第171話 触媒販売会・前編
翌週の月曜日。
四月半ばの清天を、箒に乗った魔術師が飛び回る。
「ふんふんふふーん♪」
「わんわんわお~ん!」
「うんっ! もうすぐ着くね、グレイスウィル! さあて、今日はどこから着地しようかな~?」
春を感じさせるクリーム色のカーディガンを羽織り、ゆったりとしたプリーツスカートにショートヘア且つサイドテール。薄い金髪に水色の瞳を持つ彼女はアルブリアの上空をぐるぐる飛び回り、地上を観察する。
「わんっ?」
「ん、あれは……? 何だか生徒達がぞろぞろ移動しているぞ?」
「わんわんっ!」
「うん、そうだね! ロザリンがいるかも! あそこに行ってみよう!」
そう言って魔術師は、箒に乗ったまま地上階の階段に進入していく。器用な箒捌きに、歩いていた人々は驚愕するばかりだ。
「ん~……いっぱいあるなあ……」
「そんなにカタログばかり見ていると、ぶつかるぞ」
「え~そんなことは……ああっ」
エリスは柱をすんでの所で躱す。現在はいつもの三人と一緒に、ウィングレー家への道を進む途中だ。
「ああ、このヴォンド金貨があればなあ……何ができっかなあ……」
「もうそんなことばっか……イザーク、これは学園のお金なんだから」
「わかってけどやっぱ子供には大金だぜ」
「……あ、あそこだね。ルドミリア様のお屋敷」
石畳の道を進み、他より大きな建物が視界に入った、
その時だった。
「ぐわっ!?」
「およ?」
「……ほえっ?」
イザークの後頭部に箒の柄が衝突し、彼は前のめりに倒れ込んだ。
「わっ、ごめんね!? ブレイヴ、何とかできる?」
「わおんっ!」
箒に乗っていた女性から現れた金色の毛の大型犬が、イザークに駆け寄り回復魔法を行使する。
「……おや!」
「え?」
「あ、あの……何か?」
「いやあ、キミ達二人は綺麗な髪してるなって! よかったら僕にアレンジさせてくれない?」
「わっ……わわわあ!?」
女性はエリスとカタリナの髪を手で梳かしながら、それ以外の部分もぱしぱし触る。
「……おいおい。あんまりいじってくれるなよ、ソラ」
「ネム~」
アーサーが警戒心を露わにし出した所に、進行方向から女性が歩いてくる。眠そうな目に猫背の項垂れた魔術師、ローザだった。
「あっ、ロザリン! 迎えに来てくれたの!?」
「ん、まあな。ついでに仕事を手伝ってもらおうと思ってさ」
「え~何だよそれ~。でもまあ仕事の後のご飯は美味しいよね!」
「言っとくが奢ったりはしねえからな?」
二人が笑い合っている所に、ブレイヴによる治療が完了したイザークが起き上がる。
「……知り合いっすか?」
「魔法学園に通っていた頃の親友だよ。卒業してからもよく会う仲だ」
「えへへ、まさかロザリンにそう言ってもらえるなんてなあ。僕はソラ・スカイガーデンだよ。この子はブレイヴ、僕のナイトメア!」
「わふん!」
「ワオン!?」
同じ犬仲間に反応したのか、カヴァスがアーサーの身体から出てきて威嚇する。
しかしブレイヴはそれを気にも留めず、アーサーやカヴァスをべろべろ舐めようとする。
「ハッハッハッ……!」
「ワッ……ワオーン!?」
「くっ……人懐っこいんですね、この子は」
「うちのブレイヴは特にね~。まあ可愛いワンちゃんってことで、許して!」
「ワオンワオーン!!」
「はいはい、お前も可愛い可愛い」
「ワンワンッ!!」
「えへへ。大型犬も可愛いけど、小型犬も可愛いからねっ」
「ワッフ~ン……♪」
「お前……」
エリスに頭を撫でられ、カヴァスは安心し切って舌をだらりと出す。アーサーには決して見せない表情である。
「そういえばソラさん、職業は何なんすか?」
「表向きはフリーランス魔術師、けど実際は理髪師! 世界中飛び回って髪を切るお仕事してるんだぁ~」
「昔は仕事がありつけるかもって、グリモワールの店の近くで屋台構えていたんだけどな。いつの間にか箒なんて乗っちまって……」
「この箒、キミが魔術研究部の課題の一環で作って、その後いらないって僕に押し付けた物だからね?」
「あっはっは……そんなこともあったなあ……」
ローザは腕を伸ばしてから、屋敷の方を見遣る。
「さあて、色々話をしたから、そろそろ空いてきた頃だろう」
「え、そんな時間経ちましたか。だったら売り切れてるんじゃ……」
「ということは全然無くて、在庫が減るにつれてどんどん追加されていくから大丈夫だ」
「あっ、仕事の手伝いって触媒の売り子か! 今気付いた!」
「その他にも在庫整理に販売数カウント、更に触媒試運転の監視にお悩み相談と盛りだくさんだぞ~?」
「ねえ帰っていいかなロザリン?」
「ぐはははは、私に出会ったが最後ってヤツだァーーーッ!!」
「ネム~」
「ギャァーーーッ!!」
ローザはゲラゲラと笑いながら、ソラの服を掴んで連行していく。
「……いい笑顔ですね」
「そりゃあねえーーーーっ!!! 長年の親友に会ったらこうもなるよねーーーーっ!!!」
「ボクらも行こうぜ行こうぜ」
ウィングレー家の屋敷、その庭では多数の屋台が置かれ、触媒の販売会が行われていた。魔術師達が商人さながらの販売文句を謳い、中央では生徒が購入した触媒を手に魔法の試し撃ちが行われている。
「ヴィクトール、これはどうなんだー!?」
「それは風属性強化のものだな」
「じゃあアタシは土属性だから駄目だな!」
「そもそも属性強化ではなく、基本の物から選べと言われているだろう」
「うおおおおおお! 忘れてたぜええええ!」
クラリアは手に持った触媒を置き、頭を抱える。その隣でヴィクトールは幻滅したように溜息をついた。
更にその後ろからは、サラとハンスが買い物の様子を眺めている。
「にしても触媒販売会、二年生だけかと思ったけどそうでもないのね?」
「実はそうなんですよ~♡」
「ん……」
明るい黄緑色の髪を豪勢に巻いた女性が、サラ達に話しかける。
「新品の触媒買いたいって二年生の他にも~、触媒を使い古して買い換えたかったり、新しい触媒買って魔術に挑戦してみたりって学生が多いんですよねっ☆」
「いきなり来て必要ない説明すんなよクソババア」
「あ゛? 死ぬか?」
「へえ、そっくりそのままその台詞返そうか?」
「おうおう、このフィルロッテ様に向かってよくそんな口叩けたなあクソガキ?」
「てめえの方こそ、高潔なエルフであるぼくに向かってよくも唾吐けるよなあクソババア?」
「あ゛ーん……?」
「やるか? あ゛?」
プライドがぶつかり合って火花が散る。
しかし火花は地面に落ちていく前に、
突如飛んできた無数の氷弾によってかき消された。
「わああああっ、大丈夫ですかー!?」
「えっと、すみま……! ってフィルロッテ殿じゃないですか」
小走りで駆け寄ってきたのはマーロンと、冷気を放つ杖を手にして慌てふためくリーシャであった。
「……この状況見て大丈夫って言える?」
「あっ、誰かと思ったらハンスか~。ならよかった」
「ならって何だよならって!?」
「知り合いで良かったって意味だろうな」
「全く……仕事サボって何でこっちに来ているんですか。貴女屋敷で書類整理でしょう」
「しゃむい……早くしろよぉ……」
ヴィクトールとクラリアが買い物を中断し、氷弾が飛んできた所にやってくる。隣でマーロンはフィルロッテに付着した氷を叩き落としていた。
「あれ、ヴィクトールじゃん。貴方ってもう自分の触媒持ってるんじゃなかったっけ?」
「この狼が買い物に付き合えと五月蠅いからな……」
「兄貴達もここで買い物してたからな! だからアタシもここで買うんだ!」
「へー、ロズウェリ家ってそういう伝統なのね。サラは?」
「ワタシも買い物ね。ついでにコイツの監視も兼ねてる」
「「くそがぁ……!」」
フィルロッテとハンスが氷結状態から復帰し、またしても火花を散らす。同時にリーシャの持っている杖からも冷気が飛び散る。
「わー喧嘩はやめてー!! 私の杖が暴走しちゃうのー!!」
「あらまあ、新手の牽制ね。というかどうして暴走に至ったのかしら」
「いや、この触媒実は氷属性強化の物だったみたいで、私との親和性がやばくって……ぎゃー!!」
氷弾が噴き出してあちらこちらに散弾する。持っている本人は杖に引っ張られてあたふたあたふた。
「いでっ、いででっ、おいそれを止めろよ!!」
「えっ、あっ、ちょっ、無理!!! 手の熱で氷が溶けて離れなくなってる!!!」
「はぁ……
「うわっ!! 熱っ!!」
ヴィクトールが杖から放った火弾が、リーシャの手に当たって氷を溶かす。すぐさまスノウが出てきてまた冷やしてくれた。
「ひぃーっ……死ぬかと思ったわ! もっとマシな溶かし方あったでしょー!?」
「熱かったのでーす! ぴやー!」
「俺はこれが最も効率的な溶かし方だと考えた」
「……うおおおおおお!! かっこよかったぞヴィクトール!! アタシも炎魔法を放つぜー!!」
「待ってクラリア!! クラリアもやったら大惨事になる!!」
「そうだぞクラリア。魔法使いたいのなら触媒を買ってからだ」
「ぐぬぬ。じゃあ買い物再開だぜ!」
「よーし、今度こそ私も向こう戻るねー。今度はちゃんと基本のやつ選ぼ……」
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