第346話 幕間:傭兵達の世間話

「『その山は、いとも気高く聳え立ち』」」


「『麓の弱者を卑下してほくそ笑む』」


「『ある者はその山には横暴が住んでいると言った』」


「『それは事実だろう 木々も地面が全て敵だ』」


「『ある者はその山には慈悲が住んでいると言った』」


「『それは事実だろう 山の円環の一部になるのだ』」






「……流暢ですね兄者」

「貴方もよくついていけましたね弟者」






 互いのナイトメアの手入れをしながら、マットとイーサンは焚き火を囲んで語り合う。他にも傭兵が起きているのが散見され、蜂蜜酒で腹を満たしたり葉巻を吸ったり。




「そして今いるのは、そんな山々の麓と」

「ウッキャー!!」

「おっと、待ってくださいリズ。櫛が絡まってしまいました……」


「……」

「んあ、何だ傷が目立つな……鑢鑢ーっと」

「ホレ」




 イーサンは隣にいた、小さい人物から渡された紙鑢かみやすりでエルマーの刃を磨き始める。






「ナイトメアって魔力生命体じゃないカ。なのに普通の鞘とオンナジ手入れするんだネェ」

「感性は普通の鞘と同じってことだよ、ヴァーパウス」



 そう呼ばれた彼は、身長百センチ程度の中肉中背。黄色いパーカーのフードを深く被り、真っ黒なサングラスを着用。出っ歯のような前歯が特徴的だ。肩から細長く黒い鞄をかけている。



「にしても諸君、約束の日時は明日だと言うニ、結構悠長にしてるんだネェ」

「そんなこと言ったら今回の依頼主の時点からだぞ。全く、ルイモンドもスミスもなーんで二人揃って……」

「オイラだって行きたかったぞ対抗戦。全く全くだゼ」

「竜族は融通が利かないのが困り物ですね。最も、彼らがいないお陰で我々も山に進入できたっていうのもありますけど」

「何でナーシル方面までピリピリしてるんだろうな……連中の居住区から結構離れてるって言うのに」

「それこそ、この火口に何かあるからでしょう?」






 すると、その場にいる男達には決して発することのできない、


 細く端麗な足音が響く。






「おお……チヨコレイトだぁ……」

「待ち兼ねたぞオレリア嬢ー!」






 彼女は木を伐って作った即席の丸机に、これまた即席のコップを次々と置いていく。






「ささやかなものですが……」

「甘味がささやかなことってあるかよー!! ほらお前ら飲め飲めー!!」

「「「うおおおおおおお!」」」






 他の傭兵が次々とホットチョコレートに食らい付く中、オレリアはカップを三つお盆に乗せる。




 その足でマットやイーサン、ヴァーパウスの所にやってきた。






「こちらをどうぞ」

「ああ、わざわざどうも」

「いえ、忙しそうだったので」


「ウキャー!!」

「これこれ。すみません、リズの分ももう一つ持ってきてくれませんでしょうか?」

「それならオイラのやるヨ。あんまり甘い物は好きでネェもんでサァ」

「それは失礼しました。でしたらウイスキーでも開けましょうか」

「……流石はイアン直属の部下だ。用意してきた物のレベルが違う」




 太腿が強調されたメイド服。一般的なそれと変わりないデザインであるそれを、彼女は着用している。



 足場の悪い山中でも、彼女はこのままで魔物を切り伏せてみせた。衣など飾りでしかない、とでも言うように。




「いんやぁイイヨォ。酒を飲むのは仕事を終えてからだゼ」

「それもそうですね。承知しました」


「……オレリア殿。確か貴女は、イアン様の命令を受けてここに来たと」

「はい」

「つまりイアン様も、ここの火口にある何かには目を付けているってことだよな」

「竜族が代々守ってきたと言われている物ですからね」

「あの質実剛健なイアン殿が、たったそれだけの理由で目を付けると思わないのですが……」

「……」






 甘味を囲めば身分の隔たりは存在しないも当然。心が打ち解ければ、普段話せないきな臭いことも口に出てしまう。






「ンー。多分、オイラとオレリア嬢がここに来た理由、似てるネ」

「……それはつまり?」

「オイラ、秘密の情報網からこんな話を聞いたのサ。この火口にある物体、それをエレナージュが狙っていると」

「……?」



 まさかの円卓八国。マットとイーサンは目を丸くする。



「おや……私が聞いた情報とは少し異なりますね。私はイアン様より、アルビム商会が狙っているとお聞きしましたのですが」

「なっ……おい、物騒なことになってきましたぞ兄者?」

「そうですね弟者。貴方方の言うことを照らし合わせると、この火口を狙っている勢力は少なくとも三つ存在することになる」

「エレナージュ、アルビム商会、そして……タキトス盗賊団」




 今回の依頼が発生する要因となったのが三つ目だ。






「エレナージュなあ。温厚平和路線で国を動かしてるけど、どうも水面下では怪しいんだよなあ。ドーラ鉱山に進出しているし……」

「近年では様々な商人との交渉を積極的に行っていると聞きます。何故かグロスティやその傘下の商人だけ露骨に避けて。勢力拡大を模索しているのでしょうか……」

「アルビムやネルチと手を組んで打倒グロスティ? そんなことして何になるんだか」

「まー何をしても水の上に証拠が踊り出ないかラ、大っぴらに追求できないんだよナ。もどかしいナァ」



 ホットチョコレートをちびちび飲み、身体を温める。火山地帯とはいえ、冬が近い山の中腹は冷えるものだ。



「タキトスもタキトスだよな。謎に勢力拡大している盗賊団」

「何者かがタキトスの腕を見込んで、金や武器を回しているのだとイアン様は推測しておられました。今回もそれではないかと」

「ダヨナー。盗賊団が襲うにはここはリスクがデカすぎル」

「しかしそんなことを頼むのは何処か? 小さい貴族や商人か、魔術協会かあるいは……」

「三騎士勢力はどうだ?」






 その男は木陰から会話を遮ってくると、


 のそのそと姿を見せた。






 深緑の髪に、紫の瞳の「裏切り者!!!」






「……え?」

「は?」

「ン……?」






 オレリアは見開いた目で、歯を強く噛み締めながら、その男を睨視している。



 男は肩を竦めて更に前に出てきた――






「……開口一番それかあ。俺、そこまで悪いことしちゃった?」

「あの戦いで生き残っておきながら、村に返らずのうのうと――!!!」

「ストップだ。皆こっち見てる。場を弁えろ」


「……」




 きょろきょろと見回し、大勢の傭兵の視線に気付いた所で、オレリアは我に返る。






「……失礼しました」

「よし。まあお前とはまた別の機会に話そう――」


「……ジャア訊いちゃうケド。誰ダオマエ」

「ヴァイオレットとでも呼んでくれ。その辺をほいほい旅していた芸術家さ」

「要は浮浪者と」

「そんなもんだね」


「……自分はマット、この猿はリズです」

「俺はイーサン。この鞘はエルマー、ナイトメアだ」

「『ヴァーパウス』。マ、仲良くしてチョ」

「……ふぅん」




 ヴァイオレットは特に、リズとエルマーを交互に見比べている。




「また使い魔持ちかぁ……」

「おっと、使い魔呼びとは。反ナイトメアの人間か?」

「違うよ? 訳あってナイトメアに馴染みがないだけ」

「隠居者とかそんなんかー? こんな魔物しかいない山の中でー?」

「何も言ってないじゃないか、決め付けないでくれよ」



 それよりもだ、とヴァイオレットは手を叩く。



「話はこそこそ聞かせてもらったよ。明日、賊が襲撃するんだって?」

「……ええ。その襲撃から火口を防衛するのが、我々への仕事です」

「それ俺も混ぜてよ」






 肯定的な提案を持ちかけられても、すぐさまはい良いですよと、言わないことが肝要だ。






「理由を言いやがレ」

「武器や魔法の程は如何でしょう?」

「報酬はどれぐらいを希望だ?」


「……面倒臭いなあ。言わなきゃ駄目?」

「ちゃんと確認しておかないと揉めるんだよ。面倒事は避けよう、互いにな」

「でもお断りにはならないんだな?」

「まあ……ね?」




 募集された傭兵は六十人。それに対して現在いるのは四十人しかいない。そもそもの環境が悪い上、報酬もそこまで良いとは言えなかったのだ。



 かく言うマットとイーサンも、頻繁に行動を共にするエマからガラティアに媚び売ってこいと言われてここまで来た次第。因みに当の本人は妹のアビゲイルと共にブルーランドでバカンス中である。




「タキトスは着実に勢力を拡大してますからね……戦力は少しでも多く欲しい」

「そういうことね。なら質問に答えておこうか。武器は毒塗った短剣、隠密行動が得意。報酬は美味い飯を五日分、現物のみ。俺は腹を満たしたいからな、金渡して好きなの買えーではなく。理由については、面白そうだからでは駄目か?」

「ふうむ……」




 最も、武器について話してもらった時点で答えは決まっていた。






「……いいでしょう。私は賛成です」

「俺もだ。隠密行動ができるんなら、奇襲とか任せられる」

「オイラもサンセー。でも隊長はどうかな?」

「そうですね、確認を取ってきましょうか。おいしょーっ」

「エルマー、リズと一緒に待機してくれ。今から案内するから、ついて来い」

「ほいほい」






 マット、イーサン、ヴァーパウスは立ち上がり、一際大きい天幕へと足を運ぶ。




 それを数歩後ろに引いてついていくヴァイオレット、とオレリア。






「……俺は裏切り者か」

「……」


「いや、いいんだ。あの人を見殺しにしたのは事実だ」

「……」




「なあ、お前の方こそ何やってるんだ? 髪も染めて目にも魔術水晶入れて、正直叫ばれなきゃ別人だと思う所だったぞ」

「……私は、私の信念に従っている」

「そうか。なら俺と同じだな。裏切り者だと思っている奴と」

「……!」


「悪い悪い。今のは皮肉が過ぎた。謝る」

「……」




 口は進むが歩は進まない。




「……『自分の信念に従えることが、最も名誉な生き様だ』」

「その通り。俺もお前もあの人だって、今は名誉で幸せな人生送ってるんだよ」


「……でも、私は」

「ん?」

「信念とか、言っても……私は……」

「あの子のことが心配か? ああ、そういえば――」




「ここに来る前に、俺あの子に会ったぞ」

「――!?」






 そこでマットとイーサンが戻ってきて、勘弁してくださいよと二人を引っ張っていく。






「ついてきていると思ったら全然そんなことはなく……与太話は後にしてください」

「隊長に許可取らなきゃ話始まんないんだぞ?」

「悪かった、悪かった、だから俺の服を引っ張るのはやめてくれ」

「そうでもしないと進まないでしょう」

「オレリア!? まさかそんなこと言うとは……あの子共々成長したなぁ!?」






 だから早くあの子の話を聞かせろと、うずうずしているオレリアであった。

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