第363話 総合戦説明

 三学期が始まって少しの月日が立った。この日、掲示板に張り出された名簿を見て、多くの生徒が一喜一憂を繰り返していた。






「……やっぱりボクの名前あるじゃん」

「オレもあるし、カタリナもあるな。そして……」

「わたしも、ある……」




 この名簿は、魔法学園対抗戦の最後を飾る対戦、総合戦に出場する生徒を書き連ねたリスト。ここに名前が挙がった生徒は、当日までに更なる研鑽を積むことを強いられることになる。




「あー……怖いっつーより、緊張するなあ。だって総合戦って……」




 イザークが言うより早く、後ろから教師がやってきて休み時間の終了を告げる。




「ケビン先生……一時間目は魔法学か」

「早速総合戦の話をしそうな雰囲気だぁ」











 案の定、今日の魔法学では総合戦に纏わる説明をされることになった。まだ雪掻きが十分に住んでいない演習場に、一年一組の生徒がぞろぞろ赴く。






「さて、今朝方総合戦に出場する生徒が発表されたな。出場する生徒はおめでとう。このような試合に出場できるのは名誉なことだ。出場できなかった生徒も、次回に向けての研鑽や応援を頑張ってほしい」



 そう語るケビンは、その手に奇妙な色合いの煙玉を持っていた。



「とまあ、前口上はこれぐらいにして。早速対抗戦についての説明を行おう。既に聞いている生徒もいると思うが、総合戦最大の特徴は、対人戦ではなく対魔物戦ということだ」



 手にしていた煙玉を地面に叩き付ける。








「……ウキャキャキャキャキャ……!!!」




 甲高く癪に障る声を出して、それは煙の中から姿を現す。






「……これは」

「セバスン?」

「わたくしはあのような下品な声は出しませんぞ」



 緑色の肌にでろんと下がった腰みの、横にだらりと広がった耳に不細工な出で立ち。ゴブリンと呼ばれる魔物が数体、こちらを睨んでくる。



「ひえっ……」

「襲われる心配はしなくていい。今見てもらった通り、この魔物玉と呼ばれる魔法具を叩き付けるとこうして出現する。この中には予め魔術が込められてあって、そこで指定された魔物が出現するようになっているんだ。死亡後数時間で魔力に分解され、大気中に戻るようにもなっている」



 睨み付けていたゴブリン達は、ケビンが手招きをするとすぐにそこに集まり、そしてぴたりと仁王立ちをした。



「とまあ、このようにして学園側が用意した魔物と戦うことになるのが総合戦だ。人は言葉を理解できる、故に言葉次第では優位に立つことが可能だ。しかし魔物には言葉が通用しない。言葉で誤魔化すことのできない、本質的な戦力が要求されることになる」

「でも今先生の手招きに応じませんでしたか?」

「煙玉より出現させた者の命令は聞くように仕組まれている。これによってある程度の制御は可能になっているが、それ以外は野生の魔物とほぼ変わらない」



 今度は指を鳴らす。すると数体いたゴブリンの中から二体が前に出て、何やら互いに叫び合った後血みどろの殴り合いを始めた。



「っ……」

「辛いかもしれないが、特に出場する生徒は慣れてくれ。総合戦は学園を卒業したらほぼ必要になる、魔物との戦闘訓練も兼ねている。魔物が血を流す光景に慣れていないと、将来的に辛い思いをすることになるぞ」

「お……おえ……」


「だが今のうちなら我慢はしなくてもいい。思う存分気持ちを吐露して、徐々に慣れていくといい」

「この臭いも総合戦ではするってことですよね……」

「その通りだ。今逃げていると大人になっても逃げ続けることになるからな。バランスを取りながら、自分のペースで慣れていってほしい」




 三回手を叩くと、ゴブリン達の肉体は一瞬で奔流に変換され、空に浮かんでいった。魔力になって大気中に戻っていったということだ。




「では早速だが、皆の実力を把握するために、戦闘訓練を行ってもらう。ゴブリン達にはもう仕事をしてもらったから、それ以外の魔物を出すぞ。先ずは道具の準備だ。それぞれ戦闘準備をして集合するように」










 それから武器や触媒を持ってきた生徒は、数人のグループに分けられる。


 アーサー、エリス、イザーク、カタリナの四人は自然と固まっていた為、流れのまま同じグループになった。






「……」

「エリス、大丈夫だよ。先生だって事情は理解してくれているだろうし」

「うん……」


「何よりこっちにゃ天下のアーサー様がいるんだぜ!? こりゃあもう勝ったも当然だな!!」

「ふふ……それはどうかな?」

「イザーク、お前が余計なこと言うから先生が本気になっているぞ」

「んへえ地雷踏んだか!?」




 もう遅い、と口走ってケビンは魔物玉を叩き付ける。



 そして現れたのは――




「……ゴーレムか」

「……何かでかくね!?」

「うん……あたし達よりも、でっかい」





 全身が黄土色の土塊で構成されたゴーレム。それは自分達よりも一回り大きく、全長は三メートルぐらいはあるだろうか。





「属性や特性は戦闘の中で見極めること。死にそうになったら撤収してやるから、とにかく本気で打ち合ってみろ。では――」





 開始、という直前にゴーレムは動き出した。



 腕を振り上げ、勢い良く降ろす――





「そんなのアリかよ!?」

「魔物だからな! 多少は命令を聞かなくても仕方ない!」

「そうかぁー魔物だからかぁー! ふざけんなよ畜生!」





 悪態をつきながらも、先制攻撃の回避には成功した。



 アーサーはバックステップ、カタリナは横っ飛びで難無く回避。イザークだけ全力で走ったのでもう息を切らしている。






「エリス、お前は三人の戦闘を見てアドバイスをしてやれ。それと今回の授業を通して、気が付いた点を纏めておくこと。それが今回の課題だ」

「はい、わかりました」




 バインダーに羊皮紙を挟み、羽ペン片手にじっと戦闘を観察。




「わたしはわたしの、やれること……」








「ぎゃー!!」

「お前……一々叫んで行動するの止めろ!」




 ゴーレムに敢えて攻撃をさせながら、アーサーはそのパターンを見切っていく。




「だってびっくりするじゃん!」

「叫ぶのは体力の浪費だ! いざって時に攻撃避けられなくて死ぬぞ!」

「ええっそんなっ――」




 息を止めて走り出すイザーク。その後に一撃が落ち、砂煙が上がった。




「……あ゛ーっ!! 無理だよ!!」

「まあ次回以降の課題だな。でだ……オレも少し辛くなってきた」

「そろそろ攻撃に回る?」

「そうしよう……」






 攻撃は腕の振り下ろし。巨体と重力が合わさった暴威を振るい、肝心の本体は殆ど移動しようとしない。






「……魔法で束縛して、背後を攻めるのはどうだ?」

「ん、賛成」

「ボクもそれでいいよ」

「よし。じゃあイザーク、頼んだぞ」


「……は!? ボクなの!?」

「お前は魔法妨害フェンサー系だろう。上手くいけるんじゃないのか」

「ええっ、確かにそうだけど……よしやってみるかぁ!!!」

「任せたよ」





 アーサーとカタリナは左右に散開。仁王立ちしたイザークにゴーレムは狙いを定める。





「よーしよしよし!! んじゃー行っくぞー!! 怖くはないぞ行っくぞー!!」


狂詩曲を響かせよ、イライズ・暴虐たる雷の神よウェッシャー!!!」





 イザークの伸ばした腕から黄色の電流が迸り、



 ゴーレムの肉体をぐるりを囲む。





「行くぞカタリナ!」

「うん!」





 ゴーレムから声にならない叫声が発せられたのを確認した後、



 アーサーとカタリナは背後から切り込む。





夜想曲の幕を上げよ、カオティック・混沌たる闇の神よエクスバート!」

「くたばれ!」





 紫の魔弾が命中した後、鋭い剣戟が入る。




 ゴーレムは、二つの攻撃に対して苦悶した後――




 ゆっくりと前のめりに倒れ、そのまま動かなくなった。構成していた土塊が、ばらばらになって地面に落ちていく。






「……終わったか?」

「何か集まってパワーアップとかしない?」

「で、でも、苦しそうな声上げたよね……」

「ああ、これでお終いだ。よくやったぞ」




 ケビンがやってきて、手を鳴らしゴーレムを魔力に還していく。戦闘終了を皮切りにどっと汗が噴き出してきた。




「……あ゛ー!! 死ぬかと思った!!」

「今ので音を上げられたら、本番が思いやられるな。でも今は突然で初回だから仕方ないかな」

「三人共お疲れー」




 タオルを持ってきたエリスが、三人の額を順番に拭いていく。




「ありがと、エリス……」

「いいのいいの、わたしこれぐらいしかできないから……」

「……」


「観察してそれを教えてやることも立派な能力だ。的確に皆をサポートしてやるんだぞ」

「はい……」






 ケビンが他のグループの元に行った所で、改めて話し出す。








「……アーサーも言ってたけど、イザークはどうでもいい所で体力使ってるね」

「うわー……事実なんだけどヘコむー……」

「必要なのは静かに戦う訓練かな? 沈黙の魔法でも使ってみる?」

「いやそこまでは……検討しようか、うん」


「で、カタリナ。何ていうか……可能性あるよね。魔法でも武器でもいける」

「え……」

「まあ……魔術戦の時に見ていたからね。あの動き方とかも教わったんでしょ?」

「……うん」

「本当に、どこでどんな訓練受けたらこうなるんだろう……」

「……」




「……ごほん」

「ワン~?」




「……何よアーサー。構ってもらえなくて悲しい?」

「いや、そんなことでは」

「そんなことだろおっはあ!?」

「静かにする訓練の一環だ。日頃の心掛けが実践に通じる」

「ちょっ、そんなのありかよ……!! 腹痛えサイリ助けて!!」


「ぶっちゃけ完璧すぎて何も言うことないんだよね。そのまま頑張れってぐらい?」

「……そうか」

「んー、後は何があるかな……?」




 ゴーレムに関してのメモをじっと見つめる。三人も興味を持って首を伸ばした。




「『オレンジゴーレム……土属性のゴーレム。破壊力が高い反面、移動力が極端に低い。素早く移動して背後を突こう』」

「どうかな、メモとして」

「んー、スケッチ含めて完璧だぁ」

「えへへー。魔術戦で鍛えた甲斐があったー」

「魔術戦?」

「何もしないのは嫌だから、学びを得ようと思って。薬草とかスケッチしてメモ取っておいたんだー」


「きっと、ゴブリンやゴーレム以外にも魔物が出るよね……」

「全部発表されるのかな? それなら対策を練りやすいけど……」

「魔物学でやるかもしれないな。そうなったらまたメモを取って、対応を考えていこう」

「そんときゃ頼んだぜエリス! オマエがボクらのブレーンだ!」

「ぶ、ぶれ? あ、指揮官とかそんな感じ?」

「そんな感じと思ってくれて構わないっ!!」







 こうして暫くの間、生徒達の間で対魔物戦闘訓練が盛んに行われることになる。

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