第419話 暗殺未遂

 彼に会うことだけを考えていて、エリスは失念していた。グランチェスターに外出した週には建国祭があったのだ。


 それはいつものように出店があり、いつものようにパレードがあり、いつものように――楽しい雰囲気では終わらなかった。


 帝国主義。王政を目の敵にし、嘗ての帝国の復活を目論む連中が、丁度ファルネア達が乗っていた馬車を襲撃。更に毒霧と思われる魔法具まで使用した。




 所謂暗殺というやつだ。




 外傷と内部からの汚染を受け、ファルネアは重症となって王城に運ばれた。彼女から見た両親であるハルトエルとメリエル、そして国王のハインライン。彼らを含めても被害は千人以上に上っているという。








「失礼します。エリス様を……」

「エリスー!!」




 王城に入るや否や、真っ先に飛び込んでくるカーバンクル。ハインラインのナイトメアであるベロアだ。




「全く何処をほっつき歩いていたんですの!! こちらが大変なことになっていると言うのに……!!」

「……!」


「お言葉ですがベロア様、エリス様にも個人の事情があったのです。全てが王家の為に動いてくれると考えるのはよろしくないかと」

「う……」



 申し訳なさそうな表情を浮かべ、謝罪代わりに小柄な身体を擦り付けてきた。



「そ、そうね……ごめんなさい。急な出来事だったから、私も動転していたわ……」

「いえ……ベロアさんがそうして怒るのも、わからなくはないですから……」

「……優しい子。じゃあ気を取り直して、こっちよ!」











 煌びやかな内装や調度品の数々には目もくれず――



 案内されて向かったのは一つの部屋。






「失礼致します。エリス様がいらっしゃったのでお通ししました」






 ベッドに横たわるその人物の、指がぴくりと動いた。






「……! ファルネア……ちゃん……」






 天蓋の着いた豪華なベッドに、包帯を多量に巻かれた少女が寝かせられている。



 精一杯の呼吸をしてどうにか命を繋ぎ止めている。身体のあちこちが痛むのだろう、時々ぴくっと跳ねるように動く。特に腹回りの傷が酷く、赤い染みが包帯に沢山広がっていた。



 目を開ける気力もないのか、目を閉じた状態のまま、ほんの僅かに身体をエリスに傾ける。






「……せんぱ、い……」

「ファルネアちゃん……ごめんね、ごめんね、わたし、こんな時にいなくて……」

「……だいじょ……うう……」



 腹の辺りを押さえると、脇で控えていた侍女が、包帯を取り替えに入った。


 生々しい傷口が露わになる――



「エリス様、暫し方目を背けていた方がいいかと……」


「ほら、見ても気分悪くするだけよ! くるっ!」




 ベロアがのしかかり、半ば無理矢理向こうを向かされる。






「……どうしてこんなことに」

「それは私が聞きたいぐらい……普段通りパレードで馬車に乗っていたら、いきなり奇声を上げた人間が乗り込んできて……」

「乗られていたファルネア殿下、そしてハルトエル殿下とメリエル殿下にも、刀で斬り付けていきました。我々が対応しようにも手元が狂って……」



 説明する騎士も、悔しさを滲ませている。



「魔法具が使われたって聞きました……」

「そう、そうなの! 精神錯乱と内蔵損壊の魔術が組み合わされた毒霧! あれは帝国時代に造られて、あまりの残虐性に使用禁止命令が出された魔法具だわ……!」

「そんなに凄まじいものが……?」


「ええ。ここに来る途中でお話した通り、総計で千人を超える犠牲者が出ています。まだ治療を行っている方もいるので、更に増えるかと……」

「そんな……」

「連中が、帝国主義の連中が、見境なく展開するものですから、一般の客や民達にも被害が及んでしまったのです。つい先日、辛うじて除染作業が完了した所ですが、まだ警戒は必要で……」




 この口ぶりから察するに、アルブリアで暮らしていると、依然として毒霧の影響を受ける可能性が残ているのだろう。


 それならアルブリアの外に出ようと人が詰めかけるのも、致し方ないのかもしれない。




「ファルネアちゃんも、それを吸ってしまったんですよね……」

「内部出血と幻聴が酷いようです。しかし魘されながらも、貴女の名前を呼んでいました……」

「……」






 振り返ると、包帯の交換が完了し、侍女はまた定位置に戻っていた。






「ファルネアちゃん……」



 名前を呼びながら近付き、そしてしゃがむ。


 少し元気を取り戻したようで、今度は薄目を空けてエリスを見つめてきた。



「せんぱい……」

「……痛いよね……」

「……はい……」

「痛い思いして……辛いよね……」






      そうだ

          いたいのはいやだ



      お前は誰よりも知っているだろう






「わたしがいれば……」

「え……?」

「わたしがいれば、痛い思いしなくて済んだのに……」

「せんぱい……?」




 ベロアが肩の上に乗ってきて、ぺしぺしと尻尾を叩く。




「何を世迷事を! 貴女がいたかいないかだなんて、そんなの連中の行動原理に関係ありませんわ!」

「……」

「自分もその通りだと思います。建国祭という最も帝国に関係のある行事、帝国を崇める連中にとってはまたとない暴動の好機です。何があろうとも暴挙に出ていたかと……」



 またしても悔しさが騎士の顔に現れてくる。



「ねえ貴方、何か思うことがあるようね。言ってみなさい?」

「ですが、ここにはファルネア殿下も、関係のないエリス様もいらっしゃいます」

「そう……なら耳打ちして。私はハインラインの代理として、愚痴も文句も受け入れるわ……」

「……では、失礼します」



 ベロアを抱き上げ、その耳に言う。






「……そもそも多くの騎士がログレスに出計らっている現状で、警備もままならないまま建国祭を行うのがおかしかった。三騎士勢力が強行を要求してきてそれを呑んだ」


「連中を誘っているも同然だった――三騎士勢力はわざと連中を唆す行動に及んだのではないかと……自分は思うのです……」











「……以上が事の概要になります」

「そうか……ふむ、了解したよ」


「始末の方は如何致します?」

「そちらに一任する。だが……くれぐれも、私と連中の関係はないとするように。今はまだその時ではない」

「承知致しました」



 魔法具の通信を切り、リーゼは歯軋りをする。



「……どうかしら。話のできる人間は?」

「一人、話してくれそうなのがいましたわ」



 リーラが引っ張ってきたのは、簀巻きにされた男。帝国主義のローブを着用している彼は、放せ放せと口々に叫んでいる。






「く、くそがぁ!! ああ、あんたらはリーゼとリーラか!! あんたらが全然動かないから、俺達で一騒ぎ起こしてやったぜ!! へへっ、どうだ――」



 しなった鞭が男の顔に直撃する。


 棘が幾つも付いていて、それが刺さって皮膚を傷付けた。



「い゛っ……!!」

「叩かれたくなければ話しなさい。貴方達を唆したのは一体誰です?」

「そんなの……!!」

「知っていることでも構いませんから話しなさい。貴方達に指示を出したのは一体誰です?」



 鞭を振り回すと、男は涙と血に歪んだ顔で、わかりましたわかりましたと許しを乞う。



 確かに言っていた通り、至って楽に話してくれそうだ。





「アグラヴェイン!! アグラヴェインだ!!」

「……人名ですか?」

「た、多分そうじゃないか!? 俺は詳しくは知らねえんだけどさぁ、でも他の奴はアグラヴェインの言う通りとか、アグラヴェインに続けとか、そんなことを言っていた!!」

「……」






(聞いたことはあるか?)


(一切ない)




(だが、何となく心当たりはある)






「……わかりました。もう訊くことはありません」

「ほ、本当か!? それなら――」

「貴方は丁重に投獄しますので、こちらに」

「え――」




 リーラに引っ張られて、それに抵抗するとまた鞭で叩かれる。



 二人を見送った後、リーゼも行動を開始した。











 夕暮れが来た。この状況下ではどこか不安を煽ってくる。




 結局エリスは、中々ファルネアから離れることができず、こんな時間まで王城にいたのだった。






「すみません、ご飯も頂いちゃって……」

「どうってことはないわ! この状況だもの、身分の隔たりなく協力するのが筋ってもんよ!」

「実際は、騎士の数が少なくなって、食料が余っているって現状があるんですけどね」

「……そうですか」


「もうこんな出来事はこればっかりにしてほしいわ……それじゃ! 学業頑張るのよ!」

「はい……さようなら、です」






 惜しむように別れを告げて、離れまでの道を進む。



 その道を一歩踏み出したその時、






「あ……」

「……」




 アーサーが学生服のまま、心配そうな顔で立っていた。






「……その」

「……城から出てきたってことは、ファルネアか?」

「……うん」

「そうか……見舞いに行ってたんだな。大変なことになってしまったからな……」

「……」



 それとなくアーサーの隣まで歩く。



「……魔法学園も混乱している。逃げ帰る生徒もいれば、部屋に閉じ籠ってしまった生徒も」

「……そっか」

「……」






 続く言葉が見当たらず、二人揃って歩く音だけが耳に入る。



 黄昏は一切取り持ってくれない。

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