第389話 決戦前日のグレイスウィル

<魔法学園対抗戦・総合戦 二十七日目 午前六時>






「いやあ……」


「遂にこの日が来ましたねえ……!」






 温かい飲み物を飲みながら朝食を作っているこの場所は、


 ヴィクトールの天幕である。






「……」

「卵を小さい器に入れて熱を加えるだけで……ほら」

「おおおー! マフィンに入ってるあれだー!」

「これを十人分に切ってって頂戴ね」

「わかったぜー!」


「……」

「アーサー、オマエ傷の具合はどうよ?」

「お陰様で好調だ。先生には感謝しないとな」

「そうかそうか! それなら何よりだぜ! 何よりのセイロンだ!」

「ありがとう」


「……」

「今日は苺多めのベリーパイ!」

「更に紅茶もばっちし完備!」

「え、えっと、ホットドッグです」

「すここここーん!」

「……サラダだよ」






「……」


「……貴様等という奴は……」






 ヴィクトールの天幕にいつもの九人集結して、例にもよって他のルームメイトには移動してもらって、楽しい朝食会が催されていた。




 そしてヴィクトールが散々溜息をついている間に準備は完了した。






「ほれ座れヴィクトール!」

「ああ、うん、今行く」

「そしてこれはオマエの分のコーヒー!」

「礼を言おう」




 溜息ばかりであったが、三回ともなれば慣れてきてしまったようだ。






「じゃあヴィクトールよろしくぅ!」

「何がだ」

「挨拶に決まってんでしょー!?」

「……はぁ」

「オマエぼーっと突っ立ってるだけじゃ許さんかんなー!?」

「……ああ、もうやればいいんだろうやれば」




 手を合わせて目を閉じて、彼らしい堅苦しい挨拶を。




「万物の主マギアステル神と豊穣の齎贈者アングリーク神に感謝の意を込めて、我等眼前の食物を糧とせん。いただきます」

「「「いただきまーす!!!」」」








~そしてそれぞれ食す~






「うまー!」

「うまい~!」

「ほくほくー!」

「ごくごく」

「はい、セイロンお代わり!」

「ありがとうエリス」

「あ~。カリカリベーコンが激ウマだわ。最高」


「……」

「ハンス、口元。卵、ついてる」

「……」

「やーい顔赤くなってんのー!!」

「殺す!!!」

「うっひょおっ!!」

「貴様等もっと静かに食べることはできないのか」








 そしてほくほくの朝食を終え、暫くは座って胃の消化活動を促す。






「このまま十人で演習場突撃して、場所取れば完璧だな!」

「……」

「一理あるって言おうとしただろー!?」

「ふん……」


「ねえねえヴィクトール、今回の作戦はどんな感じなのー?」

「ん、ああ……そうだな。一応教えておこうか」






 またまた天幕に行き、そしてノートを持って戻ってくる。






「貴様等、それぞれ自分が何処から進軍していくかは把握しているな」

「わたしとアーサーとリーシャが一緒! 北!」

「アタシはサラとイザークと一緒だぜー! 南西!」

「えー……おれ、ハンス、カタリナ、南東」

「よし」




 展開した頁は今までにないぐらい走り書きがされていて、いよいよ本人でないと解読できなくなっている。




「まあ特に言及するようなことはない。魔物を討伐しながら進軍、状況を見て歩調を合わせる。贈与魔物はなるべく討伐して点数稼ぎ……だな。ああ、言及しないといけないことはあったな」

「石像とか、その他のつっよい魔物でしょ? 結局あいつら何なんだろうね」

「さあな……はぐれ魔物にしては統制がされている様子だということから、何処かの底辺魔術師が使役しているのではないかな。実に迷惑だ」




 それから改めて試合のルールを確認していく。




「確か生徒会から援軍が来るとかどうとか」

「ああ、適切な状況だと判断を下せば向かうぞ。俺は比較的優先して援軍に出るようになっているかな」

「じゃあ一緒に戦えんのか!」

「可能性は高いな。まあ……その時は、頼む」

「素直じゃないなー!!」

「ぐっ……」


「えっと、確か魔物を討伐した証を回収しないといけないんだよね。傭兵さんとかもやっているやつ」

「そうだ。基本的には短刀で耳や鼻を削ぐ。その辺は先輩方がやってくれるだろうが、貴様等も一応できるようになっておけよ」

「あと討伐した後の臭い消しを忘れずに!」

「そうだな、下手すると他の群れを引き寄せかねない」

「面倒臭え……」

「駄目、ハンス。皆、やる。ハンス、やる。いい?」

「……わーったよ」






 他の天幕からぞろぞろ動く音が聞こえる。



 恐らく朝の準備をしたり、演習区に移動する準備だろう。






「ではそろそろ行くか……」

「やばい私杖忘れた!! 取ってくる!!」

「いってらっしゃーい」











<午前十時 演習区>






「だいーすきさーモストマスキュラー!!!」

「うんっ、キレてる!!! ダレン君最高だよ!!!」

「この大地に穴が穿たれるまでー!!!」




 リリアンを始めとした生徒会の面々は、各生徒の最終確認を行う。ついでに一声かけてリラックスしてもらう算段でもある。




「ダレンー!!! わたくしと訓練いたしませんことー!!!」




      風が風船の様に膨らみ、


      そしてダレンの周囲で弾ける。




「アザーリアー!!! 俺の筋肉もあったまってきたー!!! いけるぞー!!!」




    それを物ともせず、更に剣を用いて、


    風の方向を変え、元来た場所に叩き付ける。




「うふふふ~!!!」

「あははは~!!!」






「……訓練でも劇場始めんじゃねえよ!!!」






 自分の訓練をしながら、それに突っ込むマイケル。姉のカベルネに付き合ってもらっていた所だった。




「何? いっつもあのテンションなの?」

「悲しいかなそうなんだよ~!」

「いい友達じゃん。捻くれ者のあんたにゃぴったし」

「一言多い奴め!!」


   <調子はどうですかーっと




 二人の元にやってきたのはロシェ。尻尾をぶんぶん振り回している。




「おうロシェじゃないか。まあ好調かな。尊敬すべき宮廷魔術師様が訓練に付き合ってくれてるからね」

「ちょっ!!」

「そうでしたかそうでしたか感謝致しますよっと」

「へ……変に褒めんじゃねえよ!! 二人揃って!!」








 普通の訓練だけではなく、魔物の討伐訓練も並行して行われる。生徒達の鬨の声に加えて魔物の叫声も加われば、事情を知らない者は耳に被害を被るだろう。






「おりゃーくたばれー!!」




 マチルダが杖を振るうと、横並びにされたウェアウルフが次々と悲鳴を上げて突っ伏す。


 闇属性の魔法で首を絞めたのだ。




「ふっふーん、上出来!」

「流石ですマチルダさん!」

「まあねー! ぶい!」

「お陰で僕の出る幕なくなっちゃったよ」




 ラディウスが口笛を吹いている間に、ジャミルが追加で魔物玉を叩き付ける。




「じゃあ今度はラディウスさんだけやってみてください」

「おっ言うね~。いいだろう、やってみせましょうとも!」





         ドゥルルルルルルルルル





「わっ! うるさっ! 何の音?」

「あ、あれはドローン……?」

「何か物騒な物ぶら下げてないかい?」











「いいぞーいいぞー突き進めー!! パンジャンドローン!!」






 細長くしなやかな棒のついた箱を持ち、つまみをかちゃかちゃするパーシーとソロネ。その視線の先には、爆弾の絵が描かれた球体を取り付けられたドローンが滑空している。


 非常に情報量が多いが、全てを分析できてしまうのがこのパーシーという男。






「!!」

「えっ、ちょっ、落ちてるー!?」




 どうやら重さに耐えられなかったらしい。徐々に高度が下がっていき、地面に不時着しそうだ。




「そ、そこの方逃げてー!!! 大惨事大戦が勃発しちゃうー!!!」




          きぃん




「……お?」






 ドローンは不時着する前に、氷漬けになってその場に留まる。


 重力に引っ張られた際にも氷が衝撃を吸収し、爆発は起こらない。


 ここまで高度な氷魔法を扱える人物ときたら-―






「カ~ルディアス様ぁ! 貴方様は命の恩人でごぜぇます!!」

「……俺でよかったな、全く」

「ぶっちゃけ言うとマジでそれ!!!」


「?」

「ん、何だソロネ……って、ああーそうだ? ノーラやヒルメと一緒じゃなかったのか?」

「ああ、あの二人なら……」








 土魔法と雷魔法を用いて、訓練を行う気のない生徒に喝を入れている最中である。






「ヒィィィィィ!!!」

「どうしましたか~。まだ痛みが足りませんか~」

「やりますやりますやりますからぁ!!!」

「ちょっと!! あたしは六年生よ!! 五年生なんかに指図を受ける覚えはないわ!!」

「ふーん」   バチバチバチバチバチィ


「ひっ……わ、わかったわよ!! やればいいんでしょ!!」

「わかればよろしい☆」

「だから早くその、雷を元に戻しなさい!!」

「やんだメンドクセ」




 訓練を行わない生徒は、特に名が知れていない貴族や裕福な商人の生まれが殆ど。別に成績を上げなくても実家に影響を及ぼさない、そう考えている生徒である。


 しかしグレイスウィルはそれ以外の生徒、つまり訓練を行うべきだと考えている生徒が大多数なので、彼らの存在は空気を悪くしてしまうのだ。




「雰囲気っていうもんがありますでしょ~。それに合わせてください~」

「あっ、嫌ああああああ!!!」


「おい、そこのアンタ!」




 ヒルメに怒鳴られて、肩がびくっと動く生徒。




「あ……あ……?」

「さっきからずーっとここうろちょろしてるじゃん。はっきり言って訓練の邪魔だよ。自分の訓練に戻ってくれる?」

「う……」

「んー? 文句あっか?」

「くそがあああああああああああああああああああああ!!!」




 その生徒は目を真っ赤に腫らして、ヒルメに襲いかかるが、



 白電を纏ったヒルメの右手が、勢いを吸収して防ぐ。




「あ!!! ああああああ!!!」

「そうブチギレんじゃねーよ……訓練してないことに負い目を感じているのか? あ?」

「いえヒルメ、その生徒は……」

「要監視対象の生徒です。保健室から脱走してたんです……」




 ノーラと共に、顔に汗を走らせたユージオもやってくる。




「……そうだったか。すまねえ、心の底からキレちまった」

「いえいえ、ヒルメ先輩の言うことにも一理ありますから。彼女は俺が保健室に連れていくんで、安心してください」

「ぐあああああああ!!! アッ!!!」

「そういうことなら力は抜けてた方がいいな」




 ヒルメは手を通じて電流を流し込み、流し込まれた生徒は力が抜けてへろへろ倒れ込む。それをユージオが背負った。




「……ラクスナ。お前訓練の風景が羨ましかったのか?」

「コ、コワ……」

「ん?」

「ス……ノ……ミン、ナ……」

「はあ、聞いてた通りの妄想癖だな……このまま連れて行く。いいな?」




 誰の返事も待たずにユージオは移動していく。











「……ういー」

「どうしたクオーク! テンション低いな!」

「ねみーんだよ畜生がー……あー」




 ガゼルにシャゼム、そしてモニカの三人の訓練を見守るクオーク。そして訓練相手という名目でカーセラムのラニキがやってきていた。




「ふぃー、いい汗掻いたな!」

「水ですラニキ」

「あざっ!」

「これはモニカのな」

「ありがとうクオーク君」




 ガゼルとシャゼムも隣に座って水を飲む。




「クオーク、毎日生徒会で作戦考えてくれてありがとうな!」

「何だよシャゼム、マーマイトでもキメたか」

「いや正気だぞ!? 本心だぞ!?」


「でもまあ、お前の方こそ訓練お疲れな」

「ハギスでも食ったか?」

「こいつぅ~あっはっは~」




 このやり取りの隣でラニキが持ってきたサラダサンドに齧りつくモニカ。それを見てちょっとドキドキするガゼル。




「はう、美味しいです……朝ご飯は、こんな軽めでお腹に溜まる物が一番いいです」

「そうかそうか、そう言ってくれるなら何よりだ。実は試作メニューなんだよな」

「ええっ、そうだったんですか」

「モニカが言ってくれるなら間違いなく売れるね!!」

「あはは、その通りだ!!」


「……」





 とか何とか言いながら、ガゼルはモニカの表情が暗いことに気付く。






「どうしたんだよモニカ?」

「えっ……そんな、別に」

「何かあったら僕に話してくれよ! ずっと訓練やってきた仲だろ~?」

「……別に、大したことじゃない」




 サラダサンドを食べ終え、モニカは続ける。




「来て欲しい人に来てもらえなかった……そんな感じ」

「観戦してほしい人がいたのか! えーと……クラジュ王子とか?」

「……」


「図星だね! まああの方はね~……! 体調とかご公務とか、色々あるんだよ!」

「……」






 こうして生徒達の、決戦に向けた最終訓練は続いていく。

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