第361話 空調とティーポット

 そんなこんなで週末の日曜日。目的の店は第二階層にあり、それを目指して商店街に入っていく。



 最初は空調を販売している店に向かう。








「失礼しま……わあっ」

「ワンワン……!」



 店に入るとすぐに、鮮やかな色の魔術照明がお出迎え。今は絶賛冬模様なので、暖色の照明が目立つ。





「いらっしゃいませー。ええと……犬を連れたお二方。お話はビアンカさんから聞いていますよ」

「そんなことが……」



 これで買っておいで、とお金を貰った上で根回しもしてくれた。感謝しっ放しである。



「ご用件は、二人で生活している家に付ける魔術空調でしたね。先ずこちらにどうぞー」








 店員が案内したのは魔術空調が取り揃えてある区画。箱型の物体が大体で、床設置型に壁掛け型、全部手動で切り替えるものや魔力を注いでやって自動でやってくれるもの等、種類も金額も実に多彩だ。






「小遣いは幾ら貰ったんだったか?」

「えっと……金貨五枚。で、二人合わせて金貨一枚ずつ持ってきたから、金貨七枚。予算は七万ヴォンドだね」

「三つ買うとして、二万三千ぐらいが上限になるか」

「一番安いものなら、五千から購入できますよ~」



 店員は手の平大の球体を乗せ、上下して見せる。



「これが五千……」

「よーく丁寧に扱わないと、壊れちゃうんですけどね。一応購入書を持ってきてくれれば、ここで修理保証しますよ」

「検討しておこうか。エリスは気に入ったのあるか?」

「わたしはこれ~」



 床設置型で、くりぬかれた円の中に曲線を描いた金属板が数枚取り付けられている。底についているスイッチらしきものを押すと、その金属板が動いて風を起こす仕組みのようだ。



「攪拌型ですね。ここから温風を発して、それを大気と掻き混ぜながら部屋の温度を上げるんですよ。これで満遍なく温まります」

「しかし高いな、一万と八千か」

「別に三つとも同じの買う必要はないでしょ」

「……ふむ」


「リビングは特別広い部屋だから、ちょっと高めの買ってもいいんじゃない? 部屋には部屋に合ったの置く感じで」

「部屋に置くならこちらのシリーズ。色とりどりのデザインですよ~」





 店員が誘導した先には、七色ぐらいの魔術空調が並んでいる。床設置型でコンパクトに纏められているものが多い。





「わあ、これいいなあ。決めたよ、わたし赤いのにする~」

「ふむ……」

「ワンワン?」

「いや……オレはもう少し、機能性があるものがいい」

「機能性重視ならこちらになりますね~」





 案内された隣の区画には、無骨な立方体が数多く並び、無機質特有の圧力を放っている。





「つまみを弄って一度単位で温度を調節できます。あと水を入れておけば、それを水蒸気にして放出して、加湿器の役割も果たしてくれるんですよ~」

「加湿か……」

「魔術師さんの研究曰く、部屋が乾燥していると風邪になりやすいんですって。だから部屋をある程度湿っぽくしておくのは健康に繋がるんです~」

「えー何それー、わたしこっち欲しいかもー」

「目移りするか?」

「そうそれー……」



 うーむむむと唸るエリス。



「全て兼ね揃えたというものは、中々ないのだな」

「全部完璧だと高くなっちゃいますから……」

「それもあるかぁ……よし。やっぱりわたしは赤いのにする」

「加湿を諦めるのか?」

「コップに水入れておけば大丈夫でしょ!」











 こうして魔術空調を購入した二人。店の宅配サービスを使い、百合の塔まで運んでもらうことにした。代金を払ったので手ぶらで帰れる。






「で、次の目的が……」

「ティーポットだ、オレ専用の」

「そうそう……どうする? 何かデザインとか機能性に要望ある?」

「こう……古めかしいというか、古代帝国っていうか……」

「なるほど。じゃあ骨董品のお店に行こう」

「そうだな。それでいい」








 そうして到着した店。


 からんからんと鈴を鳴らして入ると、見覚えのある顔が。






「あ……トレック様!」

「む……おお、どこの二人組だと思ったらエリスにアーサーじゃないか」


「お久しぶりです。お元気でしたか、トレック様」

「多忙のあまり死にそうになってはいたがこの通りだ」

「何ですかーっ、お知り合いですか領主様ーっ」





 店の奥から古ぼけたエプロンを着用した、立派な髭を蓄えた男がやってくる。この店の店主だろう。





「ああ、何度か世話を焼いたことのある子達だ。これも何かの縁だ、お前達も一杯飲んでけ」

「いいんですか?」

「へへっ、領主様の言うことには逆らえませんよ」


「じゃあお言葉に甘えて……ココアで!」

「セイロンティーで」

「あいよーっ、ちょっと待ってなーっ」








 それから雑によそわれた菓子も追加で持ってきて、簡素なテーブルとソファーに着いて一息。






「トレック様は何を飲まれているんですか?」

「ライム水だ。頭がすっきりするぞ」

「水持ってきてライム搾っただけなんですがね、これが効くんですわ」

「へえ……」



 言っている間にアーサーは一杯飲み終える。



「トレック様はよくこちらにいらしているんですか?」

「いや、今日は気分で立ち寄っただけだ。古きを訪ねたい気分になったんだよ」

「そりゃあどうもっすーっ」

「そういうお前達は何用だ?」

「お買い物です。いい感じのティーポットが欲しくて」

「ほうほう、ティーポット。それならお値打ち品が山程ありまっせ」






 店主は立ち上がり、それから台車を走らせ、その上にティーポットを数個乗せて戻ってくる。どれもデザインや大きさが特徴的であった。


 アーサーも立ち上がり、台車に近付きまじまじとそれらを観察する。






「何だこの小さいのは……」

「フェアリーが用いていたティーポットでごぜえます。この小さいポットにちろちろ~ってお湯を入れて、ティーパーティーをしている姿を想像すると、何か癒されません?」

「実用できるものを探しているのだが……」

「あれま、そっち。でもここに並んでいる物なんて、大体が鑑賞用とかオブジェクトとして部屋に飾っておく物が大半ですよ」

「……そうなのか」

「まあ中にはそうじゃないのもあるんすけどね。見てくださいよ」



 店主はアーサーに二つのティーポットを差し出す。片方には幾何学模様、もう片方には絵巻物のように人が描かれている。



「こっちは騎士王伝説をモチーフにした物なんですよ。だから値段も高くて二万ウォンドっす」

「うん、もう片方は?」

「こっちは比較的多く出回っているデザインで、値段が安めで一万と五千っすね」

「幾何学模様の方だ。オレはこれを一目で気に入ったぞ」

「あいよーっ。じゃあ兄さん、こっちに持ってきてください。紙で梱包したりするんでーっ」






 店主とアーサーが軽快にやり取りを交わす中、エリスはトレックに礼をする。




「……その、治療の件、ありがとうございました」

「ん……?」


「ローザさん言ってました。わたしの治療の件は、トレック様が持ってきてくれたって。トレック様が采配してくださったから、わたしも安心して療養することができました」

「何だそのような……偶々お前の話が耳に入って、偶々ローザに回した方がいいと思い付いただけだ。気にするなよ」

「でも感謝してもしきれません……」

「そう思うならこれから健康的な生活を送ることだ。それが何よりの報酬になる。口には決して出さないだろうが、ローザもそう思っているだろうよ」

「……はい……」






 そしてアーサーの会計が終了し、ぐしゃぐしゃの紙に包まれたティーポットを抱えてやってくる。




「オレの用事はこれで終了した。いつ帰っても構わないぞ」

「わたしは……もう特にはないかなあ。でも骨董品のお店なんて来るの初めてだから、ちょっと見て回りたいな」

「おおっ、姉さんも骨董品の魅力に気付きましたか? お望みとあらば自分が――」






           からん、からん






「……」


「……トレック様?」

「おや。小窓から小さい御方が見えたと思ったら、やはり貴方でしたか」






 店に入ってきたのは、黒い羊毛のコートを着た、頬のこけたこげ茶色の髪の男。赤い瞳でにやりと口角を上げる姿からは、何を考えているのか想像できない。


 そんな彼と対峙するように、トレックは立ち上がって厳しく見つめる。






「……セーヴァ。この第二階層で何をしている」

「何をしているも、散歩ですよ。私も久々にアルブリアに帰ってきた身、民がどのような生活をしているのか興味がありまして」

「ふん……そうか」


「つれないですねえ。私と貴方は同じ身分ではないですか。四貴族という点でも、よくアルブリアを空けているという点でも」

「特に用もないのに出て行く貴様と同じにするな」

「そう仰られるとは、実に残念だ。貴方は私が国家間の調整に奔走しているという事実に目を向けようともしないらしい」

「調整だ? 動乱を引き起こしているの間違いでは?」

「――貴方の目にはそう映っているのでしょう。ではそろそろお暇しましょうかね……」






 興が覚めたように扉を再び開き、通りをすたすたと歩いていくセーヴァ。


 彼の姿が小さくなる度、張り詰めていた空気が元に戻っていくように思えた。






(……エリスとアーサーについては気付いていなかったか。それだけでも十分だ……)






「トレック様……今のって」

「ああ……セーヴァ・ロイス・スコーティオ。グレイスウィル四貴族の一つ、スコーティオ家の現当主だ」

「当主……その割には見かけないような」

「よくアルブリアの外に出てっては、諸地域の治安に首突っ込んでいるんだ。守るべき第一階層の民を放っておいてな……」

「でも今日は珍しく帰ってきていたんすねえ?」

「総合戦を観戦したいそうだ」



 ぴくりと反応するエリスとアーサー。



「総合……ああ、もしかして対抗戦っすか?」

「そうだ。普段は生徒なんぞ気にも留めない奴がだぞ。一体何を考えているのやら……」

「……」

「……」


「……っと、二人は総合戦に出場するのか?」

「まだわかりません。けど……」

「そうだな……出場しても応援だけであっても、奴がいるという事実は変わらん。今のような空気を味わうことになるかもしれないな」

「……やり辛そう」

「まあアドルフやルドミリアが何か言うとは思うがな……」




 トレックはすたすたと店の中に進んで行き、そこから二人を誘導する。




「堂々巡りの問いに対して、今答えを導き出そうとしても仕方ない。今は今できることをするぞ。というわけで一緒に骨董品を見て回ろうじゃないか」

「はーいわっかりましたぁ。アーサーはどうする?」

「オレももう少し見て回るか」

「それなら自分も張り切ってご案内しますよっと」

「お願いしまーす」

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