第284話 金貨の使い道・その一

 それからまた数日経ち。




 この日の昼、アーサー達は呼び出しを喰らっていた。


 一組からは、カタリナとイザークも一緒だったのだが。






「……あ、オマエらも来てるのね」

「よく見慣れた顔だな……」

「まあ、薄々予想はついてたわ」




 各クラスから、見知った顔がそれぞれ六人。


 あの死闘を繰り広げた友人達だ。






「……」

「リーシャ?」

「……ああ、ごめん。うん……」


「……九人で寂しいってことだろ?」

「……」






 すると集合していた場所の、直前にあった部屋の扉が開く。






「おっと、皆ぞろぞろと来たか……俺も準備ができた所だ、入ってくれ」

「……失礼します」




 そこは学園長室。アドルフが学園長として振る舞う拠点としている部屋だった。











 中は整然としているが、その分散らかした書類が目立つ。本棚にある本は例にもよって難しいものばかりだ。




 そんな部屋の中で、アドルフは応接用のローテーブルとソファーに生徒達を案内し、座らせる。






「……茶とかいるか?」

「いただ……もががっ」

「別に結構です」

「慣れないことしなくてもいいです……」




「そうか……まあ、生徒からすれば、こんな部屋は早く立ち去りたいよな、うん」






 アドルフは一番大きなソファーに座り、生徒達全員を視界に入れる。






「さて……今日皆をここに呼んだのは、受け取ってほしいものがあるからなんだ」






 そう言って、出して見せたのは小さい麻袋。




 その中身をじゃらじゃらと全て出す。






「「「……!」」」




「……まあ、見てもらってる通りだ。ヴォンド金貨だよ」






 机の上に散らばった金貨を、集めて縦に積み上げるアドルフ。






「……ブルーランドの人々からのお礼、だそうだ。きっとトロピカルフェアリーの方々が、嬉々として伝え回ってくれたんだろう」


「一人当たり五枚だ。これはエリスの分も兼ねているから、エリスに一番親しい人物には十枚受け取ってもらう……」






 五万という大金を前にして、




 誰一人、嬉しそうな顔をしない。






「……思う所はあるだろうな。きっとあれに巻き込まれたことを思い出す要因にもなるだろう。それ以外にも……だな」


「だが……ブルーランドの人々は、そんなことは知る由もないんだ。悪魔のような奴の魔の手から、大切な隣人達を救ってくれた、勇気ある若者達。皆そう思っている。純粋に感謝しているんだ」


「……それを不意にしないためにも、皆には受け取ってほしいと、俺はそう思っている。どうだ?」






 全員が全員を見回し――




 そして、ほぼ同じタイミングで、金貨に手を滑らせた。






「使い道については指定しない。皆の行動に対する正当な報酬だ、好きなように使ってくれ――」











 その日の放課後。








「……イザーク」

「何だよ」


「お前……少し浮足立ってないか」

「はぁ?」


「金貨を受け取ってから、何というか、機嫌が良さそうに見えるぞ」

「……」



 鞄をサイリに投げ渡す。これで彼の帰宅準備は完了だ。



「……悲しいけどボク人間なんだよね。だから大金手にすると嬉しくて舞い上がっちゃうつーか」

「……」




「アーサー、あんまりイザークのこと責めないであげて……」

「……っ」

「いや、オマエの気持ちもわかるぜ。金が入っても、エリスの傷は元通りにならないもんなあ……」

「……」



 靴紐を結び直したイザークは、ぱっと立ち上がる。



「じゃあボクもう行くわ。また明日な」

「うん、じゃあね」

「……」






 そうして出て行く彼の後ろ姿は、やはり上機嫌に見える。






「……アーサー?」

「……ああ」


「あの……あんまり思い詰めないでね。どうしてもって言うなら、先生とかに預かってもらうってのも……」

「いや……大丈夫だ。何とか心の整理はつくさ」

「……そっか。それ信じるよ。いいよね?」

「……ああ」


「じゃあ、あたし手芸部行くから……ばいばい」

「また明日な」






 カタリナも教室を出て行き、部屋に自分だけが取り残される。








「……」




「……皆は」




「金貨、どんな風に使うのかな……」











 それから離れに戻り荷物を置いた後、


 金貨の使い道を検討すべく、手ぶらで薔薇の塔に向かう――








「うわっ!?」

「……!?」




 イザークと再び出会ったのは、塔に向かう道でのことだ。






「お前……」

「ボク急いでるんで!!! じゃあね!!!」

「待て……っ!?」




 慌てた様子を見せながら、彼は街へと向かっている。




「……」




 そんな彼が背負っていたのは、黒い縦長の箱――






「……行くか」




 アーサーの足は、自然と彼の形跡を追っていた。











 地下へと続く階段を降り、入り組んだ街並みを進んだ先に、




 アーサーは第二階層のビルに辿り着いた。






「……ここに、あいつが?」




 路地裏にあるということもあってか、そのビルはやや寂れた雰囲気を醸し出していた。実際、塗装の一部が剥がれ落ちているにも関わらず、修繕は一切されていない。




「……」




 入り口には階層に入っている店の看板が設置されているが、その一つにアーサーは目を奪われる。




 奇抜な髪型、派手な服装、彼らが弾いている見たことのない楽器。





「……ここまで来たんだ。行こう」











「……じゃあ前々から言ってた通りだ。代金はヨンキュッパ、49800ヴォンドだ。果たしてお前に……」

「ほらよ」

「……!」



 差し出された金貨を前にして、円形禿げの男性は目を丸くする。



「……お前、まさか魔術大麻の売人に手を出していたなんて」

「違えよ! これは人助けのお礼! 頑張ったことに対する正当な報酬だ!」

「人助けって……貴族とか大商人とか助けなきゃ、こんな額はそうそう貰えんだろ」

「偶々ね? そういった人をね? 助ける機会があったんだよ!」

「ふうん……」



 男性はジト目でイザークを見つめた後、金貨を滑らせ頂いていく。



「……まあ、お前が嘘つく時ってのはわかりやすいからな。今回はそれがないから、本当のことなんだろう」

「そうだって言ってるじゃねーか!!」

「ははは……ともかく金は受け取った。今晩ぶっ通しで改造すっから、明日また来てくれや」

「あいよー! 助かるー! はぁ……」

「何だ、今になって疲労が襲ってきたか。ではコーラでも出してやろう」

「マジ!? 最先端のスパークリングじゃん!!」

「ほれそこに座れ座れー」




 座ったイザークに、茶色い硝子瓶に入った飲み物が差し出される。






「ぐびぐびぐびぐび!!! んめー!!!」

「俺はどうもシュワシュワ系は苦手だったようでな……勢いで買っちまったから、消化してくれて助かる」

「これぐらいの手伝いならウェルカムだぜ!」


「……ところでお前、ここに来た時すげえ息切らしてたけど。何かあったか?」

「あー……その、学園の友達に、見つかりそうになってさ……」

「ふむ……して、その友達ってのは、もしかしてあいつのことか?」

「え?」




 男性と一緒に店内を見回す。




「……あっ!? オマエここまで……!?」











 その店は、とても刺激的な内装をしていた。




 壁のあちこちに、看板に描いてあった人物と同じような絵が描かれ、空いている場所が見当たらない。その壁には更に物体が立て掛けられている。


 上部は細く、下部は楕円状、及びそれをうねらせた形。真っ直ぐ五本の弦が張られており、柄はどれもが派手で目に優しくない。




 その他にも、先に挙げた楽器とよく似ている楽器。地面には丸い物体とシンバルが一つに繋がった楽器。ピアノと同様に鍵がいくつも付いている楽器。


 全てが見たことのない形で、所狭しと並んでいる。








「オマエさあ……オマエさあ」


「……イザーク」






 アーサーがそんな店内に呆気に取られていると、彼が話しかけてきた。






「……オヤジィ。コイツの分もコーラくれや」

「あいよ」

「こっちこい。一旦座って話しようぜ」








 そしてアーサーにもコーラが振る舞われる。








「んぐっんぐっ……はぁ」

「いい飲みっぷりだ。流石イザークの友達」

「よしてくれよぉ」

「……」




 目の前の男性は円形禿げもそうだが、よく鍛えられて盛り上がった腕、口元一帯を覆うふさふさした髭が印象的だ。腰エプロンがなければ、暴漢か何かと思われるかもしれない。




「あんたその様子だと、魔法音楽についても馴染みがない感じか」

「……リネスで流行っているという」

「そうそう、最先端のムーブメントだ! この店はそれを広めるための拠点、グレイスウィル支部って言った所だな!」

「……」




 再び店内を見回し、楽器の数々を観察する。




「全部が全部興味深いだろ~? スマートな見た目してんのがベース、ピアノっぽいのがキーボード、デカいのがドラム。そして一際数が多いのが――ほれ、ギターだ!」

「ちょっと待ってよ!?」






 男性はイザークの静止も気にせず、カウンターの下から取り出した、一本のギターをアーサーに見せる。






「名前が入っている……イザーク?」

「ぬわああああああああ恥ずかしいいいいいいいい!!!」




 黒一色の素体に、赤と黄色のラインが入っている。そして裏面には、でかでかとサインが入っていた。




「……あの箱に入っていたのはこれか」

「そうだよ!!! 悪かったな!!!」

「いや……咎めてなんていないのだが……」

「るっせーなバカ!!!」

「……はぁ」


「イザークはここに来てから、ずっとこそこそやってたもんなあ。自分の私生活知られて恥ずかしいんだろうよ」

「そういうことなのか?」

「大体合ってるなあ畜生!!!」




 照れ隠しにコーラの瓶を小突くイザーク。


 その隣でアーサーは、じっとギターを見つめている。




「……音楽なんだろ?」

「え、ああ」


「だったら……弾けるのか?」

「……そうだけど?」

「……」




 相も変わらず真顔であったが、何となく、アーサーの瞳が輝いて見えたイザーク。






「……ほれ、折角の頼みなんだ。聞いてやれよ」

「ああもう……わーった!! わーったよ!!!」




 イザークは男性からギターをぶん取ると――






「んじゃあ行くからな!!! 刮目しろよ、ワン、ツー――」





 スリーを唱えた段階で、




 雷が轟く。











『ハローミナサマゴキゲンヨウ 今日も今日とで衆愚なよう』




『型にハマって流れ作業 安定安寧聞こえはいい?』




『手足を動かし無表情 童心強心どこいった?』




『皆で拒めば怖くない 疎外論外思考の停止!』








 歌詞を引き立てるように音を奏でる。




 その後は彼の独壇場だ。






 テーブルに足を掛け、運指は細かく一寸の乱れもなく。




 身体は大きく仰け反り、今にも落ちそうだ。




 だが実際に落ちているのは雷だった。



 








「――チェケラーッ!!! 皆、アリガトーッ!!! サンキューッ!!!」ジャカジャン








 演奏が終わった後、息を切らす彼の姿を受けて、




 惜しみない拍手が送られた。








「……え」

「何だ」

「……オマエに拍手されるなんて思ってもなかった」

「素晴らしいものに対して賞賛するのは当たり前だろう」

「素晴らしい……今素晴らしいって言った!?」



 イザークはテーブルから飛び降り、アーサーに詰め寄る。



「ああ、素晴らしかった。弦楽器や管楽器では決して奏でられない音だ。それが新鮮で、刺激的で良かったぞ」

「そうか……そうか、そうか、そうかよ……へへっ」



 照れながら、どこか嬉しそうに頭を掻く。



「今の曲さ。リネスでめっちゃ流行ってる曲なんだ。魔法音楽やるヤツは皆これ歌ってる」

「そうなのか」

「そうだよ。でもボクは――これなんかに収まらない! 今曲作ってるんだ! 歌詞からメロディ、コード進行まで全部自分の手作りでさ! これが結構大変なんだよな!」

「そうか……それは凄いな!」


「ま、まあなぁ!? だからその、できたら真っ先にオマエに聴かせてやるよ!」

「ああ――期待している!」




 少年二人が声を輝かせている所、男性が咳き込む。




「……俺は初めて聞いた話だがなぁ?」

「あ゛っ!? ヤベえオヤジには秘密にしてたんだった!!」

「だが事情は知れたんだ。詰まったら持ってこい、アドバイスはしてやれるかもしれねえぞ?」

「いいもんそんなの必要ねーし!!」






「……ところでお前、金貨はこのギターに使ったのか?」

「そうだよ! 魔法音楽で使う楽器ってさ、内部構造に魔力回路通してるんだ。それが長く広く強靭であるほど、いい感じの痺れる音が出る。今回はその改造をやってもらうってわけ! これで金貨使い切った!」

「自分の趣味に使える金が入ったから、嬉しそうにしてたんだな」

「そういうことだよ!!」

「……」




 ズボンのポケットを見つめる。そこには麻袋に入った、十枚の金貨があるのだ。




「オマエもどうだー? この機会にボクと一緒にセッション奏でね!?」

「いや……まだ様子見、かな。暫くは聞いているだけで十分だ」

「そうかー。でもその気になったら言えよ!」

「……? あっさり引き下がるんだな」


「まあ流行ってるのは事実だが、古い人間からは異端扱いされて嫌われてるからな……無理矢理勧誘したら、それこそイメージに泥を塗っちまう。だから無理には引き込むなって、リネス全体でそういう方針になってるんだ」



 古い人間という単語が出た一瞬、


 イザークが苦い顔をしたのを、アーサーは捉えた。



「……?」

「どうしたよ。ボクの顔見て。恥ずいからやめれ」

「ああ……悪かったな」


「ようしようし。で、ボクはもう帰るつもりでいるんだけど。オマエはどうする?」

「ならオレも帰ろうかな。お前が何をしているのか、それが知りたかっただけだから」

「そっか! じゃあ……お手を繋いでゴーホーム・ウ帰りましょうィズクロウズだな!!」

「断るぞ」

「ですよね!!!」


「お前らじゃあな、気を付けて帰れよ」

「うっす!! また明日なオヤジ!!」

「店長さん、今日はどうもありがとうございました」

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