第444話 サタデーナイトパーティ・後編

「すぅー……はぁー……」



 目を閉じて、身体を流れる魔の力を集める。



「よし……」



 物陰から対象に杖を向ける。膠着状態にある戦闘。



「あいつらが……燃えてなくなりますように! 宴の時間だ、驕プラウ・慢たる炎の神よサンブリカ!」






 可憐な声に応答して、杖から魔法が放たれる。






「ん……?」



     音に気付いて振り返ると、



「ぐっ……あああああああああ!?」



     そこには憤怒を体現したかのような炎が。








「……やった」



「……アサイアちゃん! わたし、やったよ!」






 物陰から飛び出て、燃え尽きた跡を探ろうとするが、魔力を使い果たしたせいで上手く歩けない。




 隣の瓦礫を背に隠れていたアサイアがすぐに飛び出し、介抱する。






「ふふ……これで連中も、ファルネアのこと見直すんじゃないかな?」

「そうかもしれないね、アサ……あっ! 今はアーサーくんだった!」

「そうそう、そうだよ。何の為に衣装をしたためてきたとお思いで……」



 小遣いを貯めてやっと買えたレプリカの軽鎧。鬘も魔術水晶もばっちり着用して、姿は騎士王そのもの。



「くっ! かち合う音だ!」

「一階から聞こえてきたね! 行こうっ!」
















       ウオオオオオオオオオ……




       アアアアアアアアアアアアアッ!!!





「怯むなー!!! 戦えー!!! 武器を振り続けろー!!!」



    うわあああああああああああ!!!



「相手は魔法!!! 魔法には物理!!! 物理と言えば筋肉!!!」



「よって俺達は、負けないんだ!!!」




    清々しい顔して

    理不尽な理論やめろおおおおおおお!!!








 校舎に入ってすぐの玄関では、援軍として来た魔術師と、武術に秀でた生徒との戦闘が行われていた。




 ダレンやアデルと言った生徒達が筋肉理論を張り上げるのににやけながら、ハルトエルも剣を振るう。






「ふんっ!!!」

「ぐおっ!!!」


「背後を突けば首が取れるとでも? 僕を誰だと思っているんだい?」

「こ、こいつ……!!」




 脇腹を串刺しにした後、ハルトエルは玄関からやってくる人影を目撃する。







「ファルネア! 無事だったかい! それにアーサー君もか!」

「お父様! ファルネアはまだ息災であります!」

「ハルトエル殿下、ご無事で幸いです!」




 図書館に続く道で合流する三人。




「ってアーサーくん! 今こそその服装の本領発揮です!」

「ん……それもそうか! やるとしよう!」








 そう言われると彼女――彼はマントを靡かせて関から入り、








「――アルブリアの地に舞う、気高い蕾達よ!」




 剣を抜いて注意を惹く。






「私が来たからには、貴君らの栄光は約束されたものだ――この聖剣を振るい、肩を並べて戦うとしよう! この偉大なる騎士王がな!」






 わああああっと盛り上がる生徒、騎士と魔術師達。乗れない敵対勢力は居心地が悪そうにしている。




 している間に攻撃を喰らって、顔から倒れていくのだが。






「うむ、見事なり! 敵として出会ってしまったのが不幸であったな! 創世の女神の有難き慈悲の元、来世で出会えるように祈りを捧げるがいい!」






 人は、それが例え作り物、偽物だとわかっていても――




 伝承や伝説と肩を並べることに興奮を覚えるのだ。








「くぅ~さっすがアーサー! 痺れるぜ!」

「我等が演劇部の希望の星! 将来のトップスターだ!!」

「ん!? ダレン先輩!?」

「え!? アデル!?」




 \ほら、二人共手を止めないでください!/








 ルドベックが斧でかち割るのを横に、



 アデルも頭を軽く振ってから、また戦闘に戻る。



 また、柱の影からは、メルセデスが弓を携え矢で牽制を行っていた。






「やるねえ兎さん!」

「んなあっ!? ……あの、射線に入ると危ないですよっ!?」

「心配ないよ。当たったら当たったでその時だ!」




 そう言って貫いていくのはラディウス。武術戦の時にも着ていた、特注の黒コート姿だ。




「鮮やか~っ」

「わたくしのお名前を呼びましてー!?」

「んぎゃー!?」




 尻から倒れるメルセデスをよそに、アザーリアは宙を舞う。ナイトメアもしっかり凄まじい形態に発現させたマイケルとマチルダも後を追って、色彩豊かな魔法を放つ。






 そして、彼女はその後ろからやってきて、






「カラフルミラクル・レインボー! 赤薔薇の魔女より愛を込めてっ♪」






 杖を一振り、奔流を十本。




 周囲をパレードのようにに包み、敵も味方も大混乱。








「ふぅ! やっぱり魔法を使うのって楽しいわね~!」



  <お母様ー!    

          <メリィー!



「……あら! 二人共こちらにいたの!」








 息せき切ってやってきたファルネアとハルトエル。とんがり帽子にたなびくドレス、晩餐会かのように着飾った母と妻の姿を、二人は嬉しそうに見つめる。






「お、お母様! ファルネアも何人か敵を蹴散らしたんです! 頑張りました!」

「うふふ、よくできました。その魔法、帰ったらお母様にも見せて頂戴なっ♪」

「は……はい!」

「さて、戦場に戻ろう。増援はまだまだ迫ってくるぞ!」
















 戦闘が始まってから二時間程度経過。



 未だ戦禍の炎は収まる気配を知らない。それどころか益々盛りを見せている。






「……今オーガの姿が見えた気がしたんだけど?」

「え? 聖教会とキャメロットの本部って、縦に長い建物だよね? アルブリアの立地上地下は作れないし、何処で飼ってたの?」


「大方本部から、転移魔法陣を用いて送ってきているのだろう。三騎士勢力と呼ばれる理由は単に名声ばかりではない。その名声を用いて、一国と対等に渡り合える戦力を蓄えてきたからでもあるのだ」


「三騎士勢力……何だかカムランも面白がって掻き回しに来ているし。こりゃあ日が昇るまで終わらないかもね」






 カタリナ、イザーク、リーシャ、ルシュド、クラリア、ハンス、サラ、ヴィクトール。



 彼らは本来の目的を達成する為に、今まで双華の塔からの後方支援に徹し――



 ある程度落ち着いてきたと判断した今、こうして乗り込みにやってきた。






「……シャドウの偵察通りだ。戦況は玄関付近から移動したらしい」

「で、あの忌々しいでっかい扉が……」

「勝手に建設しやがった地下牢への扉!」






 玄関から入り、真っ直ぐ行くと、重い鉄でできた両開きの扉が不相応に佇んでいる。それは今中身が何もなくなってしまったかのように、ぶらぶらと開かれていた。






「アタシにもわかるぜ! これじゃあバランスが悪いぜ!」

「この学園の生徒の九割はそう思ってるだろうさ」



 誰もいなくなった一階で覚悟を固める。武器と杖を構え、周囲を警戒しながら進む。




 辿り着いた扉の先には、階段しか見えない。誘うように壁に設置された松明がめらめらと輝く。






「……ごくり。おれ、緊張」

「そういう時はね、人の字を三回手に書いて飲み込むといいよ」

「人……こう?」

「うん、よくできました!」

「よし、ならば向かうとしようか……」
















 地下牢と言っても島の外壁に取り付けられているので、窓硝子から日光が入ってはくる。しかし今は夜なので、やはり一般的な地下牢とほぼ変わりない暗さを保っていた。




 壁の松明に魔術光球、自分達で作り出した光源だけが頼りだ。足元と周囲を確認しながら、独房の一つ一つを調べて回る。






「私、何だかフェンサリルの姫君思い出ちゃった。地下牢はとても暗くて……」

「そん時のオージンは自力で脱出したけど、実際はこうよ。脱獄できる実力があるならそもそも捕まんねーっつうの」

「イザークの言うこと一理あるぅ」



「やっぱり二時間ともなれば、地下牢の奴は全員地上に駆り出されたみたい……あたし、その通りにならなかったらどうしようと」

「その時は戦う、それだけ。おれ、そう思う。ところで、扉、開いている、幾つか。これ、何だ?」

「恐らく騒ぎに便乗して抜け出したか、救出されたか。とにかく生徒が幽閉されていた後だろう。俺が貴族館にいた時にもそういう生徒がいた」

「頼むから貴族館って単語を出すな。あいつを思い出して、ぼくは気分が悪くなる……」

「……はあ」



「……うう。ちょっと、臭い……」

「ならこっち来なさいクラリア、花の香りを付与してあげる」

「ご、ごめん、サラ」

「いいわよ……アナタの言う通り、ここの臭いはきつすぎる。吐瀉物と血と酒の混ざった、この……」

「……!」




「おい、あっちだ!」






 松明を手に先導していたヴィクトールより、前に駆け出すクラリア。





 少し向かった先の扉の前で止まり、急かすように手を振る。








「どうした……っ」

「この扉、変だ! 分厚いし頑丈だ! それにこの傷、斧や剣のものもあるし、殴った跡もある!」

「生徒がここから救出しようとしたけど、結局壊れなくて諦めたってわけね」

「なら……ここにいるのは……」






 息を飲む音だけが響く。




 そして手筈通りに。ヴィクトールはシャドウを呼び出し、爆弾の形に変形させる。他の七人は適度に距離を取った。






「……ここが正念場だ。集中しろよ、シャドウ」

「!」





 扉にぴったりと付着するシャドウ爆弾。



 それを確認したヴィクトールが、呪文を幾度も唱えると――






「ぎゃあーっ!!!」

「ぐわーっ!!!」

「アナタ達……人いないのわかってるからって、叫びすぎ!」








 複雑な魔術によって引き起こされた爆発。



 それはどれだけ武器で攻撃しても壊れない――施された強化魔術ごと、扉を吹き飛ばした。






「……さて。扉が開かれたわけ「アーサー!! 目ぇ覚ましやがれー!!「アーサー、今昼だけどおはよー!!「お、おはよう!「おはよ、アーサー!「おはようだぜー!!」




「……気が早いなきみ達」

「でもまあ、今結構な爆音したわけだし、気付かないわけがないと思うけど……」




「「「……」」」











 部屋に飛び込んだ八人を迎えたのは、




 予想だにもしなかった光景。








「……ワン……?」


「ワッ、ワオン……クゥン……」






 鎖によって壁に縛られたアーサー。



 半裸にされ、蚯蚓腫れや切り傷等の拷問の跡が目立つ肉体は淡く光り輝き、また泡のようなものが肉体から出て大気に溶けていく。



 その様は――






 ほつれが生じた布が、元の糸に戻っていく様にも似ていた。






 忠犬であるカヴァス身体を細らせながら、腰に差した鞘が全霊の力で輝きながら、それを堰き止めているのだろう。








「……アーサー?」

「……ねえ、これって……」

「授業で見たことある……ナイトメア、ナイトメアが、消える時は……」

「っ!? 何だてめえ……?」






 ハンスから出てきたシルフィだけではない。セバスン、サイリ、スノウ、ジャバウォック、クラリス、サリア、シャドウ。




 全員が一斉に飛び出し、そしてカヴァスを囲んで、彼のか細い言葉に耳を傾ける。






「……左様でありましたか」

「ワ……ワン……」

「ええ、今の貴方のお言葉……お伝えします」




 彼らは主君の方を振り向き、その中からセバスンが代表して続ける。






「……アーサー様は今は消滅しようとしております。それは人間に例えるなら、自殺を図ろうとするのと同義。カヴァス様はそれを引き留め――崖から飛び降りようとするのを、引き戻している状況なのであります」






「……人間?」

「セバスン……今、人間に例えるって……」

「アーサー……人間じゃないの……?」

「……そうだよ。こいつは人間じゃない。ナイトメアなんだ」




 言った後ハンスは俯く。


 ヴィクトールとサラも顔を見合わせた後、目線を外すように顔を背けた。






「オマエら……知ってたのか!?」

「転入初日に気付いた。こいつの魔力の流れはナイトメアのそれだってね」

「俺は……ハインリヒ先生と話をしていたのを、偶々立ち聞きした」

「ワタシはコイツとアーサーが話していたのを立ち聞きよ」


「……」






 イザークはアーサーに駆け寄り、その肉体に触れる。応答はしないだろうとわかっていても。



 カタリナとリーシャ、ルシュドとクラリアもじっと彼を視界に入れ続けている。








「……いや、いや!! 今はそんなことどうでもいいんだ!!」



 叫びを交えながら、次はカヴァスの元にやってくるイザーク。



「おいクソ犬!! テメエ知らねえのか!? どうしたらアーサーを止められる!? どうしたら話ができるんだよ!?」



 肉体を揺すろうとする主君をサイリが制し、そのタイミングでクラリスが口を開く。






「……私達九人。カヴァスの魔力と干渉し、それを通じて主君だけを魔力領域に送ることができる。そこでなら彼と話ができる筈だ……」




「そうか……そうか!! じゃあ行こうぜ!!」

「待て、話は終わっていない! 魔力領域は実体がない魂だけの、心の中の世界だ。そこに実体ごと君達を送り込むことになる……何かあったら、結果がどうなるかわからない!」




「いちおうスノウ達でみはっておいて、あぶなくなったらむりやりひきもどすのです……でも、でも……」

「その時はその時よ。スノウ達はナイトメア、主君を守るのが仕事だもの。最も、そんなことにはさせないけどね!」




「……へっ。そんなこったろうと思ったぜ」

「何言う、無駄、ジャバウォック。アーサー助ける、それ、できる、ならやる。それだけ」

「その通りだぜー!! さあ、もう時間がないんだろ!? さっさとやろうぜ!!」

「……承知した。では、我々を囲むように立ってくれ」






 クラリスの指示通りに並ぶ八人。ヴィクトールとサラだけは、その胸に言い様のない不安を秘めていた。




 確かにアーサーはナイトメアだが、それ以上に――











 そんなことを考えていると、眩い光が視界を覆い、意識が底に落ちた。

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