第326話 痛みの見解

<魔法学園対抗戦・魔術戦

 十六日目 午前十時 男子天幕区>






「……あ」

「あ……」

「……」

「……」




 ばったり出くわし気まずい状況になっているのは、ハンスとルシュド。




「……久しぶりじゃん?」

「おれも、思う」






 数日前の一件から、ハンスは寛雅たる女神の血族ルミナスクランに、ルシュドは竜族にそれぞれ拘束され、天幕から離れることを余儀なくされていた。


 今日は久々に外出の許可が下り、お互い真っ先に来たのが天幕区。






「……」

「……」




 しかし言葉が見つからない。




 こういう時に限って、あの後輩達はいないのかと、




 気まずい雰囲気になりかけていた時。






「!」

「おっと、灯台下暮らしだ! 一周回ってここにいた!」

「おーい!」




 エリス、アーサー、イザーク。互いに知っている顔で、しかも仲を取り持ってくれそうな奴が来た。






「……きみ達かよ」

「エリス、いいの?」

「今は慣れる練習中だ。昨日これ作った時も、割といい感じにいけたんだぜ」

「これ?」


「!」

「ワンワン!」




 ハンスに緑色のポーションを差し出すエリス。カヴァスも吠えまくって催促している。






「……何これ」

「ポーションだよ!!」

「いや、それはわかるけどさ……は? どういう風の吹き回しだよ」

「オレとイザークの課題でな。薬草を採取するついでに調合したんだ」

「エリスも手伝ってくれたんだぜ!」

「!!」


「ほら、早く飲めってさ!」

「いや……今はそんなに疲れてないし」




 答えた直後に、アーサーとエリスが同時にハンスの腕を掴む。




「なら訓練に限るな。身体を動かして疲れよう」

「~~!」

「ワッホーン!」

「待てよ!! 何でてめえらそこまでやる気なんだよ!!」




「よっしゃボクらも追うぞ」

「あ、ああ……」

「何だ? ひょっとしてボクら悪いタイミングで来ちゃった?」

「そ、そんなこと、ない」

「じゃあ問題ないな。行こうぜ!」

「うん……」











<午前十時半 演習区>






「……わざわざ呼び出してやらせることがこれかよ」

「いーじゃん気分転換ってことでさー!」

「寝てたいんだよこっちはよ!!」

「も~、本当は先輩と一緒になれて嬉しい癖に~」

「うっせえよ!!」




 ローザとソラは演習区に呼び出され、アルシェスと一緒に作業をしている。


 内容はプラクタライトの修理。魔力回路の破損箇所を修復し、魔力結晶を溶かした液体を流し込む。これは魔力の流れを熟知している魔術師でないと、難しい仕事である。




「で、最近どうなんだよローザチャン?」

「先ずてめえの方から言いやがれ」

「んー、女王陛下は各方向から絡まれて大変よ。特に聖教会の方々が来ちゃったからねえ。イズエルトの支部じゃなくってカンタベリーの本部の」

「ああ……」


「わかってっと思うけど、女王陛下は責任感が強いお方だ。それで色んな人の言葉を溜め込んでしまって、身体を崩されることもある。イリーナ様にはその辺のフォローをしてもらう目的でも来てもらっている」

「単に休みが重なっただけじゃないのか」

「知ってるだろ? あの方は放浪の身であられるから、合わせようと思えばいつだって合わせることができるんだよ」

「まあそうだけどな……」




 仕事の話をしている二人の隣で、口を尖らせるソラ。




「……僕のわかんない話してるぅ」

「直近の様子となるとこうなるんだよ……お前もわかってるだろうが」

「じゃあソラチャン、最近ローザチャンがどんな様子だったか教えて♪」

「はいよー!」

「てめえ!!」




 ブレイヴを呼び出し、逃げようとする無理矢理ローザを作業につかせる。




「ロザリンは最近お仕事で忙しいのだぁ!」

「エリスのことだろ? 俺も話聞いてるよ」

「その時のロザリンったらも~、お姉ちゃんみたいだった! 頼もしいよ!」

「ヒュー! お姉ちゃんみたいな魔術師に治療してもらって、エリスは幸せ者だなぁ!」

「女王陛下の受け売りじゃねーか!!」




「……っと、そうだ」




 嫌悪感が消え失せ、急に冷静になるローザ。






「どうしたローザチャン?」

「その、エリスのことでお前の意見を伺いたい」

「……」




 彼は作業の手を止め、目を細める。真面目スイッチが入った模様。






「……お前でも理解できない症状があるのか?」

「ああ……でも単に私が気になっているだけだ。理屈付けて考えることはできるし、単なる思い込みって可能性もある」

「僕はそんな不自然な点があるように感じなかったけどなあ」

「だから私が思っているだけなんだよ……『痛みに関して過剰に反応する』って現象は、有り得るのか?」




 腕を軽く組んで考えるアルシェス。彼より先にソラが声を上げた。




「……確かにエリスちゃん、痛いことに対して恐怖心があるように見えるよねえ」

「詳しく?」

「治療を始めた頃はそれこそ過剰だったよ。掠り傷やちょっとの切り傷にも反応して、酷い時には震えて行動を拒絶することだってあった。最近も再発していて、様子を見て精神安定の薬草を服用しながら自由行動を許可している」

「段々と落ち着いてはきたんだがな。怯えたり怖がったりといった症状が、あいつの気が落ち着いてきた時にまたぶり返してしまう。そんなことも中期には見られた」

「んー、成程なあ……」




 頭を指で小突いて、トレックに渡された診断書の内容を思い出す。




「そりゃあ男に乱暴されたんだから、トラウマになっても仕方ない。ローザは心のどっかでそう思ってるわけだ」

「……」


「ただ掠り傷や擦り傷程度でも……ってのはやはり俺も気になる所だな」

「やっぱりそう思いますか?」




「フラッシュバックが発生するのは、その心的外傷と結び付きやすい行動をした場合が主だ。ちょーっと考えてみろ、乱暴されている時に掠り傷の一つも気にしていられるか?」

「ん……」






 想定されるのは、押し倒し、殴る、蹴る、暴言を浴びせられる--






「……そもそも掠り傷以上に酷い怪我しますよね」

「だろう? つまりはだな、掠り傷を乱暴と結び付けるのは難しいってこったよ。そんな些細なこと覚えてる時間はないってことだ。だから――」

「他の原因が考えられる」

「そうそう。で、その原因は何かってことなんだけど」

「過去の記憶……」




 いやいや、と首を振るローザ。




「……エリスの母親は見舞いにきてくれた。その時に父親の話もしてくれた。後で本人にも訊いたが、心の底から嬉しそうに話をしてくれたよ――なのにそんなことをしていたとは、到底」

「仮にそうだとしてもさ、そうして負う怪我って掠り傷で済まされないでしょ。打撲や痣や葉巻押し付けられて火傷……?」

「まあそうだな……ってことはこうだ。彼女にとって重要なのは、傷の種類そのものではなく、

「じゃあ……」




               たったったっ






「……ん」

「あの人影は……エリスちゃん!」

「よっしこの話は終わりだ。本人も来たことだし絡みに行こうぜ」

「そうするか……っててめえは駄目だろ!」

「代理人ユフィちゃんヨロシク~~~~~!!」

「う、うん……」

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