第561話 秋の曲芸体操部訪問

「タピオカ~」

「秋のたぴおか新作~」

「アールグレイアンドオレンジ~」

「アールグレイの芳醇な香りとオレンジの爽やかさのベストマッチ~」

「「「いいわぁ~」」」



 屋上でタピオカを嗜む昼休み。エリス、ギネヴィア、リーシャ、カタリナの四人の頬を、穏やかな風が撫でる。



「むむっ」

「じゅるっ。どうしたエリスちゃん」

「視線を感じますたー」

「それはいかほどかいな」



 タピオカを置いて周囲を見回るギネヴィア。


 すると程無くして発見した。



「おぅーい! そこのあなた! こっち見てたな!」

「ぎく……」

「たぴおかか! たぴおか飲みたいのか! それならわたし達じゃなくってそこのカウンターに行きなされ!」



 その言葉に返事もせず、女子生徒は去っていく。茶色がかった赤髪を巻き毛にしていた。



「むー、行ってしまった」

「……」

「どうしたのリーシャ?」

「あの生徒……見覚えあるなあって」

「まじかいな。じゃあもっと積極的に行くべきだったか」

「ううん、そういうんじゃないの」

「んむ?」

「えーと……」




「……カトリーヌの取り巻き、みたいな感じかな。うん」











 その日の放課後。









「ご苦労様」

「うわっと!? ……えっ!?」

「お疲れ様ですカル先輩」

「お疲れ様です」



 舞台の上でせわしなく動き回っている生徒十名前後。


 その中に加わっていたミーナとネヴィル、彼に呼び付けられたルドベック。




 集中しているところにまさかカルがやってくるとは思わなかったものだから、ネヴィルは一瞬気が動転した。




「珍しいですね、先輩がこっち来るなんて」

「まだリーシャが来ないようなのでな」

「暇潰しというやつですね」

「ああ……」



 そうしてカルは、生徒達が丁寧に扱っていたそれを見上げる。






「ネヴィルくーん! どうかな、光度の具合は?」

「え、ああ! 白く輝いていますー! 数字にするなら八はあると思います! 十が最大で!」

「んー、じゃあもっと魔力を補給する必要があるかな……?」



 上から下ろされていた棒状の灯。それはグレイスウィル魔法学園に現存する特別な照明、雪灰灯ライムライトである。



「学園祭も近いですからね! 今メンテナンスを行っていた最中なんですよ」

「毎度毎度ご苦労様です」

「いえ、この下で舞い踊る皆様を観れるのならば、これぐらいどおってことはないですよ!」




「……」

「……カルさん? そこに突っ立ってると、危ないですよ?」






 硝子の中で白く弾ける雪。



 カルがそれをぼぅっと眺めていると――






「キィィィィィィーーーーーヤァァァァァァァァァーーーーーー!!!!!」




 金切り声が講堂を覆う。






「おっと!?」

「俺が行く。君達は調整を続けていろ」

「あっはいっ!?」

「有無も言わせない……」











 金切り声の主はカトリーヌであった。



 彼女の取り巻きも怯えたような、威嚇するような素振りを見せてやってきた生徒四人に敵意を示す。



 その四人とは、リーシャ、エリス、カタリナ、ギネヴィアである。






「な……何よ」

「あなたを見ていると虫唾が走るんですの!!!」

「はぁ、そりゃあご勝手に……」



 平然と応対するリーシャ。あまりの気迫にドン引きする後ろ三人。



「あ、あの~……練習の邪魔は、しませんから……」

「一緒にいられるだけで空気が悪くなるんですの!!! 凡人風情にはわからないでしょうね!!!」

「ええ……」





 恐らく貴族や商人の身分の比較的高い生徒達ではあるが、なんと全員レオタードを着用している。つまり曲芸体操の練習を真面目にやっているのだ。



 現に先程まで彼女達がいた場所には練習用マットが敷かれてある。





「大体あなたのせいよ!!! あなたが余計なことしたからフレイアが出てこなくなっちゃったのよ!!!」

「そ、それは関係ないよ! これは断言する!」

「溝鼠は何とでも言えますわ!!! この嘘野郎!!!」

「ねえ、もういいかな? どけてくれるかな?」

「口を開くなこの下衆女があああああああああああ!!!」



 何かにつけて罵倒をしたいらしい。言動が支離滅裂だ。



「大体ねえ!!! そもそもがおかしいのよ!!! 何でディアス家の令嬢たるわたくしと卑しい農民のあんたが一緒の使節生なのよ!!!」

「そうよそうよ!!! 間違ってるわ!!! こんなの!!!」

「選定の雪灰灯ライムライトに照らしてやればあんたなんて一発で追放できんのよ!!!」






(……選定とな?)






 昔、具体的には一年生の冬に聞いた話を思い出すエリス。






「選定って……それって存在するかどうかもわからないおとぎ話でしょ!」

「いいえ実在するわっ!!! アルーインの大劇場から、最近それが持ち出されたって言われてますもの!!!」




(……へっ?)






「……私初耳なんだけど」

「それもそうね、わたくしのような高貴な民にこそ相応しい話だもの!!! おーっほっほ!!!」




 それからもカトリーヌは貴族特有の高笑いを続けようとしたが――








 世界が凍り付いた為、それはやめざるを得なくなってしまった。







「……」

「はいはい! あんた達、突っかかる暇あったら真面目に練習なさい!」




 碧い瞳を凛然と輝かせるカル、それに伴ってやってきたハンナである。






「う、うう~~~~~!!!!!」

「全く、私は見直したんだよ? あれだけ練習嫌がってたのにちゃんとやってるんだから! 何か嫌なら私が見ておいてあげるから! 早く戻りなさい!」

「……」




 ドワーフの血を引く大柄な彼女の気迫に押されたのか、ずけずけと戻っていく令嬢達。



 一人残ったカルがリーシャに話しかける。






「リーシャ、後ろの子達は……」

「あわっ!? えっと、私の友達です! 私の練習を見たいって言ってきて……」

「ああ、俺は構わないぞ。では早速準備に入ろうか」

「質問、質問でーす」



 エリスが手を挙げてカルの視線を引く。



「何だ、俺に答えられることかな」

「はい、多分恐らく。さっきの生徒が選定の雪灰灯ライムライトが持ち出されたって話していたんですけど、本当なんですか?」

「ああ……」




 カルは考え込む素振りを見せてから答える。






「……恐らく間違った事実が伝わっているのだろう。俺が聞いているのは、聖教会が最近アルーイン大劇場を探っているということだ」

「げっ、きな臭い集団だぁ」


「でも、何で大劇場なんかを?」

「文化的で政治に何も関与していないからこそ、何か隠しているのではないかという思惑のようだ」

「うっひゃー言いがかりもいい所だ。演者さんにはいい迷惑だよ」

「全く持って、その通りだ……」

「とにもかくにも、そんな間違った噂話にさっきの子達は懸けようとしたわけだねっ」




 はぁと溜息をつくギネヴィア、続いてカタリナ。




「うーんもうねリーシャちゃん、あんなの構う必要ない! 構われてもさっさと逃げる!」

「でもさっき完全に道塞いでたけど……」

「この瞳の力を込めた護符でも作ろうか」

「!?」


「まあそれは追々検討するとして、準備に移ろう」

「はぁーい!! カル先輩ありがとうございましたー!!」

「ちょちょ、ちょっと待ってください!?」




 カルの提案にどぎまぎするリーシャ、餌を与えられた魚のように跳ねるエリス。






(これこれ! こういうのだよカタリナ! こういうのが見たくて来たんだよ!)

(そうだったの……?)

(初めて目の当たりにするけど、本当にリーシャちゃんとカル先輩はいい雰囲気だなあ)






「ああそうだ、リーシャ」

「はいっ!?」




 急に呼び止めて立ち止まる二人。



 向かい合う二人。きりっとした瞳が動転するポニーテールの少女を見つめる。






 新たなる餌が貰えるとわくわくするエリス。便乗を決心したギネヴィア、まだ微妙に乗り切れていないカタリナ。






「……」



「……いや、何でもない」

「あ、はい……」




 ずこーとすっ転ぶリーシャの友人二人をさておき、それぞれ倉庫と更衣室に向かう二人であった。











(……匂い)


(あの時確かに、そう聞こえた……リーシャの匂い……)




(……この先彼女はそれと対面してしまう可能性が高い。聖教会が何をしてくるかわからない以上……)


(それは……それは、彼女に……酷ではないのか……)


(だとしても、どうしたらいい……俺はどうしたら止められる……)






(それと聖教会の話もだ……連中は最近やけにビフレスト島について探っている)


(概ね感付いたのだろう……氷の小聖杯の場所に。だが一方で『パルジファル』について探っているから、リンハルト様の作戦はようだ)


(……)






 準備の傍ら、カルは暦を思い出した。今の季節は秋で九月だ。




 物憂げに落葉に身を溶かしていると、あっという間に冬が来る――






(最近になって、俺の周囲ではそういうことばかりが起こっている)


(いよいよこの血に宿る呪いが、表出するのかもしれない……)




(……そうしたら、俺は何処に行ってしまうんだろうな、ヴェローナ?)

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