第333話 朝方作戦会議

<魔法学園対抗戦・魔術戦 二十五日目 午前八時>






「……また貴様等か」

「ワタシとコイツ以外は初めてよ?」

「けっ……」

「お、お邪魔しています」

「朝ご飯は皆で食べると楽しいよね!!」





 現在ヴィクトールの天幕にお邪魔しているのは、サラ、ハンス、カタリナ、リーシャの四人。魔術戦に出場する五人が揃い踏み。



 例によって他の生徒にはカーセラムに行ってもらい、ひと時の朝食を堪能する。八割ぐらいは完成しているようだった。





「今朝は豆パンにしたの~。ここにチーズを乗せてはふはふするんだよ!」

「あ、これフィッシュパイ。あたしが作ったんだよ」

「そしてこれがチェリーパイ。食後にどうぞ」

「コーヒーだ感謝して飲み干せ」

「貴様等手際良すぎるだろ」




 とか何とか言ってはいるが、美味しいものはやはり美味しい。




「あーーーーったまるぅーーーー!!」

「シナモン入れ過ぎじゃないの」

「イズエルトではこれぐらい普通だよ?」

「北国怖い」


「ハンス、顔にチーズついてるよ」

「……」

「やーい顔赤くなってんのー!」

「殺す!!!」

「あははっ……ふぅ」

「んぐ……」

「ふー……」




 食事によって体温が上昇し、それが心地良さに変わっていく。




「……」

「……」


「……何か言おうよ」

「別にいいだろ」

「言わないと私寝ちゃう」

「ああああああああー」

「カタリナ……健気すぎて私涙出る……」

「ふん……」






 その間にヴィクトールは天幕に戻り、地図を数枚持ってきて戻ってきた。






「折角来てもらったのだ、この機に説明しておこう。今回の試合についてだ」

「武術戦の時みたいな陽動作戦?」

「そういうものは特にない。属性領域に気を払いながら進軍し、確実に領土を増やす。強いて言うならこれが作戦だ」




 広げた地図には多くの線や文字が加筆されており、使い込んだ様子が窺える。




「知っていると思うが今回は北からの開始だ。南西と南東に向かって進軍することになる」

「自分の向いている方向と地図上の方向が真逆になるってことよね」

「そうなのだが、それは前線に出る貴様等が気にすることではない。指令を出す方は留意しなければならない程度だ」


「属性領域は……本番にならないとわからないんだっけ」

「魔術研究部が魔法具を改造してくれてな。そのお陰で、何処にどの属性領域が展開されているのか目でわかるようになった。故にある程度は適切な指示は出せる」

「確実ではないのね」

「敵の妨害に遭って進軍が遅れ、属性領域の変化する時間に間に合わないというのはよくある話だ。ある程度余裕を持って、変化に対応できるように心掛けることだな」

「ふぁーい」

「飲み込んでからもう一度言え」

「はーい」




 じゃあ気になってくるのは、と続けるリーシャ。




「相手の情報だよね。リネスとウィーエルだっけ?」

「ああ。リネスの連中はこすい、せこい、回りくどいの三拍子揃った戦い方を特徴としている」

「ヴィクトールがそこまで言うのか……」


「個々の戦力はそこまで強くない。しかし集団で囲んだり、魔法具やそれ以外の道具を用いて変則的に戦うのが特徴だ。その点では頭がよく回るとも言えるな」

「となるとー? 個人を潰すことを重視した方がいいー?」

「それよりも連中の手に嵌らないように気を付けろ。言動に惑わされるな、奴等はその上を余裕で行くぞ」

「魔法でぶつかり合うより神経使いそうだね」

「で、もう一方のウィーエルだが。こちらは事情が特殊でな……」




 言葉を切ってコーヒーを飲むヴィクトール、その一方で顔を顰めるハンス。




「まあ想像は難くないだろう。エルフの生徒が主体で風魔法が中心。人間の生徒も風魔法が中心で、遭遇したら土属性の魔法でで対処していけば問題ない」

「なら良さそうじゃん。でも、特殊な事情って?」


「注意するべき生徒が一人――ウィリアムズ・ライト。彼が出場することになっているんだ」

「注意……エースアタッカーとかじゃなくて?」

「俺も詳しく知ったわけではないのだが、ウィーエルの生徒達も持て余す程の生徒だそうだ。言うことは意味不明、行動に一貫性はなく、常に監視しておかないと他の生徒に手を出す……探れば探る程、不穏な噂が出てくる」

「つまり何をしでかすかわかんないから用心しろってことね」

「個別にマークしておいて、常に動向を探ることで対策を打とうと考えている。貴様等も姿を見かけたら即座に報告するように」

「あいよー!」

「わかった」

「それぐらいならお安い御用よ」




 ハンスだけ返事をしない。握り拳を膝に押し当て、歯を固く結んでいる。




「ちょっとー? ハンス話聞いてたー?」

「……」


「あ……そっか。ハンスって元々ウィーエルの魔法学園に通ってたんだよね」

「あーそういえばそんなんだったねえ! もしかして知り合いとかいる? 戦うことになるのしんどい?」

「……」




 そういうことではない。そういうことではないのだが。






「ていうかハンスって何で転入してきたの? 入学してすぐにやってきたから、グレイスウィルの生徒として自然に溶け込んじゃってる感じあるけど」

「ここでそれを言うわけないでしょ馬鹿が。ワタシもそれは気になる所だけど」

「まあまあ、それを言うにはもっと相応しい場所とかあるんじゃないかな……いつもの島とか」

「んーそれもそうか。よし、この話はお終い! ぱっぱと忘れて!」


「じゃあ訓練に移るとしましょう。何でも今日はとびきりの飯も用意されてるみたいよ」

「まっじでー楽しみー!!」

「でもその前に片付けだよ。ヴィクトールの天幕なんだから、来た時より綺麗にしよう」

「うっふぇーい!!」




 女子三人は立ち上がり、てきぱきと片付けを開始する。


 男子二人は取り残されて、気まずい空気だけが流れた。








「……ハンス」

「何だよ」

「ウィリアムズは時々こちらで姿を見かけることもあったらしい」

「……へえ」


「何も知らないというわけではないだろう」

「……」

「……作戦の進行に関わる。俺にだけ言うことはできるか」

「……選択肢与えてくれるだけ有情だねえ」






 突風をぴゅうと吹かせて、ハンスは立ち上がる。






「前の君なら問答無用で訊き出した筈なのに、変わったね?」

「ふん……それで、言ってくれるのか?」

「無理だね」




「これはぼくにだけまつわる話だ――」











<午前九時 中央広場>




 持っててよかったいつものエプロン。着替えればすっかり料理部に様変わり。


 ファルネアもアサイアも、エリスも着替えて互いに細部を確認する。今回の為に特設された天幕の中で、それぞれ準備を行う。






「エリスー、いるかー?」

「!」




 アーサーが籠を二つ抱えて訪れる。当然彼も普段使っているエプロンに三角巾だ。




「ほら、頼まれていたパセリだ。これで足りるか?」

「♪」      こくこく


「そうか。でも足りなくなったらいつでも呼んでくれ。ファルネア、アサイア、エリスのこと頼んだぞ」

「任せてください」

「せんぱいも美味しいお料理作ってください! 食べにいきます!」

「ああ、まあ期待していてくれよ」




 彼が去ったのと入れ替わりに、ソラとレベッカもやってくる。




「だぁー、疲れた……」

「何がですか?」

「ウェンディを団長とかに預けてくるの……」

「……」


「下手の横好きってよく言ったわね!! 料理となるとすっごいやる気なんだもん!!」

「というわけで僕達も手伝うよ。モッツァレラのコロッケだっけ?」

「♪」




 ゼラから仕入れた大量のチーズを見て、ほくほくになるエリス。




「モッツアレラってリネス近郊でしか作られてないチーズだったはずよ」

「そうだよそうだよ、主にピザに使うやつ。それをどーんと仕入れてくれたなんて、ゼラさん優しいよね~」

「よぉし、ゼラさんにも感謝して、美味しいコロッケを作りましょう! 食べた連中の頬を撃ち落としてやる!」

「言ってることが物騒!?」

「先ずは仕込みからだね。じゃがいもを潰して、チーズを包む! これをしこたま作ろう!」

「ー!」

「ワンワーン!」











 一方こちらはアーサーとイザークの活動班。アーサーだけはエプロンを用意していたが、他はそんなものは知ったことではない。普通の学生服である。






「で、作るのはポテトチップだったか」

「そうそう! じゃがいもを薄く切って揚げるだけ! らくらっくのちんちんちーんだぜ!」

「ふん、やってみてからも同じことが言えるかな」

「何だよースカしちゃって! アーサー、料理部だからって調子乗んなよー!?」

「どれ……先ずは手順を確認するのも兼ねて、一回作ってみよう」

「おうよ! やってやるぜ!」






 というわけで作ってみたのだが。






「うっわ~ねっちょりするぅ~……」

「んー、もうちょっと薄く切れれば……」

「それも苦労するんだぞ! おわっ!」

「包丁は猫の手だって言っているだろう」

「るっせー! そういうお前はどうなんだよー!」

「……」




 アーサーは自分が揚げた、完全に焦げてしまったポテトチップをぱりぱり食べる。




「……薄く切るとその分さっさと火が通る」

「知ってるわ!!」

「でも揚げるタイミングが全然わからん! それも試行錯誤かぁ~!?」

「くそっ、ぱっぱと終わらせて他の奴煽りに行こうと思ったけど、中々手強いな!?」

「あと塩加減も研究を……」




「……ん」






 天幕の影から覗く生徒が一人。アーサーと視線が合うとすぐに隠れてしまったが、逃さぬように声をかける。






「ルシュド!」

「……!」


「そう隠れるな。こっちで話をしよう」

「……」




 もじもじしながら出てくる。手には彼が普段使っているエプロンが抱えられていた。




「えっと……」

「オマエは参加表明しなかったのかー?」

「ああ、えっと……」

「今になってやる気が起こったんだろ? よくあることだと思うな俺は」

「そもそも緊急クエスト自体突発だから、何が起こっても柔軟に対応してくれると思うぜ。つーことで一緒にやろう! な?」

「……」




 こくりと頷き、おずおずと天幕の中に入る。




「……皆、早かった。おれ、一人……」

「なーるほど、相手を探していたら自分だけ取り残されちまったと。うんうん、気にすることない! 不運だった、それだけだ!」

「……」


「知っている奴もいるかもしれないが、ルシュドは料理部なんだ。オレよりも丁寧に作ってくれるぞ」

「……!」

「マジかよ俺ら勝ち確じゃん! 何に対して勝つのか知らねーけど!」

「ならさ、早速じゃがいも切ってくれよ頼むよー!」


「……?」

「ポテトチップを作るんだ。ほら、フィッシュアンドチップスの皿に乗っているやつ」

「……ん、わかった」




 ルシュドは着替えを済ませると、すぐさま俎板の前に立ち、包丁を入れていく。




「おひょーやるぅー!」

「……」


「顔赤いぞ。嬉しいんだろ」

「……うん」


「ではオレ達で油と塩を準備しておこうか。丁度いい揚げ加減を発見したら、記録して一時解散だ。そうして立食会で振る舞おう」

「おー!」






 こうして他の生徒達も、せっせせっせと腕を振るって夜に備えていく。

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