第428話 最後に残った者すらも

「……来ない……」

「……」






 最早やってきている生徒を、声だけで数えるのも苦にはなくなってきた料理部。ルシュドは一人机に座って、ある生徒を待っていた。






「……キアラ……」




 アーサーは依然として意識不明。エリスは訪ねても出てこない。リーシャは治療。ファルネアも療養。二年のアーサーも病んでしまって引き籠っているという。


 そんな状況でルシュドは、キアラと二人で料理部の活動に励んでいたのである。




「……おかしいな。無断欠席なんてしないような奴なのに……」

「授業? 宿題? もしかして……」

「連中に絡まれたか……?」






 失礼しますと手を挙げ、途中離席することを伝える。


 それからはやる気持ちを抑えて調理室を出ていく。











 二年生の教室にも行った。屋上にも行った。しかし姿は見当たらない。


 自分が武術部にいると思っているのかもしれないと思って、演習場に向かおうとした、その道で。






「……!! キアラ……!!」



 丁度演習場に向かおうとする彼女を見かけた。



 しかしルシュドの声に応じず、そのまま走ってしまう。



 無視をしたというよりは、気付いていないようだった。






「……」



 ジャバウォックには身体に入ってもらう。



 拳を握って解くのを繰り返し――



 後を追いかける。
















「……は。やっと来たの。遅ぇよ」



       いいんだ



「……これが貯金全部か? 嘘つけよ!!!」



      これでいいんだ



「もっと金あんだろ!? 竜族はオシャレに気を遣わねえ!!! 小遣い余ってんだろ!?!?」



    理不尽であっても  屁理屈であっても



「だーっ……ムカつく。おい地面舐めろよ」



    皆疲れてる  皆傷付いている



「そうだそうだそうだ!!! お前なんてなあ!!! そうし這い蹲ってるのがお似合いなんだよぉ!!!」



    その捌け口に  私がなれるなら



「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!!!!!!!!! ウゼえええええええええええ!!!!!!!!!!!!!! 死ね!!!!!!!!!!!!!!!!」






       それでいいんだ











「や――」



「やめろおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」




        ……え











「ぐっ……あああああああああああ!!!!」








 ここ最近の日常となっていた、校舎裏で同学年の生徒に殴られる行為。



 いつものことだった。いつもだと思っていた所に、



 彼は――ルシュドは、やってきてくれた。






「……テメエ……!!!」

「おれ、武術部。負けない!!!」

「ほざけ!!! やれ!!!」



 女子生徒が数人。彼女達はキアラの記憶の中では、非常に暴力的で、且つ魔法にも長けている。


 男子とはいえルシュド一人でどうにかなるわけが――






「グルルルルルルル……!!! アアアアアアアア……!!!」






 周囲に炎を展開させて、その勢いで威圧を行う。


 怯む様子はない。怯んでも殴っているのだから、別段どうだっていい。




 ふと、間に入るようにして庇ったキアラの姿をちらと見る。酷い怪我だった。痣も切り傷も酷くて、なのに服に隠して見えないようにしていたのだ。




 情けない。後輩が追い詰められていたのに、それに気付けなかった――






「ガアアアアアアアアッ!!!」



 一心不乱、我武者羅に。目の前にいる生徒に向かって、ただ火炎で殴り続ける。



「ぐっ……てめえ!!! 何処の誰だか知らんが生意気だ!!!」



 女子生徒の一人が透明な結晶を取り出し、地面に叩き付けた。魔力結晶だ。








「グッ……!!!」



 周囲を覆う氷が、自分の炎を浸食していく。



 押し返そうにも、魔力はどんどん強くなって――





「テメエ!!! 調子乗んなよ!!!」



 地面に叩き付けられた。



 その上に一人乗りかかり、続いて複数の生徒を見上げてしまう。





「グッ……!!!」


「ははっ、ハハハハハハ!!! いい気味だ!!! 今日はお前でいいや!!! 士ね、死ね、視ね――!!!」






 上から、横から、様々な方向から殴られる。


 慣れているはず、散々訓練したはずなのに、




 何故かこの痛みは悲しくなって、辛くなって、






(……)






 遠目にキアラが腰を抜かし、そのまま手を伸ばしているのが目に入った。


 自分を助けようとしているのだろうが、しかし力が入らないのだろう。






(……こういう時)



(姉ちゃんは……してた、こう……)






 気合で笑顔を作り出し、親指を上げてみせる――






「いっ……いやああああああああああ!!!」


「異種族!!! 異種族が生意気なんだよ!!! お前らは人間様に従え!!! 人間様が一番偉いんだ!!! お前らは下なんだよ!!!!ああああああああああああああああ!!!!!!!!」






            ――あっそ






「視ね、視ね、異種族は消えろ――!!!」






   結局何処の輩も、同じように考えているんだな






「……!!」











 校舎の表から、指先で風を巻き起こす生徒が一人。



 キアラは彼のこともよく知っている――ルシュドの友人、ハンスだ。






「ぎゃああああああああああああ……!!!!」

「あっ、ああああっ、いやああああああああああ!!!!」






 女子生徒達は断末魔を次々叫んで、彼の起こす竜巻に飲み込まれていく。


 その時の彼の――つまらなそうな、哀れむような。




 少なくとも良いとは言えない表情が、妙に脳裏に焼き付く。








「……ルシュド」



 ばたばた倒れた生徒をよそに、彼は友人に近付く。



「あ……ああ……」

「後輩に対してカッコつけようとしたのか?」

「……殴る、駄目……」

「もういいわかった、これ以上は喋るな。お前……血が流れすぎだ」



 それからキアラの方を向き、手招きをする。



「手伝え。ぼくと一緒に保健室に運ぶぞ」

「あ……はい!」






 こうして二人でルシュドを保健室に運ぶ――



 はずだった。



 はずだったのに。






 妨害は予想外の所から飛んでくる。








「……!」


「やあハンス。よもや私の顔を忘れたとは言わないよな?」

「……アルトリオス様」






 自分の属する組織、寛雅たる女神の血族ルミナスクランの指導者。アルトリオスが今日は視察に来ていたということを、今この時に思い出した。






「エルフはこの世界で一番高潔な種族。そうだよな?」

「……仰せの通りです」

「竜族はおろか人間などと言う下賤な生物と、親しくする程落ちぶれていないよなあ?」

「仰せの通りです……」


「よくわかってるではないか――ククッ。しかし頭と身体の行動原理が一致していないようなら、これは暫し教育をし直す必要があると、そう思わないか?」

「……思います」





 ああ、こいつも教育かよ。



 と言うのをこらえて、キアラに耳打ちをする。





「……ルシュドのこと、頼むわ」

「え……あ……!」





 アルトリオスの隣に並んだ彼は、早速言葉をかけられる。





「……あの生徒に何を言った?」

「貴様など知り合いでも何でもない、竜族の下品女と」

「よしよし……それならば、教育の期間はそう長くなくてもいいだろう……ククッ」












「……何やってんの?」

「試し撃ちってやつね」






 パァン、パァンという音が繰り返し響く。




 訪れる者がとんと減ってしまったこの島でしか、響かせることができない音。外で鳴らそうものなら様々な所に目を付けられる。






「弾を込めて撃つ、銃ってヤツだっけ」

「そそ。魔力を固めて個体にして、それで復元させてみたの」

「固めてって……しれっとヤベー技術使いやがって」

「工房を頼る手もあったのだけど、物が物だから憚られてねえ」




 そう言うとサラはイザークに、数枚の紙を見せる。


 それに描かれているのは銃――その周囲では、どの部品をどの程度の長さで造るか、事細かく指示されていた。




「わーお、これって設計図じゃん。どこでゲットしたんだ」

「ジャファル。あのクソみたいな参観日システムが功を奏してね……ま、これを復元したからと言って、何かを変えようってことではないのだけど」






 片手に、拳に収まる大きさの銃。右手でそれを弄びながら、サラは深く溜息をつく。






「……そんなあっさりと人を殺せそうな物なのに、何も変えられないのか」

「たった一発の弾丸が人を殺した所で、より多くの犠牲が出るだけだわ。事態は複雑だからこそ、慎重に事を進めないといけない」

「……」


「アナタはリアクション薄いから実感沸いてないだろうけど、これって限りなく極秘なブツよ。間違いなく事が済んだらワタシは拘束される。エレナージュかはたまたグロスティか……」

「……あ?」

「事実を述べただけでしょうが、目くじら立てないの。何でも連中はこれのサンプルを回収して、血眼になって取り締まってるって話だわ……コイツについて調べる過程で聞いた」

「……」







 正義だろうが治安だろうが、アイツがやっていることは何が何でも気に食わない。




 サラのことは信頼している。それでも気分が悪くなったので、イザークは立ち上がった。






「……あー。どんぐらい時間経ったかな。もっといい暇潰しが欲しいぜ」

「それは叶わぬ願いってものよ。強いていうなら、アイツと向き合うことかしら」











 訓練場から戻り、二人は洞の中に戻る。中でアーサーを看病していたのは、サイリとサリア。




 二人は主君が戻ってくるのを確認すると、看病を二人に引き渡す。その間に休憩を取るのだ。







「……一向に良くならねえよな、コイツも」

「どれだけ酷いことされたらこんな風に……」




 呼吸は苦しそうに見えるが、容態はこれでも安定している。だが目覚める様子はない。




「この鞘が魔力を供給してくれてるんだっけ?」

「ええ。あの離れからここまで連れてくる間にも、かなりの量の魔力が流出した。コイツがなかったらマジで危なかった」

「そんでもって、前にも同じようなことがあったと」

「ブルーランドの時にね……一体全体どこで拾ってきた物なんだか」






 ふと二人はアーサーから離れて、丸机に座る。そして無言で食事を取り始めた。











「……本当に二人だけなんだって、つくづく実感するわね」

「ああ……覚悟はしてたけど、やっぱ辛いな……」






 買ってきたサンドイッチと果実水を片手に、アーサーの呼吸を聞きつつ時間が流れるのを待つ。






「カタリナとリーシャが聖教会の診療所だっけ……」

「あそこに送られた生徒が戻ってきたって話を聞いたことがないわ。無事でいてほしいけど……」


「ルシュドが診療所じゃなくって、保健室で済んだのはマジ何なんだろうな。ありがたいけど」

「受け入れられない理由でもでっち上げたんじゃないの。何言ったか知らないけど……」


「ハンスは寛雅たる女神の血族ルミナスクラン、ヴィクトールは貴族館に連行。まあ……あいつらなら大丈夫だろ」

「昔っから強かだものね。普段はウザい所あるけど、こういう時は頼もしいわ」


「……クラリア。ロズウェリの方は大丈夫なのかな……」

「流石にそろそろ戻ってきてもいい頃だわ……約束したじゃないの……」


「……」

「……」






 一瞬だけ、二人揃ってアーサーの方を見て、






「エリス……」

「アイツ……本当に心配だわ……」

「アーサーは肉体的にだけど、アイツは精神的に追い詰められてる……」


「……顔見に行きましょうか。今日こそは意地でも乗り込むわよ」

「そうすっか。お宅訪問ならお手の物だぜ」






 行動する前に、アーサーの布団を取り替え、氷嚢を新しい物にする。






「じゃあなアーサー……また明日来るからな」

「サリアにサイリ、手間かけて悪いわね。今日も看病よろしく……」











 こうして塔に戻る――大人達の目を掻い潜るのも、すっかり慣れてしまった。


 しかし目的地に潜んでいられては、対処のしようがない。






「……おや! グロスティ家のお坊ちゃん! お帰りになられましたか!」


「まあまあマクシムスさんの! 探したんですよ~!!!」








 それぞれ荷物を置きに塔に戻ると、聖教会とキャメロットの人間に取り囲まれる。作ったのが見え見えの、気持ち悪い笑顔で。


 即座に命令を受け、ナイトメアを島から引き戻せざるを得なくなってしまった。








「……おい。どういうことだ……っすか」

「ふん、許してやりましょう。何せ貴方はイアン殿の一人息子! 下手に傷付けては先方から何と言われるかわかったもんじゃないですからな!」

「さっさと話してくれませんかね。いいとこの坊ちゃんであるボクを、どうしようって言うんですか」

「最近学園に行っていないと聞きましてな! それで部屋に引き籠っているのかと思いきや、そうでもなく外で遊びほうけている! 故に監視をつけて真面目に勉学に励ませようと、そう思った次第ですよ!」

「……そうですかい……!!!」




「……そこまでエレナージュとの関係が大事なわけ?」

「今はグレイスウィルから人がいなくなってますからね~! そんな状況で人員を派遣してくれているエレナージュ様には首が上がらないんですよ!」

「……あっそ。どのみち、ワタシが何言っても監視はするわけでしょ」

「よくお分かりで!」


「……なら一つ教えて。交換条件よ。教えてくれたら監視を許してあげる」

「ははぁ、それならお安い御用で! それで用件は!」

「エリス……エリス・ペンドラゴンって生徒は、今どうなっているの?」




 すると連中は眉を顰める。本当にわからない反応に見えた。




「エリス……? あー、もしかして離れの! いやですねえ、我々も確認に行こうとしたんですけどねえ! 何か結界が張ってあって、侵入ができなかったんですよ!」

「結界? 生徒だからって冗談言ってるの? 親にチクるわよ?」

「いえいえ、本気です! まぁさぁかぁ貴女様に嘘をつくわけがないじゃないですか! 人を寄せ付けないオーラって言うか……そんなものが張ってて、近付けなかったんです!」

「……」






 いずれにしても、二人が思う所は一つだけ。






(……エリス、アーサー……どうやらここで落ちちまうみたいだ)


(無事でいて頂戴ね……!)

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