第170話 恐るべき八の巨人

 スコップで土を掘り起こし、拳大の穴を作る。


 そこに苗を植えて、ふんわりと土をかける。


 最後に水をかけて、周囲の土と馴染ませていく。




「……」




 レンズを通して見える花は、雫を受けてきらきら輝く。


 葉から雫が滴って、地面を濡らす。それはさながらありがとうと、感謝を述べているように。




「……」


「……ほら、そこの葉っぱを捲ってみれば……」




 その時、真横からくるくると風が吹いてきた。




「――」


「……ん。どうしたの、サリア」

「――、――」




「……客人ね。挨拶でもしておこうかしら」






 サラが森を出て、石柱群に近付いていくと。



「……あらまあ」

「えっ」

「……いたのか貴様」



 アーサー、ヴィクトール、ハンスの三人が魔法陣を描いている所に遭遇した。





「不都合なら見なかったことにしてあげるけど」

「……いや、お前になら言ってもいいだろう」

「言うの?」

「まあ、こいつになら問題ないだろうな」


「……ふうん、何の話かしら」

「ああ、これを見てほしいのだが――」




 アーサーはサラに紙束を見せながら、これまでの経緯を説明する。




「……成程。ゴミクズのような魔力掻き集めて、何とか修繕しようとしていたわけね」

「ぶっ殺すぞ」

「とは言え事実だ、否定のしようがない」

「そうだな……ゴミクズだと思っているなら、お前も修繕に協力しろ」



 アーサーからの誘いを受けて、サラは眉尻を若干上げる。



「……ワタシはワタシで作業していたのだけれど」

「こっちを手伝ってくれればそっちも手伝うぞ」

「一体何すんのよ。力仕事は却下よ」

「ならば手伝えるな。この魔法陣に入って、魔力を供給してもらえるだけでいい」

「……そういうねえ」



 サラは頷きながら、魔法陣に近付く。そしてまじまじと観察する。



「よく描けているじゃない。流石は生徒会役員様って所ね」

「そう言う貴様は描いたことあるのか」

「特にないけど、勉強はしたことあるわ」



 更に四つに分けられた部分のうち、右上の箇所に入る。



「ワタシの方も手伝ってくれるのよね? だったら早くやりましょう」

「……逃がさんぞハンス」


「だーっ!! あとはもう眼鏡女に任せりゃいいだろうが!! ぼくいらねえだろ!!」

「人数は多ければ多いほどいい。貴様も中に入れ」

「カヴァスはどうする?」

「貴様の足元に置いておけ。人数が増えたとしてもナイトメアの支援は必要だろう」


「あとサリアはどうすればいいかしら?」

「……一先ずは外に出てもらおうか」

「ああ、後はそれを見ながら調整しよう。とりあえずやってみるか」





 そうして魔法陣の中に入り、呪文を唱えて魔法を発動させる。




 その後に紙束を開き、直った部分を確認した。





「今回は……この辺りか」



 アーサーは紙束をなぞりながら、修復された場所を目視で探す。ヴィクトール、ハンス、サラも紙束を覗き込み、内容を覗き込む。



 それを受けて、真っ先に口を開いたのはサラだった。



「あら、これ巨人じゃない」

「巨人?」

「そっ。ほら、紙の上から下まで絵が描かれてあるし、文章もそんな感じでしょ」




 サラが指差した所には、彼女の言う通り非常に大きな絵が描かれてある。部位は全て筋骨隆々で、唯一腰にだけぼろぼろの布が巻かれている。髪もぼろぼろに生え散らかし、髭もぼうぼうだった。




「えーと何々……『古に産み落とされし邪悪の化身。偉大なる八の神々に反逆せし愚かな者ども』……へぇ」

「神々がイングレンスを創り出した頃、原初の世界に存在した生命体と言われているな。本で読んだことがある」

「最初に人間を造ろうとしたけど、自分達の姿形を基にした影響で魔力量が肥大し、それに対応するために身体も大きくなったって説が濃厚ね。で、力が肥大すると心も肥大してしまうもので」

「それで神々に逆らおうとしたと」

「そういうことね。もっともアタマの方はそのままで、馬鹿で単純なヤツばっかだから駆逐するのは簡単だったみたいよ」




「……ん。ここに書いてある文章……やけに筆圧が濃いな」



 アーサーは文章を指差し、そこをハンスが読み上げる。



「『全てを久遠の眠りに墜とす氷の巨人。その吐息で万物を凍て付かせ、巨躯から繰り出される一撃で森羅万象を粉砕し塵に還す』……だって」

「ふむ、ということはコキュートスについての文章か。絵はまだ朽ちてはいるが」

「へえ、ヴィクトールが知ってるってことは有名な巨人なの?」

「まあ、『恐るべき八の巨人』の中ではそうかもしれないわね」

「……何それ?」





 話をしながら、四人はふらりと石柱群の方に目を向ける。相変わらず石柱の先は、雲を突き抜けており地上からは観測できない。





「馬鹿揃いの巨人の中でも特段頭が良くて、悪知恵働かせて神々を苦しめた連中。八属性に一人ずついて、それぞれ対応する八の神々が討伐したとされているわ」

「コキュートスはその中でも特段資料や文献が多い。何でもイズエルトのアエネイス大監獄に幽閉されているそうで、それの影響らしいな」


「……ああ、脱獄者が出ないようにってことか。え、それって現在進行形? 討伐されたんじゃないの?」

「大監獄を造った時に復活させて、生きたまま捕らえたって話よ。まあ真相は闇の……もとい、吹雪の中だけどね」

「ウェルギリウスの町は情報統制が厳しいからな。画家が描いたコキュートスの絵も姿がバラバラで、どれが正しい姿かもわからん」

「まあ真の姿を見たら最後、ここに書いてある通り久遠の眠りに墜とされるんだろうね……」




 四人は再び視線を紙束に落とす。サラが口を開いたが、うきうきな様子であった。




「ねえ、今までずっと復元してきたわけでしょ? 他には何が描いてあるわけ?」

「魔物の絵や魔術の研究など、色々だ。時折目を光らせる内容もあって、それにこの紙束自体にも魔力回路が通っている」

「へぇ……ならこれ描いた人物は、相当頭が良いのね」

「そうらしい。だからオレ達は興味を持って、復元を進めているんだ」



「……そして、ワタシも興味が沸いてきたわ。今日はもうお終い?」

「ん……そうだな、今日の分はもう終わりだな。魔力の量には限界があるから、ちょっとずつやってるんだ」

「あらそう。残念だけど……なら気を取り直して、今度は力仕事をしましょうか」



「おい逃がさねえぞヴィクトール」

「残念だがそれはシャドウだ。そして本物はたった今オレが捕らえた」

「くっ、くそっ……」



 アーサーはヴィクトールの首根っこを捕まえ、森へを歩を進める。シャドウも観念してその後ろをついていった。



「……あら? そういうアナタは逃げないのね」

「へえ、ナイトメアに縄生成させておいてそれ言う?」

「チッ、バレたか……わかっているなら足を早く進めなさい」

「へいへい」




 それから以前植えた花の世話をして、四人は島を後にしたのだった。

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