第366話 何でもない冬の日々・その一

「そーれワンツートロワーキャトルー!!! もっと腰を上げてー!!!」

「うおおおおおおお!!!」


「うがああああああ!!!」




 遂にマッスルキングダムに振り下ろされ、背中から態勢を崩すイザーク。




「……いとぅあい」

「……」


「何か言えよオマエ」

「ワンワンッ!!」

「え? 何今取り込み中なの?」






 振り向くと、アーサーはペンチプレスをじっと持ち上げ、深く息を吐いている。






「十八……十九……二十。よし、一旦終わりにしよう」

「ふー……」




 ゆっくりと下ろし、その後は素早く降りてきて水を補給する。先に休憩に入っていたイザークは呆然としていた。




「……何キロっすか?」

「十キロだったかな……」

「やるねえ……」

「お前もどうだ。五キロから始められるぞ」

「最低ラインそこなの?」

「これぐらいからではないと筋力はつかん」




 トレーニングルームは今日も大盛況。直前で体力や筋力をつけておきたい生徒が詰めかけ、四十分交代で列ができる程。


 チャールズやそのナイトメア、オーガのフィリップも揚々と訪れては、軽い気持ちでやってきた生徒に地獄を見せている。本人にそんな気は全くないのが却って逆効果。




「……お疲れ、だな」

「ああ、貴方は……フィリップさん」

「……フィリップ、でいい。某は、ナイトメア……」

「主君が宮廷魔術師なんすから、敬意を払わないとダメっしょ」

「……いい子、達だ……」

「それほどでも~」




 そこでフィリップはアーサーとイザークの腕章を確認する。入退室の確認に使う簡単な物だ。




「……午後一時、入室。今は、三十五分……」

「じゃあ後五分で退室かぁ。よっしゃ、時間もねえし着替えようぜ」

「ああ」

「……忘れ物、するなよ……」











 一方の外も大盛況。魔術研究部が主導して、多くの生徒が魔術の訓練に励んでいる。


 エリスとカタリナもその中に混ざり、訓練に励んでいた所だった。






幻想曲と共に有り、ニブリス高潔たる光の神よ・シュセ!」

夜想曲の幕を上げよ、カオティック・――違う! 小夜曲を贈ろう、セラニス・静謐なる水の神よマーシイ!」




 ユンネが切り込むように放った、紫を纏った炎がカタリナの周囲に渦巻く。



 それを切り返した水飛沫が消火し、事無きを得た。




「……お見事。ここ最近の訓練で、レスポンスが結構早くなったんじゃない?」

「そう見えますか?」

「そう見えるわ」

「でもまだまだですよ……」

「謙遜しないで、素直に自分の実力を誇りなさい。その誇りは自信に、ひいては強さになる。驕りはいけないけどね」




 それで、と言葉を切ってエリスの方に振り向く。




「どうかしら、何か変わったことは?」

「……」




 ユンネ直伝の腹式呼吸。そして彼女が持ってきたベルトを巻きながら、それを幾度も繰り返す。




「……特にないです……」

「そう……おかしいわね、普段これでいけてるのに。臍の上を刺激して魔力の巡りを促す我が考案せし秘蔵のストレッチが、まさか効かない者が現れるなんて……」

「……」


「地面と言の葉を交わそうとするのは止して。どんな事象にも想定を超える例というのは存在するもの。偶々貴女がそうだった、たったそれだけのトゥルーリィー。それにこれ以外にも、魔力錬成のストレッチはまだ種類があるわ。諦めないで頂戴な」

「はい……」




 カタリナが水分補給を済ませ、二人に近付いてくる。




「エリス、またユンネさんと魔法の話してたの?」

「うん……」

「そっか……ユンネさんって騎士ですけど、魔法についても詳しいですよね」

「だってロマンの追求者だもの。剣も魔法も全てはロマンに回帰するわ。まあ一番のロマンは銃なんだけど」

「そうは言いますけど、実行に移して勉強するのって、並大抵の努力じゃできないと思うんです」

「並大抵の努力がなくてもどうにかできることはあるわ。それは素質。私は勉強に関して素質があったから、そこまで苦労せずに済んだのだと自己分析しているわ」




 ここでユンネは、エリスとカタリナの腕章を確認する。これはトレーニングルームや武術部で用いられてる物と同様である。




「んー、あと五分。名残惜しいけど私は貴女達に一時の別れを告げなければならないわ」

「あたしの訓練、付き合ってくれてありがとうございました」

「ストレッチも教えてくれて、ありがとうございました」

「いいえ、これも騎士の務めだもの。それじゃ、これからも訓練に励んで頂戴ね」











 四十分の訓練を六セット、合計二百四十分。つまりは四時間。


 休憩込みだと五時間半は到達するか。今日は土曜日なので、やや多めに訓練を入れてみたのだった。






「おっつかれ~」

「お疲れさん! ぜー……」

「疲れすぎだろ」

「ボクとオマエじゃ体力が違うんですー!!」




 演習場を出る辺りで四人は合流し、正門までの道を歩く。雪が積もって空気は冷たいが、それが心地良い程には身体は火照っている。




「どうだったの、トレーニングルーム」

「むっちゃ暑苦しいわ!!」

「服の臭い以上に汗臭いんだろうなあ……」

「でも慣れればそんなことはない」

「このアーサー夏から進歩していない……」


「何つーか、人数に対して部屋が狭すぎる感はあるよな!!」

「それは……そうだな。現に使用希望者の列が凄まじいことになっていたからな」

「だからボクらが素振りでもしてれば「お前に必要なのは基礎体力だ」「逃げ場なくさないでー!!!」




 そんな話をしていると、あっという間に正門まで辿り着いてしまう。








「……あれ」

「どうしたの?」

「お客様……かな」



 カタリナに続いて、アーサーとエリスもその人影を見つめる。どうやら学園から出てきたようで、正門を少し出た辺りでぼんやりと宙を見つめている。


 そしてその人影は、こちらに気付いたようだ。



「……あれ? イザークは?」

「え、後ろに……あれ、いない?」

「何処に行ったあいつ?」




「……君達、失礼」






 話しかけてきたのは茶髪に茶色い目の男性だった。




 紺色のコートに袖を通さず、背広のようにして羽織っている。風に煽られる様も合わさって、風格のようなものが彼から放たれる。恐らく整髪料で整えているのだろう、髪が日光に当たって微かに艶めく。






「はっ、はいっ」

「あたし達、ここの学生です」

「何か御用でございますか」



 思わず張り詰めた声で畏まった言葉が出てしまう三人。


 男性は一切顔色を変えずそのまま続ける。



「私はアドルフ様に用があって来たのだが、ここには不在でな。いそうな場所に心当たりはあるだろうか」

「えっと……学園にいないなら、第三階層のどこかだと思います。そこにもいなかったら、えっと、使用人の方に訊いてみるとか……でもアルブリアの外に出るようなことは、滅多にはないと思います」

「そうか。わかった、第三階層を探してみるよ。では失礼した」



 軽く会釈をした後、男性は正門から出ていく。すたすたと歩く様が流麗で、どこか美しさすらも感じられてしまう。








「……わかってるだろそんなこと」



「……テメエが知らないわけがない」



「……絶対、ボクがいたからこっち来たんだろ……」








「何か言ったかお前」

「いやーべっつにぃー!?!?」




 男性の姿が見えなくなった後、急に背後から現れたイザーク。




「ていうかどこに行ってたの?」

「忘れ物取りに行ってた! 演習場に!」

「はぁ」

「すぐに取りにいけっかなって思ったから、何も言わずに行っちまった! わりぃ!」


「……ならば、忘れ物は持ってこれたのか?」

「ばーっちりさぁ!」

「……」




 一緒に確認したので忘れ物はないはずだが――


 まあそんなこともあるだろうと、アーサーは特に不審には思わないことにした。











「あ゛~。魔力切れで頭くらくらしてきたぞぉ~」

「ブルーノさん、私交代しましょうか」

「お願いだぜティナっち~」

「……壊れてる」




 ウェディザイラ家の所有する魔術研究所。現在そこでは多くの魔術師やナイトメア、更に日雇いの主婦や退屈を持て余した老人等が招集され、作業を行っていた。

 

 内容は魔物玉の生成。今回の総合戦の鍵となる重要な魔法具である。




「つかこれさ、他の魔法学園でも作ってるでしょ? グレイスウィルだけが負担してるってわけじゃないでしょ?」

「そうなんだが、数が尋常じゃないからな。一魔物玉で魔物一匹だ。複数出せるのもあるが如何せんコスパが悪い」

「命令式を魔力に変換、それを内部に組み込み、煙状にした魔力を更に吹き込んで……簡単且つ単純」

「だから脳みそ溶けちゃうんだよな~。はーつら」

「でもあたし達、こっから出てくる魔物と戦ってたんだよな……わぁ懐かし」

「もう二年が経とうとしているのか。月日の流れは残酷だ……」




 駄弁っていると入り口の扉が開かれ、赤いローブの魔術師が入ってくる。工場長、とブルーノは口走った。




「アドルフ様、ご機嫌ようでございます!」

「んー、緊張からだと思うんだが、俺はそういうのあまり好きじゃないからいいぞカベルネ。それより進捗は?」

「目標個数がちょめちょめで現在個数がぴーひゃららです」

「わかってないのに適当言わないでください」

「まああっちにいけばわかるんだけどな!」


「というかアドルフ様、何で俺はこっちの業務ばっかなんですか。何でチャールズだけ魔法学園に出ずっぱりなんですか。俺も生徒達をビシバシしごいてやりたいんですけど!!」

「別に俺は構わないぞ。チャールズを説得できたらあいつと交代でもいい」

「おっしゃー言質取ったりー!!」




 一回転してガッツポーズを決める。上機嫌にくるくる回る中で客人が一人、こちらに近付いてくるのを目撃した。




「……ん! あのお方は! アドルフ様にご用がありそうな気配!」

「俺にか?」




 アドルフが確認する前に、その人物は研究所に顔を出して中を覗いてきた。








「……盛況のようですね」

「イアン殿、これはこれはどうも。わざわざ館までお越しいただいて」

「学園の方にいらっしゃらなかったので……魔物玉については、我がグロスティ商会も勢力を上げて製造している所ですよ」

「助かります。魔術師もこういった仕事はできるのですが、やはり商人や一般の製造所の方の方が、手際が良いですよね……」






 どうやら重要な話をしているな、とブルーノはカベルネを引っ張って元の作業場所に戻る。






「確かに手際は良いのですが、その分管理や制御に手間がかかる。それ相応の金額を用意しないと働いてくれないなんてことはしょっちゅうです」

「一長一短って所ですな。さてさて……」

「ええ、ここに来た本当の目的。例の調査の最終報告に参りました」



 最終という言葉に、顔を若干曇らせるアドルフ。



「……これ以上の調査は不可能だと判断しました。アルビムの影響が大きすぎる。下手するとこちらの身に何が降りかかるか、わかったものではない」

「そうですか、やはりアルビム……ええ十分です。研鑽大会で魔術大麻の服用事件があってから、一年間もありがとうございます……続きは館の方でお聞きしましょう……」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る