第207話 三年生の先輩達

<魔法学園対抗戦・現在武術戦六日目

 午前九時 グレイスウィル魔法学園司令本部>





 二年生で事件があったが、事後処理が済んでしまえば後は平常進行。今日は繰り上がって先鋒となった、グレイスウィル三年生の試合だ。



 グレイスウィル領の司令本部には、三年生の生徒が中心となって詰めかけている。そして策を見直したり、素振りをして身体を温めたり、談笑して気持ちを落ち着かせたり。



 実に様々な方法で、個々が戦いに備えている。





「おっはよ~……ああ、まだ眠い」

「珍しいなリリアン。お前なら朝はスクランブルエッグ食べてぴかぴかりーんって思ってたのに」

「ぴかぴかりーんって何よ……いや、昨日は日付変わるまで策を見直していたからさー」

「いや、そんな時間あったら寝ろよ」

「眠れなかったんだよ……んでさ」



 リリアンの視線は、奥で座っているヴィクトールに向けられる。



「……ヴィクトール君、元気かしら?」

「……」




「元気なわけねえだろ。お前も知っての通り、ずーっとここにいて何をするまでもなく待機している。きっと天幕にはいらんねえんだろうなあ」

「……」




 まああんな疑いかけられちゃあな――と肩を竦めるロシェをさておき、




 リリアンはヴィクトールに声をかける。




「――ヴィクトール君!」

「……」



「ちょっと、普段の貴方なら目ざとく挨拶してくれるじゃない。普段の調子はどうしたの?」

「……おはようございます」




 この世の終わりを嘆くかのような顔を、彼はリリアンに向けた。




「うっわ~テンションひっく~……流石の私も引くわー」

「……」



「いや……ごめん言いすぎた。ロシェはまあいいとして私に言われると傷付くよね」

「……」



「もしもーし? 私の話聞いてるー?」

「……」



「ど、どうしよう。本気でどうすればいいかわかんないよアッシュ」

「天才な僕でもわかんないっていうか関わりたくないっていうか」

「……」




 とうとう耐え兼ねたのか、入り口で見ていたロシェも近付いてくる。盛大な溜息を彼はついた。




「ったぁ~……見てらんねえよ。少しは何か言いやがれ」

「……」




「あのさあ……これから試合やんのは俺達なんだよ。お前みたいのにいられちゃ士気が下がる。そもそもこれから三年生が入るから、二年生は外に――」


「それだーーー!!!」

「うおっ!?」




 ちょうど食糧を持ってきていたユージオが、リリアンの大声に気迫負けして、バラバラとそれらを落とす。




「ちょっ、マジカルショートブレッド落としてるじゃねーか!!」

「ああごめん!! ロシェ手伝ってもらってもいい!?」

「ったくよ~……んで? 何だよリリアンさん?」

「どうせならずっとここにいてもらえばいいのよ!! 間近で三年生の試合を観てもらうの!!」



 ヴィクトールの肩を力強く叩いて、前後に揺さぶる。彼は唖然としたままされるがままだ。



「見ていなさいヴィクトール君! 私は、私達は因縁のエレナージュ軍に圧倒的な勝利を叩きつけてやるわ!」







<午前十一時

 グレイスウィル大会運営本部

 購買部出張販売前>





「はへぇ……これがちゅーけーよーだいきぼまほーじん……」

「あまりの技術力に力が喪失している」

「噂には聞いていたけど、予想以上の大きさね」




 首からタオルを下げて、お手製のリストバンドを装着したリーシャがうーんと唸っている。




 運営本部の中央広場に展開された魔法陣。その上には揺らめく数メートル四方の長方形が浮き出しており、ここからは絶対に見えないはずの生徒会司令本部を映し出している。


 事前に聞いていた話によると、これによって試合の様子を現在進行形で映し出すのだそう。さらにイヤホンと呼ばれる魔法具を使えば、戦場のあらゆる音や実況解説の声も鮮明に。より臨場感が味わえる。




 エリスとアーサーは既に購入済。その後カタリナとイザークも揺さぶって買わせた。リーシャはお金がどうこうと躊躇う様子を見せたが、エリスの説得によって購入を決意。ルシュドも購入したものの、恐る恐る触っていたので多分使わないだろう。






「これ開発したのコーンウォールって町の魔術師達らしいぜ。地方の癖によーやるわ」

「へえ、初めて聞くかも」

「ウィングレー家に次ぐ魔術研究が盛んな地方都市だよ! つまるところライバル!!!」




 後ろからマチルダが声を張り上げ、そんな彼女の後ろから歩いてくるのはマイケル。二人の両手には菓子が入っているであろう、光沢のある小袋が大量に抱え込まれている。




「お父さんからこれ調達してきたんだよねー。はい皆も食べて!」

「まじかるしぉーとぶれっどぉ……?」



 個包装に書かれた文字をエリスは訝しげに読む。



「略してマジショよ! これ一袋で一食分のエネルギーと栄養素が取れちゃうって代物! ちなみにウィングレー家の開発ね!」

「へぇ……こんな大きさので」



 イザークは袋からショートブレッドを取り出し、口に入れて噛み込む。他の五人もそれに続いた。



「……めっちゃパサパサするんすけど」

「もしゃもしゃ。もしゃもしゃ」

「結構いけますね! 口が渇くことを除けば!」


「そう言うと思って魔力飲料水も持ってきたわ! ウィングレー家の特別配合よ!」

「おめー何でウィングレー家の回し者みたいになってるんだよ」

「父親がウィングレー家の宮廷魔術師だから仕方ないね!!! さて、お腹も満たしたら席に座ろう!」





 数歩先を見回すと、席の取り合いで喧嘩になって教師が仲裁に入っている所も見られた。



 そんな中でエリス達が座ったのは、まさかの最前列。一番試合の様相を把握できる位置である。





「先輩、ありがとうございます。こんな特等席を用意してもらって」

「お礼ならダレンに言いなー。皆に、とりわけアーサーには俺の戦いっぷりを見せるんだって張り切っていたんだから」

「オレに?」



 あれ知らないの、という素っ頓狂な声を出すマチルダ。



「ん……まあ聞いてなくて当然か。あいつさ、最近アーサーの話よくしてたんだよ。何というか、態度に迷いがあるって」

「迷い……」


「しかし筋肉部門に入ればそんなの吹っ切れるから、今回の対抗戦で絶対に勧誘してやるとも言っていたな」

「……」




 彼の真意はわからない。



 しかしこの対抗戦が終わったら、訊いてみればいいだけの話だ。







「ふっふっふ……こうして顔を合わせるのは三年ぶりね、アストレア」

「……その通りだな、リリアン」




 リリアンの眼前にいるのは、趣向を凝らした――エレナージュ魔法学園の歴史が刻まれた布を、両肩から下げている少女。



 アストレアと呼ばれた彼女は、数いるエレナージュの生徒の中でも特別で、紺色の二対の角と尻尾、鋭い爪が見え隠れしていた。竜族である。




「私の学びは今日この日のためにあったと言っても過言じゃないわ。幼馴染でありライバルでもある貴女に、勝利を収める」

「……四十九勝四十九敗。君がそうして私に勝負を挑んだ、その結果だ。切りの良い五十勝目、この対抗戦で飾らせてもらおう」

「ふん、それはこっちの台詞よ。私の指揮と屈強なグレイスウィルの生徒達の力が合わされば、絶対に負けはしないんだから!」

「……ふっ」




 アストレアの周囲で風が巻き起こる。リリアンも負けじと暴風を起こす。




「エレナージュは学者の国。幾多の先達から教えを受け継いできた精鋭達が揃い踏みだ。そこに私の剣術が合わされば、負けることはない」

「上っ等ッ……私達に負けても文句は言わないでよねっ!?」

「お互い様だ!」




 宣戦布告にも似たハイタッチが交わされた。







 二人の様子を、司令本部から魔法具を用いて観察していたロシェとユージオ。友人の知らない素顔に感心するばかり。




「……あいつがアストレアか。入学以前からのリリアンのライバル」

「散々話に聞いてきたけど、見た感じすっげえ強そうだな?」

「ま、実際そうらしいぜ。ジャミルからの情報だ」



 ロシェは手元の紙に目を落とす。丁寧で見やすい文字を読み上げていく。



「アストレア・ドラクル・フィンセ……エレナージュ三年生のエース剣士。剣術と格闘術に長けており、基本は魔法にあまり頼らず純粋な力で押し通すスタイル。これは魔法の応用をみっちり叩き込まれるエレナージュの中では、かなり珍しいんだそうだ」

「だよなあ、俺もそう思ったもん。腕っぷしも強いのに魔法もある程度使えるって、俺達勝てんのか?」

「まあ勝てるっしょ。だってあいつら、めっちゃやる気だもん」





 窓の外に視線を向ける。



 そこでは武術戦に出場予定の生徒達が、ある二人の生徒を取り囲んでおり――






「――天穹世に郭と大きくありて、勁風は吹いて荒れ狂う!」



    怡然、歓然、

     快然、豪然、

      我が身に満ちる!




「青雲流れる暁天に、青嵐昇りて彼方を穿つ!」


        

   恟然きょうぜん駭然がいぜん

    悚然しょうぜん慄然りつぜん

     戦慄き地に伏す汝のまなこに!



「我等は敢然たる戦士なり! 風は留まることを知らぬ、故に我等も突き進むのみ!」



    颶風は残酷なる神の福音。

    囀る大地の息吹は創世の女神の祝福!



「「我等この地に、勇猛たる戦跡を刻み込まん――!」」



   おおおおおおおおおおおっ……!!!!







「……いやホント、あの防具どっから持ってきたんだ……」




 他の生徒が全員借り物の革鎧なのに対し、ダレンは古代の戦士を彷彿とさせる鉄の鎖帷子、ラディウスは今から夜会に参加するのかと思わせる黒コート。完全に自前である。



 ちなみにロシェの隣ではアザーリアがきゃーきゃーぴょんぴょん飛び跳ねていた。ちょうど戻ってきていたジャミルが呆気に取られている。




「見ました!? ご覧になりまして!? 我らが演劇部の精鋭達ですわ!! 古代カルスヘジンの詩を引用して皆様の士気を高めていますの!!」

「ああ、カルスヘジンのなんだこれ。どーりで残酷なる神……」

「はぁぁぁぁぁ……ダレン、ラディウス、物凄く勇ましいですわ……!! わたくし鼻から鮮血を滴り出して卒倒してしまいそう……!!」



「ア、アザーリア? あと十分で試合開始だからね?」

「うふふ、わたくしが倒れるのが先か、敵の皆様が全滅するのが先か……昂揚が止まりませんわ!!」

「しょうじきこわい」



 ユージオが棒読みを披露していると、ようやくリリアンが帰還してきた。



「ただいまー! 何かこっちも盛り上がってるみたいだね!」

「演劇部勢力が強すぎるわ。完全にあいつらに乗せられてる」

「いいじゃんいいじゃん! やる気があるに越したことはないよ!」

「確かにリリアンの言う通りだ。指揮を出すにはそっちの方がやりやすい」

「でしょでしょー!?」




 リリアンは小屋の中に入り、観察を行う魔法具の前に仁王立ちする。


 その隣にいた、ヴィクトールにも視線を送って。




「さあ、試合開始よ。刮目しなさいよね、ヴィクトール君?」

「……」

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