第540話 アストレアとユージオの生徒会デイズ

「リリアーン、リリリリリリアーン」

「なんじゃいエンジョイアストレアーン」


「私って対抗戦の時何て呼ばれていたか覚えているかいリリリリアーン」

「確か竜族魔法剣士アタッカーとか呼ばれてたぜアストレアーン」


「でもこっちに来てから魔法しかやってないぜリリリリアーン」

「それじゃあただの竜族魔法だなアストレアーン」




「それだと意味がわからないので剣術訓練がしたい」

「よし付き合おう」






 急激な二人のテンションの落差に失笑寸前の生徒会一名。






「クオーク先輩、何ですか。何で今にも吹き出そうな表情してるんですか。汚いですよ」

「いやっ、お前ら……暑さに脳やられすぎだろって……」

「脳みそがやられたら奥から刺激与えて正気に戻せばいいんですよ。ほれ、行くぞいアストレア」

「待ってくれリリアン。今得物の準備してる」

「ぶっ……本当に大丈夫かよ、あはっ……」











 そんなこんなで真夏の演習場。例によって太陽は熱く照り付けている。








「きゅうじゅうはちー……きゅうじゅうきゅー」




「ひゃー……くっ! よし!」






 汗と熱気が飛び交う土だらけの地に、可憐な華が一輪。



 どんな環境でも気高く咲き誇れるよう、厳しい訓練を重ねていたのである。






「お疲れエリス。一旦休憩だな」

「アーサー、ありがと」

「お姉ちゃんは汗を拭いてあげるとしようっ」

「わわっ、ギネヴィア……くすぐったいよぉ」




 少年騎士と少女騎士に手厚く世話されながら、エリスは魔力水で一息つく。



 練習用の木剣の重さにも慣れてきた。筋肉痛も今は心地良い感触だ。




「ううーん……汗を流すのって、こんなにも楽しいことだったんだ」

「そうだろうエリス。トレーニング・ルームが復旧したらもっと楽しいことになるぞ」

「それは断固拒否」

「何故だ!?」

「わたしは汗を流す感覚が好きなのであって、汗臭さが好きなわけではないのだ」

「ここに来るまでに制汗剤大量に買い込んでたもんね」

「くっ……」




 最近は女子向けの訓練用道具も充実しており、今のエリスは非常にポップなデザイン且つ動きやすい武道着に着替えている。今どきを知らない者からは舐めているのかと思われそうであった。




「どうせやるなら楽しく訓練したいもん……ねえギネヴィア」

「なーにー?」

「これ終わったら、魔力の増強訓練もやろう。前にユンネさんに教えてもらったやつ」

「いいよ! わたし喜んで付き合う!」


「ん? 結局そっちもやるのか」

「やりたいことができたの。ギネヴィアってさ……」






 エリスはふっと手を広げ、選定の剣カリバーンを呼び出す。



 当然のようにギネヴィアの姿は、エリスの中に吸い込まれ「ぎにゃああああああああ……!!!」た。






「……ぶへえ! 急に何すんのエリスちゃん!!!」

「ごめんごめん謝る。でも、わたしがやりたいのはこういうこと」




 選定の剣カリバーンを離すと再びギネヴィアが戻ってきたのを受けて、アーサーは成程と気付く。




選定の剣カリバーンを放出する度に、ギネヴィアが消えてしまうのをどうにかしたいってことか」

「そうそう~。行動が制限されるのって、やっぱり不便だからさ」

「オレはその場のノリで、鎧の装飾変えたり王冠消したりできたから……エリスもきっとできるだろうな」

「わたしもそう思ったの。わたし自身がもっと強くなれば、器用にこの力で立ち回れる」






 そう言った後エリスは、木剣を握り訓練を再開しようとするが――






「あっ、あっちにいるのはアストレア先輩だ! すみませーん!」

「なっ、エリスそっちに行くのか!?」

「振り回されてますなあアーサーくぅん」

「ええいギネヴィアも他人事のように……ほら行くぞ!」











「おー! あっちからすみませーんと声をかけてくる、可愛らしい四年生の姿が!」

「何だと? とおりゃあっ!」






 目隠しをして訓練をしていたアストレア。




 振り向きざまに鉄剣を振るい、木の的数個を纏めて両断する――






「……ふう。して、そこにいる赤い髪の君は誰だ」

「エリス・ペンドラゴンでーす。アストレア先輩、お初にお目にかかります!」




 お初にお目にかかっても、全然痛くない後輩であった。




 アストレアはタオル片手に訓練を止め、リリアンも近付いてくる。アーサーとギネヴィアもここで追い付いたのだった。






「おっす~ヴィクトール君の友人諸君。精が出ますな!」

「リリアン先輩、ありがとうございます~」

「お二人は生徒会の方はいいのですか?」

「偶には休息も必要なんだよ。偶にはさ」




 アストレアは手にした剣を愛おしそうに撫でる。どうやら愛用の剣のようで、柄には銘が掘られていた。




「凄い、一級品の剣ですね」

「わかるのかアーサー」

「わかりますとも。オレはその、剣にはちょっとですね?」



 誇らしげに鼻を鳴らすアーサー。これだから男子はとエリスのぼやきが炸裂。



「……誇りたいことを誇って何が悪いんだー!」

「いんやあそうとは言ってませんけどぉ? ただ何と言うか、態度が子供らしいなーって思ってさー」

「ぐぬぅ……訓練始まってからひしひしと感じていたが、男子と女子とでは思考に決定的な違いがあるな……!」






「毎度思うけどあの二人仲良すぎじゃない?」

「うっはっはー、それ程でも!」

「何故ギネヴィアが自慢げにするんだ」

「だって友達ですから! ところで……」



 ギネヴィアはアストレアが持っていた剣を、まじまじと除く。



「その剣って、一体どこで作ってもらったんですか? こんなの今の時代じゃ早々見かけませんよ」

「君もわかるのか……ってのはさておき。これはラグナルに行った時、竜族特権で仕立ててもらったものなんだ」

「竜族特権?」「ラグナルですか?」



 エリスとアーサーもやってきて、話題がその話に移っていく。






「私はエレナージュの生まれなんだが……どうやら竜族の間では、ガラティア以外で生まれた者は、そこに巡礼しに行くという風習があるらしい」

「へー初耳だぁ。竜族にそんなネットワークがあるのも初耳だぁ」


「同胞を探るべく、世界中に目を光らせているらしいぞ。そして風習に倣って、私は産まれ立ての時に、父とガラティアに行ったんだ」

「その時に作ってもらった剣ってことですね」


「こう、あるじゃないか。赤ん坊の未来を占うってやつ。私もそれをしてもらって、剣術の才能があるって言われたんだ」

「適材適所ですね! 納得です!」




 幼馴染の過去を知ったリリアンは、更に疑問を深める。




「アストレアのお父さんってさ、竜族の柄じゃない温厚な人じゃん。大丈夫だったの?」

「何とか『振り』を頑張ったそうだ。しかし族長殿とは激しい口論になって、流石に死を覚悟したとも……」

「口論ですか?」


「やはり竜族の血を継いで生まれたのだから、ガラティアに住めと、そういう話になったそうだ。父はエレナージュでの仕事にやり甲斐を感じていたから、断ったそうだが」

「うーん正解。だってガラティアにいたら、私に会うことなんてなかったもの!」




 胸を張るリリアンを、アーサーはにやにやして見つめる。




「なっ! 何だねアーサー君その顔は!?」

「いやあ……アストレア先輩について語っている時のリリアン先輩、本当に嬉しそうだなって」

「それを言うならエリスちゃんと一緒にいる時にアーサー君も相当だからな!?」

「……引き合いに出すのなしですよっ」


「つまる所はお互い様ってことだな」

「自分の好きな人が褒められると、嬉しいですもんね!」

「ぎぃちゃんもわかるぜ! ぶい!」
















「失礼しましま。チラシを配りに来ました〜」

「はいはーい。ただいま確認しますだです」




 生徒会室の扉を開け、対応するのはマイク。その後ろからはヴィクトールとユージオもやってくる。




「何々……『期間限定ピアノ無料開放!』だと」

「ピアノですか?」

「そうですそうです。音楽部の方で試験的にやろうってことになって。時間を決めてその間はピアノを弾き放題ですよー」




 その話を聞いて、ピアノに増資が深い者は黙っちゃいられない。




「期間は……今日からだな。早速利用してもいいか?」

「構いませんよ。生徒会の力を使って、どうか拡散してくださいね」


「ヴィクトール、俺と一緒に行こうぜ。俺もピアノ弾きたいわ」

「ユージオ先輩もピアノが……お、おら楽器は全然駄目だです」

「だがその態度は気になっている時のものだ」

「……一緒に行きたいだです! よろしくお願いしますだです!」











 こうしてやってきた放課後、ヴィクトールとユージオとマイクは第三音楽室にやってきた。




「音楽室だけで五個もあるのに驚きだです」

「楽器それぞれの専用スペースって所さ。ヴィクトール、申請書書いたか?」

「只今書き終わりました。行きましょう」




 入り口にある箱に書類を入れ、中に入る三人。








 壁に穴が空いている、至って普通の防音設備が備わっている部屋。壁際には楽譜や机に別の楽器が置かれ、それらの前部屋の中央にピアノが一台鎮座している。







「おほーこれまた本格的な」

「おらは椅子を持ってきますだです。お二方、早速演奏してくださいだです」

「よしよし、時間も惜しいしな。えっと……」





 ユージオがさらっと弾いてみせたのは、D♭メジャーの練習曲エチュードである。壮大な雰囲気が部屋に響く。





「な、何かもう凄いだです!」

「先輩、結構ピアノが得意だったんですね」

「小さい頃習ってたからなー。今はやってないけど、暇潰しに時々やってるんだ」




 話の合間にユージオはヴィクトールと交代する。




 交代したヴィクトールが弾いたのは、それはそれは短調で重厚な、それでいて夜の威風が感じられる協奏曲であった。




「おおー、『漆黒のシュラハト』。上手だな」

「ここまでやるのに努力しましたよ」

「難しい曲なんだですか?」

「左は常に動いているからな。右も基本的には休み無し。それでいて運手は細かいから、気合い入れないといけないんだ。黒鍵にもそれなりに行くし」






 そんな曲をヴィクトールは延々と奏でており、指先は疲れることを知らない。






「……ふう。先輩、いいですよ」

「ありがとなー。しかしヴィクトール、これ弾けるってことはピアノの腕前相当だな」

「そのお陰で魔法音楽部に強引に加入させられましたけどね」

「そんなこともあったなあ。あん時のリリアンは本気でご機嫌だった」






 ここからはユージオの番。今度はBメジャーの狂詩曲ラプソディを黙々と。鍵盤は力強く押され、その都度音が反響する。






「先輩、『漆黒のシュラハト』が一番好きなんだですか?」

「……どうしてそう思う?」

「だってそれについて話していた時、先輩嬉しそうだっただです」

「……そうか」




 ユージオの演奏を聴きながら、ヴィクトールは答える。






「母上の……一番好きな曲だったんだ」






「お母さんの……」

「へー珍しい。ヴィクトールが身内の話するなんて」

「俺にも話したい時があるんですよ……」

「うむうむ! それであれか、母さん喜ばせたくて練習したってわけだな?」

「そういうことです」




 手を開くと、僅かに変色箇所がある。



 幼少期にピアノの練習をして、そこでできたタコが痣になっているのだ。




「母上は病気で亡くなられてしまったのですが……病床で戦うあの方の為に、できることがしたくて」

「泣ける話だぁ……」

「その通りだです……」




「とはいえこの曲、楽譜がそこまで流通していないものですから、先ずそこから骨が折れました。深夜に図書室に忍び込んで……」











 一分程待ったが、その先の言葉は、ヴィクトールの口から一向に出てこない。








「……先輩?」

「どうしたんだ、ヴィクトール……?」







 更に一分程待つと--






 突然彼は頭を抱え始めた。







「うっ、ううっ……」

「ヴィクトール!? 大丈夫か!?」


「へ、平気……いや、少し横になりたい……」

「!」




 影に潜んでいたシャドウが、すぐに出てきてふかふか毛布に様変わり。




「便利だなあシャドウ! ありがとう!」

「で、でも保健室とかで横にならなくていいんだですか?」

「きっと一時的なものだ……安静にしていれば治る。俺自身の身体がそう言っている……」

「身体がって、何だそれ……」




 ヴィクトールがシャドウ布団に被さると、視線だけでユージオに指示を出す。




「まだ時間は残ってます。先輩、思う存分弾いてください」

「おう……ヴィクトール、限界だったら言えよ。すぐにでも出るからな」

「お心遣い感謝します……」






 この後のユージオは、ヴィクトールの気分が落ち着くような緩やかな曲を多めに弾くのだった。








(……)




(……『漆黒のシュラハト』の楽譜は、結局図書室にあって……)




(父上が、探し出して俺に譲ってくださった……)




(その経緯を思い出そうとすると必ず頭痛に見舞われる……)




(……一体どうしてなのだろうな)

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