第52話 はじめての夏休み

 少年少女の街中探検も終わり、季節はまさに陽炎立ち昇る頃。太陽の光に貫くように降り注ぎ、熱波は生命達から力を奪っていく。過保護なまでの太陽の寵愛を受け、花は咲き作物は実りを見せる。






「ねえエリシア? 船はもう着いたかい?」

「まだよあなた。もうこれで十回も訊いたじゃない」

「そっかありがとう。いやまだ十三回だから」

「会話が噛み合ってないにゃ……もう駄目にゃ」



 現在はグランテェスターの港にいるペンドラゴン一行。ユーリスは埠頭に腰かけ、手を顎につけて遥かに見える水平線を凝視していた。



「まさか手紙の日時が間違ってるなんてことないよね?」

「わざわざ嘘つく理由がないにゃ」

「でもこの時間って書いてあったよね?」

「数分程度なら誤差だろうがよ」

「むわああああ……!!」



 ユーリスは大きく膝を揺らしますます目を見開く。




 そこに丁度、船笛が鳴り響いた。



「あら……船が来たみたいね」

「エリスぅぅぅぅぅ!!」



 我先に到着した船に向かって駆け出していくユーリス。



「……あいつここまで親バカな性格だったか?」

「もう……たかだか三ヶ月じゃない……」







「……『さあ、束縛の夜、運命の牢獄から飛び立って』」

「……」


「『解放の朝、黎明の大地に翼を広げよう』――ふふんっ」

「着くぞ」

「はいはーい、わかったー」




 船笛の音が聞こえたのに合わせて、エリスとアーサーと鞄を抱え、カヴァスを伴いわらわら船を降りる。




 降り立った先はグランチェスター。アヴァロン村からアルブリアに向かった際にも訪れた港町である。アヴァロン村から向かう際には、大都市リネスよりもこちらの方が都合がいいのだそう。




「着いた~。久々だね、アンディネ大陸」

「……そうだな」

「ワン!」



 その時、やや強めの風が吹き、エリスの白いワンピースが風にそよぐ。



 と同時にアーサーのパーカーが頭に覆い被さる。



「わわっ……風強いね」

「……」

「……何でパーカーにしたの?」

「これしかなかった」



 アーサーがフードを外していると、猛進してくる人影が一つ。





「うぉぉぉぉぉぉ!!! エリスぅぅぅぅぅぅ!!!」



 ユーリスが両手を広げてエリスに抱きかかる。避ける間もなく受け入れざるを得ないエリスであった。





「むぎゅう……!」

「エリス!! 久しぶり!! 元気だった!? 風邪とかひいてない!? 苺は美味しかった!? あと勉強どう!? いじめられてなごふっ!!!」

「お前なあ……お前なあ……」



 ジョージがユーリスに稲妻を落としながら、ゆっくりと歩いてきた。後ろにはエリシアとクロも一緒だ。



「エリス久しぶりね。元気にしていた?」

「うん、元気だよお母さん。友達もできたし、勉強も面白くて……話したいこといっぱいあるなぁ」

「あら、それは良かったわ。アーサーはどう?」

「……別に」

「どういう意味にゃそれは」



 ここでがばっと起き上がるユーリス。ジョージが勢い余って若干よろめいた。



「そうだね! 家に帰ってご飯を食べて、くつろぎながら話を聞こう!」

「さあ……やけにテンション高い馬鹿はともかく、帰るとするか」

「ジョージ!? 何か急に当たり強くないかい!?」






 こうして一行が馬車を停めている所に向かうと、


 そこには小規模の人だかりができていた。



「あれ、皆どうしたんだろ?」

「ちょっと話を訊いてみよう」




 ユーリスは望遠鏡を覗いている男性に話しかける。




「ん? ああ、もしかしてお帰りの方かい?」

「そうなんですけど、この人だかりで何があったのかなーって」

「なんてことはねえよ。『バルトロス』がこの近くまで狩りに来てんだ。だから狩りが終わるまで、揃って礼儀正しく待ってるってわけさ」

「バルトロスか。あいつなら仕方ない」



 エリスとアーサーは心当たりのない名前に首を傾げる。



「ああ、エリスはバルトロス見るの初めてか。すみません、望遠鏡を貸してもらっても?」

「どうぞどうぞ。こんな近くでお目にかかれる機会は滅多にないし、見ておきな」

「はい……」



 エリスは男に代わって望遠鏡を覗く。





 明るい橙色の鬣、鋭い眼差し。頑強な四肢で獲物を踏みつけ唾液を滴らせ口を開く。


 踏み付けられた獲物は、重圧から逃れようとか細い四肢を動かす。だがそれも数分もしないうちに治まり、突き付けられた運命を受け入れる。


 鋭利な牙に貫かれ、獲物は瞬く間に肉塊に代わる。百獣の王とも呼ばれるその生物は、悠々と口を動かし至福の時を過ごしていた。





「……うわあ。お食事中だったよ。アーサーも見てみてよ」


「……これは」




 エリスと入れ替わりでアーサーが望遠鏡を覗く。彼は感心しながらその様子を眺めていた。




「今見てもらったライオンがバルトロス。凶暴で誰も手をつけられないが、縄張りに入ったり狩りの邪魔をしない者には一切手を出さない。誇り高い野生の戦士って所だな」

「名前は聞いたことあったんですけど……実際見るとすごいな」

「そうだろうな。しかし、俺は今までも何回か奴を見たことあるんだが……今日のバルトロス、何か調子悪そうだったな」

「そうなんですか?」

「左足に傷があった。もう血は止まっていたが、深そうだった」



 アーサーも望遠鏡から目を離して会話に合流する。



「そうだったか。あのバルトロスに怪我を負わせるとは……」

「一体どんな化物と戦ったらそうなるにゃ?」



 そんな話をしながら、一行は戦士の食事が終わるのを待つことになった。







 それから二時間程度待ち、馬車をさらに走らせること数日。魔術に頼らず長い時間をかけてアヴァロン村に帰ってくる頃には、すっかり日は傾いていた。




「ただいま!」



 エリスは馬車から飛び降り、久しぶりの生家を見上げる。特に変わった様子はないのだが新鮮さを感じた。



「懐かしいな。といっても三ヶ月ぶりだけど。色んな事があっという間だったな……」

「……」




 エリスが耽っている間、アーサーは家の隣の倉庫をじっと見ていた。




「ん? 何だアーサー、倉庫なんてじっと見て」

「……中を物色したい」

「え? 別にいいけど……まさか君、農業に興味を持って……!?」

「おら、黙れ黙れ。まあ飯までの時間潰しにはなると思うぞ」


「アーサーのしたいことはわかるよ。でもその前に荷物置きに行こう。身体が重かったら何にもできないよ?」

「ワン!」

「……わかった」

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