第292話 王女様と男装女子

 土曜日というものは非常に長い。何てったって朝起きたらお休みで、昼食を食べたらまたお休みなのだ。




 午後のエリスは自室のベッドに横になって、ごろごろ転がり本を読む。皆を信頼していても、やはり一人の時間は大切だ。






 他の四人もそんな感じで、エリスとも離れゆったりと過ごしていた頃に--








「ん……」

「お客さーん?」

「ちょっと待ってなー、今顔を……」




 ローザはちょろっと玄関の扉を開けて外を見る。






「……貴女様が何故ここにいらっしゃるんですか?」




「そうでありましたか。しかし貴女様がご一緒でも、隣の方は許可できません。彼女と面識のない男性の面会は制限しておりますので」






「……」


「……え?」


「は、はあ……まあ、貴女様のことを信じますけど……」











 現在エリスが読んでいるのは料理の本。美味しそうな挿絵と共に、料理のレシピが並んでいる。






(バタースコッチかぁ……三温糖が必要……)




 膝にカヴァスを置いて、時々撫でながら。




(この間の美味しかったし、自分で作ってみたいけど)




 ココアをごくり、チョコレートをぱくり。




(んー、材料を買ってこないと……これも提案してみようかな?)





 そして扉が開かれる。








「……?」




 こんこんの後に、がちゃりと。






「……! ……?」




 エリスの前に現れたのは、二人の少女。






「エリスせんぱい! お久しぶりです!」

「……」




 よく見知った薄色の瞳に金色の髪の少女、ファルネア。隣にはリップルもふわふわ浮いている。


 それともう一人。




 銀色のショートヘアに、青い瞳を持つ、非常に恥ずかしそうにしている少女。


 エリスの記憶の中には、このような知り合いはいないが――




「ふふん……エリスせんぱいが戸惑っておられるので、わたしが説明します!」

「お願いしますぅ……」

「実はこの子、アーサー君なんです!!!」


      >>>ばばーん<<<











(……)





(…………)





(………………)







(……!?!?!?)








 声を出せないので、目を見開いてじっと二人を見比べることしかできない。






「あ、ああ……うわあああああ……!!」




 顔を両手で覆って、崩れ落ちるアーサー(?)。




「もうアサイアちゃん! 覚悟決めたんでしょ! ほらしゃきっとして!」

「ニャオ~ン」

「ワッフン!?」




 突然のキャスパリーグに驚くカヴァス。そうとも知らずキャスパリーグは主君を起こそうと必死だ。




「アーサーっていうのも偽名で、本当はアサイアちゃんって言うんです! アサイア・カルトゥスちゃんです!」

「……」




 エリスが目を白黒させる姿を見て、遂に覚悟を決めたアーサーもといアサイア。






「……私、騎士王伝説が大好きなんです。大好きで大好きでたまらなくって、騎士王アーサーになりたいと願う程になりまして……」

「……」




『男装ってこと?』

「そ、そうなりますぅ……」


『声は男の子だったよね?』

「え~……声帯に干渉する魔術、ですね。これを使うと男性の声域になります。これを勉強するためにお小遣いを貯めて本を買いました……」


『鬘とかも?』

「金髪の鬘と赤い魔術水晶を……少々……」


「男装用のアイテムってすっごーい管理に手間がかかるんですってね!」

「だからアサイアちゃんは常に金欠なんです!」

「ちょ、それボクの、違うボクじゃない、私のせつめええええええええええええ!!!」

「……」




『ね、二人共』




「ふえ?」

「はひぃ!?」

『せっかくだからお茶淹れてあげるよ 座ってお話しましょ』


「そ、それならわたしも……」

「私も手伝います!」

『お客様をもてなすのは務めです だからわたしがやります』


「な、ならお言葉に!」

「甘えさせていただきます!」


『二人共かわいい』

「「ふえええええ!?」」








 五分後








「かもみーるてぃー……」

「べるがもっとぉー……」


『これがオレンジキャンディね アーサーに貰ったの』


「へえ、アーサー先輩が……センスいいですねえ」




 言い終えた途端、また顔が紅潮するアサイア。




「そ、そうだ先輩!! このことアーサー先輩には内緒ですよ!! 先輩が知ったらどう思われるかわかりませんもん!!」

『わかった』


「ああああああああ女神様の御慈悲ぃ~~~~……」

『アーサー君の趣味知れてよかったもん』


「あ、男装していない時はアサイアと呼んで頂いて……」

『わかった アサイアちゃん』


「ニャオン!!」「ヴァウン!!」

「キミは何をしているんだいキャシー!?」




 アサイアがキャスパリーグとカヴァスの乱闘に驚愕している所で、


 エリスはホワイトボードに文字を書く。




『それにファルネアちゃんにも秘密あるでしょ』

「……ふえ?」




『パレードで馬車に乗ってるの見ちゃった』








「……」


「…………」



「………………」






「……ふえええええええ!?!?」






 その時。




 叫び声を聞き付けたのか、扉が開かれ――






「何の騒ぎだ?」

<ぎゃーーーーーーーーー!!!!




 入ってきたのは何とアーサー。二年生の正真正銘の男のアーサー。




「……って、ファルネアじゃないか。見舞いの途中だったか」

「アーサーせんぱい、お元気そうで何よりです!」

「ん……ティーカップがもう一つあるが、誰か来ているのか」




 アサイアはエリスを背にしながら、迷彩魔法で隠れたらしい。




『今席を外してる お話してたの』

「そうか。一体何を?」


『ファルネアちゃんの正体』

「ぶもっ!?!?」

「ちょっと!! 噴き出さないでよ飲み物!!」




 零した跡をせっせこと拭くリップル。




「……だってぇ、リップルぅ……」

「うう……反応わかりやすいのよ、あなた……今だって顔真っ赤じゃない……」

「だってだってぇ……見られてたなんてぇ……」


「……真面目に何の話だ?」

『ファルネアちゃんはこの国のお姫様なの』




「……は?」

「……ファルネア・ロイス・プランタージ・グレイスウィルをほんみょーにもつ、グレイスウィル王国第一王女ファルネアじゅういちさいですぅ……」

「……はぁ???」




「アーサー先輩も信じられないような目付きを……これは普段のあなたの行動が、優雅なレディの姿とかけ離れている、何よりの証明っ!!!」




 ビシッとファルネアを指差すリップル、益々悶えるファルネア。




「……優雅なレディって、そういうことか」

「そういうことですっ!! わたしは、メリエル王太子妃――この子のお母様のような優雅で気品のある美しきレディに育て上げるという使命があるんですっ!!」

「ほわーーーー!!!」






 遂に耐え兼ねたのか、部屋の中をうろうろし出すファルネア。






「あうっ!!!」

「わあっ!?」


「……何だ今の声」

「あ……」




 アーサーはファルネアが痛そうな声を上げた所を見つめる。


 何もないのに何かにぶつかったようだった。




「……カヴァス」

「ワン!」


「きゃひーーーーん!?」






 的確にアサイアの腕に噛み付くカヴァス。迷彩魔法もこれにて解除される。






「何だあんたは……ここで蹲って」

「あ、あのですね、その」

「答えろ。何者だ。エリスに害を与えるなら容赦はしない」




 声がどんどん冷たく冷淡になる。アサイアの背筋に鳥肌立つ。そこですかさず入ってきたのはファルネア。




「せんぱい!! この子はアーサー君です!!」

「……は?」


「本当の名前はアサイアちゃんです!! 普段は騎士王アーサーに自分を同化させてアーサー君を演じているんです!!」

「……はぁ???」






 すると、とうとう、




 空いた椅子の一つに腰かけたアーサー。






「……エリス、オレは疲れた」

   こくり


「いつもの見舞いだと思っていたのに、何故衝撃の暴露をされないといけないんだ」

    ふるふる




「……もう一度言うが、疲れた」

「……」


「……だから、今日も飯を作ってほしい」

「……!」




 途端に顔を赤らめるエリス。ファルネアとアサイアも様子を見て座り直す。




「こ、これは結果おっしぇーいってやつだね! リップル!」

「オーライでしょ!! 正しい言葉であっても優雅なレディが使うものじゃないわ!!」


「まだお前達の素性については納得いっていないぞ。特にそっちは」

「やっぱり~~~~~そうなりますよねぇ!!!」


「……まあなんだ。これも折角の機会なんだ、飯でも食いながら話さないか」

「え……!?」

「いいんですか……!?」




 その言葉を受けたのであろう、扉が重圧によって強引に開かれる。




 どうやら大人四人が聞き耳を立ててた模様。






「……お前正気か!? ファルネア様はこの国の第一王女様なんだぞ!?!?」

「ああそうか、宮廷魔術師……」

「私達からすると上司の上司だから!!! こっちの精神が!!! きついんです!!!」


「で、でもわたし、エリスせんぱいとご飯食べたいです……!!!」

「「「!?!?!?」」」




 もうファルネアは抑えられない。きらきらと目を輝かせて、じっと四人を見つめている。




「……庶民の食事なんで!!! お口に合わなくても怒らないでくださいね!?」

「そんなの寮生活で慣れました!」

「はぁ~そうかぁ寮生活……えええええええ!? 寮生活してんの!? 王城から通ってないの!?」

「ソラアアアアアアアア!!! 素が出てる!!!」

「申し訳ございません!!!」

「そ、そういうのも、わたしあんまり気にしません……!」






「よし!! では早いけど準備を致しましょう!! 行くぞお前ら!!」

「「「ははーっ!!!」」」


「……!」

「ファルネアは料理部なので、お手伝いできることがあると思います! なので行きまーす!」






 こうして嵐のように六人が下に降りていき、部屋に残ったのは。






「……」

「……」


「ワンワン!」

「ニャンニャン!」

「……片付けるか。ホワイトボードも忘れていったようだし」

「あ、は、はい……」


「……本当に女なんだな」

「は、はいそうですうううううう!!!」

「もう隠す必要はないのだから、そう顔を赤くするな」

「でも学園で言いふらすのはやめてくださいね!!! 私もうそれでキャラ立っちゃってるんで!!!」

「何故そのような――「ヴァオンッ!!!「ニャァァァァン……!!!」




「……わかった。二匹してそんなに捲し立てるな」

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