第285話 金貨の使い道・その二
金貨を貰ったその週末。
グレイスウィルの城下町には、普段より多い人が行き交っている。建国祭直前記念として、セールやバーゲンを行っている店もちらほら目に入った。
秋のデザインのワンピースを着て、そんな街並みを歩いていくカタリナ。セバスンは懐にぎゅっと抱えて、人目につかないようにしている。
「……着いちゃった」
「凄い人の込みようですな」
「……」
グリモワールの店も例外ではなく、普段にも増して長蛇の列が形成されており、それを狙った軽食の露店も出ている程だった。
「……」
「……お嬢様」
「いい、いいよ……決めた、から……」
そう言う割には、彼女の足は震え、目は焦点が定まらなくなっていた。
そこに。
「……あれ、きみ何でここにいるんだよ」
「……!!!」
背後から聞き覚えのある声がした。
「あああああ……!!」
「お嬢様、落ち着いてくだされ!!」
「本当まじそれ。ぼくだよぼく、ハンス・エルフィン・メティアだよ」
ジャケットのポケットから手を出し、カタリナを起こすハンス。すると彼女も落ち着いたようだ。
「……ごめんね。ごめんね……」
「まあここまで驚かれるとは思ってなかった。んで? 何でここいんの?」
「……」
例の列に視線を向ける。
「……並ぶつもりか? これに?」
「……」
「あー……」
どうすっかな、というような声を上げて、
腕を組み、頭を回転させて考えた後。
「……じゃあ、ぼくも一緒に並んでやるよ」
「え……?」
「暇だし。ここで会ったのも何かの縁だし。いいよ、付き合ってやる」
「あ……」
「ありがと……」
「セバスンと二人きりじゃ、不安だったの……」
肩の荷が下りたように息を吐くカタリナ。
(……本当は、何時かのクソアマエルフを懲らしめようと思ってきたんだけど)
(まあ……いいかな。何かいないみたいだし……)
こうして二人は二十分程列に並んだ後、グリモワールの店に入る。
「……高いね。まあぼくにかかればこんな金額造作もないんだけど」
「え……あっ、そっか。メティア家……」
「忘れたのかっていうか、ついさっき名乗った気がするんだけど?」
「ごめん……」
「……」
「今までは貴族の方というより、同年代の友人として接してきましたからなあ」
「そういうのもあるかあ」
カタリナは長めのワンピースやスカート、ワイドパンツやカットソーなど、トップスとボトムスを中心にして見て回っている。
「パンツって下着のパンツじゃないのか」
「そうみたいだよ」
「……全く理解できない世界だ」
「でも貴族ってその辺気を遣うんじゃないの?」
「ウィーエルにいた頃は召使いがやってくれてたし、今もそいつが書いた覚書に従ってるだけだし」
「そうなんだ……何か、そういうの詳しいって思ってたから、意外」
好みだと思ったアイテムは、とりあえずハンスに渡していく。
「……ねえ?」
「買い物に付き合うってこういうことだよ?」
「くそが」
「……」
「今度は何だよ……」
「……これ欲しいけど、買っちゃったら予算オーバーしちゃうなあって」
「あー……じゃあこの前の金貨。ぼくの分全部あげるよ」
「……正気?」
「言ったろ、ぼくは貴族なんだよ。金なんて湧き出るように手に入るの……だからあんなの、正直はした金だ。それに……」
ポケットの中をまさぐりながら、言葉を続ける。
「……きみもそうだと思うんだけど。一刻も早く、処理したいでしょ」
「……」
そこに――気まずい流れを一変させてくれる人物が。
「カタリナ先輩。カタリナ先輩、ですよね?」
「ん……」
その人物にカタリナは目を丸め、ハンスは絶句して固まる。
「あ、セシル。貴女も買い物に来たの?」
「買い物ではないんです。その辺は話すとややこしいんですけどね」
「そっか……あ、知らない子だから固まっちゃってるね。この子はセシル、手芸部の後輩なんだ」
「ふふふ……愉快ですねえ」
「てめえ……」
白目を若干向かせてセシルを睨むハンス。
すると店内が、一気にどよめき立つ。
「「「きゃーーーーーーーーー!!!!」」」
「珍しい、降りてきたんですねあの人」
「え、まさか……」
「そのまさかですよ」
店の二階、服を作っている階層から降りてくる女性。
宝石の埋め込まれたコートを華麗に着こなすこの店の店主、ミセス・グリモワールだ。
「ハァイ! 皆、今日もおしゃれしてるかな~?」
はあああああーーーーーーーーいいいい!!!!
「……何だよこれ」
「ああ……ああああ……」
「カタリナ? おーい? 生きてる?」
「あの人はカリスマっていうか、オーラが半端ないですからね。当てられるのも無理ないです」
「気を取り直してくれなきゃこっちが困る。起きろ起きろー」
「……っ、はあ、はあ……」
「ミセス・グリモワールねえ……ふん、くだらない」
「……あ、会計するよ。今日はこれぐらいでいいな」
「りょーかーい」
三人は人込みを掻き分け、会計口まで移動する。
<何でてめえまでついてきてんだよくそが
<いいじゃないですかこれも縁です
そして会計を終わらせ、服を紙袋に詰めてもらう。グリモワールは店のど真ん中で、今どき女子達にコーディネートのアドバイスをしている。
「ねえハンス……」
「んだよ」
「ハンスって、ウィーエルの出身でしょ。そしてミセス・グリモワールもウィーエルに拠点がある……」
「……」
「あっちにいた時に接点「興味なんて微塵もなかった」
「……そんな食い入るように言わなくても」
「てめえが目を輝かせてるからだよ……」
「でも接点とかないのかー。しょんぼり」
「そこまで落ち込む?」
こうして店を出ようとする矢先。
「んじゃあアタシこれで帰るわね~。次回の新作も、期待しておいてよねっ!」
はあああああああああーーーーーーーいいいいいい!!!
「お二人共、今日はお店でお買い物ありがとうございました」
「あれ、セシルは帰らないの?」
「実はぼく、ここの店が家なんですよ。グリモワールさんは師匠のような人で、住み込みで服飾の勉強もさせていただいているんです」
「へえ、そうだったんだ……」
とか何とかと、セシルと話し込んでいたのがまさに幸運だった。
「あらま! セシル、お友達?」
「グリモワールさん。彼らは先輩なんです。見知った顔なので挨拶していた所です」
「そう……」
グリモワールはハンスをちらっと見た後、カタリナをじっと見つめる。
「え……」
「うん……」
「あ、あの、あたし……」
「アナタ、アタシと同じ香りがするわ!」
「……へ?」
「そのうち、アタシが何か教えてあげるってことが、あるかもしれないわね――!」
そう言って、グリモワールは二階への階段を駆け上がっていく。
「……」
「先輩?」
「おい……客の視線がこっち向いてるぞ。どうすんだ……」
「あああああ!!!」
「……おい!?」
紙袋もそのままに、ぴゅーっと出ていくカタリナ。
「……恥ずかしいってレベルを超えてないか!?」
「先輩後は任せていいですか?」
「元々そのつもり、知り合いだから。てめえに言われるのは癪だけどな!!!」
ハンスも風魔法を使い、彼女の後を追いかけていった。
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