第344話 一転攻勢

「……!!」



「貴女は……」

「お黙り!!」




 アーサーの腹を目がけて、突撃してきたのはアルミラージのチェスカ。


 特有の角が腹に優しく突き刺さる。




「何てこと!! あんさん、こんなに血を流しおって……!!」

「……!」






 衝撃に丸くなる目で、大扉の付近でレベッカが魔法陣を構築しているのが目に入る。




 ソラも、ウェンディも、そしてローザも。




 いつもエリスが世話になっている四人だった。






「聞こえてるー!? 今からぼちぼち治療していくよー! だからそこから絶対に動かないで!! あとは三人がどうにかしてくれるからねー!!」











「きぃぃぃぃあああああああああ!!! うがああああああああああ!!!」

「おうおうクソガキ、何とでも叫べや。てめえの声はもう響かんぞ。このローザ・エンシス、アールイン家に仕えし偉大なる宮廷魔術師に、逆らえるとでも思ってんのか?」

「がああああああああああああああ!!!!」






 次第に喉に手を当て、掻きむしる仕草をしながら声を出す。



 その肉体は宙に浮かび出した。






「チッ、まだ戦線構築できる頭脳は残っているか――」

「魔力充填完了。いけるよ!」

「ソラ、頼む!」

「ウェンディ・ルイス、推して参るッ!」

「そのナイトメア、ロイ! 主君に続いていくでー!」






 瞬刻、ウィリアムズが放った鎖を、



 ウェンディは槍の一薙ぎで全て払い退け、



 一気に距離を詰める。






「黒に落ちし者、人に在らず!」

「っちゅーわけなんや、ごめんな兄ちゃん!」






 先ずは小手調べ。右肩を貫き、血を流す。



 それから少し距離を離して様子を見る。






「ガガガガガガガアアアアッ!!!」

「やっぱり――」

「おおっと!!」






 二人の間に割って入る、箒に乗ったソラ。



 今にも落ちそうなブレイヴが、口から魔弾を放ち、



 ウィリアムズとその眷属達を牽制していく。






「くっ、ほっ、ああっ!!」

「ぐぎゃあああああああああああああ!!!」


「……抵抗はしないで欲しいんだけどなあ! ルドミリア先生に怒られちゃう! ていうか、お城の中って、やっぱり飛びにくい――


 なあっ!?」「はあっ!」






 ウェンディはソラの背中に割って入り、槍で弾く。



 それは先の尖った手。触手のようにしなり、鎌のように鋭く弧を描いていた。






 硝子が割れた所から一旦外に出て状況整理。ナイトメアの魔力で二人共浮かんでいられる。






「……どう見ているかい、騎士様?」

「もう手に負えない。直ちに生命活動停止に近い所まで持っていかないと、彼自身も持たない」

「そう――じゃあ、その辺は任せた!」

「了解っ!」











 床には一面の魔法陣があっという間に敷かれ、そこにローザとレベッカは魔力を供給している。



 床や壁が淡い光に覆われていき、その中にいる自分達の傷も癒えていくよう。






「これって……」

「大至急組み立てた保護魔法だよ。うっ――」

「!! ローザさん、よろめいてるじゃねーか!!」

「ぐっ、うう……」






 徐々に魔法陣の光が弱まる。そしてまた、煙を吹き出し崩壊を始めていく。



 ソラとレベッカ、ウィリアムズの戦闘によって、城そのものの構造が崩れてしまっているのだ。






「これやんないと遺跡が大変なことになるの……!! 生きて帰れても、ルドミリア様に殺される!!」

「そ、それなら!! アタシも魔力を分けるぜ!!」 




 魔法陣の中央に立ち、手をかざそうとするクラリアだが、




「ぐっ……!!」

「あ、ああ……!」

「無理はしちゃ駄目!! 貴女達、正直に言っちゃうけど死にかけてるのよ!?」

「私がやる……ここで頑張るのが……大人の仕事だ……」

「でも……!!」






 その時、クラリアを押し退けて、




 ハンスが前に出てきた。






「……君は」

「もう回復した。ここに魔力を入れればいいんだろ」

「……」


「……皆に助けてもらった。だから今度は、ぼくが助ける番だ」

「あんさん……」



 ローザに目配せした後、揃って小さく頷く。



「そういうわけだ、きみ達は寝てろよ……」

「……オマエこそ、無理すんなよ」

「……」






 剣を抜いていれば、楽になったであろう戦い。



 しかしそれができないことは、火を見るより明らか。



 その中でも奮闘したのではないか――






「……アーサー?」

「……す、済まない。目が……重く……」

「腹から血流したんだもの、当然。安静にしてていいよ。何かあったら起こすから」

「……お願い、します」











 城の一階は七メートル程度の高さだとされている。その天井に近い所で、依然として戦闘は行われていた。






「ほっ!!」



     ぎゃあああああああああああああ

       アアアアアアアアア!!!!!!



「やあっ!!」



           ごおおおおおおお

            ううううううう

    りゃああああああああああ!!!!!!!!



「くっ……これはどうだ!?」



         っひやああが

 やあああああああぎゃああああああああああ!!!








 伊達にグレイスウィルの卒業生ではない。杖と箒を器用に操り、ウィリアムズに魔法を撃ち込んでいくソラ。



 そんな彼女は、ウィリアムズを哀れんだ表情で直視している。






「……浸食が進んでるってやつか。どれ程の感情を抱けば、ここまで狂うことができるんだろう……」



 肉体の半分は純然たる黒に飲み込まれ、そこから這い出る化物に、また自らも飲み込まれようとしている。



「……もういい。さっさと終わりにしちゃおう!」

「ばううんっ!」






 杖を一回指先で回転、それが相棒たるブレイヴへの合図だ。






幻想曲と共に有り、ニブリス高潔たる光の神よ・シュセ今に目覚めんアライズッ!!!」

「わっおーん!!!」





 淡い光の螺旋が杖から放たれ、




 あらゆる黒を押し退け、




 ウィリアムズを拘束する。






「ああああああああああああいやだああああああああああああ!!!!!!!!!」


「ウェンディさん!!!」

「心得た!!」

「おっしゃらー!!」






 ロイを踏み台にして跳ね上がり、




 一気に上空で詰め寄る。






「深淵に堕ちし汝に、赤薔薇の慈悲があらんことを――!」






 魔力と腕力を込めて、思いっ切り突き刺したのは、



 丁度彼の臍の上。








「ガッ……」






ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
















「……!!!」


「来る!! 頭を伏せろ!!」

「はいっ!!」






 ルドミリアの指示が飛んだ瞬間、




 町一帯を包むような轟音で硝子が割れる。






 実際に割れたのは硝子ではない。世界と時間を隔離し、存分に力を振るえるための結界が割れたのだ。






「……!!」

「待て!! エリス!!」






 ルドミリアの静止も振り切り、彼女は扉を潜って城に入る。








「ああ……!!」




 荘厳な古城は今や瓦礫と鮮血に覆われ、悲惨と呼べる状況と化していた。


 真っ先に魔法陣の近くにいた数人が目に入る――




「エリスっ……」

「アーサー!! みんなも……!!」


「いやー……ここでばっちし防いで、カッコつけようと思ったんだけどな。やっぱダメだったわ」

「ごめんね、わたしがお願いしたから……」

「いいぜいいぜ! エリスが頼まなくても、どうせアタシは行ってたからな!」

「おれも!」


「うう……ひっく……」

「……」




 エリスに声をかけようとした瞬間、


 ハンスの幕が切れる。




「……ハンス!」

「大丈夫。単に魔力供給先がなくなっちゃったから、気が抜けただけ。でも暫くは目覚めないだろうね……」






 静かに倒れながら目を閉じたハンスは、その後やってきた魔術師達によって、担架で運ばれていく。




 同様にウィリアムズも担架に乗せられていた――






「うぎゃぎゃぎゃやああああああふくしゅ……」

「こいつ……中々のやり手だな。俺達の目を掻い潜って、決闘結界設置するなんて……」

「はんすどこころす」


「んなわけないだろ、ただの学生だぞ。大方どっかから仕入れてきたんだろ、アルビムとかカムランとか……」

「どこいえころすおまえきちがいしねしねしねしねし!!!!!!!!いた!!!!!!!!!!」

「はいはい暴れんな暴れんな。さあさあお前の始末はどうなることやらねえ――」






 そんな会話が聞こえてきた気がしたが、どうでもよくなった。




 血まみれのソラとウェンディがやってきたからだ。






「ソラ……」

「ロザリン、僕やったよ。凄かったでしょ」

「あ、ああ……済まなかった。本来は、私がやるべき……」

「何で謝るの。そういうのいらないって、ずっと前から言ってるじゃん」

「……」

「変な所で責任負うよね、ほんと。まあいいや……」





「……」

「んなあっ!? さ、魚の頭……!?」

「あー……うん。今はこれぐらい許してあげて。徹夜明けからのこれだから……擬態魔法かけてる余裕もないっぽい……」

「魚人だったんすかウェンディさん……」

「……」


「……報酬は何が欲しい?」

「カイル君のむぎゅー」

「よーし悔しいけど交渉してあげるわ」

「うーん、戦ってるのめっちゃかこよかったけど、やっぱりウェンディさんだ」








 それからまた魔術師がやってきて、本格的な治療を行われた後、エリス達は天幕区まで戻っていった。




 古き遺跡に再び静謐が訪れるのは、暫く後のことになる――

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