第206話 ウィルバート
<魔法学園対抗戦・武術戦三日目
午前十時頃 グレイスウィル領中央広場の一角>
「はい~。熱々スモアサンドだよ~」
「あざーっす!」
「はむ……みゅー。熱々……」
「カタリナ、頬に白いのついてるよ」
「あっ、ありがと……」
「ほらアーサー、オマエも食え!」
「……ありがとう」
翌日は試合が入っていない日だったので、エリスはイザークとカタリナを呼んでプチ懇談会。昨日買ったマシュマロをクラッカーで挟み、魔法で焚いた火で炙る。
「そういや採取の課題っていつからやんの?」
「んっとねー、今日から。お昼食べたら説明会があるの」
「行っていい範囲とか課題の内容とか……あ、あと採ってきた野草は、普通に持ち帰って食べてもいいんだって」
「これで狩猟もできたらなあ。料理部フルコースで二人を応援できるのに」
「ふうん……」
それからしばし沈黙が流れた後、カタリナが重々しく口を開いた。
「……残念だったね。試合、中止になっちゃって」
「まさかヴィクトールがね~。あんなことするなんてね~」
棒読みにならない程度に演技を加え、エリスは発言する。調査の結果魔術大麻はヴィクトールが持ち込んだ――ということになり、生徒達にもそれが周知されている。
未遂とは言えどやはり一年親しくしていた友人。複雑な心境をそれぞれ抱く。
「……本当に、試合が始まる前でよかった。始まったら取り返しがつかなくなってしまうからな……」
「まあ……そうだな。でも……」
「……オマエらだけに言うけどさ、ボクはこれでよかったと思ってるんだ」
話し声が途絶えると、焚き火が燃えるぱちぱちという音だけが、足元から聞こえてくる。
「……最終日まで猶予ができたから。ボク正直まだ自信なくてさ……ここで実際の戦場見ながら訓練積めたらいいなって」
その言葉に目を丸くしたアーサー。
「……最終日?」
「何言ってんだオマエ。昨日の試合は中止になっちまったけど、本来の最終戦の後に振替でもう一回……つまり第十五回戦だ。そこがボクらの戦場になる」
イザークは果実水を一気に流し込み、そしてアーサーに訝しむ視線を送る。
「……その日の夕方に決定して、武術戦に出場するヤツに知らされたはずだぞ? 何で知らねえんだよ」
「……」
「そういやオマエ、昨日ボクらの天幕に戻ってこなかったよな。何かあったん?」
「そ……それは」
「……ははーん」
ほくそ笑むイザーク。アーサーは一瞬ぎょっとしたが、続く言葉ですぐに安心した。
彼には最後まで、色々とばれることはなかったのだ――
「わかったぜボカァ。試合中止になったのショックだったんだろ。まあーオマエは剣振り回せる格好の機会だからなあ。機会を奪われたと思ってたんだろ? あ、スモアサンドと果実水お代わり」
「はーい」
カタリナがイザークの給仕を行う横で、よかったねとエリスが耳打ちをした。
そこに見知った顔が三人。
「……邪魔するぜ」
「あっ、クラリアにサラ。おはよ」
「……どうも」
「お、おれもいるよー」
「ルシュドもおはよー。まあ座って座って」
軽い挨拶を済ませた後、彼女達も座って焚き火を囲む。
「はいルシュド。でき立てスモアサンドだよ」
「おお……ふわふわ。いただきます。もぐー……」
「ルシュドったら可愛い食べ方―。はい、二人もどうぞ」
「……どうも」
「いただくぜ」
「……クラリア? 何かテンション低くない?」
「いや……」
「無理しなくていいぜ。クラリアも武術戦出場だったもんな。オマエもショックだよな」
「ああ……」
「でも、試合、もう一回。おれ、訓練、頑張る。はふっ、あっつう」
「オマエちゃんと飲み込んでから喋ろよー。火傷すっぞ?」
スモアサンドをちびちび食べながら、何とも言えない時間が過ぎていく。
「……そういえばわたしさ、思うことがあって」
「何?」
「今回『ブレイズ』を持ってきた……ヴィクトールはさ。魔術大麻に頼ろうとしたわけじゃん。それってつまり、禁薬に手を出してでも勝とうってことじゃん。そこまで突き動かす……何かがあったってことじゃん」
「……その
イザークとカタリナも、それを聞いて考え込む。ルシュドは口を動かすのに忙しいようだ。
計画に協力しろと脅されたアーサーも、それについては聞いていない。尋ねたところで彼が教えてくれるとは――
「……アタシ、知ってる」
「……え?」
四人の視線がクラリアに注がれる。
「アタシさ……それを教えに来たんだ」
「……もぐもぐ。そうだ。おれ、クラリア、サラ、一緒、来た。おれ、二人、挨拶、した。クラリア、アーサー、イザーク、一緒、話する……こういうこと?」
「……三人は。武術戦に出場する予定だったお前らは、知っておくべきだと思ったんだ。サラもそれでいいよな?」
「もう、散々言ってきたじゃない。アナタが良いと思うのなら、きっとそれが最善よ。獣の直感って時々凄まじい的中率を発揮するからね――」
「そうか。じゃあ話すぜ」
<魔法学園対抗戦・武術戦 二日目
午後六時頃 グレイスウィル領 男子天幕区>
「ヴィクトール!! 元気か!!」
「元気なわけないでしょ馬鹿なの?」
「狼って単純だなあ」
「……」
ヴィクトールの天幕に押し通る、クラリア、サラ、ハンスの三人。天幕の前でうなだれていた彼が、三人を迎え入れた。
「アタシは元気だからな!! 確かに今日の試合は中止になっちまったけど、でももっかいやることは決まったから元気になったぜ!!」
「……帰れ。煩わしい」
「そうは行かねえんだよくそが」
ハンスはクラリアの後ろから前に出て、
彼の前まで立った後――
「……っ」
「ハンス!? お前……!?」
彼の胸倉を掴み、拳で顔を殴り出した。
「何してんだよ! お前、何があって……!」
「駄目。好きなようにさせなさい」
「何でだよサラ!?」
「アイツにも思う所があったってこと」
十数回殴った所で、ハンスは自分の顔をヴィクトールの顔に近付けて。
「……前からてめえのこと嫌いだったけど。今回の件で益々嫌いになった」
「……」
「てめえ、勝手に物事進めやがって。ルシュドの気も知らないでよ。ルシュドがどんな訓練やってきたかも知らねえんだろ。ルシュドが涙を流して、苦しんで、もがきながら訓練やってきたってことも知らねえんだろ!!!」
言葉の勢いのままに昂ったのか、もう一度殴る。
「てめえは!!! ルシュドのことを全て否定しようとした!!! 許さねえ……絶対に許さねえ!!!」
一方的に捲し立ててから、ハンスはその手を離した。
「……
「……」
「……」
「……」
ヴィクトールも、ハンスも、クラリアでさえも何も発しない。
互いに言葉を選んで、それを本当に発していいのかの判断までに、かなり時間がかかっている。
これがずっと続くなら適当に花言葉の話でもしてやろうかと、サラが思案したその時――
「……これはこれは。今日はここでお一人ですか、兄上」
あどけなさが残る少年の声が聞こえた。
「……!!」
その声にヴィクトールは顔を上げ、さらに影に隠れていたシャドウも出てくる。
二人揃ってこれまで見たこともない、見せたこともない驚愕の表情だった。
「ん……?」
「……知り合い?」
四人の視界に入ったのは、黒いブレザーに赤いネクタイを着用した少年。髪色は黒で瞳は暗い青、ヴィクトールと同じだ。それどころか背がもう少し高ければ、ヴィクトールと見間違えてしまうかもしれない。
そして右襟に刻印されていた紋章――それはペンと本を象っていた。
(……ケルヴィン魔法学園の校章だわ)
(そういやコイツ、ケルヴィンの出身だったっけ……それから、ああ。フェルグスって、賢者の中でもとびきり偉い所じゃない……)
サラが考察を進める。そして何故ヴィクトールが今回の件に及んだのか、
その答えを少年の言葉から見つけることができた。
「残念でしたねえ、兄上。まさか非合法的な方法を用いようとしていたのが、バレてしまうなんて。そこまでして僕に勝ちたかったのですか?」
「……」
彼が微笑むのと同時に、隣に立っていた褐色肌の大男も声を出さずにけらけら笑う。
傍から見れば普通の笑顔。しかし対峙して声を目の当たりにするとわかる、秘められた侮蔑。
この少年は、兄と呼んだヴィクトールのことを、見下している。
「それもそうですよね、兄上は万年僕の影を歩んできた存在ですもの。ケルヴィンの賢者の純血たる僕と、クロンダイン難民の卑しい血が混ざっている貴方。年の差なんて些事なもので、常に見下される日々」
「それでも負けないように努力してきたのに、最も尊敬する父上からはグレイスウィルに
「……」
ヴィクトールは固く結んだ拳を震わせ、それが膝までも震わせている。屈辱という言葉が相応しかった。
「まあそれはさておき、魔術大麻なんて所詮はただの劇薬に過ぎないんですよ。僕は貴方が想定外と考える事態についても様々な策を講じている。例え狂った兵士がこちらに向かってきても、僕が率いるケルヴィン軍なら捻じ伏せられたことでしょう」
「……ウィルバート……」
「ふふっ、名前を呼びたい気分になりましたか。前までは嬉しかったんですけど、今はちぃっともそんな気持ちにはなりません」
「――弱虫毛虫の、臆病で軟弱で、腑抜けで意気地なしの
次の瞬間、ウィルバートの身体が宙を舞った。
「がはっ……!!」
「ウルルルル……アアアアアアアア!!!」
肉体が重力に引き寄せられた、その着地点から更に突き上げられる。
次に身体全体に殴打が叩き込まれた。怒りを直接ぶつけられているような。作法も手加減もない暴力。
「てめえ!! 今の言葉もう一回言ってみろ!!」
クラリア、止めなさい!!
「うっ……ぐぅ……」
「ヴィクトールが弱虫だって、もう一回言ってみろ!!!」
早く離れなさい!!
「……がぁ……」
「ヴィクトールはなあ!!! 頭が良くて判断が素早くて!!! 馬鹿なアタシにも付き合ってくれるいい奴なんだ!!! それを!!! お前は!!!」
聞いてんのか、クラリア!!!
離れろっつってんだよ!!!
「……面倒臭え人間共め……!!!」
ハンスが指を鳴らすと、暴風が吹き荒ぶ。
それによってようやく、クラリアとウィルバートは引き離された。
しかしなおも風に立ち向かい、ウィルバートを殴ろうとするクラリアを、サラが羽交い締めにする。
「何すんだよ!! 離せ!!」
「落ち着きなさい!! ここでアナタが殴った所で、状況は何も変わらないわ!!」
「でもっ、あいつはヴィクトールのこと馬鹿に――!!」
「アナタのような暴力的なヤツと知り合いだって、罵られてもいいって言うの!!」
「……!!」
激しく動かしていた狼少女の手足が、ゆっくりと止まっていく。
「……へえ。どうやらそこのお嬢様は、冷静に物事を見つめることができるようだ」
大男に介錯されウィルバートは起き上がる。
血が出ている右頬を押さえながら、再びヴィクトールを視界に収めた。
「……最後に試合が振り替えられるようですけど。あと一ヶ月弱で何ができると言うのです。勝利の手段が失われた以上、何をしても結果は変わらない」
「ケルヴィンはグレイスウィルを完膚なきまで叩きのめす。父上にも
ウィルバートは四人に背中を向け、その去り際に。
彼は勝利を確信した、嫌らしさが滲み出た笑いと共に言う。
「その時まで、精々足掻くといいですよ……素行不良の、出来損ないの兄上様」
薄闇に包まれていく空に、捨て台詞だけが後味悪く残っていた。
「……何だよ」
クラリアが話し終えた後、口を開いたのはイザーク。
「アイツ……どうしても勝ちたいヤツがいたのかよ」
「……」
「だったら何で、教えてくれなかったんだ。教えてくれたら、ボクは今まで以上に頑張ったのに」
「……イザーク」
「それに、それにだ……!!」
「――本当に勝ちたいんなら、実力で勝たないと意味がないじゃねえか。実力じゃねえと、認められないじゃねえかよ……!!!」
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