第542話 今日の我々は生産性がない
こうしてやって参りました。七月です。
夏はスープを平らげられて、いよいよメインディッシュが並べられる。豪快に盛大に、されども順序は守って食べよう。でないと身体を壊して、楽しめなくなってしまうぞ――
「っあー……」
「暑いよー……」
例にもよってここは秘密の島、現在エリスは訓練場区画で訓練を行っていた所である。
当然学園の訓練場とは環境が違う。具体的には涼しくする魔術がないので暑さが上回っていた。
「へへー、お疲れエリス。いい汗掻いてるぜ」
「あなたもねクラリア。こういう時には魔力水を飲まなくっちゃ」
「汗と一緒に魔力も流れているからな。補わないとだぜ」
そう話をするクラリアと、更に隣にいたアーサーとルシュドと共に、努力を重ねていたのである。
「ふー、おお、お疲れエリス、頑張ってる。おれ、わかる」
「ありがとルシュド!」
「前よりも剣を下ろす速度が上がってきている。その調子だ」
「アーサーも……ありがとっ」
何を思ったかその流れで、エリスはアーサーのほっぺにちゅっ。
「お前〜……」
「お熱いぜ!」
「クラリア、純真な目でこっち見るな。恥ずかしいんだよ」
「へっへっへー!」
「うーむ、現在、一時間。休む、涼しい所、必要」
「それもそうだな。じゃあ洞の中に行こう」
「作業がどれぐらい進んだか楽しみだぜー!」
現在洞の中では力仕事が行われていたが、とはいえ一旦休憩中。
リーシャ、ヴィクトール、サラ、ギネヴィアが足を投げ出してだらだらしていた所に、イザークも入って一息つく。
「ったくよぉ~……幾らボクがめちゃつえーからって言ってさ。力仕事ばっかり任せるのは、ちょっと違うんじゃねえの~!?」
「後でご飯奢ってあげるから」
「うっし」
「扱いやすい」
前々から計画していた二階と三階の取り付け。
に加えてお手洗いとか洗面台とか簡易的な台所とか、今まで学んだ魔術を応用したり高い魔法具を買い込んできたりしてここらでいっそ大改造してしまおうという話になったのである。
よって作業量も加速度的に増加。ここ数日は魔法音楽部の方もある程度は落ち着いてきたこともあり、改造にも時間が割けるようになっていた。少年少女はひたすらに島に来ては、夏の暑さに汗を流す。
「あれ? ハンスは?」
「アイツなら便所行ったわよ」
「設置したばかりだから使ってみたいというのもあるのだろう」
「設置したばかり……それが便所って……ぷくく……」
「言ってもさあ、あの術式って相当でしょ。用を足した後に水で洗い流してくれるとかマジヴィクトール天才」
「割と出回っている術式だぞ。何時の時代においても下の問題は即急であるということだ」
ここで開けっ放しにしていた扉から、また友人がやってくる。クラリアとカタリナだ。
「お待たせしたぜー!」
「お待たせ。遅れちゃってごめんね」
「いいよいいよー全然!」
「どうなんカタリナ? あれだっけ、服作ってんだろ?」
「うん、そうなの。今日もそっちに顔出してたんだ」
「期待してるぜー! 皆で考えたデザインがどうなるか楽しみだぜー!」
今日は島の改造を優先させたいということで、カタリナ一人だけがグリモワールの店に顔を出していたのだった。
だらだら軒先で駄弁っていると、ハンスも戻ってくる。
「ふぅーすっきりすっきり。おっ果実水あんじゃん。寄越せ」
「これは頑張った人にだけ与えられる報酬ですー」
「ぼくも取り付け頑張っただろうが!?」
奥の方には梯子が取り付けられ、それを昇った上には床が広がっている。魔術や釘を用いて接着し、現在は休ませて様子を見ている。
「道具の運搬しかやってなかった気がするんだけどぉ!?」
「それでも頑張った方だろうが!!」
「なら貴様に試験をしてもらおう。昇れ」
「……あ?」
「貴様なら例え床が崩れたとしても、風魔法で浮けるだろう。昇れ」
「……」
「あーあっちにルシュドがいるなー!! あいつオマエが頑張っているの見たら褒めてくれるだろうなー!!」
「あー……!!」
梯子を昇って、ではなく風で浮かんで乗っかりにいくハンス。
「どうー?」
「……」
「かなり太めの釘買ってきて、床も分厚いのにしたし。設計上は大丈夫なはずだけど、どうかしら」
「……んー。ぼく一人乗った感じじゃ、全然揺れないよ」
「本当? ならいいじゃん!」
「ではここから搭載可能重量を測っていくか」
「スペース的な限界もあるからそれ忘れずにね?」
こうして暫く物を乗せていると――
「皆、お疲れ様」
「何だ今頃来たのかバカップル」
「ぶへぇ……」
「そして何様だこのカワイ子ちゃんめぇ」
「つかれたんですー……」
「一時間経ったから一旦休憩だ。で……」
リーシャの前に突っ伏したエリスを横目に、アーサーは二階を見遣る。
そこには多数の物の山に埋もれるハンス、更に先に訓練場から撤収してきたルシュドやクラリアが。
「搭載可能重量の計測中だ」
「成程。オレの目からすると、かなり多く乗っているように見えるが」
「魔術も組み込んだからな。結構頑丈にできた」
「どれ、オレも少し……」
梯子を昇って、二階に足を踏み入れた瞬間――
「……ん!?」
「ミシッって音がしたぜ!!」
「ならそれ以上はいけないということだな。どれ、荷物を全部下ろせ。そして重量を申告しろ」
~ヴィクトール先生が
仰られた通りにやった~
「約二百五十キロか。中々だな」
「何であんたさり気なく女子に体重訊いてんのよ」
「必要な情報を収集したまでだが」
「クラリアもよく答えられるね……」
「だははははー!」
「もっと女子としての諸々を身に付けて欲しい」
クラリスがクラリアから出てきて、果実水をコップに注いで煽る。
「クラリス俺にもくれぇ~」
「はいはい、ジャバウォック」
「スノウも!」
「ちょっと待っててくれ。シャドウはどうする?」
「♪」
「ねえねえボクも~」
「カヴァスは……えー、平皿は……」
「紙皿ならあるけど」
「紙の味染み込むからやだよ!」
「そこ?」
「……そうなんだな」
「おいアーサー!! 他人のふりしてないで!! キミボクの主人なんだから何とかしろよ!!」
「はぁ……」
指を動かして、魔力を組み上げるのをイメージ。
そして眼前に銀皿が現れた。形は歪であったが。
「……」
「飲めるんだから文句言うな。ほら、クラリス」
「ああ」
「うぐう……今回はこれで我慢してやる……」
ぐにゃぐにゃに曲がった皿から、ぺろぺろ果実水を飲むカヴァスであった。
「さり気なく凄いことしたよね。何魔力で生成しちゃってるの」
「ストラムの野郎がバイオリンを魔力で生成してるって言ってたからな……円卓の騎士にできて騎士王にできないことはない」
「というより、ナイトメア固有の能力って感じじゃないかしら。人間達には触媒を用いて魔力を変換することはできても、素の状態の魔力に干渉することはできないし」
「確かにぃ。ナイトメアの本質って魔力だもんね」
風がびゅうと吹き込む。
一応魔術空調も取り付けようという話になっているが、やはり天然には敵わない。
「こうやって毎日風が吹き込んでくれるのが理想だけどねえ」
「そうともいかないから魔術がある。魔術は人間が自然に立ち向かう為の手段なのだ」
「いい話風にしやがって」
「ああー何とも生産性のない会話だわ」
「無駄こそが人生を華麗に彩ってくれる」
「無駄しかないのが良いというわけではないだろう」
「むぅ……おれ、暑い……」
「それ皆思ってるだろ。無駄が生まれるのも暑いからだろうが」
「あの、今日の作業ってこれで終わりかな?」
「うわー生産性に繋がる質問をカタリナチャァンがしてくれたぞぉ」
「取り敢えず二階は完成したが、他にも設置したい設備はあるのだろう」
「まじゅつくーちょー」
「だいどころー」
「まじゅつひむろー」
「アナタ達溶け過ぎよ」
「「「ぶへらー」」」
「……帰るか。帰った方がいい。その方が生産性に繋がる」
「んじゃあ今日の晩飯どうすっかー」
「わたしお部屋に戻りたいですー。やくそーやくそー」
「じゃあ女子ーずはお部屋に戻るってことでー」
「異議なしだぜー!」
「うん、大丈夫だよ」
「うえーい」
「はいはい」
「じゃあ男子ーずはカーセラム行こうぜ」
「おれ、カツレツ丼ー」
「オレはビーフシチューかな……」
「俺は……タリアステーキにしようか」
「……トゥナ・サンド」
「よーし決定なぁ」
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