第560話 王立図書館にて
魔法学園から徒歩数分の所には、王国が運営する王立図書館がある。世界でも屈指の規模を持つこの図書館には、各地域から集めた様々な資料が収められているのだ。
叡智を求めて多くの人が足繁く通う。今日はその中に、普段はあまり顔を出さないであろう人物が数名。
「お待たせしました団長様。こちらが『ウェルギリウス島』の検索で該当した蔵書になります」
「ご苦労さんです」
司書が持ってきた山のような資料を、ざっと流し読みしていくジョンソン。
「……取り敢えずこれ全部持っていこうかな」
「かしこまりました、少々お待ちください」
司書が手にした杖をくいくい傾けると、カウンターの奥から籠が独りでにやってくる。
「こちらに入れて蔵書をお運びください」
「助かります」
軽く会釈をしてジョンソンはカウンターを後にする。
王立図書館は全部で六階立ての巨大な建造物。一階が蔵書に関する展示とちょっとしたレストランの区画で、二階から五階までが資料が収められている区画。そして六階がそのまま読書用の区画となっている。
「只今戻りました」
「お帰りなさいませ、ジョンソン様~」
「……」
既に確保していた机に戻ると、出迎えてくれたのはレオナ。
とアルベルトとカイルとダグラスとデューイのその他呼び付けた部下四名であった。
「団長お疲れ様でーす」
「ふう……ふう。皆の者もご苦労であった」
「……」
事の発端は今から数日前。レオナが王立図書館で調べ物をするということで、彼女直々にジョンソンに手伝ってもらいたいとお声がかかった。
「団長、ウェルギリウス島について現状判明したことを纏めておきました」
「実に用意がいいなカイルは」
調べ物の内容は、大監獄を有するウェルギリウス島について。
レオナの父リンハルトが、トレックの仮説を受けて調べていたというのは、彼から受け取った手紙に書いていた通り。そして聖教会が嗅ぎ回られたくない情報であるという事実も。
今後聖教会がどう出るかわからない以上、そして父の死の原因がそこにある可能性がある以上――自分も知っておくべきだと感じた。故に先ずは、手の届く範囲から調査を行おうとしたのだ。
「ところで昼飯は大丈夫か?」
「んあー、それなら俺行っていいっすか。ついでに葉巻も吸ってくるんで」
「オイラも腹が減ってしょうがなくなってきちまったゼ」
「許可をいたしましょう。でもってそれなら順繰りに休憩を挟んでいくか」
至って真剣な内容だったので、ここはのろけてなんていられないと、気付け役として部下四人を召集して今に至る。
「うえ~い基本情報~。カイル何だって?」
「ウェルギリウス島はアンディネ大陸とイズエルト諸島の間にある島です。世界が共用で使える大監獄があります」
「その大監獄の使用許可を出したり、管理をしているのが、ダンデ家って所だって話だな」
ジョンソンが開いた頁には、烏のような仮面を被った人間の絵が描かれている。
「人前に出てくる時は、必ずこの仮面を被って出てくる。大昔の病気対策の名残だってさ」
「大監獄自体も未だに不衛生が続いているんだとか。いつの時代も囚人周りはそういうのに付き纏われますね」
「権利保護っつてもそうはいかないのが難しい所だ」
なんて話はいいんだよ、とジョンソンは開き直る。
「ここの家は昔っから秘密主義を徹底している所だ。調べても情報が出てこないのなんの」
「血族とされている人間は、全員その辺から寄せ集めた人間とも噂されていますね~」
レオナがジョンソンの開いていた本を覗き込む。いい匂いがしたのでジョンソンはむわっとした。
「結局信憑性がある情報となると、ここを介さないといけないのが何とも……」
「噂なら幾らでもあるんですけどねー。ダンデ家の人間は実はウィンチェスターの亡霊だったとか……」
その情報が書かれていた頁を、三度見ぐらいするジョンソン。
「……幾ら噂とはいえ限度があるでしょ!!」
「ウィンチェスター。あの何もないと言われる聖杯時代の遺跡ですか」
「厳密には古代の建物とかはあるんだけどね。でも全部ティンタジェルでいいやーって言われているやつ」
「風評被害もいい所なのですわ~。本当に何もないっていうのは更地のことを言うんですのに」
レオナはそこで言葉を区切り、
読んでいた本の頁を強く見つめる。
「どうされました?」
「これ……大監獄と竜族の関係性について書いてありますわ~」
彼女が見せてきた頁を、ジョンソンとカイルは覗き込む。
「結構最近の本ですね……何、竜族式暖の取り方!」
「大監獄では竜族が火を起こして暖めているんですか。何とも原始的な」
「だがそうですかと流してはいけない情報です……そうでしょう?」
レオナはジョンソン達にも手紙の内容を共有している。竜族が大監獄に大勢入っていったことも、当然知っているのだ。
「そもそもレオナ様が若かった頃にも、竜族の族長ルイモンドがやってきたんだとか」
「そうなんですの~。ただ暖を取るだけだったら……別に数が必要になることはない。そこが引っかかって……」
「……大量の竜族が何かをしていたんでしょうね。寒さには火ということでしょう?」
カイルが見せたのは、古くよりウェルギリウスに流れている噂の代表格。
恐るべき八の巨人、コキュートスについての記述だった。
「……自分はもう、これはクロなのではないかと思います。大監獄にはコキュートスが今も尚幽閉されている」
「……コキュートスの寒さを竜族の火で抑えていると?」
「ええ」
「……」
「……ただ、そうすることで得をする人間の顔が思い付かないのですよね」
「そんなの難癖付けるようにすればざらにいるよ。三騎士勢力とか……」
「ジョンソン様もクロの体でお話されて~……」
「だって辻妻が合いますもん……嫌な方向に考えが向かっているってのは自覚してますけど……」
噂の持つ性質である灰色が合わさって――
逆に答えである白黒を明確にさせている。
「……大監獄は元々聖教会が建設を指揮し、今も多少は口を挟んでいる。そこについて嗅ぎ回られたら、暗殺というのも考えられるでしょうね~」
「リンハルト様……ってあれ。確かリンハルト様が調べていたのって……」
「ウェルギリウス島、転じて大寒波におけるトレック様が立てていらした仮説ですね」
『大寒波』は人工的に引き起こされた現象であるという――
「「「……」」」
「うーっす、休憩終わらせてきましたぜー」
「オツカレオツカレー。って何だい、皆黙りこくっちまって」
「……おおっと、お前らのこと忘れていたぞ。忘れるぐらいには休憩長かったんじゃないか?」
席に着こうとしているアルベルトとデューイを見ながらジョンソンが声をかける。
「いやあ、レストラン行ったら後輩と鉢合わせしまして。ついつい話し込んでしまいました」
「何についてさ」
「ログレス平原西部の気象変化」
「ああ……」
団長であるジョンソンもこの件については報告を受けている。
八月も終わったというのに、ログレスの一部では真夏のような暑さが続いているのだそうだ。
「そいつが駐屯していた地域は大変だったそうですよ。山おろしが熱風でむせ返るのなんの。町の住民総出で打ち水バシャーですって」
「九月も半ばなのにか?」
「この間帰ってきたばかりって言ってたかラ、多分もーちょい日は遡るんでねえかネ?」
「……」
「……残暑、の一言で済ませられるといいんだがなあ」
そう呟いて顔を上げると、昼食に行って参りますと立ち上がるレオナの姿が。
それを見て鼻の下を一瞬伸ばして追いかけるジョンソンであった。
「……アンディネは猛暑、イズエルトは氷。気象変動が激しいですね」
「何の話ダーイ?」
「ウェルギリウス島について調べていて――とはいえ現状纏めたことは、結局噂以上の何物でもないです。国家が根拠に動くには信憑性が薄い」
「逆に何だ、国家が動きそうな程のでかい発見したってことか?」
「少々ね――先輩方にも追って説明しますよ」
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