第966話 料理人の覚悟
<魔法学園対抗戦・総合戦
三日目 午前九時 中央広場出店区画>
「ふーう……こんなもんですかね?」
「ああ、とてもよくできているよ。初めてなのに大したもんだ」
話をしているのは二人の料理人。『大衆食堂カーセラム』の店主おやっさんと、『キングスポート』の料理人セロニム。どちらも魔法学園と強い結び付きがある人物である。
「あんなに小さい箱だったのに、魔力を加えて操作するだけで、こーんな素敵な一戸建てに。魔法具恐ろしいなあ」
「あれの進歩は日進月歩だからな。俺も魔法具には助けられながら、仕事をしているよ」
「ふふ、でないと学生の食欲に対抗できませんからね」
世間話もこれぐらいにして、とにかく建物の準備はこれで完了。あとは内装を好きなように仕上げれば、『キングスポート』の対抗戦出張版が完成である。
早速取りかかろうとセロニムは足を進めるが――
「きゃあーっ!!」
「ん、この声は……!」
「あんたと一緒にいた嬢ちゃんじゃないか!?」
「パール……! 一体どこに行ってしまったんだ!?」
中央広場を隔てる森林を突き抜け、セロニムとおやっさんは急ぐ。
「はぁはぁ……ああ……!」
「んへへへへへへへ……誰かと思ったらパールディアァァァァァ……!!!」
パールはセロニムと行動を共にしていたのだが、近くの茂みで物音がした為、その正体を突き止めるべく向かっていったのだ。
それは他ならぬ直感が、あれは放っておいてはいけないものだと伝えてきたから。パールディアはクロンダインという国がまだ王国だった頃の、王族の生き残りである。
他にも生き残りはおり、そのうちの一人がラクスナという姉――今目の前で涎を垂らしながら、生気のない瞳で自分を見つめてくる女である。
「な、何をして……」
「テメーに語る道理はないわーーーーッッ!!! 私を差し置いて、幸せを享受しているクソアマがあああああああーッ!!!」
「……!!」
王族だった頃から、姉は性格が悪くて嫌いだった。自分の不始末が招いた結果でも、他人のせいにするのが大得意だったのである。
今もそうであった。あの頃と何一つ変わっていない。ここまで転落したのは、多少は環境の影響だと思わなくもないが――
「なんでテメー私よりいい服着てやがる!!! 私より肌がすべすべだ!!! 妹の癖に姉を助けないなんて生意気だああああアアアアアアアーーーーー!!!」
どれだけ不幸が降りかかっていたとしても、ここまで言われる筋合いはない。
「あ……ああ……」
しかしどれだけ冷静に物事を考えられても、パールはまだナイトメアを発現していないような年頃だ。肉体が恐れを為してしまうのである。
ラクスナの手には凶暴な爪が生えており、今も地面を削って跡を付けている。特に訓練も受けていない、防具も装備していない自分の肉体も、ああなってしまうのではないか。
その恐怖が少しでも過ってしまうと、回避する為にどう行動すればいいのかわからなくなって、結果として身体が固まってしまうのだ。
「死ねええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
「あっ……!!!」
言葉通りに死を覚悟した、その直後。
「……え?」
「ア……?」
ラクスナの爪攻撃はパールに命中することはなかった。
二人の間にはふわふわ浮かぶ光が入り込んで、盾となっていたのである。
「な……何なんだあああああああ……!!! 見えているのに、当たらねええええええ……!!!」
ラクスナはパールに向かって腕を飛ばすが、悉く命中しない。宙を掠るだけである。どうやら光に阻まれていることを認識していないようだ。
そして光は突然浮遊を始め、ラクスナの肉体を持ち上げた。彼女からすると、勝手に肉体が持ち上がったように思えただろう。
「ああああああああーーーーー!!!」
光は何度か地面に彼女を叩き付けた後、遥か彼方へと飛ばしてしまったのだった。
「……な、何があったのでしょう……?」
光が見えていないのはパールも同様だった。彼女からすると、あれだけ血気盛んだったけだものが、突然何かに阻まれて吹き飛ばされたように見えた。
その何かが敵か味方かわからない以上、パールの緊張はまだ収まらない。
「……おおーいパールー!!」
「大丈夫かお嬢ちゃん!?」
しかしここでパールは一安心。大人の男性二人の声が聞こえてきたからだ。
「あっ、ああっ……セロニムさん……!」
「おおっ! よしよし、何かあったんだね……」
「……二人は先に帰ってもいいぞ。俺はちょっと野暮用がある」
「どうされたんです?」
「わ、私のことなら大丈夫です! 敵には逃げられました! 危険だから、深追いはしないで……!」
「いや……そういうんじゃねえから安心してくれ」
おやっさんは正面を見据えたまま動こうとせず、手だけを動かして帰るように促す。
「わかりました……命に係わることだけはやめてくださいよ!? パール、話は向こうで聞くね? いいかい?」
「ぐすっ……だ、大丈夫ですっ……」
そのままパールを抱きかかえつつ、セロニムはその場を後にするのだった。
いなくなったのを確認してから、おやっさんは正面を見据える。彼には目の前に浮かんでいる光が見えていたのだ。
「あんたがやったのか? あの子を助けてくれたんだな?」
光は何も反応を示さない。当然言葉が返ってくるわけがないが、それでも自分の発言が不安になってしまう。
「そうだろうってことにして、礼を言わせてもらう。ありがとう」
感謝を受けると、光は離れていく。それはティンタジェル遺跡がある方角に向かっていた。
「クローヴィス! 俺は今、魔法学園の生徒相手に食事を提供している。お前があの時作ってくれた料理を、皆に食べてもらいたいと思って――!」
はっきりと聞こえるように、現況を伝えたおやっさん。すると光は強く輝きながら消えていく。まるで嬉しそうにも見えた――
「失礼しま~す。新しく開店とのことで差し入れを……おや?」
購買部カフェの店長ガレアは、手頃なサンドウィッチを作って『キングスポート』にやってきたのだが――
そこで目撃したのはまだ石が表出している店内と、その中央で泣きじゃくるパール。セロニムは彼女を抱き締めて感情を受け止めている。
「……ああすみません。ガレア殿ですよね。差し入れありがとうございます」
「空いている机に置いておきますね~。それで……何がありました?」
「話すようなことでは……」
セロニムは遠慮するが、ガレアは問答無用で接近する。
「私こう見ても人生経験長いんで。数百年ですよ数百年」
「え、純血のエルフではないんですよね?」
「ないですよん。まあ信じるかは自由ですけどね~」
「……」
ガレアはパールの身体に触れていき、そして自然な流れで彼女を抱き締めた。
「……あっ、ああ」
「安心するでしょう? 私こう見えて回復魔法が得意なんですよ。
「すごい、お花に包まれている感じが……」
慣れた手付きからは、本当に数百年生きていると思わせてくるような風格がある。
「……この子は辛い過去を背負っていまして。今でもそれに引っ張られてしまうことがあるんです」
「うんうん、そっかそっか。それに絶望しないで生きてるってだけで偉いよ」
「うっ、ううっ……」
数分後、パールは自分からガレアの手を離れ立ち上がった。
「……仕事、しないと。内装、整えないと。仕事ができない……」
「何も知らない僕が言っちゃうけど。君は仕事をせずに休んだ方がいい」
「でも……」
「仕事すると忘れられるなんてツッコミは受け付けません」
ガレアは立ち上がって移動し、パールの道を塞ぐようにして立つ。
「いいかい? 君はきっとこの店で、料理を作っているんだろう。料理には思いを込めて提供して、お客様を満足させるんだ。今の君が抱いているであろう、悲しい気持ちを込められてお客様は嬉しいかい?」
「……」
その理論に納得したのか、パールは店の奥に向かおうとする足を止めた。
近くのソファーまで移動し、そこに寝っ転がる。
「そうそう、悲しい時は存分に休みなさい。体調を整えるのも料理人……というか生きていく上では必要なことだよ」
「うえっ……ひっく……」
「……ありがとうございます。僕だとどうしても彼女のこと無理させてしまって……」
「実質面倒見ているようなものなんでしょ? 雰囲気でわかるよ、実の親子みたいな雰囲気があったもん」
「はは、そうですか。でもパールがここに来てから、かれこれ三年だ。もうそう言っても過言じゃない雰囲気になってきたよね」
「はい……セロニムさんは、もう、実質お父さんです……!」
そんな家族宣言をしたタイミングで、おやっさんは戻ってきた。
「よう、戻ったぜ。それで今はどういう状況だ?」
「仕事の前に心の整理をしていました。パールには少し休んでもらうので、お時間ありましたら……」
「勿論手伝わせてもらうぜ。まだうちの従業員だけで回せる時間帯だからな。訓練上がりの夕方がピークなんだ」
この店はいつがピークになるかな、と楽しそうな考えをおやっさんは巡らせる。
「大人っぽいお店ですけど、学生に受けるでしょうか」
「そこにあれば取り敢えず行ってみようという雰囲気にはなる。肩肘張らずに、ありのままのおもてなしをしてやりな」
「はい、ありがとうございます」
「おやっさんに言われると安心感五割増しだね~。おやっさんこそ真のお父さんって雰囲気がありますあります」
「よせやいそんなのは」
三人はてきぱきと内装の準備を進める。海らしい青い壁紙を貼り、床は歩きやすいような黒のじゅうたんを。立地上海は準備できなかったが、それらしい雰囲気にはなった。
「料理人とは……」
「ん?」
「料理人とは陰で支える存在であると……俺は考えている」
「……」
不意におやっさんは言葉を漏らす。セロニムやガレアは引き続き内装を整えながら、パールはジュースをちびちびやりながらその話を聞く。
「舞台に立つ役者も、演出担当も、演奏家も、皆揃って飯を食う。それを活力に最高の舞台を提供する。俺達はそんな関係者を支える、最も陰に隠れて地面に生まれた存在だ」
「誰もが料理人無くしては最高のパフォーマンスを提供できない。感謝されることは滅多にない仕事だが……だからこそ、俺はこの仕事にやりがいを感じている」
「二十年も続けているのに、最近になってそんなことを思うんだ。お前らはどうだ?」
手を動かしつつも、セロニムやガレアに問いかけるおやっさん。
「……確かにその通りかもしれません。いつの時代においても、料理というのはパーツにしか他ならない。主役になれたとしても、結局は別の要素を引き立てる道具にしかなれない。しかしそれが重要だ」
「パーツにしかなれなくても、僕は全力を尽くしますよ。一流の舞台は小道具にまでこだわるものだ。関係者一同に納得してもらえるような、素晴らしいものを提供するまで!」
「んっ、んんんっ……」
ふと、パールは立ち上がったかと思うと、おやっさんの背中にくっつく。
「おやっさんさん……私は舞台で言うならば、悪役だと思うんです。悪役でもお料理を食べてもいいんですか?」
「当然だろう。料理を食べる人間に善悪は関係ないんだ。どうして自分をそう思っているのかまでは聞かないが……背負い込む必要はない。料理はそんな感情も解き放ってくれるんだからな」
「うっ、ううっ……」
そのままパールは背中を抱き締めてしまい、おやっさんは立ち上がれなくなってしまった。
「ちょっ、この態勢は流石にきついな……でも俺は頑張るぞ。これで気が紛れるってんならな」
「優しいなあおやっさんさんは。さて、あと一息だ。明日中にはオープンできるといいなあ」
「そうしたらまた生徒という主役達の、土台になる日々が始まるんだなあ。ガレアさんも誠心誠意頑張らせていただきます!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます