第288話 不審者アーサー君

「……」



 机の上に並べられた、十枚の金貨。



「……」



 数日前からこの状態が続いている。



「……ああ」



 離れに帰ってからご飯を作って、それから宿題をやって、この硬貨を見つめる。






「結局」


「使い道、見つからなかったな……」






 趣味の為、仲間の為、課外活動の為。話を聞いてみたら、皆目的がちゃんとあって、それに使っていた。


 だが――






「……エリス」




 自分もその通りに使ってみようと思っても、彼女の顔が浮かぶ。




 彼女は――どうしてほしい?






「待てよ……」




「……そうだな」




「ならばオレは……エリスのために使えばいいのではないか……」




 壁に掛けた暦を確認する。今日は九月二十七日だった。











「んー……んんー」




 朝の光を浴びつつ、ストレッチで身体をほぐすローザ。




「今日はいい天気……ああ、第四階層はいつもこんな感じだった」


「あいつらにたっぷり眠らせてもらったからな……その分取り返さねーと」




 肩をぐるぐると回し、戻ろうと思った矢先。






「……ん」



 不審者を見つけた。






「……」



 結界が張っているこの森に入ってくるのは全部不審者なのだが、今見かけたのは見た目からして不審者だった。






「どぉれ――」



 足に風魔法をかけて、軽やかに大地を蹴る――








「――つぅかまえたぁ」

「!?」




 黒いパーカーに黒いズボン。フードを被った上に、紐を限界まで引っ張って顔を隠している。




「おいおい……暑いだろ。無理すんなよ」

「ぷはっ……!」




 紐をずずーっと引っ張り、顔が露わになる。






 顔面ほっかほかなアーサーだ。






「……んー、どうすっかな。ここまで来ちまった以上は……よし、家に来い」

「会わせてくれるのか!?」

「会わせ……って、やっぱりそれが目的か。中には入れさせねえよ、一旦外で話をしよう」








 そうしてローザは玄関までアーサーを連れてきて、外で待っていてもらうことにした。








「単刀直入に言うぞ、アーサーが来た」

「え゛っ」

「な、何でここがバレたの?」

「ここに来る途中で問い詰めたら、カヴァスの魔力を追ってきたんだと。まあ何かあった時の為に預けるみてーなこと言ってたしな……」

「どうすんの? 追い返すの?」

「いや……それについては考える。取り敢えず話つけてくるから、アイスコーヒーと……」

「!!」




 階段をどたどた降りてきて、エリスがローザに抱き着く。




「お、おお……何だ?」

「……!!、!!――」


「……聞いてたか今の話。そうだ、アーサーが今そこまで来ている。お前に会うためにな」

「……」


「会わせるかは話を聞いて考える。だからちょいと飲み物を淹れようと……」




 するとエリスはローザから身体を離し、


 急いで台所に向かう。




「……どうした?」

「あ、もしかして……飲み物、淹れてくれるの?」

「!」




 てきぱきとティーポットを準備し、


 そして湯気の立つセイロンのストレートを振る舞う。




「ははっ、やっぱりアーサーの好みわかってるんだな」

「……♪」


「ロザリン、アイスコーヒーだよ~」

「どうもどうも、んじゃあちょっくら行ってくるわ」











 そしてローザは、カヴァスも伴いアーサーの所に戻った。






「ワンワン!」

「ああ、お前には苦労を――っ!?」

「ガウワウゥ!!!」

「は、放せ、噛み付くな!!」


「ヴァフー……」

「くそっ、何のつもりで……」

「勝手に来んじゃねーってキレてんだろ」




 ティーカップを二つ片手に、ローザはアーサーの隣に座る。




「エリスが淹れてくれたんだぞ。お前の好みなんだろ?」

「……」


「図星か~? 可愛いなあお前」

「っ……」




 互いに一口、一旦一息。話をするには一呼吸必要だ。






「……この森は関係者以外は立ち入り禁止。入るには許可が必要。知ってるよな?」

「……ああ」


「それを破ってでも、会いたかったってことだよな?」

「……今日は建国祭だから。一緒に街を見て回ろうって、思って……」

「建国祭……?」






 首を捻って、身体をくねらせ、そして――






「……今日九月二十八日か。ガチで忘れていた」

「……はぁ!?」




「いや、私建国祭の時は外出ねえ人間だから。でもってエリスの治療を優先してスケジュール組んでたから、マジで頭から抜け落ちてた」

「あんたなあ……!!」

「うん、これはあんたなあ案件。しかしそうか、建国祭……」




 勢いよく立ち上がり、鼻を鳴らす。




「それならそれで丁度いい! お前、今日限りでエリスに会わせてやるよ」

「……!! 本当か!!」

「本当だぜ。まあ、条件はつけさせてもらうがな――」











 一時間後。








「……」

「……」




「久しぶりだな」

「……」




 エリスは手に持っていた板に、ペンですらすらと文字を書く。




『うん、随分と久しぶり』






「……ブラウスにスカート、似合ってるよ」


『ありがと』

「……ヘッドドレスもな」


『わたしのお気に入りなの』

「そ、そうか……」


『そのブレスレットも素敵だよ』

「オレのお気に入りなんだ」


『そっか』






「じゃあ……行くか」

『エスコートよろしくね 騎士さま』


「ま……任せろよ」











「さあ!! たった今、たった今アーサー君がエリスちゃんの手を握りました!!」

「おバカ!! 私達の目的は実況じゃないでしょ!!」

「ぷげえ!!」

「ほらほら見逃すよー」

「ワンワン!」





 二人が進んでいく後ろから、こそこそと後を追う四人と一匹。最初から最後まで監視付き、先に言っていた条件とはこういうことである。





「ていうかロザリン? エリスちゃんに渡したあの板は何物?」

「マーロンの奴は『ホワイトボード』とか言ってたな。専用のペンで書くことによって、その線が消せるんだそうだ。これで繰り返し使える」

「へえ、便利! それなら意思疎通も楽ちんだね!」

「んだんだ。マーロンには後で礼をしとかないとな~」


「……まさか試作品を強奪してきたんじゃないでしょうね?」

「実用試験って言ってきたから帳消し帳消し!!」











 地上階。今年も城下町はお祭りムード、屋台が出揃い旗が飾られる。


 行き交う人々の波に、時々いるのは生徒達。






「カルゥ~、お前聞いたぞぉ。百合の塔に出没したんだってぇ?」

「……」


「ウチが珍しく生徒会に顔出してる時に、面白れーことしやがってよぉ。で、リーシャンっしょ?」

「……ああ」


「……リーシャン、大変だったって聞いてるよ。エリっちも課外活動こなくなって、アサっちもルシュドーンもそこそこ無理してそうで。あ、これリーシャンと仲良くしている友達のことね」

「そうか」


「……あ、パパいるやんけ。パパー!」




 ヒルメはライナスの元に駆け寄り、カルも一瞬迷ってからついていく。






「やあ、ヒルメじゃないか。それに君は……カル君だね。娘が世話になっているよ」

「……ふふっ。こうして祭りにも出てきてくれるなんて、私も嬉しいよ」

「ニース先生……」




「……私もね。ハンナ先生から聞いたんだ。あの子のこと」

「……」


「今でも覚えている。あの子は美術の授業で、楽しそうに絵を描いていた。絵の具で服が汚れる度、君が拭いてやっていた。昨日のことのように思い出せるよ」

「……すみ、ません、これ以上……」

「ああ、これぐらいにしておこう。では気を取り直して……ボディーペインティング、やってみるかい?」




 ニースは屋台を指差す。そこではトールマンの男性が、客の腕や腹に絵を描いていた所だった。




「昨年は一人で切り盛りしていませんでしたっけ?」

「ブルーランドの仲間だよ。私の活動に前々から興味を持っていたらしくてね。それで今年、念願叶って参加できたってことさ」

「ヒューおっちゃんいいアフロー!!」




 ヒルメの声に店番の男性は会釈を返す。。








 そんな状況の所にエリス達はやってきた。






「ん……エリっち!? エリっちじゃん!?」

「……」


「やあエリス、こんな所で会うなんて奇遇だね」

「僕のことは覚え……おおっ?」




 ライナスの壁になるように、アーサーは割って入りこむ。


 動揺した様子を見せるライナスだが、事情を知っているニースが視線を送り頭を下げる。




「えっと……よくわかんないけど、大変なんだね。わかった、何も言わないよ」

「すみません……」


「エリス、左を見るなよ。ニース先生やヒルメ先輩だけを見ていろ」

「……」


『ありがと』






 ライナスの隣に立ち、その様子を見つめるカル。アーサーと視線が合った。




「……」

「何ですか」


「……いい騎士様だな、と思ってな」

「……」




 その言葉の真意はわからない。


 しかし今は、それよりも優先するべきことがある。






『去年は我慢しました 汚れるから』


「今年はやってみたいんだな?」

『逆に汚れてもいい って思いました』


「成程な……しかし……」




 ニースは首を伸ばして、通りの人込みを探す。アーサーも一緒になって探す。








「……ねえ、ひょっとして僕らの助言求めてるんじゃない?」

「マジか!? えっと……ああもう、ネムリン!」

「ネム~」




 魔法の板を生成し、そこに指で文字を書き、上に掲げる。






『とりあえず好きなようにやらせてもらって、拒否反応が出たら直ちに中止の方向で』








「……よし、許可が下りた。ではどこに何を描こうか?」


『右腕 描くものは何でもいいです』


「ほいきた、じゃあそこに座ってくれ」




 案内されていくエリス。アーサー達もそれに続いていく。






「貴女達ねえ!! ちゃっかり建国祭楽しんでんじゃないわよ!!」

「フランクフルトうめ~。私が学生だった頃は屋台の軽食なんてゴロマズだったぞ~」

「いや~技術の進歩って恐ろしいねぇ~。焼きスパうま~」

「みぎゃーーーーーー!!!!」

「ウェンディ!!! 貴女に関しては、何で綿飴に絡まっちゃってるわけー!?!?」






 肩と肘の中心まで左腕のブラウスを捲り、それからニースに手を取られる。


 今からここはキャンパスになるのだ。






「包帯は帰ったら必ず取り替えてもらうこと。いいな?」

「……」こくこく


「エリス、痛いと感じたら右手でオレの服を引っ張れ」

「……」こくり


「よし。では始めていくぞ」






 ニースは黒いスプレー缶を持ち、腕に吹きかける。






「~~……」

「ははは、くすぐったいかな?」


「……このスプレー缶の中身は?」

「確か……烏賊墨いかすみを固めた物を、水で溶かしているんだったかな。濾過はしてあるから害はないはずだ」

「墨……」


「……またあの子を思い出してしまうか?」

「そうですね……美術室は、お気に入りの場所でしたから」




 満遍なく黒一色にした後、今度は筆に持ち換える。


 水が殆ど入っていない、べっとりとした絵の具をつけ、腕にすらすらと色を乗せていく。




「ひゃーっ、やっぱニース先生すっげーわ。一寸の迷いもねーもん」

「慣れれば誰だってこうだよ」

「上手い人は皆そう言うんだぜ~?」


「……ボディーペインティングってトールマン固有の文化って聞きましたけど」

「そうそう。古代からトールマンの間では、肌に絵を描き合うことが友好の証とされていてね。新時代で流行っているこれは、昔の文化を現代風にアレンジしたものなんだ」

「ミョルニル会も推進してますからね。まあ私は文化の振興っていうより、単純に好きだからですけど――」






 その時全員が後ろを振り向き、途中から入ってきた声の主に気付いた。面倒臭くなって合流を決断した監視の四人である。






「……何してるんですか四人共!?」

「いやだって興味沸くだろ!! もっと近くで見ようとした結果がこれだよ!!」

「ぶっちゃけアンタら誰だよウチわかんねえ!!」

「あ、怪しい者なんですけどね!!」

「怪しくはないだろう、宮廷魔術師様と騎士様」

「冷静な突っ込み入るぅ~~~~いっぺん言ってみたかっただけなんだけどね!!」


「ふぇぇ、あのぉ、この濡れタオル拝借してもいいですかぁ……」

「どうぞどうぞ。綿飴でもやられましたか?」

「バレ・てるッ!?」

「毎年魔法具の故障起こしてるんですよあそこ。一昨年は全然故障しないなーって見てたら、最後の最後で黒煙吐いて、大騒ぎしていた記憶があります」

「去年はオレも被害に遭いました」


「……♪」

「お、エリっち笑った。余程愉快な記憶だったと見える」




 気付けば絵は大半が完成しており、主役の物体がでかでかと中央に描かれている。


 それを彩る演出を、今は細々と加えている途中だ。






「……ローザ殿」

「ん? ……ああ、貴方様ですか」

「……」


「悪いが今は話すことは何もありませんよ。エリスのことだけで手一杯なので」

「……いえ、自分も挨拶をと思っただけです。ここで会ったのも珍しいと思ったので」

「左様でありますか……」




 などと小声で会話していると、遂に完成。






「よし……できた!」

「おっほー、ペルーン神だ!! すっげ!!」

「……」






 腕に描かれた半裸の男をじっと見つめる。絵であるからか自然と恐怖心は薄れた。


 その人物は雷を手にして、雲に跨っていた。地面には角の生えた小さい物体があり、それに向かって雷を落としているように見える。


 背景は一面の黒だが、左上の方から段々白みがかってきて、まるで晴れていくよう。






「トールマンの民間信仰にある雷の神だ。かの者の武器である雷に撃たれれば、悪しき者は立ちどころに塵へと帰し、良き者は肉体に宿る悪を払われ清められる――」


「――エリスにもペルーン神の雷が落ちて、身体に残る悪が消えてなくなりますように。そんな願いを込めさせてもらったよ」




 仕上げ用のスプレーをかけられた後、腕を放される。




「良かったな、エリス。これでまた完治に近付いた!」


「大丈夫? 今の所、不調とかあったりする?」


「……」




 首を横に振ったのを見て、四人はそっと微笑む。




 そこに堂々と響く管楽器の音。






「おっと、このバグパイプは」

「パレード開始二十分前だ。屋台を一時撤収しないとな」

「僕達も手伝いましょうか?」

「折角だしお願いしますよ」

「ヤッホー! カルこっち来いやぁ! 手伝うぞ!」

「っ、引っ張るなよ……君という人は」


「私らはこっちで待機してるよ。この際だからパレードも見て行こうぜ行こうぜ」

「エリスもそれでいいな?」

「……」






 彼女がこくんと頷いたのを合図に、それぞれが移動を開始する。

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