第368話 何でもない冬の日々・その三

「んー、疲れたなあ……」




 訓練も終わって離れに帰ってきた。時間は午後四時、夕食にはまだ早い。


 エリスは普段通りに鞄を投げ出してソファーに寝転ぶ。アーサーは鞄をカヴァスに預けた後、熱湯を用意しティーポットに注ぐ。




「それ、使い心地どうなの? 魔法具とかじゃないみたいだけど」

「十分だ。上手い紅茶を淹れるのに、余計な小細工は必要ないんだよ」



 慣れた手付きでセイロンを準備、ついでにエリスの分のココアも準備する。



「ありがと~」

「苺は……まだ余っているか。今日は気分を変えてクリームでもつけて食べるか」

「こんなに食べてたらお肌つるつるになっちゃうねぇ~……」



 ティーポットと共に購入した魔術空調も絶賛稼働中。徐々に曇る寒空を見上げながら、温かい部屋で有意義にうとうとする。



「明日の予定はどうしようかな……」

「聞いた話だと、今晩は雪が降るらしい。朝になったら足首は覚悟しておけとのことだ」

「雪積るのかぁ。雪、雪……」



 アーサーの部屋から戻ってきたカヴァスを見て、がばっと身体を起こす。



「カヴァス、今すぐ薔薇の塔と百合の塔に行くのだぁー!」

「ワォン!?」

「……八人に何を伝えるんだ?」

「ここに呼んできて、雪遊びしようよっ!」








        翌日!!!








「さあて今日もこの日がやって参りましたぁ!」

「イザリンとリーシャンのたのしいお宅訪問のお時間です!」

「今日のお宅はこちら! 双華の塔の丁度ど真ん中にある一軒家! 丁度今から一年前ぐらいにもやってきたことありますねぇ!」

「前回は不法侵入を試みましたが今回は違います!! だって招待を受けましたからね!! 正々堂々正面から行きます!!」

「因みに招待してくれたのはこのカヴァス君です!!」

「ワッホーン!!」




 イザークの足元で、カヴァスが元気に遠吠えをする。




「貴様……脳に響く……」

「ガウガウガウ!!」

「なっ……!? っ!!」

「腰が変な方向に曲がった気が……」

「ぐおおおおお……!!」

「まあアイツの家に湿布とかあるでしょ」

「ぎゃははははは!!!」


「シャドウ!! どこのエルフをどうにかしろ!!」

「~~~……」

「止めろ!! こっちに来るなくそが!!」


「ぐー」

「ぐー」

「……流石に早く出てきたかな!? というかよく歩けるな二人は!?」

「おれ、訓練、してる。ぐー」

「これぐらい朝飯前だぜー。ぐー」

「もう朝食は食べてきたけどねっ!!」


「ねえ、もうすぐ着くよ」

「「うっし!!!」」








 森を掻き分け見えてくるは一軒家。


 丁度エリスが外に出て、健気に雪掻きをしていた所だった。




 どうやら扉への道を作っていたらしく、それは八人より少し手前の所で止まっている。






「わぁ、みんな早いね! まだ終わってないよー!」

「なのでーす!」

「ああスノウー! 待ち切れなくて出て行っちゃうー!」




        ぼすっ




「おはようなのです! エリス!」

「うん、おはよう……」

「ど、どうしたのです……?」

「雪に埋もれてるスノウ、かわいいって……」


「でしょー!? 雪の中で映える子なのよこの子はー!」

「ぴやー!」




 雪に埋もれたスノウを引っ張り起こす。スノウが前のめりになって倒れ込んだ跡が、綺麗に残っている。




「足首って聞いたのだけど」

「太腿の中程まで来たねえ」

「いいから早急に俺を中に入れろ……」

「ん、どうしたのヴィクトール?」



 腰をさすっている姿を見て大体察するエリス。



「ええと、まずは全員入っちゃってもらおうかな。よっと!」




 スコップをばんばん叩き、雪を押し固める。こうして辛うじて道が完成した。




「それじゃーお邪魔しー!」

「お邪魔されー!」











 家の中はすっかり空調が回り、外とは比較にならないぐらい温かい。リビングではアーサーが歩き回り、茶や菓子を用意していた。






「……いらっしゃい。もう少しで準備終わるから、待っててくれ」

「貴様湿布を寄越せ」

「は?」

「貴様の犬のせいで俺は腰をやった。よって主君が責任を取れ」

「ワンワン……」

「イッツ理不尽ッ!!! あ、苺頂いてまーす」



 イザークとリーシャはとっくに座って菓子を幾つか食べていた。ルシュドとクラリアはソファーの上ですーすー寝息を立てている。



「お前なあ……まあいい。レモネードは今から氷室から取り出してくるから、待っててくれ」

「気が利くぅー!」

「あと湿布は……部屋にあるが、臭いがきついから今は待っててくれ」

「……」

「まあ座ってれば楽になるんじゃないの? 知らないけど」



 サラも座ってうーんと腕を伸ばす。ヴィクトール、ハンスがその隣に続く。カタリナも遠慮しがちに座った。



「てかさー、回復魔法って自分に行使できないの? 他人専用なの?」

「んなわけないでしょ。ただ回復する箇所を指定するのが難しいわね。頭で認識して更に魔力を集中させないといけないから。そんなのいらない損傷、例えば全体的な疲労感とかなら雑にできるけど、局所的な痛みは他人にやってもらった方が早いし楽だわ」

「回復魔法を使う前より疲れたなんつったら、本末転倒だもんね」

「ヴィクトールがそれをしないってことは、ガチで難しいんだな」

「く、くそ……」





 アーサーが全員分の飲み物を持って戻ってくる。ついでに湿布の入った袋もあった。





「き、貴様、早くそれをだな……」

「まあ待て。先ずは挨拶だ」

「……」


「えー、この度は急なお誘いにも関わらず、こうして来訪してくださって幸甚の極み……」

「大概にしろ!!!」




 杖を持って光を放ち、アーサーの持ってきた湿布を強奪して散布。この間約三十秒。




「……いい。これは実にいい……」

「くっ、くっせぇ~~~!!!」

「お菓子に移るわこれー!!!」

「湿布の臭いを我慢しながら食事をする訓練でもしろ。さあ、続けてくれよ?」

「いや……もういい。さっさと食べてしまおう」




 アーサーもソファーに座り、いただきますと全員で声をかける。








「急に呼び出しちゃって悪いね~」

「呼び出されて困ってることなんて一つもないよ~」

「俺は魔術の研究があるのだがな……」

「偶には休息も必要でしょ」

「貴様がそれを言うか……」

「ワタシはそうして上手く行ってるから」



 飲み物の湯気がほわほわと天井に吸い込まれていく。



「ところでこの武術部はいつになったら起きるのかしら」

「部屋温かいからな……暫くは起きないんじゃないか?」

「ジャバウォックやクラリスがさ、体内から叩き起こすことってできないの」

「基本的に主君が寝てたらナイトメアも寝てるからな」

「だったら主君を叩き起こすしかないわね」

「そんなー、こんないい寝顔してるのにかわいそうだよー」


「アナタが用あって呼んできたんでしょうが」

「そもそも何用で呼び出したのだ。くだらんことなら帰るぞ」

「まーまーそう仰らずに……」



 実家からの仕送り苺を勧めながら。



「雪遊び! しよ!」

「……」




「もう一度言うわ。偶には休息も必要でしょ」

「マジそれ! 私は賛成!」

「ボクも!」

「おれ、も~……」

「アタシも、だぜ~……」

「楽しそうな匂いを感じて起きてきたな……」


「……ここで休ませろ。断固として拒否するぞ俺は」

「まあいいぞ。好きにくつろいでいってくれ」

「ていうかあの島じゃ駄目だったのかい?」

「だって遠いし寒いし……ここなら雪風防げるから、ある程度はまったりできるでしょ?」

「まあ言えてる」

「よーし、そうと決まったら早速やろうぜー!」











「いや~


      大分酷い雪だねこれは」


      モォ~






 塔から外に出て、荷車を引いてのんびり進むのはビアンカとアレックス。ナイトメアのブランカとブロットも一緒である。


 毛糸で編んだセーターに水を弾く素材のボトムスを履いて、足元をびちゃびちゃ言わせながら進む。






「寒波が強くてこんなに雪が降ったそうだな」

「へ~。でも昔の大寒波並みではないわよね」

「確かにそうだが、どのみち雪掻きの手間は変わらないからなあ……」

「道具を出しておくって準備ができるじゃん!」

「それもそうだな」




 一瞬間を置き、はぁ~と同時に溜息をつく。




「……こういうのは、大人がやるべき仕事であるのにな」

「エリスちゃんとアーサー君には大変な仕事も任せちゃったね……」

「何で学園側は寮に入れることを頑なに拒んでいるんだが……」

「学園長が推し進めるとは思えないんだよね~。多分他の先生かな……」






 そんな推測を立てている間に、目的の一軒家が見えてくる。










「こんにち……わぁ!」




 ビアンカの顔面に雪玉が直撃。手で落としてから声をかける。




「エリスちゃん、こんにちは!」

「あっ、ビアンカさん……! こんにちはです!」

「何だ何だ、他にもいっぱいいるんじゃないのか!?」

「うおっ寮長だ! こんちゃっす!」




 エリスに続いて、外で遊んでいた者も続々と集まる。






「ここの場所教えたんだ?」

「……いけませんでしたか?」

「ううん、いいよいいよ全然! こうして集まってもらえるなら何より!」

「今ボクら雪合戦してたんすよ~。寮長もどうっすか?」

「やってくか! ブロット行くぞ!」



 大股広げて雪に突撃していく、筋肉質な男性と筋肉そのものなナイトメア。



「うおおおおおおお! アタシもやるぜー!」

「おれ、負けない、寮長ー!」

「ちょっとー!! やるのはいいけど雪だるまに被害出ないようにしてよー!!」





 エリスとアーサーは混ざらず、ビアンカの隣の荷車に目を向ける。





「差し入れですか?」

「うん、折角来たんだからね。あとは様子見に来たんだけど、どう? やれてる?」

「はい……おかげ様で」

「そうかそうか、それならよし。じゃあ……はしゃいでいる旦那は放っておいて、この荷物中に入れようか。いい?」

「モォ~」

「はい、大丈夫です!」

「量が結構ありますね。あいつにも手伝ってもらうとしようか」











 簡素な着替えが数着、保存の効く食料が沢山、嗜好品もぼちぼち、文房具もそれなりに。


 そういった荷物を片っ端から下ろし、整理して部屋に運ぶ。






「それを何で俺が手伝わないといけないんだ……」

「湿布と等価交換だ」

「あれは貴様の犬がな……」

「体力のないお前が悪いんだぞ」

「言わせておけば……あぐっ!?」

「ほれ、さっさと身体動かす」



 サラに鞭を打たれ、各自の部屋や台所を往復するヴィクトール。


 ハンスはそれを腹を抱えながら眺めている。



「貴様……!! 何故手伝わないんだ!!」

「だってー!? 声かけられてないしー!?」

「とのことだがアーサー?」

「いや、流石に四人で十分かなって」

「……」

       <あっはははははははははは!!!






        びゅーん




「……」

「うおおおおおおおお!! すまねえハンス!! 雪玉当たっちまったあああああ!!」

「換気の為に空けておいた窓から……」

「換気扇が如何に偉大な発明か痛感したわね」

「……」


「あれは仕返しするかしないか悩んでいる顔ね」

「殺す!!!」





 サラに唾を吐きかけた後、その窓から外に出ていく。





「両方殺すことにしたのね」

「というより靴はいいのかあいつ」

「風魔法でどうにかするんじゃないの?」

「こっちはこれで全部だよー」



 部屋に籠っていたエリスが出てくる。ついでにビアンカも荷下ろしが終わり、玄関口にやってくる。



「ううーん……腰、こんなに痛くしたっけ……久しぶりだからかなぁ……」

「エリスよ、貴様も湿布を貼るのか?」

「ええっ、それ程じゃ……サラー」

「まーかせんしゃーい」



 杖を取り出し無詠唱で行使。腰回りが如何にも効能がありそうな色合いの光に包まれる。



「あああ~効くぅ~」

「そりゃそうよー」

「いい機会だ、私にもお願いできるかなサラちゃ~ん」

「いいですよー」

「……サラ、その後は俺に」

「自分でやれ」

「……」





 冷たい言葉と同時に冷たい風が舞い込む。粉雪と共に。





「きゃー寒いよー」

「閉めよう。いい加減閉めよう」

「ねえアナタ、暑さにも寒さにも弱いって大丈夫なの」

「寒さは最悪我慢できるが暑さだけは無理だ」

「ふーん……」


「てかエリスちゃん、いいの買ったね~。まあ私が手配したんだけど」

「その節はありがとうございます~」

「いいのいいの、これぐらいは掠り傷!」

「結局傷であることには変わりないような……」




 そして背後の扉から彼らは顔を覗かせてくる。






「……アーサー! エリス! オマエらもやること終わったか!」

「ああ、一応な」

「それなら一緒に雪合戦しようぜー! アレックスさんが強くて滅茶苦茶盛り上がってるぜー!」

「あーの人ったら……」


「ねえねえエリスー、言い出しっぺが外に出ないって何事なのよぉー! 早く来てちょーだいねー!」

「はーい、わかってますよぉ!」

「もういっそ全員で外に出よう。空調消すぞ」

「くそっ……」


「観念して雪に身体を埋めなさ~い?」

「子供は風の子って言うでしょー!!」

「ほれリーシャもそう言ってる」

「俺はそのような年ではない……!」






 この後日が暮れ鐘の音が聞こえるまで、雪で遊んで楽しんだのだった。

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