第559話 武術部なハンス
魔法音楽部が集会を行っている一方。演習場では今日も今日とで武術部が訓練を行っている。
生徒数が減っても武術を鍛えたいと思う者は変わらず存在する。いつだって鍛錬に勤しむ声で騒がしい。
「――」
標的の木的を視界に定める。
利き手で矢の端を掴み、後ろに引く。
「……」
目を開いて位置と距離を確認。
急所を狙おうとして、震えが止まらない手を、集中して抑える。
自分が良いと信じたら、その時が好機。
「……それっ」
すとん、と心地良い音が鳴る。
矢が的に真っ直ぐ命中した証拠だ。
「お疲れ様です。お見事でしたね」
パチパチと拍手を送る声を聞いて、げえと嫌がるハンス。
その主はセシルであった。
「……」
「どうしましたか?」
「……」
「ああ、そういえば先輩と話すの随分と久しぶりですね。あの戦闘から今まで、お互いに忙しかったですから」
「……」
セシルの首筋と手首をちらりと見る。
がっしりとしていて男のそれだ。しかし服装はスカートのブレザー、髪は長髪で恐らく染めてるパステルピンク。ボリュームもかなり盛っている。
「うふ☆ こんにちは☆」
「おい、このオカマノーム」
「あらあらシルフィさんもこんにちは☆」
「……♪」
「てめえ無視したな!? 無視したってことはオカマなんだな!? おい!!」
激昂寸前のハンスをよそに仲良くしているカナとシルフィ。
「ん……」
「今度は何だよてめえ……」
ハンスの問いに答える前に、セシルは風の刃を飛ばす。
「うわああああ……」
それは茂みに隠れていた女子生徒数人に当たり、彼女らをそこから動かすことに成功した。
「あいつら……」
「まあ今も根に持ってるって感じですかねえ」
「よっ、やってますか! なんて♪」
「やってる! ハンス!」
校舎の方からやってきた二人組。ルシュドとキアラである。
そして刃を喰らった女子生徒はというと、恨めしくキアラを睨んでいる。
どういうことだ、とハンスがセシルに尋ねる前に、二人の方が話しかけてきた。
「ハンス、慣れた、武術部?」
「ま、まあね」
「ハンス先輩の弓捌き、私ちょっと見てみたいです……」
「……」
「いいじゃないですか、少しぐらいは?」
わーわーと囃し立ててくるカナとシルフィ、ついでにジャバウォックとシャラ。
「……しょうがないなあ……」
弓をつがえる姿に、誰もが息を呑む。
『春には出逢いの風が吹く。夏には鼓舞の熱風、秋には豊穣の緑風。冬には山から降りてきて、我等に試練を与える』
『時の奔流に身を任せ、汝は何をし給うた。驕ることなく努力をしたか』
『穏やかな日々に緑を育み、盛る日々に獲物を狩る。自然の摂理に心を委ね、条理不条理抗わず』
『風神ストリボグの慈愛を弓に。大いなる父君エルフォードの慈愛を勇気に。エルフは今日もログレスに赴く』
『狩りの極意を教えよう。我が子孫達が飢えぬことのないように』
『第一に力と技を磨くべし。毒矢で狩った肉は、焼く頃になると毒が回ってしまい美味ではない。故に毒がなくとも力で仕留めるように努めよ』
『第二に目を養うべし。急所に当たれば互いに幸福なり。獲物は安らかに眠りにつき、我等は力を浪費せず。故に急所を見抜くように務めよ』
『第三に武具はよく選ぶべし。一流の戦士は一流の武具を扱う。鋭利なる矢に剛健なる弓。軽やかで頑丈な皮鎧。装備無き狩人は獲物を前に屈服す。故に良質な武具を選定し、またそれに似合う実力を身に付けるように心掛けよ』
『極意を全て守れるのなら、汝はいずれ辿り着くだろう。この、ロビン・フッドと同じ高みに――』
「……まあこんなもんだね」
全ての的を射抜き切ったハンスが、額の汗を拭きながら笑みを浮かべる。
「……」
「……」
「……」
「……何か言えよてめえら」
取り敢えずの勢いで近くにいたセシルに掴みかかろうとした時――
「凄い!!!」
「わあっ!?」
ルシュドが興奮冷め止まぬ様子で、一言叫んだ。
「ハンス、弓狙う、かっこいい! 思った!」
「そ、そうかそうか……」
「でも弓の訓練初めてまだ半年ですよね? だとすると……才能みたいなものなんでしょうか?」
「そうだね……才能でもあったんじゃないかなあ」
「凄い! やっぱり凄い! あ、的片付ける!」
「私も手伝います!」
意気揚々と駆け出す竜族二人を、立ち尽くして見送るエルフ二人。
「……おい」
「はい?」
「さっきの茂みの生徒……確か、あの、キアラを虐めてたとかどうこうってやつ?」
「先輩も知っていたんですか?」
「まあ、噂程度だけどね……まだクソ共が学園うろちょろしてた時だろ?」
「きっと虐めてた側もストレスが溜まっていたんでしょうね。特に他人と違う点が明確なキアラが標的になってしまった。今はまあ解決したみたいな空気になっていますけど、それでも引き摺っている生徒はいるみたいで」
「……馬鹿らしいなあ」
弓を足元に置いて、腕を組んで伸ばす。
「……ロビン・フッドがそれを見たら、一体何て言うだろうなあ」
一方訓練場の奥では。
「ふっふーーー!!! 完成完成とうとう完成っ!!!」
「!」
「いやー完成しちまったなーあははーねえーカルファーン服の裾引っ張らないでぇー」
「逃がさねえからなおまえ~~~~~?」
ダレンとカルファ、そして逃げるチャンスをこそこそと窺っているシルヴァが、白い正方形の形をした小屋を前に立ち尽くしている。
そう、武術部筋肉部門愛用のトレーニングルームが、遂に復旧したのだ。
「先輩おめでとうございます♪」
「おめでとうございます!」
「エリスにファルネアか! 二人共ありがとう!!」
特製のクッキーを差し入れる二人。
その直後に、それはそれは美味しそうなプリンを差し入れてくる人物が。
「アザーリア!!」
「ダレン……はぁ……貴方が元気そうな姿を見れて、わたくし……!!」
突き出している箱に入ったプリンは、軽く見積もっても十人前はある。
「いただくぜアザーリア……!!」
「召し上がってダレン……!!」
「いいなーシルヴァ様もそれいただきたいんだがー」
シルヴァが手を伸ばそうとした瞬間、
「んなーっ!!!」
「ぎゃーっ!!!」
「テメッ、放せっ、違う放してくださいお願いしますぅ~~~~!!!」
「んっふっふー!!! 復旧と同時に調整も重ねた渾身のトレーニングルーム、しかとその身で体感するがよいぞー!!!」
といった具合で連行されてきたメルセデス、連行してきたチャールズ。
「よしっおまえも行くぞ!!!」
「ぬぎゃー!!!」
プリンに伸ばしかけた手は残酷にも引き離され、シルヴァもトレーニングルームに連れていかれた。
「……あらまあ! エリスちゃんにファルネアちゃん!」
「アザーリア先輩、こんにちはです!」
「こ、こんにちは……はぁぁ……」
流れるような所作で 二人の頭を撫でるアザーリア。
「二人共お元気そうで何よりですわ♪」
「先輩もお変わりなく……」
「ふ、ふええ……」
顔を真っ赤にしてたじろぐファルネア。
そんな彼女を――
「まあ、可愛いこと♪」
「先輩だけずるいです♪」
両側から抱き締める先輩二人。
(……)
(~~~~~~~~っっっっっ!?!?)
「やぁ~んファルネアちゃんぷにぷにするぅ……♪」
「さっすがお姫様ですわぁ……♪」
「ふっ……ふぇ、ふぇぇぇ……」
ほっぺぷにぷに、あたまをつんつん。
おててをなでなで、うでをぎゅーっ。
あまりの事態に言葉も出せず、エリスとアザーリアに色々されるがままのファルネアであった。
「……一体何をしてるんだエリスの奴は」
「何見てるんですかハンス先輩?」
「いや……別に……」
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