第452話 夜明けの時・前編
「……」
「……終わったと思うか?」
「ああ、私は思う」
「僕もだ」
「私もだよん」
「……それなら断言できる。この反逆は、終わりを迎えた」
半壊で留まった校舎に、気が抜け落ちたように寄りかかるアドルフ。
ルドミリアは周囲を見回し、丑三つ時の空に目を細めた。
シルヴァは剣に付いた血を拭きながら、渾身の溜息をつく。
トレックは子供のように地面に身体を投げ出したい衝動を堪え、震える両足で地面に立っていた。
「だが我々の仕事はまだ残っている……」
「そうだな、自分の領地に戻らないと……部下に任せっ放しだったからな」
「おーいクソチビ。戻るんなら私らも連れてけや」
ローザとアルシェスが、ドスを利かせた声色で、にんまり笑顔で窓から顔を覗かせる。
「ふっ、そうだな……おんぶでもしてもらおうか。少し、足が疲れた」
「だとよ」
「素直になることを覚えてくれて何より☆」
「ちょっとロザリン! 僕も行くよ! 置いてかないで!」
「全く、なら勝手に消えるんじゃねーぞっと」
アルシェスに抱きかかえられて、そのままトレックは連れて行かれる。ぱたぱたとその後ろをソラがついていく。
「……まだあの化物の死体は残っているな」
「流石に古いのは消えかかってるね……消えかかってる?」
「ほら、やはり謎だらけだ……屋敷に持って帰らねば……」
「ルドミリアは仕事熱心だなぁ」
「これを解明することで対抗策を練れる……この戦いは幕開けだ。これから始まる大きな戦争の……今までのグレイスウィルでは、きっと生き残れない」
「……」
「……まあでも、それが終わる頃には、こうして血を流した今も教科書に載るんだろうな」
「仮にそうなったら、この戦いはなんて名前になると思う?」
「そうだな――」
夜明けへの反乱、なんてどうだ?
「……マァーローン……」
「アタシ……」「いいですよ、僕が許します」
「……うわああああああん……!!」
フィルロッテは泣きながら葉巻を取り出し、丁寧に火を点けて吸う。
「あ゛ー!!! うめえ!!! 最高だー!!!」
「そりゃあ仕事して吸う葉巻ですものね」
「暫くは働きたくねえけどなぁ!!!」
「まあルドミリア様も何かしら配慮してくださるでしょう」
そう言うマーロンは、先程からずっとそわそわしている。
「子供の心配か?」
「……はい。マチルダは人の助けになりたがる傾向がありますから……それで死んでたらと思うと……」
「おとーさんっ!!」
その声は心配を難無く吹き飛ばしてくれた。
「マ、マチルダっ……!!」
「へへっ! あたしは無事だよ!」
「うっお葉巻くっせえ!!!」
「五月蠅えなあアタシのささやかなひと時に難癖つけんな!!!」
マチルダと一緒にやってきた生徒、ラディウスは手をぶんぶん振って顔を顰める。
「にしてもこの大惨事だ。アスクレピオスにも救援を求めないと、そのうちいけなくなるかな?」
「マーロンさん絶対僕のこと見て話題にしましたよね?」
そこに待ち兼ねた人物がやってきた。
「……ああ。もう数ヶ月も離れていたような気がするよ。懐かしの我が家……」
おぼつかない足取りで、
目にだけ渇望を実らせて、ルドミリアは進む。
一瞬倒れ込みそうになるが――
「お母様!」
「……っ」
急いで屋敷から出てきたリティカに支えられる。
しかし彼女の方も満身創痍で、一緒に落ちてしまった。
「え……えへへ。私、お母様と、そっくり……」
「……リティカ」
マーロンがポーション、フィルロッテが包帯を抱えてやってくる。流れでマチルダとラディウスも一緒だ。
「……済まないな」
「謝ることではございません。我々以上に辛い責務を全うしてきた。それだけで十二分に、誇らしい御方であります……」
「……うぐっ……」
「フィル……どうやらお前も頑張ってくれたようだな」
「……し、暫く働かないからねっ!!!」
「ちょ、今言う台詞それー!?」
「いや、いつものフィルらしくていいよ。ふふ、少し落ち着いてきたかな……」
ポーションが身体を温めてくれるのを感じながら、ゆっくりと身体を起こす。
聞き覚えのある声がする。ジャネットが魔法具片手に、崩れ落ちた街を奔走しているのだろう。後で彼にも謝礼を渡さなければ――
「早速事後処理……と行きたいのだがな」
「ええ。貴女が戻ってきてくださったお陰で、リティカ様を休ませる理由ができました」
「おいリティカ、暫く従姉様と二人きりで過ごしな。アンタ仕事しすぎだ」
「……叔母様にそう言われるなんて」
「その呼び方やめろってつってんだろ……」
「あたしや父がどうにかするんでしっかり休んでくださいねっ!」
「便乗して僕も手伝いますよ、先生」
「……頼れるな、本当に」
「兄様ーーーーー!!!」
「アドルフ様ーーーーーー!!!」
「某が主ーーーーー!!!」
アドルフがウェルザイラ家の領地、第三階層に戻ってくると――
すぐに身内に囲まれ、担ぎ上げられる。
そしてそのまま、屋敷の自室。
ベッドに寝かせられた隣で、妹のアメリア、その夫のヘンリー、腹心のチャールズが咽び泣いている。
「アドルフ様、アドルフ様っ!!! 貴方が前線に向かうと聞いて、某は身がつままれる思いでいましたぞっ!!!」
「僕も入り婿としてずっと心配に思っていました!!!」
「お兄様~~~!!! あの時見せた背中が最期の姿ってことにならなくて、本当によかったぁ~~~!!!」
「……何してるんですか、もう」
いつもの筋骨隆々スタイルのアビゲイルが中に入る。
冷水やら氷嚢やら、看病に必須な道具を持ってきてくれたのだ。
「アビゲイル殿!! 恩に着る!!」
「……チャールズが懇意にしているっていうフリーランスか」
「アビゲイルと申します、今後とも御贔屓に」
<伯父上えええええーーーー!!!
<学園長ーーーーー!!!!
「……まだ横にはなれなさそうだな」
開けっ放しの扉をどかどかと入ってきたのは、
甥っ子のリュッケルトと同僚のヘルマンである。
「伯父上!! 僕はですね!! ずっと後方支援しながら心配してたんですよ!! 尊敬する伯父上がいなくなってしまったらどうしようってずっと!!!」
「私も後方支援しながら同じことを考えておりましたっ!!! 私学園長の影響で教師になったようなもんですからね!!! 他にも心配している生徒とか農家の方とか、いっぱいいらっしゃいます!!!」
言われると窓から駆け付けてくる人々の姿が見える。
「あー……わかった。お前達の気持ちは十二分にわかった。だから……今はどうか、横にならせてくれないか?」
「睡眠薬ー!!! 兄様が眠れるように睡眠薬をー!!!」
「このお疲れなら薬効ポーションで十分でしょう……外部の私だけか、荒ぶってないのは」
第二階層。商店が多く立ち並ぶ、人々の暮らしの拠点。
カーセラムを経営する、バンダナがお似合いの中年男性、通称おやっさん。
彼は肉体に鞭を打ち、瓦礫の掃除を行っていた所だ。
「……おやっさん!! 無事か!?」
「んあ、その声は……ガゼルか……」
「てめ、今にも倒れそうじゃねーか!!!」
「あークオーク済まないな……でも足がふらつくだけだから……」
「だからって何だよだからって!!! 休めよ!!!」
「シャゼムもいるか……東通りの方にゼラさんがいる。ご両親もいたから顔を見せてこい」
「そうさせてもらうぜ!! ばあちゃーーーーん!!!」
「……あれ? 回復魔法って思ったのにモニカがいない!?」
「あー、あいつならここに来る途中で花摘みとか何とかいって別れた……」
「いや、逆によく悠長にできるなぁ!?」
そうしてばたばたしている状況にトレック達アールイン家御一行がやってきたのだ。
「……ひーっでえ」
「これはこれはトレック……さ、ま、」
「疲弊して……それもそうだな。この状況で疲れてない輩がいるのか?」
「前線に出てない奴? フィルのクソ引き籠りとか?」
「流石のあいつも仕事はしてい……おいアルシェス、ずれ下がっているぞ。ちゃんと支えろ」
「サーセン☆」
舌を出してぺろっとする間に、ソラはおやっさんに駆け寄っている。
「僕も瓦礫の片付け手伝います!」
「おう、悪いな姉ちゃん」
「なんのなんの! ロザリンは……トレック様が先かな?」
「おう、このクソチビ寝かしつけてからまた来るよ」
「そんな年じゃないぞ僕は……ぐふっ」
「おんぶねだった奴が言う台詞か~!?」
そして第一階層。現在アルブリアに住まう人々の大半はここに逃げてきたため、今にも中身が破裂しそうな状況であった。
一般人の家やこじんまりとした店の中、とにかく空いている場所には人を押し込め、無理矢理空間を確保している。
「……ぐにゅう……!!」
あられもない声を出して押し潰されるのはレーラ。魚人の隠れ家である喫茶店「キングスポート」にも、当然命令が下され人が詰めかけている。三十人が良い所の店内に、七十人ぐらい押し込まれているのだ。
「にゅおおおお……わああっ!?」
「レーラさん! お疲れ様です!」
腕を引っ張ったのはパールであった。カウンターに座らされた後、奥からはセロニムもやってくる。
二人はずっと働き放しだったのか、髪も服も乱れて見てくれを気にしなくなっていた。
「あ、ああ! 二人共無事ね!?」
「ええ、僕化物が出てからすぐにこっち来ましたからね!」
「第一階層が混むってセロニムさんの読み、当たってしまいましたね……!」
「多分アルブリアに王都を移してから初じゃない!? こんなに一杯いっぱいになるの!?」
<失礼しまー!!
<ちょっと、ああ、ごめんなさい!!
「……あら! ウェンディにレベッカ!」
「「お疲れ様でーす!!」」
重厚な鎧を着た二人が、人波を掻き分けカウンターまでやってくる。椅子に座った途端ぜーぜーと息をついた。
「先輩がこちらに入っていったのを見て、慌てて追ってきて……!!」
「何はともあれ一先ずお疲れ様です!! 本当に、無事でよかった……!!」
「私達後方支援が主だったものね……前線には……そうだ、アルベルトやユンネが……」
「カイル君にダグラス君、今頃忙しいのかなぁ……」
「ゆったり話せるのはまだ先になりそうよね!」
お通しとして出された果実水を飲み干した後、ウェンディとレベッカは帰る態勢に入る。
「では私は医療班としての仕事があるのでー!!」
「私も伝令としての責務があるのでー!!」
「忙しい中ありがとうー!!」
「……ってレーラさんはどうするんですか」
「私? 私は……うーん……」
「多分今なら何処行っても歓迎されると思いますよ。何せ人手が足りなさすぎる」
「……そうね、ここにいるぐらいなら身体を動かしましょう。行ってくるわ!」
「はいはい!」
「また落ち着いたら、ここでお茶でもしましょう!」
一方こちらは領主館。小高い丘の、島に空けられた窓から海が見える立地にある。
現在カルファの指示で、負傷者のみならず一般人で体調を悪くした者も、臨時で治療を受けている状況だ。
「皆様お元気ではありませんねーっと」
「……!!!」
同室に入れられて治療を受けていたカベルネとティナ。上司の姿を見るなり身体を起こそうとした二人を制し、マイケルとミーガンが歩いてくる。
「シルヴァ様、自分はカベルネの弟のマイケルです。姉がお世話になっています」
「ティナの兄のミーガンですぅ。妹がお世話になっていますぅ」
「うーん弟と兄。立場が違っても心配する気持ちは変わらず。何かもうありがとうっ!」
隣り合ったベッドに寝かせられているカベルネとティナの、間に入ってしゃがむ。
「……シルヴァ、様ぁ……」
「すみません、このような……」
「いや。無理をさせてしまったのは私の責任だ。二人共宮廷魔術師になったばかりで、こんな戦闘に駆り出されるのはこれが初めてだもの」
「そ、それは……土蜘蛛のやつが……」
「あれは対魔物、対自然だから。今の戦いは対人間、同じように心を有し、そして生きてきた相手を殺してしまったんだ。精神的にはどちらが来るかと言われたら、私は断然後者だと思うよ」
「……」
顔を覆うカベルネ。眼鏡を外してハンカチを手にするティナ。
「あ、あたし、あたし……ぐさってナイフやられて、痛くて、咄嗟に、魔法で……」
「いいんだ。それは正当防衛だ。マギアステルが許さなくても私が許す」
「……先輩が、私を庇って、怪我して……私、化物相手に、動けなくなって……」
「誰だってそう反応してしまうものさ。ただでさえ敵だらけで、どこから襲ってくるのかわからない状況ではね」
「「うわあああああああ……!!!」」
まるで保護者かのような上司に、慰められる部下二人。
そんな様子をマイケルとミーガン、遅れて戻ってきたカルファが、一歩引いた所から眺めている。
「……あいつ、こういう時に限ってまともなりょーしゅやりやがって」
「ナイトメアがそれ言うんですか?」
「ナイトメアだからだよ。ふだんはおれの扱いすっげー雑なんだぞ?」
「想像つきませんねぇ」
「じじつはくーそーよりもうんぬん……二人の気が済んだら仕事一気に押し付けるかんなー」
「てかセーヴァ様は戻ってきていないんです?」
「戻ってねえよあのクソ野郎は! 全く、グレイスウィルがたいへんな時に、ほんとどこほっつき歩いてんだー!?」
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