第205話 よく頑張ったあなたのために

<午前十二時 中央広場露店区画>




「ほらアーサー! 見て! お店がいっぱい!」



 その場所に到着した途端、エリスはアーサーの前に進み、両手を広げてみせる。


 まるでプレゼントでも開封したかのような気分だ。




「……」



「……ああ、わかっているよエリス」




 彼女に釣られるように走り出す。



 気分はまだ上がらない。でも、上げないといけない。



 だが、上げることはできそうだ。彼女がそれを支えてくれるから。





「アーサー、俯いてないで見てよ! 美味しそうなお店がいっぱいあるよ!」

「ワン!」


「店が……食えるわけないだろ」

「美味しい物が売ってるって意味だよー! もう、意地悪なこと言うんだから!」




「でも……意地悪を言えるぐらい、元気出てきたってことだよね!」




 エリスは露店の一つの前に立つと、大声で挨拶をした。




「こんにちはーっ! 何か面白いものありませんかーっ!」

「はいはいいらっしゃい。そして面白いものときた。それなら~……」



 この店は双華の塔にある購買部の出張だそうで、食品以外にも雑貨が取り揃えられている。



「対抗戦だからこれをおすすめするよ。イヤホンって言うんだ!」

「イヤーッ! ホンってなんでしょ?」

「これを使うとね、試合の状況がよりリアリティを持って見れることができて……」



 三分ぐらい説明を聞いた後、エリスとアーサーはそれを購入した。



「……」

「ありがとうございます。やったねアーサー、これで試合がばっちり応援できるよ」

「……応援」


「そうだよ! 自分達が試合できないなら、他のみんなを応援するんだから!」

「……」




 言葉に迷っている間に、エリスは小さいかごを持ってきて、片っ端からおやつを入れていく。




「……何を買うんだ?」

「マシュマロとクラッカー! なんかねー、スモアサンドってのが美味しいんだって!」



 エリスは陳列棚のポップアップを、ぴっと指差す。『スリーステップでできちゃうスモアサンド』と描かれてあった。それを見た店員がいそいそ近付いてくる。



「対抗戦では皆作ってる鉄板メニューなんですよ。ほら、天幕では焚き火焚くでしょ。それで作るんです」

「広場には共用の焚き火もあるんだってー! そっちで作ろ!」



 中身がこんもり盛られたかごを、エリスはアーサーに渡す。



「……どうしろと」

「持ってて! わたしじゃ重いから!」

「……」




「……ふふっ」



 彼女の勢いに思わず笑いがこぼれる。張り詰めた緊張が弛むような、落ち着けるものであった。






 こうして二人と一匹は共用焚き火までやってきた。他の生徒もちらほら見受けられ、当然のようにスモアサンドに興じている。




「空いてる所は……あった!」

「ワオン!」

「……」



 倒木のベンチに座り、エリスは早速アーサーの持っている袋から、マシュマロとクラッカーを取り出す。



「えっへへ~、やるぞ~! クラッカーでマシュマロを挟んで……」

「……竹串で刺す」

「そうそう! アーサー、しっかり見てたんだね!」




 それを焚き火で数分炙れば、ほくほくとろとろ熱々絶品スイーツの完成だ。




「できたー! あっつう!」

「ワッフン!!」

「マシュマロが溶け落ちそうだな……」




 取り返しがつかなくなる前に、急いで口に運ぶ。


 香ばしく焼き目の付いたクラッカーに、口の中でとろけるマシュマロ。温度も相まって即座に幸福気分だ。




「んみゃい~~~。アーサーはどう?」

「……」



 甘さと優しさが、やんわりと心をほぐしていく。



「……美味しい。きっと、お前と一緒に食べているからだな」

「えへへ……そういうこと言うんだから」






 しばらく焚き火を囲み、もう昼食はいらないぐらいにスモアサンドを食べて。



 話を捻り出す気力も尽きかけている所で、アーサーは一冊の本を出した。






「『ユーサー・ペンドラゴンの旅路』だ。持ってきてたんだね」

「……ああ。どうにか、落ち着きたくて」

「そっかあ」




 今まで二人は向かい合って座っていたのだが、



 エリスは立ち上がり、アーサーの隣に移動した。カヴァスは空気を読んだのかアーサーの身体に入る。




「……何だ」

「わたしも一緒に読みたい。いいでしょ?」

「……ああ」



「どこから読むの?」

「ここから……背表紙を挟んでいた所から」

「もう、それじゃ本がだめになっちゃうじゃん。それに風情がないよ」



「……栞を買うのも勿体ないって思って」

「だったらわたし作ってあげるよ。ふふふ……」




 空いた手は重ね合いながら。



 ページを開く手は一緒に――






『「君は必ず上手くやるから、私も上手くやる」』


『私のこの長き旅路の中で得た、好きな言葉の一つだ』



『これはラース砂漠を抜けた後、リネス地方西部の渓谷地域に住まう、ある勇士が言ったもの。私は砂漠との戦いを終えた後、彼が住まう村に泊まらせてもらい、ひと時の安寧を得ることにした』


『しかし村の状況は安寧よりも遠い所にあり、私が来訪した時には、村の脅威となっている竜を討伐すべく、戦士達が士気を高めていた所であった。それらを鼓舞するのにこの言葉は用いられていた』



『当然私の心も、私の剣も疼き、悪を滅し正義を為すその戦いに参加させてほしいと申し出た。見ず知らずの旅人を巻き込むわけにはという彼に、私は自分の名を名乗り、そして先程の言葉を引用した』


『すると彼は快く私を討伐隊に受け入れてくれた。そしてもう一度言葉を呟き、確固たる信頼の眼差しを私に送ってくれた。この精神の片隅から、信頼に報いる覚悟と責任が生まれ、それが力になっていくのを感じた』




『……あとはその力を竜にぶつけてやればいい。それは赤く燃え盛る炎の如き竜であった。炎は触れると人を傷付けるように、かの者も触れただけでも酷い怪我を負うような魔物であった』


『私は竜の攻撃を躱し、そして剣で斬り裂いていく。初めて出会った彼も含めて、討伐隊の者達は皆私を信じている。ふと下を見ると、竜の炎で森は燃え、爪による攻撃で岩は抉れ、その被害は村にも及ぼうとしていたが、』



『討伐隊の者達は炎を水や氷で消し、崩れ落ちる岩や瓦礫から人々を庇い、村の皆が怯えぬように言葉をかけ続けていた。戦いを見守ることしかできない彼らは、自分達が戻ってくる場所の安寧を保つべく、戦うことしかできない私の代わりに、様々な手段を講じていたのだ』



『それを自覚する度、猛攻に折れそうな心が再び湧き上がる。彼らは私を信じて仲間に入れ、信じて送り出してくれた』


『その純粋とも言える信心に報いなければ、何が岩の剣に選ばれた騎士だ。私は何度も自分を奮い立たせ、竜の鱗を削いでいく――』




『……ふと、竜の攻撃が突然止まった。そして奴は咆哮を一つ交えた後、人にもわかる言葉で喋ったのだ』


『「我と対等に渡り合い、多くの民に信じられた汝よ。我は汝を認めよう。これより汝に加護を授ける。それを持ってして、一層人々の運命を見定めて参れ」』


『そう言った後、竜は何事もなかったかのように飛び去っていった』




『……姿が空の彼方に消え去った後、私の中に今までにない力が溢れてくるのを感じた。竜の持つ加護とでも言うのだろうか』


『だがそんな思索も、喜びに駆け付けた討伐隊の者達の姿を見ては、どうでもよくなってきた。彼らは口々に、私を信じていたことを口走り、そして感謝をありったけの表現で私に見せてくれた』


『そして、私が竜と対峙することを、許してくれた彼。あの言葉の言う通りになったと、そっと笑ってくれた。私も頷き返し、笑い返した』




『運命を見定めることは、時に運命を覆すことではないか。竜討伐の一件を通して、私は切に考える――』






「……!」




 アーサーは目を見開き、その物語に何かを見出したようだった。




「……」

「んん? どれどれ……『君は必ず上手くやるから、私も上手くやる』。いいねえ、名言だ」



 何度も二人でその文章を目で追い、指でなぞる。



「きっと対抗戦もこういうことなんだよね。強い力一つで終わらせるような戦いじゃない」

「……ああ」




「前線に出る人、指令を出す人、応援する人。みんなが揃って、初めて本領発揮できるんだよ」

「……」




 遂に、自分の中で燻っていた思いを、言葉にすることができた。





「……ユーサーだって、騎士王だって、強力な力であっという間に正義を果たしている」


「でも現実は……正義を果たすのに、ここまでの労力と、ここまでの勇気がいる」


「……物語のように華々しく飾れない。正義って泥臭いんだな……」





 手を握り返し、微笑みも返す。焚き火の音が残響として残っている。





「苦労のない物語より、苦労ばかりの現実の方がかっこいいよ」


「人間は絶対に、泥臭さ無しでは成立しないんだから。圧倒的な力なんて、色んなものを狂わせるだけ」


「わたし……伝説の騎士王なんかより、目の前のアーサーの方が、好感持てるもん」





 初夏の風が撫でる頬が、若干赤みを帯びる。



 早まる鼓動は周囲の時間を停止させ、世界に存在しているのは自分達だけであると、錯覚させるだけの力を持つ。





「……エリス、ありがとう。オレのこと、心配してくれて」


「主君だからと言ったら、それまでなのかもしれないけど――お前のその気持ちが、オレは、嬉しいよ」




「アーサーがわたしのナイトメアじゃなくても、絶対に励ましてたよ」


「だって……わたしとあなたは、きっとそういう絶対的な関係じゃないから。ふふっ」




 決断で使い果たした体力を癒すには、十分すぎるひと時であった。

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