第508話 夜間調査
そうして日中の大半の時間を宿で過ごし――
時刻は午後七時。現在場所は泊まっている部屋。
「よし……じゃあ調査内容を再確認だ」
「調査対象は普通のアルミラージ。属性はなしだ」
「ここから東に行った森の中。そこに巣があるんだっけね」
「そうそう、でもってこれがヘルマン先生に作ってもらった地図……」
ノースウェスト村周辺一帯が描かれた地図を、エリスは広げる。
「手描きなのかそれ?」
「うん。結構丁寧だよね」
「……」
「何だギネヴィア」
「い……いや……何でも、ないよ?」
「魔術羅針を失くしたかと思ったけど実はポケットに入っていただけだったみたいな顔しやがって」
「何で全部読めるのぉ……!」
ギネヴィアが手を開くと、そこには円形の物体が握られていた。
「これで方角がわかるんだよね」
「魔術によって保護がされているから天候環境諸々の影響を受けない」
「幾らするか考えただけでもぞっとする」
「えーと北北東に三十メートル……木々が密集している場所があるって」
「森って言わないのか」
「森と呼ぶには規模がちょっと小さい……らしいよ?」
「何だそれ」
「あれやらねーの? 歩幅の長さ測って、それで距離測るやつ」
「やってもいいがやらなくてもいいと思う。木々が密集している場所なら目視でもわかるだろう」
「じゃあやらなくていいか、頭使って疲れるし。月もこんなに出てるからな、光源にゃ十分だ」
「ああ、月……アルミラージだから、月齢も記録しておかなきゃ」
今宵の月も煌々と輝く。満月に見えるが、よく見ると欠けてはいる。しかし傍目には満月に見えるであろう。
「……」
「大丈夫? あいつのこと、思い出したりしてない?」
「ん……平気だよギネヴィア。むしろ起きてた方が気が楽かも」
「そっか。でも無理はしないでね」
道具の準備も終わり、こうして夜の平原に繰り出す。
対抗戦で天幕を張った時とは訳が違う。大人達の保護はない、頼れるのは自分の実力だけ。緊張と不安は次第に、自分達だけで物事を成しているのだという高揚と解放感に繋がっていく。
「よし……見えてきた」
「臭い玉臭い玉……」
エリスが全員の身体に投げてきたそれは、魔物に近い臭いを付与する為の道具である。
「くっさ~……でもないや」
「すぐに人間には感知できないようになるんだってさ」
「でもってこれを履物に塗る」
これは隠密草と呼ばれる薬草をすり潰した物。その名の通り隠密効果が得られ、足に塗ると物音を一切立てなくなる。
「先輩達はこれも魔法でちゃっちゃとやるんだよな」
「そうだよ。何だか……憧れちゃうね」
「魔法の訓練頑張らないとな。よし、オレについてこい」
夜空から零れ落ちる微かな光を求めて、木々がひしめき合う。故に足元は非常に視認が困難。ここはナイトメアによる内部からの強化で何とかする。
「エリス、オレから離れるなよ」
「うん……」
「……やっぱりわたし、エリスちゃんの中に入った方がいいんじゃ?」
「いや……調査は人手が多い方がいいし」
そろりそろりと、叢を掻き分けていくと――
「む……開けた空間」
「月の光が集まってるな?」
「……いる」
屈んで前方を見回す。
「……」
「……」
「……」
「……きゅうん」
巣穴と思われる所から一匹。
また一匹。
次から次へと出てくる、角の生えた兎達。
一様に空を見上げ、その視線は月へと向かっている。
「か……」
「かかか……」
「可愛い……」
十数匹のアルミラージは円を作り、それからぴょこぴょこ跳ね回る。
事前情報通りの喜びのダンス。月が綺麗な日にはこうして出てきて、踊りながら月の光を浴びるのだという。
「でも人間見かけるとシャーって唸るからな」
「うっ」
「あの角で突進されて何人の人間が血祭りに上げられたか」
「ううっ」
「魔物は見かけで判断してはならねーんだぜー……で、次はどうする」
「このダンスのスケッチは取れたか?」
「うん、ばっちりだよ。放心しちゃってたけど頑張った」
「よし。それなら一匹……もっと詳細なスケッチが欲しいな」
すると現れるカヴァス。すぐに狼に様変わりした。
「うわっとぉ!?」
「大声出すなよ!」
「オマエ、出さない方が無理あるだろ……!」
「で? ボクは何をすればいいの?」
「あそこから一匹生け捕りにしてこい。殺すなよ。兎だから狼を前にすると震え上がるんじゃないかと思ったのだが」
「そのぐらいなら任せてよ。じゃ!」
手の代わりに足を上げて、すたすた走っていく。
「「「……」」」
シャーッ!!
シャーッ!?
グルルルル……!!
ぴぃっ……!?
アオーン!!!!
ぴ……ぴぃぃ……!!
ヴー……ヴァン!!!
きゅうううう!!!
「きゅうううう……!!!」
「はひ、ほまたしぇ」
手頃な一匹を口に咥え、戻ってきたカヴァス。
「……」
「べっ! んだよ、ボク命令はこなしたよ?」
「めっちゃ手早かったなオマエ」
「騎士王のナイトメアだぞボクはー!?」
「しーっ、静かにして。この子怯えちゃう」
ギネヴィアに取り押さえてもらいながら、素早くスケッチを取るエリス。カタリナは角や身体の大きさを物差しで測って記録している。
「蛇に睨まれた蛙、狼に睨まれた兎かあ」
「何ならボクあの群れ全滅させることもできるからね?」
「それはオレ達の目的ではないだろう」
「わかってますよーだ」
さわさわと草木が風に揺れる。月も揺蕩い依然として輝いている。
「……」
「……どうした?」
「……」
「……ご主人サマ、ボクも聞こえたよ。何か変な音したね」
「音だって……?」
「ああ、今この状況で聞こえるとおかしい音……」
「……ん。ボクも何か……聞こえて……」
「……金属音?」
「よーし、これでお終い。さっ、群れに帰っていいよ」
身体から手を離すとすぐに駆け出して行くアルミラージ。また先程の空間には、既に十数匹のアルミラージが再度集合していた。
「意外と毛並みふわふわだった……」
「いいもの食べてるのか、魔力による影響か、はたまた月の光を浴びたからなのか」
「帰ってからの研究課題だね」
「割と魔物の毛並みで論文一個書けそうじゃない?」
「わかる」
名残惜しい女子三人は、アルミラージの群れをじっと眺める。
またダンスを再開しないかな、と思っていたのだが――
「きゅうん……」
「きゅ……きゅきゅ!」
「キュッ……」
「きゅ?」
「……」
「……」
「……ヴヴヴヴヴヴ……」
「「「ガアアアアアアーーーーーッ!!!」」」
ガブッ!!!!
「いでえええええええ!!!」
「こ、こいつら……!!!」
魔物である彼らが敵視したのは、
木陰や叢の中に潜んでいた、ベストと腰巻を身に纏っただけの、みずぼらしい男達であった。
「……え!?」
「ああ、音の正体コイツらだったのね……!!」
「な、何のこと!?」
「大方昼の連中と同じだろう。エリスを狙ってやってきた!」
「ぐっへっへっへっへ……!!!」
気が付くと自分達の周囲にも、男達が群がってきていた。
その数、ざっと見ただけでも数十に上る。口を動かしているのは、目に傷がある一際豪華な装備の男。
「聖教会のお偉いさんになあ……そこの赤いガキとっ捕まえりゃあ、一生遊んで暮らせるだけの金をくれるってな!!! 言われたんだよ!!!」
「……!」
「逃げようったって無駄だぜ? そいつらに結界を貰ったんだ。俺達全員殺すまで、絶対にここからは逃げられん!!! ヘマしたの抜いてもまだ百は超えている、大人しく捕まりなぁ!!!」
男は鎖の付いた鎌を飛ばす。
鎧と王冠を纏い、戦闘態勢に移行したアーサーが、瞬時にそれを弾く。
「……イザーク! 戦えるか!」
「え……あ……な、何とか!!!」
「ならオレの近くにいろ! 魔法で妨害をしてくれ!」
「了解!!!」
「三人も近くに――」
振り向いた瞬間、白煙が視界を覆う。
秒を読む間に近辺の把握が困難になる。
「ああ、くっそ!!!
やけくそで放ったイザークの風魔法が白煙を葬り去る。
しかしそこにエリス達の姿はなく――
「はぐれたか……!!」
「どこ見てんだオラァッ!!!」
「ぐっ!!!」
「赤いガキ以外は皆殺しだ。生きては帰さねえ!!!」
数人の豪胆な男達が、交代でアーサーに殴りかかる。
イザークも魔法で妨害をしているので、耐えられないことはないが――
「何処だ……エリス、何処にいる……!!」
「カタリナとギネヴィア、無事でいてくれよ……!!」
白煙が出ている間に、別の方向から襲われ、逃げるように走った。
結果アーサーとイザークからはぐれてしまい、更に現在位置の把握も困難。
「あった! 木の洞!」
「隠れるよ!」
滑り込むように身体を入らせる。
外からは男達の怒号が聞こえてくる。何処に行った、まだ近くにいるはずだ、絶対に逃がすな――
「……どうするの」
「戦うしかないでしょ……」
「それはもちろん……でも、わたしはどうするの。中に入る? 直接戦う?」
「それは……」
ギネヴィアが中に入れば、自分が制御できている分の力を、より効率良く発揮できる。
万物を統べる聖杯の力、そうでなくとも
簡単な、ことである――
「エリスちゃん……震えてる」
「え?」
「どうしたの……何か思っていることがあるの?」
「……」
「無理もないよ。人を殺すのは初めてでしょ?」
決然とした、
澱みの一切ない声。
「……カタリナ?」
「誰だってそう。初めて人を殺す時は、その行いの非道さに身の毛がよだつの。最善の策だとわかっていてもね。あたしだってそうだった」
「え……」
「泣いて叫んで吐いて掻き毟った。今だってそうだよ。でもあたしは――決めたから。あの過去の光景を見て、決めたから」
茫然とする二人をよそに、すっと立ち上がり外に出ていく。脇をセバスンが控えている。
深緑の髪が風に靡き、紫の瞳が森を映し出す。
「やっと見つけたあたしの信念――」
「それはエリスの、大切な友達の敵を駆逐すること」
その姿は流麗で美しかった。
「――」
「『住処を追われ地を追われ 辿り着いたは沼の森』」
帳が落ち切った。
「『全てを拒む毒の森 瞳が歪む紫紺の地
泣いて叫んで足掻いても 神はとうに消え去った
沼に映るは我の顔 見捨てられた愚かな子』」
それは夜でもなければ闇でもない。
「『ならば我等は共に行こう 毒と共に歩むとしよう』」
関わる者全てを苦しめる毒の帳。
「『知らぬ汝に苦悶の毒を 悶えて血肉となるがいい
存ぜぬ汝に窮愁の毒を 足掻いて金となるがいい
絆した汝に苦艱の毒を 藻掻いて骨になるがいい
愛した汝に惨痛の毒を 吐瀉して骸になるがいい』」
「――『祈りの幕を上げるがいい』」
「『その祈祷を唱え終える前に』」
「『
今宵、地は毒に溺れる。
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