第388話 忘れられない呪縛

……




……




……





お前は誰だ?



何故こんな所にいる?




この離れは……確か、彼奴が……



お前、×××××という女を知っているか?






……お前を造った人間だと?



お前、名前は……そうか、アーサー……






……



アーサー、この剣を手に取れ。



そして私の魔法と、打ち合いをしてみようじゃないか。











おや、これはこれは×××××。



見ての通りだ。この街を襲った魔物共の群れは、彼が撃退したよ。



ああ、正確には彼と円卓の騎士達、そして感化された連中だがな。しかし魔物共を率いていた××××は、彼が討伐してくれたよ。実に鮮烈だった――額で輝く白き魔石を、彼の剣が貫いたのだ。邪悪なる×××××××を討伐した剣、そう名付けるなら――








……




……何が違う?




……これ程までの戦闘能力を持たせておいて、何をほざく?




違わないわけがないだろう――ははは!!








×××××、君は実に優秀だ!! やはり××××に選ばれただけはある!! このような兵器を造るだなんて――こんなものを差し向けられた連中は、××××××の何物でもないだろうな!!!




さあ来い!! これから忙しくなるぞ――竜族魚人ドワーフエルフ、トールマンにウェンディゴ!! 妖精やヴァンパイアの連中だって、全てがお前に屈するのだ――!!












大勢の人が喜んでいた



大勢の人が自分を歓迎し、崇め、讃えていた



でもその人は、その人だけは、



大粒の涙を浮かべて、崩れ落ちていた











 その涙を見届ける前に、



 目が覚めていったのだ。








「う……」




「おい、目が覚めたぞ!!」

「ん……」

「アーサー……!!」






 そこは保健室。魔術で建てられた仮設の建物。日が傾き夕日が差し込もうとしている。




 今自分は寝かせられて治療を受けていた。服装は制服から病衣へ変わり、包帯が巻かれている感触もある。




 傷口の痛みがないのは薬が効いている証拠だろう。






 そして眼前には、エリス、イザーク、カタリナ、リーシャの四人がいた。心配そうな面持ちで見つめている。






「……お前ら」

「びっくりしたんだぞ!! 用を足すってだけだったのに、あんな遠くでボロボロになってて……!! 何があったんだよ!?」

「……」




 真実には触れずに、事実だけを。




「……盗賊を見かけてな。襲われたから追いかけて行ったら、強いのに遭遇してしまったよ」

「強いのって……よくそれで生きて帰れたね!?」

「まあ、な……ぐっ」




 胸を抑えて咳き込む。エリスが慌てて駆け寄り、顔を耳元に寄せた。




「……抜いたの?」

「……ああ」

「……どうして」

「抜かなきゃオレが死んでいた」

「っ……」




 何も言うことはないと判断し、エリスは戻っていく。






「……何言ってたの?」

「秘密」

「そ、そっか」


「ていうかさ、治療の方は大丈夫なのかな。四日後に間に合うのかな……?」

「それについては心配いらないわぁん」




 丁度ゲルダが病室に入ってきて、五人を前にして立つ。




「ゲルダ先生!」

「もしや、すごすご医術でどうにか!?」

「その通りよぉん。やや効用が強い薬草塗りたくってあげたからねぇ」

「そ、そんな……ぐぅっ……」

「時々胸が苦しくなるのはその副作用と思って我慢して頂戴なぁ」


「そういうのって普通本人に確認取るんじゃ……」

「アーサー君は総合戦に向けて頑張っていたからねぇ。きっとすぐに頷くだろうって思って、やっといたわぁ」

「……まあ、そうですね。飛びついていたと思います」






ナイトメア!!!

原初のナイトメア、騎士王アーサー!!!






「……うっ」






聖杯を守るだの騎士だの知らねえが!!!

おめえの本質はそうだ!!!








「……どうしたの? また胸苦しい?」

「いや……苦しかったが、耐えられるよ」


「念の為鎮痛剤出しておきましょうかねぇん。もう目も覚ましたし、アーサー君は大丈夫よぉん。貴女達も訓練に行ってらっしゃいな」

「んー……そうすっか! ここにいてもやることねえしな!」

「騒げないし!」

「騒ぐ場所じゃないでしょ」


「じゃあ……行くねアーサー。試合までしっかりと治すんだよ」

「ああ……」








破壊と殺戮の為、戦う為の兵器!!!

熾烈な戦いを生き抜き、勝ち残る為の道具!!! 


身に余る力を持った者は、

みぃんなそうなるんだ――わしにはわかる!!!








「……」


「アーサー君?」

「……え」

「ぼーっとしてたわよぉ……何か考え事?」

「……ええ」






 ベッドに身を預け、布団に包まれながら目を閉じる。






(……忘れろ)



(オレは兵器なんかじゃない)



(騎士だ、エリスを守る為の、騎士――)











「……」




 ……




 あんた……見ているだろ




「こういう時の感覚は凄まじいな」




 感覚を研ぎ澄ますしかやることがないからな。




「そうか」








「……あんたは」


「あんたは今、オレが手に入れられなかった物を、手に入れようとしている」






 ……何だって?






「言葉通りの意味だ。今あんたが最も深く抱えている闇と向き合わないと、それは手に入らない」


「そして、それがないと……絶対に彼女を守れない」




 ……






 ……あんたは、オレにそれを手に入れてほしいと思っているのか?




「思っている。心の底から」




 だったら意味深な言い方をするな。直接教えろよ。




「そうした所でどうにもならない」




 ふざけるな!








「……」




 ……オレだって、わからないんだ。今の自分の心境も……


 ……この先どうすればいいのかだって、正解がわからない……!






「……オレにできることは道を示すだけだ。正解を示すことはできない」


「そうしてやれることをやったら……あとはあんたが上手くやれるように祈っているだけだ」




 ……




 ……オレは上手くやったから、か?






「……ああ、あの有名な」


「……上手くやれる自信はあるか?」




 自信なんてない。


 不安しかないよ……




「……」











 彼は。



 この男は。



 にまにまと嗤っている。






「……ほっほっほ。図星ですかなハインリヒ殿。いやはや、まさか私の言葉に対して、そこまで動揺するだなんてなあ――」






 そう言って加えて嗤う。



 自分の心臓がどくどくと音を鳴らし、記憶を引っ張ってくる。






「……昔のことだ。もう終わったことだ」

「その終わったことに、貴方は今も縛られているのでしょう?」

「違う……」


「事実私の言葉を聞いた途端、顔色を変えたではないですか。『あの日の友が、今ここに来ている』と――」

「黙れ!」




 冷や汗が頬を伝る。


 いや、それは本当に汗だったのだろうか。




 涙だったかもしれない。






「もう……終わったことなんだ。贖罪もこうして行っている。掘り返すようなことは――」

「ですが、心の何処かではやり直したいと思っている。そうでしょう?」

「……」






 男の背後から来た若者二人と、



 横に続く道から来た老女が二人。



 同時にはち合って、互いに一瞬目を合わせるだけ。






「……」

「ふごおっ!! んごおっ!!」

「豚が!!! 僕に苦労かけさせやがって!!!」

「これ以上ワタシの手を煩わせるな豚。帰るぞ」


「ちょっ、ちょっと待て、首元を引っ張るな!!! ……そういうわけですよ、ハインリヒ殿! 自分の本心に時折向き合ってみることも必要なのではないんでしょうかね!?」






 黒い鎧の青年と、臍を出した服装の女にずるずる引っ張られて、彼は撤収していく。


 その姿は無様だった。実に無様だったが、




 言葉には、言い様のない力が込められていて――








「ハインリヒ」

「……」


「ハインリヒ!」

「……うあっ」


「しっかりおしい。あのデブに何言われたんだか知らないけどね、もう終わったことなんだよ。昔は二度と戻ってはこないんだ」




 そう捲し立てるのは、花柄のスカートを履いたゼラ。更に宝石類を一切取り外し、清楚なキュロットスカート姿のトパーズもいた。






「二人共……何用ですか」

「ハインリヒとお話しようと思って! 折角の機会なんですもの、今まで何をしていたか報告し合わない?」

「……」


「大切なのは昔より今! そうでしょ? 今この時に、貴方が何をしていたのか教えて頂戴?」

「……そうですね。それもまた、一興でしょう」

「確かここには保健室があるね。とするとゲルダの奴もいるかもしれん。あたしゃ呼んでくるよ」






 通りかかった教師達を、片手を上げるだけで嗜めていくゼラ。




 その背中を追いながら、彼の言葉が反芻される。








(……忘れるんだ)



(でも、あのビラに描かれていたのは……)



(確かに、そうだったんだ……間違えるわけがないんだ……)











「アーサー君、そのまま楽にしててねぇ。傷口の様子見るから、包帯に触……」




 ゲルダの言葉と手が止まった。



 ベッドから道具箱に目を向けた時、入った窓から、



 見知った顔が見えたからだ。






(……)



(あれは、ハインリヒ……?)






 彼の姿はとても焦っているように見えた。



 再度確認しようと首を伸ばしたが――



 次の瞬間には移動してしまい見失ったので、諦めて治療に専念することにした。

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