第965話 【女王と騎士王の覚悟】・後編

<魔法学園対抗戦・総合戦

 三日目 午前九時 男子天幕区>




「ねえアーサー……普通って何なんだろうね」

「ん……」



 この日のエリスは朝からアーサーの天幕までやってきていた。予定がないなら訓練をすればと言いたい所だが、今の彼女はそのような気分ではないようで。



「ずっと昔にギネヴィアは、わたしに普通の女の子として過ごしてほしいって願っていた……」

「ああ……そうなのか」


「でも三騎士勢力とかに巻き込まれている今のわたしは、普通とは程遠い。普通の人は勢力そのものに狙われることはない」

「……」


「だけどそれを言われたことで初めて、わたしは普通じゃないってことに気付いたの。逆に言うと気付く前は、あんな戦闘すらも普通のことだと思っていた」

「……確かに普通の人間は、こんな頻繁に戦闘に巻き込まれたりはしないな」



 エリスは焚き火の周りの椅子に座って、アーサーは天幕に寝っ転がりそこから言葉をかけている。



「だが……そもそもの話をすれば。エリスは『普通』になりたいのか?」

「……将来的には。普通に結婚して、普通に家庭を築くのが夢」


「夢を勝ち取る為なら、今は普通じゃなくてもいいと、そういう解釈でいいか」

「うん……そういうことだね。全ての運命に決着を着けるために、今は頑張る時期」




 そこまで話をすると、アーサーは起き上がってエリスの隣に移動した。




「そこまで考えられているなら、お前は大丈夫だ。お前の夢は絶対に叶うよ。誰にも穢されない信念を持っているんだからな」

「……アーサー」

「不安になったんだろ? ふとした時に自分は普通じゃないってことに……オレもそう思ったんだよ。不安にはならなかったが、自分は特別なんだってことをさ」

「……うん」




「だがオレはその特別な力で、大切な人を運命から解き放てる。普通じゃないことに……世界から特別な役を与えられていることに、オレは感謝してる」

「……役かあ。わたしとアーサーはもちろん主役だよね。世界そのものが活躍する様を求めている」


「そうだ……イングレンスに存在する全ての生命が、観客とも言っていい。大変なことに、この役から降りることは許されていないんだ」

「だとしたら最後までやり切るしかないってことだね。でもアーサーとなら……わたしは何だって頑張れるよ」

「オレもだよ、エリス」




 気付けば二人は立ち上がり、その上で互いの顔を見つめていた。



 他の生徒はほとんどが訓練に行ってしまったので、その現場を見届ける者は誰もいない。



 誓いを聞き届けるのはお互いの耳。決意に満ちた相手の瞳を、記憶は決して忘れ去ることはしないだろう。




「エリス。オレはお前と一緒に戦う。役者として華々しく引退する為に、今は精一杯主役を演じ切ることを誓おう」


「アーサー……わたしはあなたと一緒にいたい。あなたと普通の生活を送りたいから、この役を最後まで演じる。その上で美しく退場するの」




 口付けは行わない。それをするには、もっと相応しい場面があると思うから。


 今は恋人のように甘える時間ではない――互いの覚悟を聞き届け、それを認めてやる時なのだ。





 誓いを果たし終えたその直後、訪問者がやってくる。



「やっほ! エリスちゃんいないなーと思っていたら、こっちにいた!」

「ギネヴィアだー。わたしに用事があるの?」

「アーサーにも用事があるんだ! 実は一年一組であれこれしていましてねぇ……」

「ん? 一組で?」







<午前九時半 中央広場特設ステージ裏>




「聞いた話によると、三組四組は担任の先生にサプライズな催しをしたらしいぜ。二組は後日結構予定で、五組も現在計画中らしい」


「なんで一組も何かしてやろうぜー! ボクらが担任ハインリヒ先生に!」




 イザークによって招集された五年一組の面々が、彼の提案を聞いた後拍手を送る。エリス、アーサー、ギネヴィア、そしてカタリナもその中に入っていた。




「さんせーい! ……とはいいけど、ハインリヒ先生って何貰ったら喜ぶんだろ?」

「確かに先生って何貰っても喜ぶイメージだ。まあ俺達が考えたものを渡すにしても、質の高さは重視したいよな……」

「んだよねー! だからさ、この四十人を分担したいと思うのよ! 取り敢えずボクとアーサーは会場準備ね!」



 スムーズに役割を与えられ、思わず失笑するアーサー。



「何でオレなんだよ」

「言い出しっぺの天幕使うのが一番丸いじゃん? 掃除頑張ろうな!」

「主にお前が食べた菓子のゴミが転がっているな」

「マジかよイザーク最悪だな」

「ちょっとぉ!?」



 イザークを中心に集合するクラスメイト。カタリナが慣れた手付きでメモを取り出し会議の内容を加筆していく。



「ていうかそもそも何をするのって話だよ。お菓子パーティ?」

「それが一番丸いよな~。皆も幸せ先生もラッキー! って感じで」


「あとはささやかなプレゼントでも用意しようか。じゃあそれを選ぶ人と、お菓子を調達してくる人と……」

「ギネヴィアはわたしと一緒に会場装飾係ね。お菓子班に入って自分好みのタピオカ調達するのはなしだよ」

「目論見が全部バレてるぅぅぅ~~~!?」


「まーったくこの子ったら……これは先生を労わるパーティであって、ギネヴィアが合理的にタピオカ飲むチャンスじゃないの! あ、装飾班あと三人ぐらいはちょうだい」

「アイアイサー!」



 誰と組んでも支障がないぐらいには、一組のクラスメイト達は打ち解けている。与えられた役割に対して一切の文句は上がらず、そしてそれを遂行するべく気合を入れている。



「カタリナはプレゼント班に欲しい。絶対センスいいでしょ」

「ええ~あたしそれほどでもないよぉ……」

「ここまで来て謙遜するなー!」


迅雷閃渦ライトニングボルテックスのイザークさんはギターやらんの?」

「やるやるやるよ~即興で何曲か。ただうるせーのは確実だから覚悟しておいてな」

「先生の耳を爆発させんじゃねーぞ」






 てきぱきと役割が決まった後は、実行に移すだけ。






「くそーっ思っていたより多いぞ!!」

「サーセンしたサーセンだからボクを蹴るのやめれ!!」

「何かいいようにオレがこき使われてる感じがしてムカつくんだよな……!!」



 余っていた男子生徒数人を誘って、アーサーは天幕の掃除に乗り出す。イザークも手伝おうとしたが、アーサーに殴り飛ばされるだけの役割に準じている。



「お前らん所ってヴィクトールがいるから、綺麗なもんだと思っていたけど……」

「それなんだけどな。あいつも最近何かおかしいんだよな。日常の行動に無頓着で自分のことばかり優先しているっていうか……」

「ふうん……? そんなに忙しいのかね、生徒会」


「まあまた変な生命体の噂も出てるしな……ほら、魔物とかに紛れ込んでいる」

「ああ、帝国主義が造り出した特殊兵器ってやつか。前の総合戦の時にもちらっと出ていたよな~」

「今回も出てこないことを祈るが……まあ通じないだろうな……」




 世間話をつまみにすれば、みるみるうちに掃除は進まない。


 いつしかアーサーは箒を手に動きが止まってしまい、他の男子生徒と駄弁っていた。




「出たとしてもおれ達のアーサー先生がどうにかしてくれるだろ」

「おいおい、オレが一瞬で届かないような距離にいたらどうするんだ?」

「ちょっとアーサー」



「そん時はイザーク様のギターがどうにかしてくれるだろ」

「うえぇボクが戦力としてカウントされてーらァ! ボクがやるのはあくまでも『妨害』であって攻撃ではねえんだぞ!?」

「ねえイザーク」



「お前らは火力高すぎるから、こういう場面では特効兵器になると思うんだよ。だから頼むよ」

「頼まれちゃあ仕方がねぇナァー!?」

「ああ、頼まれてはな」

「あのさあみんな」




「全くもって掃除が終わってねーじゃねえかぁ!!!」

「「「ぬびぇあーーーーッ!!!」」」





 気付けば会話ばかりを楽しんでいた男子達。装飾班の女子達が買い物に行っている間に遂に掃除が終わらず、エリスに折檻された。





「とりあえずテーブルや椅子以外をやっておくから、早く終わらせなさい!!」

「へぇい……」

「うう……魔力詰まりがひどい……」


「おんどらりょっ!!!」

「うげあ!!!」

「ん!? 何かミスったかも!」

「押す場所は悪くなかったけど、力強すぎたね」

「これはぎぃちゃん一世一代の大ポカ。てへぺろりんっ」



 舌をぺろぺろするギネヴィアや容赦なく魔力を流してきたエリスを見て、男子生徒の一人が身を震わせる。



「こっわ……おいアーサー、お前こんなエリスといつも仲良くやってんのか?」

「いや別に、今日がたまたま逆鱗に触れたってだけで、普段は可愛いんだぞ」

「こんなって何??? そしてわたしはいつも最ッ高に可愛いエリスちゃんですけど???」


「最近遠慮なくタマぶち上げてくるっすけどねェー」

「おまえのも踏んでやろうかイザーク」

「サーセンしたァ!!!」




 男子からすると圧倒的力を持っているようにしか見えないが、女子と絡めばご機嫌な華である。




「エリス、周囲にあるこの木ってさ……飾り付けてもいいのかな」

「いいんじゃない? 後で片付けをばっちりにしておけばさ」

「じゃあ怒られる時はエリスの責任ね」

「何それっ」



「前から思っていたけど、この椅子って小さいよね~。これじゃあ座ってる時疲れちゃうよ」

「高めのクッションでも敷く? でも高すぎると意味ないか」

「聞いた話じゃハインリヒ先生って八十歳らしいよ。だからやっぱり座る時は快適にしてあげたい……けど」



「よし、じゃあ作っちゃおうか」

「え?」




 エリスは手をパンっと叩き、そして適当な空間に両手を向けると――


 ハインリヒの体格に合いそうな椅子をイメージし、瞬く間にそれを魔力で造り上げてしまった。




「ええ~何これ~!? すっご~!?」

「最近訓練を頑張ってるや~つ~。魔力でできてるから、長くは持たないんだけどね! これはせいぜい一時間!」


「わたしとの訓練の成果が出てきたね……うん」

「どうしたギネヴィア、やけにセンチメンタルだな。ということは一緒に訓練したんだな」

「何でそこまで推測するんだよぉー!」

「おめーはセンチな時がわかりやすいんだよぉー!」






 そんなこんなで掃除や装飾も、ものの数十分あれば完了し――




「先生、足下気を付けてくださいね」

「悪いですねカタリナ……おおっと」

「ちょっと男子ー! 先生の腕引っ張らないでよー!」

「悪ぃ! いやー、盲目の人を連れていくのも大変なんだなあ……」




 今回の主役である、五年一組の担任ハインリヒを招待。魔法を使えば普通に歩けるとのことだったが、いやいやここはと押し切り、生徒達が腕を引っ張って案内することに。




「どうしますか? 今からでも魔法で……」

「いや! ここまで来たからには最後まで……っと、到着しました!」

「ありがとうございます……ふむ、中々の質感ですね」



 ハインリヒは促されるままに椅子に座る。それはエリスが魔力で生み出した椅子なのだが、他の生徒が施した装飾が豪華で、さながら玉座のようであった。



「おおっ先生似合ってるぅー! まるで王様みたい!」

「王様ですって?」

「それ玉座みたいに仕上げてみたんですよ! そしたら想像以上に、先生にナイスマッチ!」

「……」



 褒められて久々に調子に乗ってみる。腕置きに肘をついて、偉そうにしてみた。



「「「すっげぇー!!!」」」

「「「めっちゃハマってるぅー!!!」」」

「ふん……ははは」




 自分の出自については、ほとんどの生徒には教えていないはずだったが。満更でもないハインリヒはそんなことがどうでもよくなっていた。




「よし! じゃあ先生も来たことだし、乾杯しようぜ!」

「ええ、お願いしますイザーク」

「うっし! それじゃあ皆様お手を拝借! かんぱーい!」



「……乾杯」




 コップを突き上げて、生徒とグラスを傾けるハインリヒ。中身はオレンジジュースで、学生が仲間と分け合う安価な味がした。




「先生、こちらお菓子になります。お皿に数種類乗せてみました」

「ありがとうございます、カタリナ。気が利きますね」

「お褒めに預かり恐縮です……なんて。ふふふ」

「……大人になりましたね」



 カタリナを褒めた直後、今度はイザークがやってくる。



「先生、今日はこんなパーティにお越しくださり本当にありがとうございます!」

「礼には及びませんよイザーク。寧ろ私の方こそ、私の為にこのような会を企画してくださり、感謝しかありません」

「いやいや普段お世話になっているのはこっちですってぇー!」



 大げさに遠慮しがちな彼も、昔は戦闘を避けていたような小心者だったのだ。




 彼のみならず、このクラスに属する生徒の全てが、入学当初と比べて著しい成長を遂げていることを、ハインリヒは知っている。





(そして成長と言えば……)




 魔力を研ぎ澄まして周囲を詮索する。三人は自分との会話より、クラスメイトとの会話を優先しているようだった。




「エリスにはこれあげるね! 苺のクッキー!」

「これは苺ジャムのサンド!」

「さらに苺ムース!」

「ここぞとばかりに苺ばっかりだぁ~! 嬉しくて倒れちゃう~!」


「アノ、マジメニ、たぴおかナインデスカ」

「いい機会だ、少しはタピオカ抜いてけ」

「ぎぃちゃんの動力源はたぴおかなので摂取しないと死んじゃう」

「そのまま野垂れ死ぬがいい」

「ねえー!! アーサーが冷たいー!!」


「いや、アーサーの方が正しいぞ」

「いつもタピオカ飲めるもんだと思っているなんて、戦争が起こったらどうするんだよ」

「そうだそうだ。今のうちに抜いておけよ」

「いやーん男の子達も冷たいー!!」




 一瞬、どこに三人がいるのかわからなかった。魔力を研ぎ澄ませてようやく発見できた。



 つまり三人の存在は、それほど周囲に溶け込んでいるということである。




(エリス、アーサー、ギネヴィア……いずれも重い過去を持って生まれた者ですが)


(同年代の生徒と共に行動し、感情を分かち合う。私から見て、今の貴女達は十分、『普通』に生活できていると思いますよ……)

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