第541話 リティカの模擬授業

 最近の王城には、以前よりも増して外からの空気が入り込むようになった。王太子ハルトエルや王太子妃メリエルが積極的に軍部に顔を出すようになっただけではなく、第一王女ファルネアの交友関係が幅広くなった為、彼女の友人達がちょくちょくやってくるようになったのである。








「リッカさんこんにちはです」

「こんにち……まあ。私のことを名前で呼んでくれるなんて」

「ファルネアちゃんが教えてくれたんです。何度もお世話になっていますから……」


「ふふ、ありがとうございます。キアラ様も以前よりはお城の雰囲気に溶け込めていますね」

「えっ? そうですか?」

「初めて来た時はガチガチに固まって、私がエスコートしたではないですか」

「ああ……そんなことも……うう」




<キアラちゃーん!






 一階大広間の入り口付近で喋っていると、動きやすいミニスカート姿のファルネアとリップルが、上階から降りてきて出迎える。




「キアラちゃん! おはよ!」

「姫様、今は昼時でございます」

「それはわかっています。でもおはようなんです!」

「そうでありますか……?」

「学園の友達とする気さくな挨拶って感じなんです」

「成程、そのような」




 それから次々に、他の友人も大扉を通ってやってくる。






「やあファルネア。キアラも来ていたんだね」

「アーサー君! キャシーちゃんも!」

「ニャウ~ン」

「私もいますよ~♪」

「メーチェちゃんおはよ!」

「サネットの姿が見当たらないわね?」

「サネちゃんなら後の男子達に続いて来るよっ♪」



 そう言っている間に来た。



「……」

「マイク君、顔真っ青ですよ!?」

「全く君は緊張しすぎだよ~。普段通り普段通り!」

「サネット、ネヴィル。こうした場に慣れていない人間に無茶を言うものじゃない」

「ルドベックの言う通りです。まっ、お城にはファルネアもいることですし。アデルもご覧の通りですし」






<騎士の皆さーーーーん!!!

 お勤めご苦労様でーーーーーーす!!!


<ありがとーーーーーー!!!

 副団長の息子さーーーーーん!!!






「徐々にリラックスできると思いますよ。さて……」



 セシルはファルネアの姿を見つけ駆け寄る。他の五人も彼に続いた。








「え、えっと! み、皆様、今日はお集まりいただき、ありがとうございます!」

「はっはっは、そのような堅苦しい言葉はいりません。僕と君との仲じゃないですか!」



 おどおど頭を下げるファルネアと、優雅な所作で礼をするネヴィル。



「お前ほんっと場数踏んでるよな……」

「もっと褒めてもいいんだぞぉアデル君!!!」

「はぁ……わたしももっと練習しないとな」

「何なら僕が教えてやっても!?」

「今日のネヴィル、絶好調だですね……」

「そういうマイク君も本調子に戻ったかぁ~い!?」


「まあ! 貴方素敵な髪型をしているのね!」

「んぐおっはあ!!!」





 背後から忍び寄ってきたメリエルに卒倒するネヴィル。





「お母さま!」

「ファルネア、それからお友達の皆様。ご機嫌よう」

「ごごごご機嫌麗しゅうでございますっ!!」


「いいお返事ね~! 後でパウンドケーキ焼いて持ってくから、楽しみにしててね! さあさあ早くお部屋に向かって頂戴なっ!」

「はっ、はい! それでは、案内いたしますです!!」

「ファルネアちゃんも緊張してどうするんですか!!」
















 そうして案内されたのは、特別広めの応接室。




 そこには手頃な机と椅子が並べられ、持ち運び可能な黒板も設置。




 黒板の前ではリティカが肩を縮めて耽っていた。






「しっつれいしまー!」

「……あ!! はい!!」

「やあ皆、今日は私の依頼を受けてくれて本当にありがとう」




 リティカに変わって、生徒十人を歓迎するのはルドミリア。奥の机にはリュッケルトがにこにこしながら座っている。




「依頼かー。オレ白状しちまいますけど、内容一切聞かずに了承したんですよね」

「そうだったのか?」

「困っている人がいるなら見過ごせないんで! で、何をするんです?」

「黒板に机に椅子! まるで教室にいるみたいです!」

「そう、教室。今から行うのは模擬授業って所かな」




 リティカもおずおずとやってきて頭を下げる。彼女の背中をリュッケルトがバシバシ叩いて鼓舞していく。




「み、皆さん! 今日は、私の模擬授業にお付き合いくださり、感謝します!」

「リティカさんの頼みですもの、断るなんてできません!」

「見えてきたぞ! オレ達は今からリティカ先生の授業を受けて、感想やら何やらを伝えればいいんだな!」

「そういうこと! 率直な意見を期待してるよ!」

「お手柔らかにしてくださいぃ……!」

「うふふ……」




 リティカのナイトメア、マミーのマールが出てきて黒板まで戻る。




「さあ、覚悟を決めて頂戴な……教材の準備をするわよぉ……」

「はいっ! マール、サポートよろしくね!」


「わたし達も覚悟を決めましょう! きっちりかっちり授業を受けるのです!」

「受けるだです!」

「このメーチェ、頑張って受けちゃいますよぉ☆」

「ネヴィル・ターレロ御年14歳もバリバリに受けてしまいますよぉ~~~!!! おっほお!!!」




「……」

「リティカ!! 確かに個性強い子が多いけど、真っ白にならないで!!」











 こうして始まった模擬授業。




 内容は考古学。如何にもルドミリアの娘らしい。というのも将来的には母親の仕事を継ぐつもりでいるようだ。




 よって彼女が体験していることもやってみたいと、仕事として教師を希望しているのである。








「ではこちらを配ります……」



 そこにはイングレンスの世界地図に関する考察が、余白が多めに取られて書かれてある。



「イングレンス世界地図か。確か……」

「しーっ、ルドベック。ここは先生が解説する所だよ」

「むっ、それもそうか」


「えっと、セシルさん! ありがとう……!」

「いえいえ、どういたしまして。では解説をお願いします」

「はい!」






 黒板にも世界地図が貼られている。世間一般に流布している、ごくごく普通の世界地図。






「さて……こちらが現在判明している世界の地図です。一般的にはこれが世界の全てということになっていますが、そうじゃないことはこの地図を見ても明らかであります。それは何処だと思います?」






 そこで切って、じっと生徒達を見つめるリティカ。





「……」

「……」



 互いに考え込んで沈黙が走る――








「……リティカ。ここは手を挙げてくださいとか、そういう一言を入れないと」

「えっ、あっ、そうです!! えーっと、わかったって人は手を挙げてください!! 指します!!」



 それを受けてアサイアの手が挙がる。



「はい金髪の子! アサイアさんだごめん!!」

「構いませんよ、落ち着いてくださいね。この地図は最南東が途切れているのが特徴です」

「正解です! 聖教会の拠点、カンタベリーの奥です!」



 差し棒でその場所を指す。そうした直後にカチっとスイッチを入れた。



 ビガーっと光が溢れ出し、黒板が見えなくなってしまう。






「きゃー!?!?」

「うおっ眩しいっ!?」

「リティカ!! 電源切って!!」

「はいー!!」



 光は落ち着き、差し棒はただの棒に戻った。





「……お母様がやってるの真似しようと思ってぇ……」

「あれは初心者には難しい物だからな……そんなことより、解説」

「はいっ!」






「えーと、そもそもこの世界地図は、帝国暦四百七十六年に当時の皇帝イーノが、国家事業として作らせた物です。自分が治めている土地はどのようになっているのか、それを知ろうとしたわけですね。その際カンタベリーは既に聖教会の拠点となっていたので、聖教会側に土地を調べてもらったんです」




「それで提出されたのがこれと。ううむ……」






 どれだけ目を凝らして見ても、描かれていない世界を知ることは叶わない。






「すると……この先に何があるのかも、聖教会しか知らないってことですか」

「その通りです。帝国時代の書簡の一部には、何があるのか尋ねてみた記録が残っています。大体は突っぱねられてるんですが……一度だけ回答を貰えたことがありまして」

「成程、その回答がこのカッコの中ってことですね!」



 サネットの一言と共に、全員がプリントにあるその場所を見る。



「そうです! 先ずは何があるか皆で考えてみてください!」

「了解しましたぁ♪」



 一旦授業は途切れ、生徒十人で話し合う。








「何があるんでしょうねえ。聖教会が口外したくないもの……」

「霧の大河だ」

「ん?」

「小さい頃に本で読んだことがある……この地図にない場所を進んで行くと、霧に包まれた大河に当たる。デュペナ大陸の荒涼とした荒野がずっと広がっていく中に、突然現れるんだそうだ」






 ルドベックがセシルに説明しているのを聞いて、



 見回りに来ていたリティカが真っ青に青褪める。






「リティカ。何も生徒は授業だけで知識を得るわけじゃないんだ。教える内容を既に知っているなんてことはよくあることだ」

「……え、えっと……」

「よく知ってますねとか、そういう言葉で褒めるんだ。そうして授業の中で改めて定着してもらえればいい」

「成程……!」



 ルドミリアにアドバイスをもらっていると、そろそろ会話も落ち着いてきたので、黒板まで戻る。








「ええと、それじゃあ、どんな意見が出てきましたでしょうか!」

「はーい! でっかい山です!」

「アデルさんでっかい山ですね! 他には!」


「ええと、古代人が残した要塞」

「アサイアさんそれはロマンがありますね~! 他ありますか!」


「魔物の巣? あとは、巨人のようにでっかい魔物とか?」

「姫様じゃなくてファルネアさん! それは凄い発想です! じゃああと一人にしましょう!」


「すっごく強い原住民の村だです!」

「マイクさん! 素晴らしい考えですー!」






 テンションが裏返ったリティカは、黒板の世界地図を剥がし――



 そして裏返して再度貼る。そこには荒野の奥に巨大な河が描かれていた。






「じゃん! これは先に挙げた聖教会の返答と共に、送られた絵になります。この絵に描かれてある光景が広がっていると、そう回答したわけですね」

「河……何か吹き上がってますけど」

「この白いのは霧です。魔力による物なのか気温との兼ね合いで水が蒸発しているのか、詳細はわかりません。けれども確かなのは河の周囲には霧が広がっていて、故に全貌は誰もわからないってことです」

「ふむ……」





 只々広がる絵画の中の大荒野。



 その先を眺めていると、だんだん吸い込まれてしまいそうになる。






「河を超えたとして、その先には一体何があるんだろう……」

「キアラさん! それ素敵な発想ですー! 学説では先にはやはり大陸が広がっていて、今の自分達とは異なる文化が広がっているっていうのが有力なんですが、私は動物とか魔物とかの楽園になってるんじゃないかって思うんですよね!」

「それは楽園って言うんだですか?」

「ボク達とは全く異なる魔法が使われていたりしてね。夢があるなあ……」



 

 部屋の雰囲気が憧景に包まれて、それに身を任せる。




「ああそうだそうだー。世界地図の西側、ずっと海が広がっていますけど。この先には何があるんですか?」

「あとイズエルトの北にも何があるんでしょう? 僕が聞いたのは氷に包まれた大陸って話なんですけど」

「南も気になりますよね。バドゥ地方より更に行った先には?」





 ここぞとばかりの質問の応酬。回答を考えて固まってしまうリティカを、マールがマッサージでほぐそうとする。





「リティカ! 固まるな! 質問が来ても順番に対応するんだ! 柔軟に対応するんだー!!」

「あいっ!!」

「それは柔軟体操だ!!」


「ふふ……リティカさん、面白いですね!」

「姫様、普段はこんなんじゃないんですよ彼女。ただ今日は緊張し過ぎたっていうか……」








 王城の昼下がり。適度に外の空気を入れ込んで、変わらぬ日常は続く。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る