第382話 九人の巨人

<魔法学園対抗戦・総合戦 十六日目>






「う……うう……」




 今日の投影映像は、とてもつまらないものを垂れ流していた。




「ひぃ……こっち来るなぁ……」




 魔物に対して、へっぴり腰で戦うのはウィーエルの生徒達。




「う、うわああああっ……!!」




 当たらない風魔法を放ち、闇雲に武器を振り回す。


 統率なんてあったもんじゃない。




「だ、第三部隊、壊滅っ……!!」

「せ、生存者だけでもこちらに逃げてこい!! 立て直すぞ!!」











<午後一時 中央広場>






「……どうですか先生、この試合の感想」

「全然つまらん、でもざまあ」

「ぼくも全く同じですね」




 閑古鳥が大合唱している広場にて、悠々自適に席を陣取るのはセシルとリーンの二人。二人はエルフ同士ということで知り合い、時々一緒に語らう仲である。




「セシルちゃんも苦労してきたみたいね……」

「親がウィーエルに入れとうるさくて。まあ振り切ったんですけども」

「凄い度胸……だって、セシルちゃんの実家って……」

「一度切りの人生ですもの、やりたいことをやるのが一番でしょう」




 ううーんと立ち上がり、腕を伸ばして仰ぐ。


 その時立看板が目に入った。




「……『恐るべき八の巨人』特別展示?」

「おおー、あれ設営終わったんだ」

「確か魔術戦の時は、騎士王伝説に関する展示をやってましたよね」

「調子乗って今回もやることになったんだけど、さーてどうなっていることやら」

「折角だから見に行きます? 多分試合今後もつまんないですよ」

「そうすっかぁ~」











 セシルとリーンが向かった先には、発掘された遺品が数多く展示されている。比較的巨大であるものが多く、訪れている人はその大きさに驚いていた。






「ルドミリア先生ー、お疲れ様ですー」

「おお、リーン先生。ご覧の通り展示はそこそこ盛況だ。ウィーエルの試合よりは楽しめると思うぞ」

「やっぱ先生もつまんないと思ってますか」

「それってぇー、個人的な恨みもぉー、あると思うんですよぉー」



 受付の天幕の後ろから、真っ赤に充血した瞳のフィルロッテが顔を出す。



「おいフィル「いいじゃんこれぐらいさぁ!!」


「あ、どうも……」

「ほらー生徒の子ドン引きしてるじゃんー!!」




「リーン先生は知ってるか。私の従妹のフィルロッテだ。現在はティンタジェルから発掘された古文書の解読を任せている」

「明日雨でも降るんですか?」

「ねえー!!!」


「そうだ、私が展示の案内をしようか。キャメロン、監視を任せた」

「御意」



 キャメロンと入れ替わりにルドミリアは天幕から出る。



「よろしくお願いします、ルドミリア先生」

「君は……セシルか。一年生の」

「ご存知なんですか?」

「君の家のことは聞いているからね」

「ああ、そちら方面でしたか」











 一際目を引くのは、八の巨人全てが描かれたという壁画、その写し。高さは四メートル、横幅に至っては十メートルにも広がっている。






「大きく描くことで巨大であることを表現している。単純ですね」

「その分効果的に印象を与えられる。如何に強大で恐ろしいか、というな」




 端から三人揃って歩く。






 一番最初に、全身が炎で包まれた巨人が出てくる。




「炎の巨人スルト。全身から燃え盛る炎で、大地の全てを焼き尽くした。しかしサンブリカ神が清浄なる炎を放ち、その憎悪ごと灰塵に還った」

「確か同じ属性の神様が討伐したんですよね」

「ああ、そうなっているぞ。純粋に出力が上回っているということだから、凄まじいものだよな」


「次が水属性、ヘカトンケイル。わあキモい……」




 百本の手に百本の目。その手に掴まれたら原型を留めるのは先ず不可能。握り潰されて水に溶けていくだけである。


 と、真下にあった説明文に書かれてあった。




「あまりの醜さ故、美を重んじるマーシイ神に沈められたという話だ。金槌にさせられた状態で、徹底的に痛め付けられて」

「結構酷ですね」

「マーシイ神ならよくあることだ。しかしヘカトンケイルの方も、それでもまだ逆らおうとしたって言うから驚きだよな」






 次の巨人の絵の下には、説明文のパネルと共に灰色の石が展示されていた。






「……『石の遺跡』?」

「ログレスの遥か西にある遺跡だ。とにかく石が転がっている殺風景な所だが、研究の成果この石には強い土属性の魔力が宿っていることがわかってな」

「それがこの、土の巨人フルングニルの身体の一部だったと」

「アングリーク神が拳で粉砕して、身体を構成していた石は行き場を失いバラバラ落ちていったという話だ。で、次の巨人については知っているな?」


「風の巨人ヨトゥン」

「英雄ロビンが討伐した、苦痛を齎す風を操る者」




 その巨人は濁った緑色の肌をしていて、腰みのを巻いていた。目は抉られたように穴ができ、口は虚無のように開いている。




「エルフォード神に討伐されて、その上で帝国時代の初期に蘇ったっていうことですよね」

「肉体が死んだら魂だけを何処かに移動させて、そこで魔力を蓄えているらしい。で、偶々その時期に蘇ったと」

「弓を引き絞り、放った聖なる矢が、かの者の額を貫いて真空の元に返した……有名な逸話ですよ」





 ここまで四人の巨人を見て、次は折り返し。




 ぎょろりとした目玉で雷霆を纏う巨人が目に入る。





「サイクロプス。雷の巨人だが……正直、八人の中では一番情報が少ないんだよな」

「そうなんですか」

「ウェッシャー神に雷を落とされた、ぐらいのことしかわかっていない。三つ目説と一つ目説ですら立証されていない程だ……大半の遺跡がエレナージュにあって、発掘作業が進んでいないというのもある」

「ベルジュ殿下から許可が下りないんですか?」

「砂漠にあるから、単純に発掘がしにくい環境なんだよ。ウィーエルとは性質が異なる」

「うっ、つい連中のことを口に……」

「いいんだぞー別に構わないぞー」




 早足で次の巨人の元に向かうルドミリア。二人も慌てて追いかける。






「氷の巨人コキュートス。カルシクル神との激闘の果て、永久凍土の地下に閉じ込められたが……」

「その後発掘されて、今もアエネイス大監獄に幽閉されてるって話は本当なんですか?」

「真偽はわからないが、事実としてウェルギリウスの周辺には凄まじい氷の魔力が漂っている。何かが近くにいるのは間違いないだろうな」


「……大寒波の件にも関連が?」

「今はそれについてはノーコメントだ」






 次の巨人はややふくよかで、胸の形がややわかりやすくなっていた。




「女性の巨人ですか?」

「これは女性としているみたいだな。男性としている資料もあるぞ。それだけ謎が多い巨人とも言える」

「光の巨人ネフィリム……影を許さぬ光で全てを照らす。こいつはシュセ神が何とかしたんですか?」

「ヴァンパイアに光を打ち破る力を与えて、討伐させた……という説が有力だ。『宵闇王ウラドの巨人討伐戦記』って知っているか?」

「ええ知っています。友人が主役をやってました」

「あれは戯曲であると同時に、ネフィリム研究の重要な資料であるんだ。今も原典は解読が進められている」

「へえ、あの劇にそんな意味が……」






 そして遂に最後の巨人。全体像は四足歩行であり、ずっしりとしている。長い鼻と大きい耳、巨大に生えて曲がった牙が特徴的だ。




「ギリメカラ……闇の巨人。ガネーシャと対にになるクロンダインの悪神。その最期はエクスバート神の怒りを買い、肉体を石に封じ込められた」

「ログレスだと時々象の群れって見かけますけど、クロンダインのあるデュペナ大陸にも生息していたんですか?」

「絶滅したとされている。進化して人間になったという伝承もあるが」

「何その突拍子もない……」








 こうして八人の巨人を一周したが。






「あ、ちょっと待ってください先生」

「どうした?」

「この、ヨトゥンとサイクロプスの間にいるの……」




 そこまで戻って絵をもう一度見る。




「何だか背後に大きく描かれていますよね。これも巨人の一人なのですか?」

「ああこれは……巨人という存在に対する、人々の感情を具体化したものだとされている」

「つまり概念と」

「そういうことだ」

「ふうん……」






 概念である割には、いや概念だからこそかもしれないが――




 ぼうぼうと生えた口髭、汚く伸びた髪、屈強な肉体。そう描かれた九人目の巨人は、非常に鬼気迫る物で、迫力があった。

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