原初の騎士王、ナイトメア・アーサー

 ……



 ……



 ……おーい?





「……皆、到着したかぁ……?」





 意識が戻ったイザークは、取り敢えず周囲に向かって呼びかけてみる。




 数秒遅れて返事が返ってきた。





「……うん。あたしは、大丈夫……」

「何かふわふわして……よしっ。行ける」

「っと……ここが地面か?」








 足が着いた場所を確認した後、自分の状態も確認する。服装は先程と同じ学生服のまま、手にした武器や杖はそのまま握られていた。









「何で真っ白なんだー?」

「そんなの魔力領域だからに決まっているでしょ。まあ理由になってないと思うけど……」

「魔力領域って授業でやったなあ。人間に取り込まれる前の、大気中にある魔力が構成しているんだよね?」

「それが人間の精神と干渉すると様相を変えるということだ。つまりこの場所は、アーサーの……」


「……ねえ、視界が……」






 一面を白に覆われていた世界は、徐々にその姿を変えていく。





 足をついている地面は緑の平原に。地平の彼方まで続くそれは、ある一定の場所で山が生え、空の青に切り替わる。所々村や商隊も見えるが、そこまで来るとかなりぼやけてきている。





 逆に鮮明だったのは――






「……っ」

「来るな……構えろ」






 背後を振り向くと、地を鳴動させて近付いてくるそれら。




 種族も属性も様々な魔物の群れだった。






「あれは……ケンタウロスか?」

「えっ?」

「それって……確か、とっくに絶滅した……」

「……絶滅種なんかよりもやばいのがいるわよ」








 黒い靄。それは手足の二本生えている人型を模していた。そこに生えている木よりも大きいものもあれば、馬に乗って武器を掲げるもの、鎧を着ているもの。



 様々な生命の混合部隊が、迫ってくる――






「お、おい、逃げないと!?」

「駄目、間に合わない――!」




 せめて被害を減らそうと、腕を構えて覚悟をするが――










「……ん?」

「え……?」




 それらは自分達を通り過ぎていった。まるで興味がないかのように。



 いや、興味がないという以上に、重要だったのは。




「……すり抜けた? だって進路上にボクらいたよな?」

「な、何だっんだ……? 幻か?」

「……あっち、見て」






 ルシュドが指差す先に、彼はいた。











 大層に磨かれた鋼鉄の鎧。赤の内地に、表は白布で構成されたマント。獣の皮でできたブーツ。胸にも籠手にも剣と杯を象った紋章が刻まれている。




 鞘から剣を抜き、星のような金髪と燃えるような紅い瞳を持つ彼は、




 目の前の魔物共を物ともしない。








「――主君の喚呼は開戦の号令」





         詠唱が始まると、



         その視線が反逆する者を圧する。





「――主君の涙は戦の象徴」





        剣を掲げたその彼は、



        地を蹴っただけで

        敵の全てよりも高く飛び上がり、



        物体が自由落下するよりも早く、

                 鋭く落ちる。





「――主君の敵は己が仇敵」





       絶命を与える刃が降ってくる。



       一つ命が消えれば、

       隣合わせに並んだ牌が崩れるように、




       刃の標的になった者は死していく。



       そこに種族は関係ない。





「我が剣は闇を断つ――」





     血が舞う。

     その色は赤だったろうか。



     四肢が飛ぶ。

     胴体に接続しているだけでも幸いなのだ。



     断末魔が響く。

     人には理解できない意味を有して。






「全ては主君の御心のままに――」





   文字通りの無双。息を呑む度戦況が変わる。



   劣勢が半壊、半壊が壊滅に。



   死を認識する前に首が落ち切った。






   やがて大軍は残らず死体に代わり、



   それもまたどことなく消えていく。








   戦果に対して一切の心境を変えぬ彼の頭上で。



   寂れた王冠が虚しく輝いた。











「原初のナイトメア、偉大なる騎士王」




「聖杯を守護し、その恩恵を齎す、大いなる守り手」




「只それだけの存在




 邪なる者を、反逆する者を、只抹殺するだけの」




「必要なのは力だけ




 屈服させる剣、有無を言わせぬ刃、秩序を与える断罪」




「そこに心は必要ない。命令に応じるのに心は必要ない




 それは存在意義を惑わせ、歪めていくだけの、不要な存在」






「そうだ――」




「心持つ者と、持つことを許されていない者――」




「元から我と貴様等は――」





      相容れぬ存在だったんだ!!!
















「……ぐっ!?」




 地面が隆起する。



 地割れに押し出されるようにして、そのままずり落ちる。






 何とか態勢を整えた時、周囲の風景が変わっていることに気付いた。



 それは街並み。イザークやクラリア、カタリナやリーシャは見たことのある――




「この街……ティンタジェルか!?」

「イザーク!! 来るぞ!!」

「……っ!!」




 ヴィクトールがいる方向に慌てて飛び退く。



 元居た場所には雷が落ちた。地面が焼け焦げる。






「ヤベえな……っ!?」






 そして音も立てずに彼が落ちてくる。



 紅の瞳がじっと見据えてきた。



 そこから読み取れる感情は――わからない。






「……アーサー」

「……」


「オマエ……騎士王なのか?」

「……」


「ただのナイトメアじゃなくって、原初の……」






 言葉を遮り、剣で黙らせようと踏み出した、



 その時に風向きが大いに変わる。






「おい、クソ野郎!!」


「……何時かの続きだ。今度は手加減しない――来い!!」






 ハンスが起こした竜巻に、彼はそのまま乗っていく。






「くっ、彼奴……!」

「……ヴィクトール」

「……何だ」


「脚強化する魔法……かけてくれよ」

「……そのつもりではいたが……」

「とびっきりのヤツな。追いかけるぞ……とにかくな!!」
















「皆こっちだ!! ここなら隠れられる!!」




 クラリアが手を振って誘導した場所に、サラとルシュドは隠れる。






「アナタ、何でこの街のこと……!」

「魔術戦の時に来た!! そこと大体同じだ!!」

「……違う所は?」

「建物!! アタシが見た時より、新しくなってる!!」

「……」



 塗料で塗られた屋根。規則正しく積まれた石や煉瓦。



 これだけ丁寧に造られた街でありながら、人の気配は一切ない。






「……記憶の再現って所ね」

「記憶……」

「……騎士王? の?」

「そうね」


「……何でサラ、動揺してねえんだ?」

「……」


「……知ってた? それも、全部?」

「……」






 突如頭上で風が吹き荒ぶ。



 崩れた煉瓦が上空から降ってくるのを、屋根の下から屈んで注視する。






「あのエルフ、やってくれてるわね……!!」

「ハンス、アーサー、殺す!?」

「そのつもりはないと思うわ――寧ろこの魔力よ。ハンスの方が殺されてもおかしくはない……!」

「なっ……!! クラリス!!」

「接続中!!」

「ああ、そうだった……!! おわああっ!?」




 地面が揺れる。衝撃のあまり立っていられなくなってしまう。




「……とにかくこの風を追うわよ。アイツと対峙しないことには、何も始まらない!!」

「ガアアアアッ!!」

「うおおおおおお!!」











 風に吹かれて、地に揺られて。




 三半規管が悲鳴を上げるかもしれない状況。カタリナとリーシャは、街の中央にある建物――城の中に入る。








「はぁ、はぁ……」

「客室……ここなら、大丈夫かな……」

「……」



 城も街と同様に、造りは新築当然。構造も一度見たことがある。しかし人の気配は一切ないのだ。



「ハンス……」

「我先に飛んでったよね……」

「……」



 荒れ狂う景色の中に、二人が空中で交戦しているのが目に入る。






「……駄目だ。集中しろ、集中……!!」






 頬を叩いたカタリナは、腰に刺した二つの短剣を握り直す。




「……あたしは行く。何ができるかはわかんないけど、とにかく話をしなきゃ……」

「そうだね……そうだ! 私もそう思う!」




 リーシャが杖に軽く魔力を通すと、一瞬冷気に包まれる。カタリナが強く握った短剣が、決意を反映して暗く輝いた。
















「んぐっ……」





「てめえ……」





「……くそが!! んだよ、何だってんだよ……!!」








 鮮血が舞う。痛みが襲う。いつか身に味わった感覚。




 全く異なるのは敵意の方向。




 あの時は自分が殺してやるつもりでいた。




 しかし今は――






「っ……!!」



 剣が脚に刺さる。偶然にも昔刺された位置だ。



「……アーサー!!」


「てめえ……何か言えよ!!」






 感情を失くした目からは何も答えは出ない。



 重力に引っ張られる。最も近いのは自分の背中。



 このまま打ち付けられて、無残な残骸へと――








「――どりゃああああああああああああ!!!」








 変わる前に、




 水流が押し寄せて、自分と彼とは引き剥がされる。







「ぐっ……がっ、ああっ!!」






「ハンス無事……うっわ傷!! 今治療するからね!! カタリナが!!」

祝歌を共に、クェンダム・奔放たる風の神よエルフォード!」






 びしょびしょになって地面に着地した先で、待ち受けていた二人。慣れた手付きで魔法を使いこなしている。




 ハンスからは、そんな彼女達の背後に迫る影が見えて--あの高さからもう追い付いてきて、




「ぬぅん!!」

「……!」




 リーシャは急いで水流を呼び出し、近くにいた二人一緒に転がっていく。



 そうして一撃を避けたのだった。



「治療で油断してる所を襲うってかー!? そうはいかないんじゃい!!」

「……」






 アーサーは剣を手に、静かに数歩間合いを取る。視線は標的に向け、切っ先も居合に定めて。



 感情を持たぬ鉄の鎧が、薄明かりに照らされ鈍く輝く。






「んぐっ……」

「……わかる、わかるよ。あたし達とは気迫が違う……」

「……これがきみの実力ってわけかよ。けっ」






「クラリア!! サラ!! いた!! ……!!」

「うおおおおおお……っ。うう……」

「……いざ力を放たれると、こうも威圧してくるものなのね……」



「おおおおおおおおおおおおらああああっ!!!」

「よかった、貴様等も此処に――」






<アーーーーーサーーーーーッッッ!!!






「待て、イザーク、何をしている!?」








 誰の言葉も聞かず、イザークは走った勢いで飛び上がり――




 アーサーに殴りかかるが――








 一切の感情を変えない彼に、数歩動かれただけで避けられてしまう。








「ぐ……わあああああっ!!」




 飛んできた勢いも殺せぬまま、近くの建物にぶつかる。



 全員が首を傾げないと見れないような遠くの位置。がらがらと瓦礫が崩れる。



 そこで初めて気付くだろう。あれだけ綺麗だった街並みは、その半分が壊れている。











「……何用あって来たかは知らないが」



「ここにいる限り、我は貴様等に刃を向け続ける」



「死にたくなければ早急に去れ」






 そう言って、剣を大きく振るって生み出した風刃を――



 治療が終わり、ハンスと共に起き上がろうとしたカタリナに飛ばす――






「くっ……!!」

「くっそ、万事休すか……」




<うおおおおおおおおおおおおお!!






「あ゛ーっ……あ゛あ゛っ!!」




「ちょっと!! イザーク!?」

「てめえあの位置から何で……!!」




「……へへっ」






 彼と彼女らの間に入るようにして――



 擦りむいたかもしれない膝を気にしながら、イザークは立っている。






「……」




「今度はそっちか!!」

「待って!! そんな位置から来たら――」




 イザークとはほぼ対角線上に位置していたサラ達三人。



 今度は彼女達に向けた、淡い光の弾丸に対して、割り込みに向かう。






 そしてそれは成功し、直に魔力の塊を喰らった。






「ぬぐっー……!! でっ!!」

「無理に立たないで!! 直に魔弾を喰らって、身体が痺れて――」

「なあに……まだ行ける!! どおっ!!」






 アーサーはヴィクトールに剣を向けている。




 踏み込み、大地を蹴り捨て、




 間合いを一気に詰める――




 のに気付いて再び割り込む。






「……!!」



「へへっ……」






 咄嗟に翻されて、回避行動を取れなかったヴィクトール。



 イザークが押し出してくれなかったら、身体に凄惨な傷が生まれていただろう。








「--おい? 何黙ってんだ? 言いたいことがあるんだろう? なあ――」




 疲弊した身体で、満面のにやけ面を作って。



 人差し指をくいくい動かして。



 薄ら笑いを添えていく。




「弱虫毛虫の、原初のナイトメア。一撃も与えずに、弄んでいるだけなんて、それでも騎士王かよ?」




「証明したいならかかってこいよ――だがな、オマエにボクは殺せないぜ?」










      その挑発に乗ったのか、



      或いは偶然にも

      攻撃を仕掛けるタイミングが

      重なったのか。




      真意は彼しかわからない。




      最も今となってはどうでもいい。








    完璧で鮮烈で豪壮な一撃だった。



    砂煙が舞う量も、残骸が生み出される数も。



    鋭い金属音に続き、鈍い瓦礫が崩れる音。



    誰もが確信するだろう――






    この一撃の標的にされた者は、




    是非を問わずに死ぬだろうと。
















「……ハハハッ!」



          彼は笑った。




「ほぅらな、言った通りだ!」






          自分の隣すれすれの、




          屋台の壁に突き刺さった剣と、






「オマエに――友達ボクは殺せない!」








    今にも泣き出しそうな、




    ぐちゃぐちゃに歪んだ騎士王友達の顔を見ながら

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