとお遊びしたいの……」
じわじわと間を詰めてくる。
故意なのか偶然なのかわからないが、胸部も揺れていた。思わず視線が吸い寄せられてしまう。
「今は別の用事がある」
「じゃあ今じゃなかったらいいの? 夜は? 夜はどう?」
「夜の外出は禁止されている」
「気付かれなければいいんだよぉ」
「駄目だ」
「いや……私遊びたい……」
「……」
「ねえ……いいでしょ……私じゃだめなの……?」
「……やれ!」
アーサーが立ち上がると同時に、
カヴァスが現れ、幼女に襲いかかる。
「ひゃあっ!?」
「バウワウ!!」
「そいつが暫く遊んでくれるぞ。じゃあな」
厄介な物から目を逸らすように、アーサーは通りを走り抜ける。
「ワンワン!」
「……」
「ワンワ……ワオン?」
「……ふわふわな、わんちゃんだね」
「クゥーン……?」
「うん、うん……これでも、いいや……」
そうして闇雲に走り去っていくと、何と目的地に到着。資料館という看板が立てられた建物があり、その入り口には。
「……あれ? アーサーじゃん。ボクよりおっくれってるぅー」
「……イザーク、来ていたのか」
「そりゃあねえ。どっぷり遊んだら仕事にも戻りたくなるってもんさあ。遊びを中断させるコツは、満足いくまで遊ばせることなんだぜ?」
「……」
「何だよその目は。ていうかオマエ、今めっちゃ汗だくで来たけど、何かあった?」
「ああ、それは……」
そこで指を鳴らし、カヴァスを召喚する。
「どうだった?」
「ワンワンワオン!」
「そうか……お前で満足してくれたか。一安心だ」
「え、真面目に何事?」
「変な幼女に絡まれた。暑いということもあったのだろうが、煩わしかったから撒いてきたんだ」
「ええ、何だよその幼女……てことは幼女を撒くのが目的で、資料館に着いたのは偶然ってこと?」
「……」
「ワンワンワ~ン。ワッホンワフワフ♪」
「――」
「え、何だってサイリ!? アーサー君は地図をちゃんと見ていたにも関わらず、資料館がどこにあるのかわかんなかったって!?」
「カヴァスお前!!」
「ワホーン!!」
カヴァスをぐるぐる追いかけ回すアーサーと、サイリの隣で爆笑するイザーク。
そんなこんなで数分後。
「よし資料館に入ろう」
「しっかりと調査しないとな」
「ワンワン、ワオン」
「――」
一周回って正気に戻った三人と一匹は、涼しい資料館の中に入っていった。
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