第499話 復興作業

「アーサー、どう?」

「地図によるとこの辺りらしいが……」



 辛うじて読める程度の地図を参考に、やってきたのは第一階層。


 アーサー、イザーク、ルシュドは居住区の一角に到着した。



「ここかな? 多分」

「如何にも工事してるって雰囲気だし、多分……ん?」




 三人の姿を見かけた途端、迫ってくる人影が。




 それはクラリアであった。




「アーサー! イザークにルシュドも! お前らも貢献活動か?」

「ああ。クラリアも?」

「アタシは身体を使う仕事を希望したからなー!」

「はは、性に合ってるなあ」



 すると工事現場の奥から、髭もじゃのドワーフが出てくる。



「おうおう! あんたら貢献活動の生徒さんか!」

「そうだぜー!」

「この現場の……責任者さんですか?」

「そう思ってくれて構わねえ。さて、仕事の内容説明するからこっちさ来い!」











 崩れた住宅が立ち並ぶ中、一つ綺麗な白い箱のような建物がある。工事の拠点となる仮設の小屋だ。




 四人はそこに入り説明を聞く。土臭い臭いが充満していた。






「まっ、学園との契約もあるしそんな無理はさせねえ。大体は地上で資材運びだ」

「どんぐらいの距離行き来しますかね」

「この現場全体が五キロ平方だったかな? 隅まで行くことはないと思うが、せいぜい二キロぐらいだろう」

「……」

「はっはっは、まあ適度に休憩しながらやってくれや。他にも手伝いはいるんだしよ!」



 ここで背後の扉が開かれ、人が入ってくる。



「おぉ~い主任、アンタこんな所にいやが……おお! 見知ったガキ共が!」






 小さいながらも強靭な傭兵エマと、彼女と行動を共にしていることが多いマットとイーサンの傭兵兄弟である。






「エマさん。マットさんにイーサンさんも」

「おうおうガキ共、積もる話はあっけども……仕事しながらにすっか!」

「まあ自分達は休憩に入るんですけどね」

「ヴェントーをここに置いてたから取りに来たんだよーっと」



 背後を通っていったイーサンの腕には、長方形の箱が三つ積まれていた。



「ヴェントーですか」

「昼はこれ支給すっからよ! うめえぞ!」

「期待してます」

「じゃあ……やるか! 行くぞー!」


「待って、待って。着替え、着替え」

「そうだったぜ!」

「後ろの部屋が更衣室になってるぞぉ!」

「行くぜー!!」






 貢献活動の現場には学生服で向かうことになっている。そうすることで学園の生徒であることを示す為だ。それが理解されたら、あとは仕事に適した格好に着替えることになる。




 武術の授業で用いている武道着に着替え、全員持ち場に着く。






「ええと……この角材を、向こうに」



 他の大工たちがしているようにルシュドも持ち上げようとするが、上手くいかない。



「あ、あれ……」

「おうおう兄ちゃん、困っているようだな。でもこういう時の魔法、ナイトメアだろ?」

「あ……そうか」



 ジャバウォックを呼び出し、角材の反対側を持つように指示する。



「これでばっちりだな!」

「ふー。よし、向こうまで」

「合点承知!」






 現在修繕している区画は集合住宅が密集していた。大陸からアルブリアに仕事を求めたり、新天地として移住してきた人々を受け入れる区画らしい。


 それが先の戦闘で破壊されたものだから、住んでいる人からすれば溜まったものではない。






「あいつらがさ、黒魔法の連中! こうなったらヤケとか何か言って、そう、今見えている井戸の近くさ! 火を点けたんだよ!」

「それは……大変でしたね」



 作業中ではあるが、近所に住まう奥様方の井戸端会議に捕まってしまったアーサー。


 どう切り出せばいいかわからずしどろもどろな受け答えになる。



「あんた生徒さん? じゃあうちの息子知ってる? 二年生で名前はね……」

「あら~よく見たらいい顔してんじゃないの! どう? うちの娘に会ってみない!?」

「そうだ現場監督に伝えておくれよ。もうちょっと静かに工事してくれってさあ!」




「……」




 どう対応するか悩んでいる所に――




「これはこれは奥様方! 今日も大変麗しゅう!」




 口をぶんぶん回してやってきたイザーク。






「あら! また若い子が来たわぁ~!」

「あんた幾つ? この子と同い年?」

「同い年って言うか友達ですねえ!」




 アーサーは察した。



 恐らく奥様方との会話を通して、仕事をサボるつもりだと。



 ただ、この状況から脱したいと思っている現状では――




「……オレは別の場所に行く。相手を任せてもいいか」

「あいよー!!」

「……礼を言うぞ」








 仕事をしている以上は、生徒達も他の大工達と同様に扱われる権利がある。同じように休憩を取り、そして交代するのだ。




「お疲れ~ガキンチョォ」

「お疲れ様だぜー! えーと……えーと!!」

「エマ殿だ。武術戦でも何度かお目にかかっただろ」

「エマさん! アタシ腹減ったぜ!」

「そう言うと思ってヴェントー持ってきたぞ!」

「げひゃひゃひゃひゃ!」



 エマではなくナイトメアのセオドアの手に箱が四つ。クラリアとクラリスはその一つを受け取った。



「そろそろ交代の時間だから、他のガキ共も呼んでこい。飯にしようぜ!」

「ああ、行ってくるぜー!」

「げひゃひゃひゃひゃ! ご主人これ絶品ですぜ!!!」

「何勝手に食ってんだよ!!!」

「ぶひぃ!!!」








 こうして昼休憩が始まった。








「卵サンドだぁ」

「ふわふわ。うま~」

「渇きが満たされるようだ……」



 とか何とか言いながら、現場の隅に座ってヴェントーを食べる。仮設小屋は土臭くてとてもではないが食事をする気になれなかった。



「お疲れ様です生徒諸君」

「マットさん。あれ、仕事は」

「ふふ……大人というものはね。決められた時間に縛れないものなのですよ」

「ウキャー!!!」

「あああああああ」



 上空からやってきたリズに引っ掻かれるマット。顔に傷が幾つかできた。



「……マットさん達、てっきり大陸に戻ったものだと思ってました」

「いやあ、先の戦闘に便乗参戦したはいいんですけど、あまりにも激しすぎまして。暫く戦闘はこりごりってことになったんですよ」

「それで土木作業ですか?」

「結構傭兵の中ではメジャーな仕事ですよ? 日給で報酬が貰えますし、何より死の危険は基本的にないですから」

「落っこちる、角材落ちる、ある」

「それは魔法でどうにか」

「ウキャー!!!」

「あああああああやめてくださいもう行きますから」



 もう顔が原型を留めなくなってきた所で、今度はイーサンがやってきた。






「おお~兄者ここにいましたかって誰だお前」

「貴方の兄者ですよぉもぉ」

「傷は自己責任で治してくださいね。ところで、仕事終わった後は予定空いてますか」

「空いてますけど……例の店ですか?」

「はい、折角なので行ってみませんか」



 この言葉に反応するのは生徒達。マットはそれを見て、少々諫めるような表情をする。



「……バーですよ。ちょっと洒落た酒場」

「でもその店、酒以外にも色々出してるみたいだぜ。お前らも行っていいんじゃないか?」

「じゃあボクらの仕事も終わったら連れてってくださいね!!」

「はいはい、んじゃあ仕事頑張れやー」

「「「はーい!!!」」」


「もう……本人の自由意志なので止められないんですけど……」











 それから仕事は滞りなく進んでいき――








「ほれ報酬だ!」

「ありがとうございまーす!!!」

「ありがとうだぜー!!」

「……ありがとうございます」

「ありがとう。ございます」




 掌に乗せられる銀貨六枚の重み。


 それは今までで一番重く、そして温かく感じられた。




「こ、これが、報酬……」

「食うなり煮るなり好きにしていいんだぜ!」

「いや食べもできませんし煮えもできませんでしょう」




 冷静な突っ込みを入れながら、マットがやってくる。更にエマとイーサンも後ろからついてきた。




「なーにジョークよジョーク! で、あんたらも仕事上がりか!」

「私達はまた明日来るけどな!」

「よろしく頼むよ! 生徒達も、また機会あったら依頼書出すから、そん時はよろしくな!」

「はい、今日はありがとうございました」

「あざっしたー!」

「ありがとう、ござい、ました!」

「感謝だぜー!」






 感謝された現場監督は、また忙しそうに戻っていく。






「アイツも相当な働きっぷりだからなー。ちょっとは休んでほしいぜ」

「姐者が人を労わるようなことを……」

「あ゛あ゛!?」

「うおっとぉ!!」


「あ、そうだお前ら。例の店行くって約束だったろ」

「あーそうでした。案内お願いします」

「よし、ついてこい!」











 第一階層はそれはそれは色とりどりの様相を呈している。屋根や壁の材質、構造や大きさ。中でも白煉瓦が続く道を行った先に、その店はあった。






「何だか海辺って雰囲気がします」

「そういった海の方にルーツを持つ人々が、居住している区域だそうですよ」

「あっと兄者行きすぎです。ほら、ここですここ」



 イーサンが引き留めたのは、『キングスポート』と書いてある看板の前。白亜の扉がちらっと開かれ、これまた古代文字でオープンと書かれた掛け看板が飾られている。



「お洒落な店だなあ」

「男は度胸女も愛嬌だ! お邪魔ー!」



 エマに続いてぞろぞろ入っていく。











 中はディープブルーを基調とした装いで、ダークブラウンの机や椅子、そしてカウンターがよく映えている。店員は白のシャツに黒いベストを着て、店に流れる時間と同様にゆったりと接客をしている。






「んーと、カウンター座れるな! ここでいいか!」

「構いませ……っと」

「た、高い」

「いらっしゃいませー」



 生徒達にお冷を持ってきたのは、長袖のメイド服を着た少女。艶々とした白髪をヘアゴムで束ね、切れ長の黒い目をくりくり覗かせている。



「……何ですか」

「いや……小さいなって」

「変態ですか」

「違うそういう意味じゃない。こんな小さい子でも、働いているんだなあって」

「その子はここに居候しててね。単に居座るのはあれだからって手伝ってくれているんだ」






 そう言って出てきた店員に、アーサーは目を丸くした。






「セロニム先生……こんにちは」

「おや、誰かと思えばアーサー君じゃないか。先日ぶりだね」

「先生? マジ?」

「料理部顧問だ。イザーク達は会う機会殆どなかったよな」

「確かに初めて見かけるわ。でもってこんな所で店員やってていいの?」

「実は上にはもう説明済だったりするんだよね〜」



 セロニムが食器の準備を進めた隣で、パールが注文票を手渡しにくる。



「間違えて酒精入りの商品出さないでくださいよ」

「子供にはまだ早いからねえ。ええと、タリアステーキにビーフシチュー……」



 用意をする前にアーサーが耳打ちする。






「……あの」

「何だい?」

「その……ずっと先生に訊きたいなって思ってたことがあって。でも会う機会が早々なかったものですから」

「それは済まなかった。でも今という機会だ、言ってみなさい」

「はい……青い酒って知っていますか?」




 その言葉を聞いたセロニムは眉を吊り上げる。



 そして、パールと雑談を初めている三人から、距離を離す。




「……どこで知ったの?」

「偶々偶然……知り合いに薦められたって人の手記に、それについての研究が」

「その手記って持ってこれる?」

「持ってこれますけど……今は貢献活動上がりなので」

「ああ~、それはきついか。よし……じゃあ次に予定の空いている週末、ここにおいでよ」

「学園では駄目なんですか?」

「……その話はね。学園のような場所でするもんじゃないんだよ」

「……」




 続きはまたその時に、と察したアーサーは話を切り上げる。



 そしてセロニムも料理の準備に取りかかった。

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