第362話 キャメロット赤薔薇支部

 ヴィーナ様


 それから私よりも前にキャメロットに至った、

 優れた魔術師の皆様


 皆様は野菜を育てたことがありますか




 野菜は種を蒔き、

 肥料を通して栄養を与えられ、

 水という形で食事を取り、

 太陽の光に当たって運動を行います


 そのどれか一つが欠けていても、

 美味しく瑞々しい野菜はできあがらないのです


 皆様が望んでいる研究もそうでしょう


 美味しく瑞々しい野菜を作る為に、

 心血を注いでその方法を探していた


 でも一番適切な方法は、

 種から育てる以外にないのです




 ここに持ってきたこれらは、

 全て私が自分の手で育て上げました


 現在はこれらを入れる器の育成も行っています


 全て完成した暁には、

 皆様が望む成果を上げることができるでしょう





 そして、これらの育成には時間がかかります


 私の研究では十年と計測されました


 ですが魔力による影響を考慮していないので、

 実際はもっと短縮されるでしょう


 何ならこれも外から魔力によって圧を加え、

 成長を急がせています


 よってできあがるのは低い知能を持っていることでしょう


 魔術による過程の改良、

 それは皆様が行ってくれるのでしょうね




 それでも並大抵の時間では済まされません


 数ヶ月、一年は最低でも覚悟しておいてください


 それ以上に短縮しようとすればする程、

 できあがるのは不完全なものになるでしょう




 皆様は何故そこまで急ぐのですか


 この研究が完成した暁には、

 何が齎されるというのですか




 千年の長い月日を経てもなお、


 この研究に執着してた理由、


 それは一体何なのですか――











「……ヴィーナ様?」






 王太子ハルトエルの呼びかけにより、はっと我に返るヴィーナ。






「……あら。申し訳ありませんわ。少し上の空だったみたい……」

「そうでございましたか……もう少しで貴女様よりお言葉を頂戴いたします。ご準備の程を」

「ええ……」




 地上階に新たに建設された四階建ての建物。


 それを見上げてヴィーナはほぅっと息を吐く。


 建物の荘厳さとかはどうでもよくて、先程まで思い起こしていた、ある魔術師に思いを馳せながら。






 それから数分後――








「……この度は我がキャメロットの新たなる拠点を、このアルブリアの地に建ててもらいましたこと、誠に感謝いたしますわ」




 ニンフ特有の翅をはためかせ、絢爛な髪飾りを纏って、ヴィーナは大勢の魔術師の前で語る。




「去ること十年前。いえ、それに二、三年程加えたかしら。我がキャメロットには大層優秀な魔術師がいらっしゃいました。彼は我々に新たなる風を吹かせ、これまでの魔術理論の数々を覆し、そして有用な魔術の研究を数多く行ってきた」


「けれども彼は忽然と消えてしまった……これから更なる栄光が約束されていたというのに、それらも捨てて姿を隠してしまった。これは実に残念なこと……我々の研究も停滞し、魔術の可能性も断たれつつありますわ」


「そのような状況の中で、皆様の協力を得られたことは、本当に僥倖に感じますわ。彼がいなくなった分の隙間を……共に協力し合って補って参りましょうね」




 そして頭を下げると、魔術師達の間から惜しみない拍手が送られた。











「……眠い。眠いんだよクソが……」

「きゃぴっ! そこにいるのはローザ!」

「……」





 先程演説が行われたのは、地上階は貴族区の近くにある高層の建物。現在ここには大勢の、この島に住んでいる全ての魔術師が詰めかけている。


 何と言ってもキャメロット、世界で最も権力を持つ魔術協会が、遂にグレイスウィル支部を設立したのだ。しかも今なら偉い人とも話ができる。これは挨拶でもして取り入らないと、と焦る魔術師が多数。


 ローザとフィルロッテも挨拶に来たのだが、この二人の場合は上司から行ってこいと命令されたというのが大きな理由である。





「ねえねえローザ、貴女はどうしてここにいるの? もしかしてー、フィル様の魅力に釣られてきちゃった? きゃぴっ☆」

「てめえと大体似た理由だよクソが」

「もう、ツンツンしちゃって☆ フィルが目当てだってこと、わかって「何だこいつ、酔ってるのか?」「某はいつも己の筋肉に酔っておりますぞ!!」




 ブルーノとチャールズが、それぞれ渇いた笑いと大笑いを浮かべてやってきた。更にマーロンも駆け寄ってきて、フィルロッテの頭を叩く。




「ちょっ!?」

「ローザさんはお仕事頑張って休んでいる最中なんです。気遣ってあげてください」

「仕事だぁ……? あ、例の生徒か。終わったのかよ。そうだ本返せよ!!」

「あー……? ルドミリア様に訊けやんなの。元々そういう指示だったはずだぞ」

「あいつアタシに何の連絡も寄越しやがらねえんだよクソが!!」






 煮え滾るフィルロッテの背後から、疲れた様子の魔術師が二人。






「うええ……緊張したあ……」

「むむっ、これはこれはカベルネ殿にティナ殿ではないか!」

「これはこれはチャールズさん……たった今、キャメロットの長に挨拶をしてきた所です」






 脇にはけて、石垣に寄りかかりながら、チャールズやカベルナは話を続ける。

「何故ローザさんにフィルさんもついてきて……」

「いいだろうが別に」「こちとらやる気ねえんだよ」






「ヴィーナ様だろ? どうだった、様子とかは?」

「いやあ、迫力が半端なくて、様子とか気にしてる場合じゃなかったです……」

「それにもう一方いらっしゃいましたからね……」

「んー……? あ、わかった。支部長って所か」

「正解です。名前は確か……エレーヌっつったかなあ……」



 腰をさするカベルネ。腕を伸ばすティナ。



「そこまで気を遣ったのかお前ら」

「だってまだ二年ですよ!? 格式とかわかんないのに、ちょーっと上司から命令されて挨拶してこいとか……」

「上司……あ。お前らの上司って、セーヴァ様じゃないか」

「一応形式的にはですけどね」


「なあ、最近あの方の様子はどうなんだ? 不穏な動きとかないのか?」

「……あたしらにそれ訊いちゃうんですか?」

「何でもいいから知りたいんだよこちとら」


「セーヴァ様は側近とか、熟練とか、そう言った方しかお側につけていませんよ。私達のような新参は目も当ててくれません」

「でもまあ、遠くから見る機会はあったかなあ……うん、わかりません。普段通り何考えてるのかわかりません」



 忽然として言う。きっぱりしている分信憑性は高い。



「……総合戦を観戦なさるんですよね、確か」

「ああ……俺達の上司なんか、ピリピリしながら話してたぜ。カムランみたいに帝国主義の暴動起こすんじゃないかって」

「有り得なくはないから困るね……」

「まあ何が起こってもあたしは関係ないけどね! 行かないし!」

「お前も行くんだぞ? 私も行くがそれとは別に行くんだぞ?」

「はぁ!? 聞いてなっ!?」

「弟君の活躍は最後まで見届けような?」

「嫌だよあんな奴!! 家でどう顔合わせればいいかわかんないじゃん!!」






 そんな世間話をしている間も、人波は収まる気配を知らなかった。











「……ヴィーナ様。紅茶を淹れておきました」

「ん……ありがとう、エレーヌ」



 最上階、支部長の部屋。完全に扉を締め切り、ヴィーナとエレーヌは二人で茶を嗜んでいる。少しばかりの休憩時間だ。



「ヴィーナ様……」

「……何かしらエレーヌ。そんな、わたくしを潤んだ目で見つめて……」


「……感謝、しているのです。私の身体を調整してくださって、且つこのような仕事を与えてくださって……私の存在意義がまた一つ強まりました」

「そう……」




 責任感が強く、一度任されたことは最後までやり通す。


 それが数年の観察において顕著に見られた彼女の特性である。




「今までの個体の中でも、貴女は一番対人関係に係る能力が高かった。支部長は多くの人物を束ねる立場、だから貴女が適任だと思ったの」

「はい。私は人の顔をよく見て、言葉に耳を傾けて考えることが得意でございます」




 その分、戦闘能力は一般程度である。


 しかし造られた存在というものは、心が安定しない傾向にあるので、寧ろ彼女は貴重な方であるのだ。




「でも魔術について学ぶことは忘れないようにね? 仮にも魔術協会だもの、ある程度は身に付けておかないと格好が立たないわ」

「ええ、それについても十分心得ております――いつか、ヴォーディガンをも超える力を、身に付けます」






 その名前が出ると、ヴィーナは憂うような表情をした。






「……ヴィーナ様?」

「……ヴォーディガン。そうね、ヴォーディガン……」


「まさかヴィーナ様は、私がヴォーディガンを超えることは不可能だと、そうお考えでいられるのですか?」

「ううん、そうじゃないわ。ただ……懐かしく思っただけ」

「懐かしい……?」




 天井を見上げる。特注のシャンデリアが輝き、絢爛な様相を部屋に与えている。




「……野菜」

「え?」


「そうよ、エレーヌ。貴女は野菜。わたくし達が丹精込めて育てた野菜……」

「私が……? 私は……?」


「……どうして彼奴だったの。神はどうして彼奴に知恵を与えたの」

「……ヴィーナ様?」


「あの人は天才。あの人は間違っていない。あの人は完璧。あの人は選ばれた人――なのに!!! 何故、彼奴が――!!!」

「落ち着いてください!!」






 ぎこちなく唱えた精神安定の魔法が、ヴィーナに効いていく。


 頭を掻き毟っていた手は徐々に下ろしていき、力が抜けたように背にもたれかかる。






「……ごめんなさい。見苦しい所を見せてしまったわね……」

「……」


「……わたくしが取り乱して、驚いたかしら?」

「……ヴィーナ様は、いつも温厚で優しくて、このようなことは絶対にないものだと」

「エレーヌ、物事に絶対は有り得ないわ。そうよ、そうよそうよ――故に人は苦しむの。安定しない安寧に抱かれて、いつその揺り篭が壊れるか恐れなくてはならない。でもね――」




「あの人の理想が体現すれば、それも全てなくなるの――」








 惚れて落ちたような吐息が、部屋全体に満ちていく。

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