三節 総合戦

第360話 久々の離れ

 年が明けて一月がやってくる。エリスとアーサーは再びアヴァロン村で年を越し、グレイスウィルに戻ってきた。


 しかしそのまま、普段生活している離れに戻るというわけではなく――






「ふぅーこれにて完了かなっと」

「案外コンパクトに纏められたね」

「亜空間理論を応用してるんだ、このバッグ。だから見かけよりちょっと多めに荷物が入るぞ」

「へえー。結構お値打ちしそうだ」

「んしょ……」




 そうしてソラがつんつん触っている鞄を背負うエリス。やや重たいが、背負えないことはない。




「……もう一度訊いてしまって悪いが、本当に離れに戻るのか?」

「はい……あそこで生活していますから」

「……そうか」


「ねえロザリン、本当に何ともならなかったの? やっぱりおかしいよ、あんな所で二人暮らしだなんて……」

「再三申し上げたよ。魔術師として、治療を担当した者として、男と生活していたら症状が再発する可能性があるって。でも……」

「学園長が拒否したの?」


「……散々我儘聞いてやったんだから、こればかりはってさ」

「何だよそれ。おかしいじゃん、学園長は絶対そんなこと言わない! ……きっと他から圧力かかってるね、間違いない」

「だとしても何で圧力かけてるのかって疑問が浮かび上がるが……」






 話の切れ目を促すように、丁度ウェンディとレベッカが、袋を幾つも持って戻ってきた。






「ふー間に合ってよかった!」

「ウェンディさん、レベッカさん……」

「ごめんね! 朝からいなくて心配したでしょ! はい、私からの餞別!」


「……お薬じゃないですか」

「なくなるまでは服用続けてね? 自己判断でストップしちゃ駄目よ、そんなことしようものならチェスカと一緒にぶっ飛ばしにいくわ! あと保健室への経過報告と何かあった際の緊急連絡も忘れないこと!」

「むー……」


「ちょっとー!? これは貴女の身体に関わることなのよー!? そんな面倒臭いことばっかって顔しないで頂戴ー!? それに薬だけじゃなくって、野菜もいっぱい入れておいたから!」

「お野菜……」

「後は食事でどうにかなる所まで来たんだから! 気を緩めずに頑張るのよ!?」

「はーい……」

「むむむ……」




        ぺちぺちっ




「きゃっ……」

「……貴女は頑張ればできる子なんだから。ね? 私、信じているからね?」


「……はい。ふふふっ……」

「な、何よ?」

「レベッカさんのぺちぺち……優しくて、心地良いです……えへへ」

「~~~っ。もう……こっちまで恥ずかしくなっちゃう……」




 話が一区切りついたところで、エリスの視線が残った袋に向けられる。




「ウェンディさん、これも持っていかないとだめですか?」

「カヴァス君がお手伝いしてくれるからだいじょーぶ! でしょ?」

「ワンワン!」

「そこまでさせる中身はなんだろなーっと……わあ!」




 お高く留まった箱に詰められた、大量のお菓子が降臨。




「折角元の生活に戻るんだからさー! そのお祝い! アーサー君と食べてね!」

「ありがとうございます……!」

「また何かあったら気軽に相談してね! うちとレベッカは大体騎士団にいるから! ローザさんとソラさんは知らないけど!」

「あ~……私に用がある時はトレックを通せ。直接訪問されても対応できないことがあるからな」

「僕は久々に旅に出ることにするよ~。でも、様子見に戻ってはくるからね! その時まで元気にしてるんだよ~!?」

「はい……元気にしてます」

「ワンワン!」






 カヴァスが袋を魔法で浮かび上がらせ、エリスに続いていく。第四階層の心理療法区画、その生活に別れを告げる時が来たのだ。






(……夏にあんなことがあって、今は年明けかあ。あっという間だったな……)




 不本意な非日常だったが、名残惜しさは少なからず生まれてしまう。




 しかしこれと別れることができるということは、自由への船出であるのだと――喜ばしいことなのだと。言い聞かせてエリスは進む。






「では……ありがとう、ございました!」


「おうよ、元気でな」

「今度はカフェでお話しようねー!」

「ばいばーい!」

「今は普通に寒いから、そっちも気を付けるのよー!」











『ログレスを超えて進むこと数ヶ月、遂に私はパルズミール地方に到着した。北に向かっていた為重々覚悟はしていたが、かなり寒い。植物が生えない高原や荒野が大半を占めているので、乾燥を伴う寒さである。イズエルト地方の突き刺すような寒さとはまた違っており、そして趣を感じた』


     「……」


『そんなパルズミール地方で、私がやってきたのは大神殿と呼ばれる場所。何でもここは獣人達の緩衝地域となっており、それぞれが崇める神々を全て集めて奉っているのだそう。開かれた雰囲気で獣人以外の異種族も多く見かけた』


     「……」


『大神殿を案内してくれた宰司は、現在の獣人情勢も教えてくれた。最も優勢なのは狼で、次いで兎。それに続いて猪と猫、最後に獅子と狐が動向が読めなく怪しいとのこと。弱肉強食を理解している獣人達は、日々生き残る為に鍛錬を重ね、そしてこの大神殿で神に祈りを捧げるのだ』




     「……」




『人間に生まれた私には決してわからぬ苦悩。大神殿の周囲に渦巻く土の霊脈は、そんな生存競争の行く末を煌々と見守っている。彼らがどれ程暴れても壊れぬように、大地を押し固める役割を果たしているのだ』


『それは運命が踊る舞台を整える、縁の下の力持ちのようにも思える――私の来訪を快く受け入れ、土の霊脈に引き合わせてくれた、獣人達に感謝しながら祈りを捧げる。どの獣人達にも、心の底から受け入れられる結末が訪れんことを』


『同時に誓う。彼らが生きていた形跡を、彼らの辿ってきた運命と共に、私が綴っていこうと――』







「……」





 本日エリスが戻ってくるとの報を受けたアーサー。まだ時間には遠いので『ユーサー・ペンドラゴンの旅路』を読みつつ、室内で待っていたのだが、




 流石に時間が近くなると窓の外を気にし始める――






「……!」






 姿を見る前に足跡を聞いたので、急いで外に出ようとする。








「エリスーっ!!」

「わーっ!?」

「ワーン!?」






 まさかの玄関口で鉢合わせ。互いに驚き飛び回る。






「ちょ、ちょっとぉ! びっくりしたよ!」

「悪い! なるべく早めに迎えようと……!」

「ワンワン……」



 落ち着け、とカヴァスは冷ややかに足を置く。肉球が冷静さを取り戻させてくれる。



「それにしても何だ、荷物山盛りだな」

「お泊まりグッズとおみや! 整理するの手伝って!」

「わかった!」


「ワンワン!」

「カヴァスも手伝うんだぞ。人手が足りない」

「ワオーンッ!」

「人手って言うより、犬手? ふふっ」











 久々に戻ってきた自分の部屋。


 布団も机も、変わらないまま。捲ってみると心地良い匂いがした。






「……ん?」




 エリスは懐かしく布団を捲るついでに、ベッドの下を覗く。




 そこに何かが落ちているのを発見した。






「アーサー、ちょっと来てー」

「どうした?」

「何かあるー。取るの手伝ってよー」




 十秒もしないうちにアーサーが来て、一緒にベッドの下を覗く。




「ぐっ……強く固定してあるな」

「取れそうかなあ」

「踏ん張ればできないことは……よっと!」



            ガンッ



「……」

「何これ……?」






 それは四角でそこそこの厚さのある物体であった。熱を帯びていて、中で機構がガンガン回る音がする。


 そして持っている間も、気が触れそうになっていく。






「……うう……頭が……」

「処分だな。オレも気分が悪い。今ここで叩き付けて……」

「……何の物体だろう?」

「……」




      ビビーッ!!!




「……警告音……それも二つ?」

「いや……二つ目は遠くから聞こえるな……」






 音源を追っていくアーサー。




 その発生源は自分の部屋だった。






「ベッドの下からする……まさか」




 エリスと同様にベッドの下を漁り、そして取り外す。


 同様の物体が出てきたのだった。




「何だこれは……いつからこんな物が?」






 いつからと言われれば候補は一つ。


 最初から――






「……エリス!」

「どうしたの?」


「こっちにも同じのがあった。オレの方で保管するから、いいな?」

「保管……?」

「処分する前に、何の物体か解析してもらおうと思う。電源は――今見つけた、切ったから問題ないはずだ!」



 そうしたのであの気が触れるような感覚はなくなる。



「……うん……ちょっと、すっきりしたかも。けど……」

「休んでいていいぞ。ベッドで寝ていてもいいし、リビングにココアや苺も準備してある」

「ありがと……」

「ワンワン!」






 返事が消えた後、アーサーは両手に持った物体を忌々しく見つめる。


 無機質な鉄製のそれからは、悪意が確かに感じられた。






「……詳しいことは知ったことではないが」


「誰がこんなことを……」











 それから数十分、片付け等を終えていき、


 リビングで飲み物を注いでまったり一息。






「ふぅ……」

「ふー……」


「……改めて、お帰り」

「改めてただいま。ふふ……」






 そのままエリスは一つ歌う。






「『……我らは人形、刹那の傀儡』」




「『生まれついたその日から

  定められた歌劇を踊る


  喜劇に生まれば朽ちても歓笑

  悲劇に生まれば錆びても涕泣


  その時望む結末は

  誰にも知られず虚無の果て』」




「『遥か昔、古の、

  フェンサリルの姫君は、


  海の蒼、大地の碧を露知らぬ

  空の白のみ知る少女


  誰が呼んだか籠の中の小鳥、

  彼が呼んだは牢獄の囚人』」




「『心を支え、手を取り、解き放つには、


  一粒の苺があればいい』」




「『さあ、束縛の夜、運命の牢獄から飛び立って、


  解放の朝、黎明の大地に翼を広げよう』」






「……本当に、帰ってこられて嬉しいんだな」



 アーサーは心の底からしみじみと言う。






「お前がその歌を歌う時は、とても気分がいい証拠だ」

「えっ……そ、そう~?」

「前にも同じことを言った記憶があるぞ。二回気付いたから、絶対に合っている」

「……そっかぁ」






 それからもココアと紅茶、そして苺を食べながら、ぽつりぽつりと言葉を交わす。






「……島もそうだけど、こっちも改修したいね。ここに空調とかほしい……寒い……」

「暖炉だと火を起こす手間がかかるもんな。しかしそんな高い買い物、アレックスさんとかに何か言われないか?」

「そこは相談してみないとなー……もしかしたら、特別にお小遣いが下りるかも?」

「それなら相談する価値有りだな」




 立ち上る湯気を見て、アーサーはあることを思い出す。




「……ティーポット」

「ん?」

「オレ専用ティーポットが欲しい……」


「……あー。そういえば、ずっと前にそんな話をした気がするなあ」

「ならば思い出した今、再び忘れないうちに買いに行こう」

「でも今日は疲れたから、明日の日曜日ね」

「勿論そのつもりだ」






 足元で眠っているカヴァスに苺を与える。すぐに目覚めて食らい付いた。

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