第500話 フェルト人形作り
こちらは第二階層。路地裏にある小さな人形店の前で、何人かの生徒が不安そうに屯している。
「あ……」
「……えっ」
カタリナとハンスもその一員。まさかここで会うとは、といった表情を二人揃って浮かべる。
「……ハンス、裁縫に興味あるの?」
「いや……身体も頭も動かすの嫌だったから……」
「そっか。楽しいよ、フェルト人形作り」
すると店の扉がばたりと開かれ、近くにいた生徒がびっくりして退く。
「待たせちゃってごめんね! 貢献活動の生徒さん達ね。早速案内するから入って入って!」
依頼現場となった店は、一階と二階が販売所、三階と四階が工房となっていた。生徒達は三階に案内され、仕事の内容を説明される。
「……これノルマって」
「それは気にしなくていいです。残った分は正規職員で頑張りますのでー」
「ふーん……」
「ではそこの机を使って……適宜休憩しながら頑張ってくださいねー」
工房の隅にテーブルクロスが引かれた机が置かれ、生徒達はそこに座る。
「じゃあハンス、あたしと一緒にやろうか」
「まあそうだろうなって思ったけど」
「材料材料っと……」
カタリナが複数色のフェルトと綿を持ってくる。そしてハンスが既に取っていた席に座った。
「ほらよ、これ見本と手順だって」
「ありがと」
こうして作業が始まる。
ちくちく
ちくちく
ちくちく
「……」
「糸通せてる?」
「……くそが」
「ナイトメアに任せるのもありだと思うよ」
「あー……」
指を鳴らすとシルフィが出てきて、ハンスから針と糸を受け取る。
そしていとも容易く針に糸を通してみせた。
「――」
「……どうも」
「皆ー。ここにお菓子置いておくから好きな時に食べてねー」
「セバスン持ってきてー」
「かしこまりました」
他の生徒も続々とナイトメアに菓子を取らせに行かせる。
「――」
「……」
「――」
「……」
「はい、ハンスとシルフィの分」
「……」
チョコチップクッキーと牛乳を受け取り、自分の右手付近に置く。
「そこだとこぼれない?」
「こぼれないようにやるから平気」
「そっか」
型紙通りに布を裁断し、二つ合わせて糸で縫い付ける。目や鼻といった部位も、フェルトを裁断したものを糸で縫っていく。玉結びも場所によってはいいアクセントになる。
パーツができたらそれを胴体部分に縫い付け、並行して胴体も作り上げていく。ある程度動かせるように並縫いだ。
段々と肉体だと認識できるようになってきたら、糸が見えないように裏返す。それから綿を入れて、もう一度糸をを通して縫っていく。
最後の玉結びを、ちょっと無理矢理中に入れ込めば完成だ。
「……できた」
「どれどれ。ん、ありがと」
「……」
ハンスは殆ど裁縫をしたことがないということだったので、あまり手間がかからない部品の製作を任せた。カタリナはそれらと胴体を繋ぎ合わせ、最終的な完成品を作る。
「わぁ、丁寧な縫い目。ハンス意外と才能あるんじゃない」
「……けっ」
「照れてる?」
「違うし」
「ふふっ」
ちくちくちくちく
「――」
「シルフィ様、興味津々でございますな」
「……」
「やってみますかな? 慣れればすいすいできますぞ」
「……」
魔法の力で糸の通った針を浮かび上がらせ、
足に相当する部分を塗っていく。
「シルフィも楽しんでいるみたいね」
「……」
「……ハンス」
「何だよ」
「シルフィが……発現した時って、どんな感じだったの」
「……別に。特につまらない――いや、つまらなくはないかな」
手を止めて懐かしむように。
「……ぼくが何でグレイスウィルに来たかって話はしたっけ」
「はっきりとはしてない。でも、想像はつく。ウィリアムズでしょ?」
「……ああ。上層部も人間と揉めたエルフを置くのは不味いと思ったんだろうね。速やかに
「……」
「グレイスウィルってナイトメアいないと入学できない決まりじゃん。だから必要ってことで、強引に叙勲式やったなあ。ぼくは直前まで嫌がったんだけど」
「そうだったんだ……」
いつの間にかシルフィも、針を動かすのを止めてハンスの言葉に耳を傾けていた。
「……何か、シルフィってさ。ハンスの言うことに絶対従うって感じだよね」
「……」
「ナイトメアだからそれでいいのかもしれないけど……でもその中には恐れも含まれている気がする」
「……」
「直前まで嫌がってたって言ってたよね。それがずっと引き摺られているんじゃないかな」
「……色々あるとは思うけど。何で嫌だったの?」
カタリナが話す間、ハンスは口を固く結んで言葉に耳を傾けている。
「あ、嫌なら別に……いいよ。あたしの方もちょっと訊きすぎちゃった」
「……いやさ」
「ん?」
「だってナイトメアって、人間や混血が足りない魔力を補う使い魔じゃん。何で高潔なエルフがそれを従わせないといけないのって」
「……」
「……さあ、思ってたんだよ。昔はさ」
「今は違うの?」
「……」
「……」
考えることが多いと手が次第に止まっていく。
「……半分正解で、半分嘘。今も心のどっかで思ってるんだろうな」
「……」
「で、もう一個嫌なのが……そういった偏見に縛られる自分」
「偏見?」
「……なんつーかな。シルフィは、いい奴だよ。ああ、いい奴だ。でも、どっかでそれを認めたくない自分がいる。それは小さい頃から教えられた影響だと思う……それが、それが……」
ハンスは遂に両肘をついて、両手で顔を覆った。
「……お菓子持ってこようか」
「頼むわ」
「うん」
カタリナは席を立ち、セバスンと共に移動し出す。
「……奔放なる風の申し子」
「その身、その行為、その軌跡――全てが自由を体現し」
「束縛強いる赤き鎖、颶風で全て引き千切る」
「汝の名をロビン・フッド……」
こうして時刻は午後三時。二人の初めての貢献活動が終了した。
報酬の銀貨三枚を握り締め、向かった先は地上階。
「おじさん、ソフトクリームください」
「あいよー。銅貨二枚と青銅貨五枚だ」
「銀貨しかないなあ」
「二つ買えば銅貨五枚だろ」
「じゃあ銀貨一枚出せば……お釣りは銅貨五枚だね」
「んじゃそれで」
「はいよー」
そして店主からソフトクリームを受け取り食す。
「美味しい……」
「っと……」
「ハンカチいる?」
「……平気だ」
近くのベンチに座って食べる。カタリナは食べながらある一方向を見ていた。
「……グリモワールの店?」
「あ、うん。混んでいるなあって」
「いつものことだろ」
「まあね……」
まろやかなアイスの味とサクサクしたコーンの食感。二つの異なる味わいが、口に一時の癒しを齎す。
「この後買い物に行く?」
「いや、そこまでじゃないかな。ただ……」
「ん?」
「……いつかあたしも、あんな風にって」
視線の先には、着飾られたマネキンを前に、大勢の女子に囲まれるグリモワールがいた。
「じゃあ、服作りたいの」
「……うん」
「いいと思うよ」
「……」
「……何かあるのか」
「……変じゃないかなって」
「どこが」
「あたし、可愛くないから」
「……服の可愛さと人の可愛さは別じゃないの」
「……」
「まあ、ぼくが言っても説得力なんてないと思うけどさ」
「……でもきみは、それに縛られているんだね」
「え?」
「固定観念……ってやつさ。皆誰しもそれを持っていて、それを基準にして物事を考えている。それがないと考えることすらままならない」
「……」
「……どうにかならないもんかね」
「それさえなければ、自由になれるんだけどな……」
穏やかな昼下がり。甘味の味だけが口一杯に広がって、悩める心に辛うじての安寧を齎す。
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