第11話 料理部の出会い

 そうしてエリスとアーサーは四階の調理室にやってきた。中に入ると大体八十人程度の生徒がすでに着席しており、当然ナイトメアもいるのでかなり狭く感じられる。



「あ、新入生の子かな? じゃあ前の方に座ってねー」



 中に入るとすぐに先輩らしき生徒に呼びかけられて、二人は前の方に座る。教室と同じように隣合わせ、向かい合わせになった。



「えっと……もう時間? 始めちゃおうか?」

「まだ三分あるわ。もうちょっと待ちましょう」



 黒板の前に座っている生徒がそう言ったのが聞こえた。どうやらまだ部集会は始まらないらしい。





「ねえねえ……お話しようよっ」



 エリスがせわしない様子の先輩達を見ていると、後ろから肩をちょんちょん叩かれた。



 振り向くと薄茶色のポニーテールの生徒が水色の瞳をきらきらと輝かせて、こちらを見つめている。エリスと目が合った瞬間、彼女はにこっと口を開いた。



「私、リーシャよ。リーシャ・テリィ。この子はスノウっていうの」

「スノウなのです! リイシアのナイトメア、なのです!」

「あはは。この子ね、ちょっと口が回らない所があるけど……雪だるまみたいで可愛いでしょ!」



 調理台の上にいたナイトメアがエリスに駆け寄り頭を下げる。頭と胴体の二頭身で厚着をしてマフラーを巻き、ニット帽を被って雪のように白い肌を覗かせている。人間なら五、六歳程度で、主君が言う通り雪だるまのような雰囲気がある。



 エリスもスノウに合わせて頭を下げると、スノウは台から飛び降りてリーシャの膝に収まった。



「よろしくね、リーシャ。わたしはエリス、エリス・ペンドラゴン。えっと……ナイトメアは恥ずかしがり屋だから出てこないの。あと、苺が好きなんだ」

「ふーん。そうなんだ。まあそんなこともあるか……それより苺美味しいよね! 私も好きだよ! エリスは苺が好きだから料理部にしたの?」


「それもあるかな。あとは家政学で裁縫取ったから、取れなかった料理の方を補おうかなって」

「あー、家政学裁縫なんだ。私そっち料理にしたんだよね」

「……料理の授業と料理部で、将来はコックさんにでもなるの?」

「そんなつもりはないよー!? ただね、えーと、私曲芸体操部と掛け持ちしようと思っててさ。折角の学園生活なんだし、二つ活動入ってみたいじゃん? それで掛け持ちできる活動が料理部しかなかったんだよね」


「はへぇ……掛け持ちするなんてすごい行動力だあ。二つも活動するなんて、考えられないや」

「条件を満たせば三つ掛け持ちできるらしいよ!」

「うーん、わたしには縁遠い世界だぁ」





 そうエリスとリーシャが会話している様子をアーサーは黙って見ている。彼の隣に座っている生徒も同じく黙って見ている。



「……」

「……」

「ワン?」

「ガルル……」



 隣の生徒は紺色の髪がツンツン頭にまとまっている。リーゼントとか別の呼び名があるかもしれないが、ツンツン頭と形容するのが彼らしいと、そう思わせるような温和な顔付きをしていた。


 今はエリス達の方に身体を向けているが、緋色の瞳はちらちらアーサーの方を見ている。隣同士ということもあってか関わりたい模様。


 カヴァスは彼の連れている黒い子竜を興味深そうに見つめ、子竜はカヴァスではなく生徒を黙ったまま見つめている。




 少しの間ナイトメア同士が互いに見つめ合っていると、隣の生徒は遂に決心した様子で、アーサーに話しかけてきた。




「……なあ、あんた」

「何だ」


「……おれ、ルシュド」

「そうか」


「……こっちは、ジャバウォック」

「そうか」


「……あんた、あなた、は?」

「……」

「……嫌、答え、いい」



 そうしているうちに三分経ったのか、生徒達に静かにするように声をかける先輩の声が聞こえてきた。アーサーとルシュドは特に友好関係が進展する様子もなく、そのまま前を向く。





 それから部集会が始まり、何事もなくとんとん拍子で進んで行き――



「じゃあ一年生の連絡係ー」

「はーい。リーシャ・テリィでーす」

「リーシャっと……よし、これで全員決まりっ」



 集まった部員は八十八人、そのうち一年生はエリス達含めて九人。リーシャはそんな九人の意見をまとめ上げ、円滑に進行を務めていた。それが全員に好印象を与え、満場一致で連絡係に決定されたのだった。



「連絡係には私から連絡が行くので、同じ学年の子に伝えてください。では次は活動計画の確認です。配った資料見てください」



 部員達は一斉に手元にあるプリントを見る。



「基本的に週二日、火曜日と土曜日にやります。火曜日に何作るかと食材調達の分担話し合って、水木金で食材買って土曜日に集まって皆で作るって感じです。なので土曜日忙しいって場合は休んでも大丈夫です。基本皆で料理作って楽しもうって趣旨の活動なんで。でも休んだら後で連絡くださいね。その時は部長でも連絡係でもいいです」


「あと学園祭には出店を出します。夏休み終わったら話し始める感じで、これについては夏休み近くなったらまた連絡します」



 一旦間を置いて生徒達の様子を確認した後、更に続ける。



「えー、活動についてはこんな感じ? あ、そうだ。活動するにあたってエプロンと三角巾が必要なので各自で買ってください。第二階層におすすめの店あるので、この後来てくれたら教えますよ。そこで買う時に料理部だってこと伝えれば一割引きにしてくれます。まあこんなもんかな……」



 部長が説明し終えた後、調理室の扉が開いて誰かが入ってきた。その人物を見て、一年生達は目を見開く。




 その人物は頭が魚になっていたからだ。頭の先は尖って、目はぎょろりとまん丸で、白と青が混ざった青銅のような肌色。しかしそれ以外の生徒達は薄ら笑いを浮かべながら受け入れている。



「セロニム先生、来るの遅いですよ。あと頭が魚になっています」

「えっ、本当かい。急いできたからかな。よっと」




 セロニムが手を一回叩くと瞬時に魚の頭が人間の顔に戻った。コバルトブルーの長髪にウェーブがかかっており、雫の形のピアスをつけている。




「あ、一年生は魚人を見るの初めてな子もいるか。魚人って頭か腰から下のどっちかが魚になっていて、自分の意思で人間と同じ形状に戻せるんだよね。まあそのうち慣れるから」


「それはさておき僕はセロニム。料理部の顧問をやらせていただいている。普段は属性魔法学の水属性を担当しているんだけど、三年生以下は取れない授業から会うことはないね。でもこの一年楽しんで行こう。あ、別に顧問が魚人だからって魚料理にしてもいいからね?」



 生徒達の中からクスクスと笑い声が聞こえた。



「んー、僕からはこんな所かな。何か質問ある?」


「……ないようなのでこれで終わりにします。来週から本格的に活動開始です。大勢の前では聞けなかったことあったらこっちまで来てくださーい。あと店のこと知りたい人も」



 部長がそう言うと、生徒達は立ち上がり移動を開始する。






「それじゃ私曲芸体操部の集会行くから。これからよろしくね、バイバイ!」

「じゃあね、リーシャ……あ、待って!」

「リイシア、待つのです! エリス、どうしたのです?」



 スノウに引き留められたリーシャは、おっとっととバランスを取りながら振り向く。



「ねえねえ明日さ、一緒にエプロン買いに行かない?」

「おっいいね~、賛成! でも時間ないから……場所聞いといて! そして明日百合の塔の入り口に集合ね!」

「うん、わかった。ごめんね引き留めちゃって」

「全っ然! じゃあねエリス!」

「ばいばいなのです!」



 足早に去って行くリーシャ。彼女を見送った後、一年生で現在残っているのはエリス、アーサー、ルシュドのみになった。



 早速エリスはルシュドに声をかける。



「ねえ、今の話聞いてた? えっと……」

「……あ、ああ。ルシュド、ジャバウォック」


「よろしくね、ルシュド。それでさっきのエプロンの話、一緒に来ない?」

「え……おれ、いい?」

「もちろん。同じ活動なんだから」

「うう……」


「ここは行っとけよルシュド。皆と仲良くなれるチャンスだぜ?」

「ワン!?」



 子竜ジャバウォックが喋った途端、アーサーは驚いて彼を見つめる。カヴァスも同様に驚き吠えた。



「……喋れるのか」

「喋れるぜ? ただ俺があんまり口を挟むとこいつが喋らんなくなる。こいつは口下手だから喋らせる訓練をさせてるのさ。んで、行くんだろ?」

「……行く。明日、えっと……」


「百合の塔のロビーに集合でいい?」

「え……? でも、女子……おれ、男子……」

「日中のロビーなら男子でも入れるってガイダンスで言ってたから大丈夫だよ」

「あ、そうだった……じゃあ、おれ、行く、百合」



 ルシュドは胸を撫で下ろした後、両手の拳を握る。



「うん、それでよろしくね。あ、あと関係ない素振りしているけど、アーサーも一緒だからね?」

「……あんたが行くのならオレもついて行くだけだ」

「はいはい。それじゃあ訊きに行こう。ルシュドも一緒に行こうよ」

「あ、ああ」



 エリス、アーサー、ルシュドの三人は部長の元に向かう。



「おれ、名前、覚えた。エリス、アーサー。あと……」

「この子はカヴァスだよ。よろしくね、ルシュド、ジャバウォック」

「……よろしく」

「よろしくなっ!」








 翌日、エリス達の朝食の場にて。




「ねえねえアーサー。今日は買い物に行くんだからね」

「ああ」

「ワン!」

「うん、カヴァスもおはよう。どんなのがあるか楽しみだね」



 パンにバターを塗りながらエリスは話しかける。アーサーは黙々と何も塗っていないパンを口に詰め込んでいた。足元で吠えられているのが五月蠅かったのか、時々パンの切れ端をつまんでカヴァスに与えている。



「火属性魔法が上手く使えれば美味しいトーストができるのかな……なんて」

「……終わったぞ、次は何をすればいい」


 

 玉ねぎのスープを流し込み、一切の食事行動を終えるアーサー。



「……早すぎるよ。もうちょっとゆっくり食べなよ」

「食事が遅れて命令を聞けなくなったら馬鹿にならない」

「……じゃあ、買い物の準備してて」

「わかった」




 ソファーから立ち上がり空になった食器を手に持ち、アーサーはキッチンに向かう。




「もうちょっとゆっくり食べればいいのに……ねえ、カヴァス?」

「ワンワン! ワワン!」

「……ん? 何かわたしに言いたいことでもあるの?」

「ワワンワン!」

「……だめだ。やっぱりアーサーじゃないとわかんないか」



 エリスはカヴァスをじっと見つめる。



「……やっぱり、もふもふだなあ……」



 純白の毛並みが柔らかく、目は綺麗な形の丸で愛らしい。だがその中にも不思議な高潔さを感じさせる。






「アーサー、聞こえる?」


「何だ」



 彼の自室から返事が聞こえる。食器を洗った後荷物を取りに向かったのだろう。



「他の子とか見ていてわかっていると思うけど……ナイトメアって自由に消えることができるんだよね」

「……」


「主君の中に魔力化して入ることによって、出てきたり消えたりできるんだけどさ……」

「……」

「……カヴァスはそれっぽいことしてたけど。アーサーはできないの?」




「……オレはできない」

「……そっか」






 朝食を食べ終えた後、二人は約束の通り百合の塔へ向かった。



「……そういえば塔の中に入るのって初めてかも」



 そんなことを思いつつ、エリスは開かれた門を通る。




 入ってすぐの場所はロビーになっており、白亜の壁が美しい。門を入ってすぐに噴水があり、周囲には大勢の生徒が屯って会話に花を咲かせている。




「あっ来た来た! こっちこっちー!」

「こ、こっちだ」

「おはよう、二人共~」




 エリス達は自分達に向かって手を振る生徒を見つけ、そして駆け寄る。リーシャとルシュドが先に来ていたのだ。




「おはよう……わあ、エリスの服可愛いっ」

「えへへっ、ありがとう。このブラウスお気に入りなんだ。フリルが可愛いでしょ」

「そうそうそれ! 私まともなトップスは麻のシャツしかないから……それを隠すためのオーバーオールって感じ」

「えーでもオーバーオール似合ってるよ~」



 エリスとリーシャは互いの服装を褒め、ルシュドはぎこちない笑顔を浮かべながらそれを見つめているが、



「おい、オレ達は服を見せ合うためにここに来たんじゃない。早く店に行くぞ」



 アーサーの苛立った声によってそれも終了した。




「……ちょっと立ち話してただけでしょー。いいじゃんそのぐらいー」

「大概にしろ。オレが止めなければずっと話しているつもりだっただろう」

「素直に首を横に触れない悲しさ」

「使命があるならそれを優先しろ。行くぞ」

「あ、ああ、待って……」



 リーシャに冷たい声で言い放った後、アーサーは一人門の方に歩いていく。それをルシュドは慌てて追いかけていった。



「かーっ。アーサーはガールズトークの何たるかを全然わかってないわ」

「……ごめんね。アーサーはいつもあんな感じで……」

「まあ出会って翌日だし、あの態度もちょっと仕方ないかも? でも凄い上から目線で……うーん! こんなことしてたらまた怒られるね! 行こう!」

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