第347話 幕間:火口防衛戦

 現在登っているナーシル大火山は、険しい山々が連なるラグナルの一帯の中でも、最も厳しい自然環境を有している。火山灰が覆って植物は殆ど自生できず、生息系も岩を主食とするゴーレムや溶岩によく似たスライム、そしてこの周辺を根城にしているドラゴン。



 とりわけドラゴンに見つかったら対応には困難を要する。傭兵達は空を仰ぎながら、慎重に歩を進めていく。






「……見つかったら岩のフリをするんだっケ?」

「ガラティアの町にいたガイドはそう言ってました」

「ドラゴンってそこまで馬鹿じゃないと思うんだけどなあ……」

「実際これで避けていくらしいですよ。竜族もこれを実践していると聞いたことがあります」

「マジかヨ。証明済みだったのカ」




 言葉を交わし合いながら、気楽に山を登っていると。




 突然周囲が熱波に襲われる。




「おおっとぉ……小夜曲を贈ろう、セラニス・静謐なる水の神よマーシイ

「……」


「ヴァイオレット殿、水属性の魔法で防護壁を作るんです。ほら」

「あ、ああ……しなきゃ駄目なの?」

「死にたいですか?」

「わかったからそんな目で見ないでくれ、オレリア」




 傭兵達は水を被ったかと思うと、すぐに乾いて元の体勢に戻る。




「皆、そろそろ火口に到着する。適宜水魔法を用いたり、水分補給をして焼かれないように」











 この火山の頂上、火を噴き溶岩を湛える大火口。その全長は百キロメートルとも言われ、とても常人が歩いて回れる距離ではない。



 底を覗こうにも、そもそも柵や結界やらが張り巡らされていて、窺い知ることはできない。やった所で人間の目玉焼きが完成するだけなのだが。






「で……ここですか」

「火口に入れる唯一の入り口だ」




 それは岩でできた巨大な門。灰色のつるつるした石でできており、触るとひんやりしている。この暑さでも耐えられるような特性を有しているのだろう。




「んー……」

「何ですかヴァイオレット殿。ていうか貴方も水飲んでくださいね、死にますよ」

「ああ、それについては問題ないよ。ただその、タキトス盗賊団だっけ。連中、本当にここから入ってくるのかなって」

「ああ……回り込んでこないかって心配ですか」

「感じている通り、ここは尋常ならざる暑さです。この門は魔術による防熱結界を付与する働きも兼ねていて、ここを通らないと火口に近づくことは不可能です」

「そういう仕組みなのね」



 しかしヴァイオレットの、疑念視する目は未だ晴れない。



「その防熱って、水か氷ってことだよね?」

「まあ暑さに対する耐性ですからねえ」

「……この火口は竜族が代々守護してるって話だけど。竜族がこれ造った?」

「ぶっちゃけ連中にそんな脳ミソはないと思うゼ」

「だよなあ。んじゃ誰が」

「多分竜族の連中も知らないんじゃないかね。聞いた話だと、これ聖杯時代以前の遺物らしいぜ」

「何だと……?」


「突拍子もない話ですけど、そういうのが出てくるぐらいには謎だらけなんですよ。仮にこの門が聖杯時代以前に建設されたとなると、ここを守護する結界もその頃に構築されたということになる。そこまでして火口に執着する理由は何なのでしょう?」

「ずっとその言いつけを守っている竜族も竜族だ。というかこれ、本当に竜族が造ったんだろうか。連中って火属性が殆どだろ?」

「偶にいるだろ、水竜とか氷竜とか。そんなのが昔にいたんじゃないの?」


「……アレじゃね? ラグナルの町で散々噂になってル、烏人間」

「ああ、確かにその可能性ありますね」

「どんな噂なんだい? 俺は初耳だよ」

「何か時々、烏みたいな顔のヤツがラグナルに来るらしいゼ。そんでもって火山の方に忽然と消えていくらしイ」

「へえ……そんな奇妙な噂が」






     ブオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ






「……! 角笛っ!」

「来ましたか……!」

「おおっと、こうしてやってくるのかいっ!」

「手加減は無用ですよ、連中は盗賊を名乗っている者です」

「アイヨーそのつもりダァ!!」











 門を背にするようにして、傭兵達は武器を構える。




 視界にはぴょんぴょん猿のように飛び交いながら、接近してくる集団が。


 ぼろぼろに着崩した革の鎧やマントを羽織り、目はぎらつき、歯は汚く肌には痣やできものが目立つ。


 みずぼらしい割には魔術に長けている。この火山で交戦しているという事実がその証明だ。






「何だあいつら……気が参っちまってるのか?」

「シラフでああらしいですよ。恐ろしいですね、盗賊ってものは」

「だが連中の武器は剣だ、遠距離からぼちぼち攻めてきゃ怖くは




       な……い……」






 バスタードソードを背に繰り出したイーサンの、



 肩の辺りに丸い穴が空いた。






「っ……!!」

「弟者!!」

「さ、下がるぞ……!!」

「……何だ、あれは……!?」




 盗賊の右手には、確かに剣が握られていた。



 しかし左手には、見たことのない武器が握られているのだ。






「うーーーーーひゃっひゃっひゃっひゃーーーー!!! 見ろ!!! あんな屈強な脳筋共でも、この銃の威力には敵わないってことだ!!! そーれそれ、やっちまえ!!!」






 剣を振り回す前に、左手で発砲を始める。



 ずどん、ずどんと、音がしたかと思えば、



 弾が岩や肉体を貫き、その姿を変えさせていく。






「銃だと……!? あれが!?」

「オレリア!!」

「はい!!」


「……何をするつもりダ!?」

「偵察だよ。安心しろ、策は心得ている――!!」




 オレリアを伴い、ヴァイオレットは銃弾の雨に向かっていく。








「くっ……」

「……」




 辛うじて目に見えるかという程度の速度、それが数十にもなって飛び交うのだ。


 小さく早い物体を避ける訓練はしてきたつもりだが、それでも厳しい。




「祈りの幕を、ってなあ――」






「――失礼するよ」




 脇腹を空けた、盗賊のそこを斬り付ける。




「グロスティの名の下に――」


「ぎゃっ!?」

「な、なんだ!?」




 突然の傷に慌てる数人。



 気付かれる前に、素早く岩陰に隠れて気配を消す。






「……どうだ。これで一旦様子を――」

「……! あれを見て……!」






 オレリアの視線の先では、盗賊の一人が、






「……え?」






 傷を負った仲間に、銃口を向け、



 撃ち込んだ。






「……気でも狂ったか?」

「違う、あれは――!」






 撃ち込まれた盗賊は、先程までの傷跡が消え失せ、


 盛った獣のような咆哮を上げる――






「……マジかよ? ビビアの毒だぞ? 俺達一族に、地を平定し神が与えた、唯一の――」

「ヴァイオレット!!!」




 オレリアの鉄拳が撃ち込まれる。



 頬にくっきりと跡がつき、撃ち込まれた側は唖然とする。




「……まさか私よりもお前の方が動転しているなんてな!」

「……」


「敵が死なないのなら、死ぬまで殺し続けるだけ。そうだろう!」

「……ああ、そうだった。そうだったな……」


「行くぞ! 厄介な武器を使う連中から、絞って潰していく!」

「……」






 懐から出した小瓶を開け、中の液体を小刀に塗り付ける。



 紫と桃色の、何かを傷付ける見た目をした液体だ。











「下がれー!! 怪我した奴は後ろに下がれー!!」

「交代で前に出ろー!! 絶対にこの門を通らせるなー!!!」




 盗賊の数は百に近い。その中でもオレリアとヴァイオレットが奮闘しているのだろう、確実に数が減ってはいるが――




「やはり武器が反則的だ……!」

「近付ければいいんだけど、そこまでいかないのがネェ……!!」




 何とか弾を見切れる間合いを取り、ちまちまと攻めていく二人。マットはレイピアを右手に、ヴァーパウスは長剣を二本両手に持つ。彼は双剣使いであり、背中の鞄は拠点に置いているのだ。




「んーぎゃっはっは!! ぬえぬえ今どんな気持ちだひーーーーはーーー!!」

「……!!」

「弟者! 挑発に乗っては駄目です!」




 尻を叩いたり、舌を出すという、古典的な方法で煽ってくる。



 そうしてやってきた奴は、連中の銃の餌食だ。




「このままじゃジリ貧だぞ! こちらの消耗が激しい……!!」



        ぎゃはははははははははは……!!!








「……は?」






「……ん? お、おい、どうした?」

「弾が……出ねえや。おい、かーどりっじを寄越せ!」

「え、えーと? かーどはこれか?」




 攻撃の手を止め、懐を漁ったり、後方で騒いでいた奴に声をかけたり。




「おお! それだ! さっさと寄越せ!」

「ここを開いて……こうだ!!」




 次に瞬きをした時、






「――」




 爆発が起こった。








「なっ……」




     ななななななな、なあああああああーっ!?








「……何だ今の?」

「わかんねえケド、敵も想定外みたいダ!」

「うおおおおおおやっちまええええええ!!!」




 雄叫びと武器を掲げて、傭兵達は突進していく。








「ちっちっちっち……」

「余裕ぶるのは後にしろ」

「わかってるよ。けどさあ……」




 最初の爆発を皮切りに、盗賊達は大慌て。慌てて銃を投げてしまう者、剣で突撃する者、自暴自棄になって逃げ出そうとする者もいる。




「……お前だっ!」

「ぎゃー!!!」




 盗賊の一人、とりわけ大きい袋を背負った男を、足をかけて転ばせる。顔から地面に突っ伏し、鼻が折れる音がした。






「ちょいと失礼……」

「ぬぎゃっ!!」


「麻痺毒……何のつもりだ?」

「決まってんだろ。こいつに情報吐いてもらうんだ――戻るぞオレリア!」

「……わかった!」











 一旦統制が崩れてしまえば、あとは好転。戦闘の経験なら傭兵が勝っている。




「ウキャーッ!!!」

「ふふっ、この子も不機嫌なようです。私に出会ってしまったことを恨むがいいですよ?」




 その一閃は、心臓を貫き破裂を強制させる。




「うおおおおおおああああああーーーっ!!! さっきの銃撃の恨み!!! 喰らいやがれーーーーっ!!!」




 地を穿つような一撃、臓物を穿って日の元に晒し出す。




「ヘッヘッヘェ。こういう戦闘も楽しいナァ。くたばりヤガレ!」




 一度目が空を切って、油断をするが運の尽き。



 隙を突いて二度目が四肢を切り裂く。











 背後で燃え盛る溶岩よりも、激しく盛る戦闘の末路。



 最後に聞こえた慟音は、巨人の叫声にも似ていた。

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