第964話 【女王と騎士王の覚悟】・前編

<午後四時 グレイスウィル運営本部>





 エリスとアーサーはハインリヒとの面談を終え、運営本部から外に出る。



「さー時間が空いたぞー! 何をしよう」

「訓練を始めるには日が傾き過ぎているな。今日はもう家に帰ろう」

「え~わたしお腹空いたよぉ~。アーサー何かおごってよぉ」

「さりげなくオレにたかろうとするんじゃない。っと……」




 アーサーは正面から近付いてくる人影を察知し、エリスに注意を促す。


 どこか周囲を気にしている様子のある、挙動不審な女子生徒であった。二人が視界に入るとずんずんと歩み寄ってくる。




「あ……いた。エリス先輩私とお話してくれませんか?」

「わたしとお話したいの?」

「オレも一緒に行っていいか?」

「えっと女子の会話なので……アーサー先輩は来ないでください……」



 先手を打たれては仕方がない。アーサーは残念そうに肩をすくめる。



「そうか、それなら邪魔はしてならないな。オレは先に天幕に戻ってるよ」

「はーい。じゃあまた明日だねー」



 こうしてエリスは単身女子生徒についていくことに。





 挙動不審な時点で彼女は怪しんでいた。話をしたいというのは何かの建前であると。


 そして連れていかれた場所が、どことも知れない森林区画だった為、ますます警戒を強める。




「大丈夫? どこか座る?」

「いえ……」

「遠慮しないでよ。座らないと落ち着いて話もできないしょ」



 彼女が周囲を気にするスピードが、森に突入してから増している。


 エリスも思わず周囲を気にし出して――そして見つけてしまった。



「あ、黒いローブの人だ」

「えっ!!!」

「ふーん、この子を利用してわたしを釣ったと」




 エリスが看破するに伴って、どこに隠れていたのか黒いローブの人間が続々現れる。三騎士勢力の一つ、カムラン魔術協会の構成員だ。



 そして誘ってきた女子生徒ごと囲まれてしまう。彼らは揃いも揃ってニタニタ笑い、対するエリスは真顔だ。女子生徒は恐怖に震えて地面に座ってしまった。




「……ご、ごごご、ごめんなさい……!!! 先輩を連れてこないと、友達が殺されるんです……!!!」

「ふーん、人質ってこと。あいつの息がかかっているなら当然やるよね」




「わけのわからんことを……いいか小娘。お前は我々に捕らえられ、黒き翼の神の降臨に捧げられるんだよ」

「あっそ。勝手にしやがれバーカ」



「そもそもお前、我々が狙ってきていることは知っていただろう? なのに堂々と総合戦に姿を現すなぞ、自殺行為としか思えないなあ~」

「そんなこと言ったら、数ヶ月前の町おこしの時からそうだ! 我々に宣戦布告をするような真似をして! 痛い目を見ても知らんぞ?」

「まあ今実際痛い目を見ているのだがな! どうだ、大の男が数十人だ! 流石の貴様もこれには手が出まい?」




 勝ったつもりで笑う、カムラン魔術協会の者達。それでもエリスは無表情を貫いている。




「手が出せないと思っているなら、さっさと捕らえればいいんじゃないの? わたしが何をするのからわからないから、こうして言葉で煽ってんでしょ」

「な、何だとぉ……」

「どうぞ、どこからでもかかってきなさい。わたしにとってはおまえ達なんて目じゃないんだから」

「言わせておけば、たかがガキの癖にィ!!!」




 魔術師達が目の色を変え、黒魔法を操り襲いかかる。巻き込まれてしまった女子生徒は、この後の結末を予想して目を閉じたが――




「ふんっ!」





 風を切る剣戟の音が、全てを打ち消した。





「……え?」

「な、なんだおま……ごはあっ!?」




 魔術師達の黒魔法や、魔法を捨てて肉体で掴みかかろうとする行為を、エリスは学生服姿で難無く躱す。


 そして一人ひとりの背後に回り、剣を突き刺し魔法で腕や足を吹き飛ばし、無効化していった。




「……やっぱりおまえ達は何もかもがだめね。あいつとは違う。そもそも戦闘に対するセンスってのが違うから、戦力差が圧倒的すぎる」

「あいつって……あいつって誰だよ!? 知らねえ人間の話をするな!!」

「おまえ達でも知ってるやつだよ。参謀って呼んでいるでしょ?」




 その言葉が口から出た瞬間、あれだけ攻勢に出ていた魔術師達が一気に静まる。




「わたしの目標はそいつを殺すことなんだ。それに比べれば、おまえ達なんて道を塞ぐ壁以下の存在。敵うわけがない」



「……お前っ!! お前一体何なんだ!? 参謀殿と何の繋がりが……!?」

「知りたかったら本人に直接訊けばいい。おまえに殺害予告を繰り出している、赤髪に緑の瞳の少女は一体何者なのか」




 質問した魔術師の背中を斬り付け、血を噴き出させて気絶させる。


 それを見て攻撃しようか迷っていた者達に、エリスは視線を向けた。そしてあろうことに微笑みを返す。




「どうぞ、わたしを捕らえたかったらご自由に。人質でも兵器でも使えばいい。わたしは捕まりたくないから、全力で抵抗するけど」


「きっとおまえ達の参謀だって、今手を出すのは無駄だって言うよ。あいつはそう考えているから、こうして大胆に出歩いているのに何もしないんだ」


「その理由を今――思い知ったでしょ?」





 残った魔術師達は我先にと逃げ出した。後にはエリスに加え、彼女をここまで連れてきた女子生徒だけが残される。





「ふうー……上手くできたなあ。訓練の甲斐があったよ」



 エリスがそう言って、右手に握った剣から手を離すと、それは魔力に変換され大気に溶けた。



「わたしの魔力量だけを使って剣を具現化させる……これで一々ギネヴィアに迷惑かけることもなし! こういう緊急事態でも、スマートに戦えるぞー」


「アーサーみたいに剣を携帯すればいいのではというツッコミは受け付けません。女の子は見栄えを気にするものなのです。さて、大丈夫?」




 武器を片付けた後は、女子生徒を起こす。彼女は一連の光景に唖然としてしまい、エリスの助けなしでは立ち上がれなくなっていた。




「あ……ああ……」

「一応ショッキングにはならないような殺し方したけど、どう? ていうか臭いよね、さっさと立ち去ろう」


「……慣れているんですか?」

「そりゃあもう、向こうからバシバシ向かってくるもんで」




 死臭が漂う森から抜け出すにつれて、女子生徒は笑顔になっていく。




「あ、あはは……先輩、とってもかっこいいです……」

「……かっこいいかあ」



「その、剣を持ってるからそうだとも言えるんですけど……態度が。尊敬すべき大人の女性って感じです」

「大人、かあ……」



「カムラン相手に啖呵切るの、戦記物の登場人物かと思っちゃいましたもん! やっぱりエリス先輩は他の人とは違うなあ~!」

「戦記……違う……か」








<午後四時五分 男子天幕区>




「……ん」

「何か騒がしいねえ。ボク見てくるよ」

「助かる」



 エリスと別れ、自分の天幕に戻ろうとしているアーサー。だが天幕区の入り口はどこか騒がしかった。



 ぱっと偵察に行ってきたカヴァスが戻ってきた。彼はまず盛大な溜息をつく。



「あのねえ、聖教会! どういう理屈か知らないけど、生徒を恫喝している!」

「……無視を決め込みたい所だがそうはいかないんだろうな」





 アーサーの予想通り、彼が通ろうとしている経路に、どうしても問題の奴はいた。





「だからよぉ~言ってんじゃねえか!! 君は私にぶつかった!! 君は賠償をしないといけない!! でも君はその金がないと言うじゃないか!!」

「……」




 男子生徒は反論することを諦め、耐える方がいいと判断したようだ。縮こまって司祭――と呼ぶのもおこがましい男からの暴言を耐えている。




「だからな!? その金の代わりにな!? お願いを聞いてくれたら許してあげるって言ってんだろぉ~!!!」

「……アーサー先輩をおびき出して引き渡す」

「聞こえてたんじゃねえか!! ならできるよな!? しろよ!! 私がこうして金ではない選択肢を提示しているんだぞ!!」



「う、売れない……先輩を、そんな、売れない……」

「今てめえには償うだけの金がねえだろうがって何度も言わせんな!!!」




 時間が長引くにつれて男はどんどんヒートアップしていく。恫喝されている男子生徒以外は、関わりを避けるべく立ち去っていく。視線を向けようものなら突っかかられそうだからだ。




「いいか俺はな~~~? 今こうしててめえに社会の厳しさっつーのを教えてやってるだけだ……社会っていうのは対価が必要だ!! 何かしてしまったってんなら必ずそれは払わないといけないんだよなぁ~~~。わかるか!?」

「……!!」



「わかってねえんだからお前はこうして責められている!! これは自分で招いた責任だ!! 自分の尻拭いは自分でしないといけないぞぉ~それもまた社会だ!!」

「……うっ……!」



「どうして、どぉーーーして泣きそうなツラしてやがる!! まるで俺が悪いみたいじゃねえか!! 俺は社会の摂理を教えてやろうとしている親切なお兄さんだぜ!?!? 俺の親切を無下にするってのかァー!!!」





「そういう親切を踏み躙るようなガキってのはなあ!!! そのうち悪いことが起こり、っ」



「アアアアアアアアアア゛ーーーーーーーッ!!!!!」





 突然男はつんざく悲鳴を上げた。



 男子生徒が正面を恐る恐る見ると、男はなんと股間を犬に噛み千切られている。



 犬の正体は白くて愛らしい小型犬、カヴァスであった。その上でさらに、男は顔面をアーサーに殴り飛ばされている。





「……社会とかどうとか、自分より大きい存在に自分の行動を理由付けするような奴は、大抵禄なもんじゃないんだよ」


「オレの親友の受け売りだけどな……笑わせてくれるぜ、何が聖教会だ。今更だけど」



 男性生徒が唖然としている間に、アーサーは近くにいた騎士への通報を追え、問題は収束へと向かっていた。そしてアーサーは彼を心配して声をかける。



「よう、大丈夫か。あんなに怖い経験したんだから、今日はお高めの肉とか食うといいぞ」

「何なら今ここでボクをもふる許可を下ろそう」

「……」



 男子生徒はひたすらにカヴァスを撫でる。座りながらアーサーを見上げていた。



「いや~ちょっとゴワゴワするかもしれないけど許してね~。文句ならブラッシングをサボりたいらしいコイツに言ってね~」

「何も聞か鳴ったことにしよう……しかしまあ、さっきの奴はいかにもな正論を並べ立てていたようだが。明らかに態度を引け散らかすような人間の論理に意味はないぞ。気にしたら負けだから忘れろ」

「いや……そうではなく……」




 男子生徒がアーサーを見つめる目は、次第に憧れに変わっていき。




「アーサー先輩、とってもかっこよくて……報復を恐れないで立ち向かうの、おとぎ話のヒーローみたいだ」

「おとぎ話か……」



「そもそも名前の時点でそうですよね。伝説の騎士王と全く同じ名前。あやかってつけられてる人は多いですけど、名前負けしていないのは貴方ぐらいだ」

「騎士王……」



「憧れちゃうなあ。だってアーサー先輩、普通じゃないんですもん。僕はどこにでもいる普通の人間ですから……先輩が持つ特別性ってのが、本当に羨ましくて」

「……特別性、か」

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