第265話 常夏の海・前編

 三日間に渡るフィールドワーク、同じく三日間に渡る特別訓練を終え、遂に多くの生徒が待ち望んでいたプログラムがやってきた。



 ブルーランド自由散策。船であっちこっちに行ったり、大通りで買い物したり、何となくぶらぶらしたり。そして一番の目玉は――



 あの、宝石のようなコバルトブルーの海で、一日中遊びまくれるのだ。











「いいいいいよっしゃあああああ海ー!!」

「海と言ったらスイカ割りだよなー!!」

「サーフィンやろうぜサーフィン!! ここはやっとくしかねーだろ!!」

「ビーチフラッグ? ってのもやろうぜ!!」

「そうと決まったら水着を借りに行くぞー!!」






 などという同室者の声で、アーサーは目が覚めた。






「……朝から元気だな……訓練明けだというのに」

「ハッハッハッ!」

「ああ……オレは後でゆっくりと行くよ。先に行っていいぞ」

「ホーン!!」




 勢いよく走って行った忠犬を見送ってから、アーサーは着替えを始める。




 そして朝食も食べ終え、水着を借りに向かうが――








「もう皆殆ど借りて行っちゃってさ。これしか残ってないんだ」

「……」


「でもこれはこれでいいと思うよ。よく日に焼けるし」

「……」


「どうしても他のやつがいいかな?」

「……いや、これでいい。これでいいです……」











「海だー!!」

「うみだー……」


「今日一日は遊びまくってやるぜ!! 覚悟しやがれ海ー!!」

「しやがれうみー……」


「……リーシャ、乗り気ではないのか?」

「いや、全然そんなことないよ……」






 拳を突き上げるクラリアの水着は、タンクトップタイプ。肩を軽く露出する程度で、上半身の殆どは覆われている。しかしそれでも胸部は目立つ。


 一方の肩を落とすリーシャはセパレートタイプ。太腿から肘元まで覆い、身体のラインを誤魔化している。しかし胸が平坦なのが目立つ。






「あ、先に来てたんだ」

「その声はカタリ……ナァ!?」

「え、どうしたの?」

「何よ」


「サラ! お前も水着似合ってるぞ!」

「あら……アナタに褒められるなんて意外だわ」




 リーシャが特に目を奪われたのは、カタリナの後ろにいたサラ。上半身は黄緑のビキニを着用しており、下半身は一枚布のスカートを羽織っている。加えて全体に鍔がついた大きめのハットを被り、極めつけにいつもの眼鏡の他にサングラスを着用していた。


 一方のカタリナもカタリナで、背中がばっくり空いたワンピースタイプ。元々が細い体型なので、くっきりと浮かぶ身体のラインが美しい。当の本人は似合っているかどうか心配そうだ。






「うわーんこの海に私の仲間がいないよぉ!!」

「おーっほっほっほ、残念ね」


「何だサラ! 金持ちみたいな態度だな!」

「それはきっとこの水着に気持ちが引っ張られているからね」

「ところでリーシャがさっきからずっとこんなんなんだけど、理由わかるかサラ!」

「わかるけど教えた所でアナタは一生理解できないわね」

「そうか! じゃあ訊くの我慢するぜ!」


「あ、あの……リーシャ、休もうか?」

「いい……海……遊ぶぅ……」




 主にリーシャが感情を表出していると、遂にやってきた。








「ようオマエら!! ボクがやってきましたぜ!!」

「ん……ああ男子か……」

「おはよ。リーシャ、どうした?」

「気にしないで。勝手に自滅しているだけだから」




 イザークの水着は、椰子の木があしらわれた水色のショートタイプ。丈は膝元までで、更に上半身は白いシャツを、ボタン全開で羽織っている。サングラスを頭にひっさげた姿はまさしく社交性の高いタイプの人間。有り体に言う所の陽キャ。


 一方のルシュドは、踝まで覆う長ズボンタイプ。赤の布地に黒で炎が描かれているデザインを選んでいるのが彼らしい。




「おれ、海、始めて。わくわく」

「サーフィンしようぜサーフィン!!」

「……」


「あらぁ~? そんな所いないでこっち来なさいよぉ」

「……ふん」

「貴様等が来ればよいものを焼け死ぬぞ」




 続きましてヴィクトールとハンスが合流。




 ヴィクトールは手と足を除いて、首元から肉体の殆どがぴっちりと紺色の布で覆われている。ハンスも同様のデザインだが、肩から先は露出しており、また薄めの上着を羽織っている。色は黄緑をベースに白いラインが入っている。






「へえ意外。ハンスの方が露出多いのね」

「ま、まあ、エルフだし」

「ルシュドが選んだデザインだ」

「殺す!!!」


「予定調和。ヴィクトールはヴィクトールで、そこまでぴっちぴちの選ぶのね」

「日に焼かれる感覚が苦手なんだよ……じりじりするんだ。死にそうになる」

「そうなの、敏感肌なのかしら」

「昔っからこうなんだ――」








 そこにやってくる御大将――






「ん、あの影は」

「アーサー。やっときた」

「こっちこっちー! みんな来てるよもうー!」


「……」




 彼は腕を組みながら、




 ゆっくりと歩いて近付いてくる――








「……へ?」


「ああああああっはっはっはははははははは!!!!」


「うわあ……」








 腰周りを覆っているが、足の付け根ぐらいの丈しかない。




 そのデザインたるや下着。下着に似通った面積しかない。






「……」

あははははははは!!


「ええ……アーサー、それって……」

ぎゃははははははははは!!!


「これしか残ってなかったんだよ!」

「そんな品切れになっちゃうものなの?」

んひひひ、んーーーーひっひっひっひ!!!


「他の連中が早すぎるせいで……!」




 言葉を遮るように、イザークが背中からのしかかる。




「オマエさあ、オマエさあ!!! オ、マ、エ、さあ~~~~!!! 何でよりによってビキニなんだよ!!! ウケる!!! マジウケるんだけど!!! はーーーーー!!!」


「ヴィーパンだヴィーパン! 店の人はそう言っていた!」


「ぬぁーにがヴィーだよヴィーってよぉーーーー!!! カッコつけてる割にはオマエ顔真っ赤じゃねーかよぉーーーー!!! あー面白れえ!!! ウケる!!! サイコーだよオマエーーーー!!!」


「カヴァス、そろそろこいつに灸を据え……どこ行きやがったあいつ!?」

「あそこにいるわね。何か主君無視して勝手に遊んでいるけど」

「あ、スノウもあっちいるー」






 視線の向こうでは、ボールを突き上げて落とさないように回す遊びが、カヴァスとスノウにジャバウォックとシルフィによって行われていた。






「久々に外に出したら遊んでやがる……」

「ジャバウォック! おれ、混ざるー!」

「私も混ぜてー!」


「アーサー、ボクらはサーフィン行こうぜサーフィン!」

「待て、大人数の前に行くのは……!」

「お仲間がいるかもしれねーだるぉ~!?!? ほら行くぞ行くぞ!!」

「押すな!! 足を取られる!!」











 一方ここは旅館の一室。薬や問診票、道具などが置かれた保健室の役割を為している部屋である。海の喧騒とは対照的に、こちらはゆったりとした時間が流れている。






「エリスちゃん、どう? 着替え終わった?」

「はい……」




 設置されたカーテンを開け、保健室教師ゲルダの前に姿を現すエリス。




 彼女が着用していたのは、白いビキニの水着。胸部と腎部を隠す以外に、布の面積は殆どない。装飾も少なく柄もない、シンプルなデザインだ。




 故に着用者の体型が引き立つ。






「どうしましょう……もう一時間も経っちゃいました……」

「大丈夫大丈夫、皆にはもう言っていたんでしょう? わかってくれるからぁん」

「……」


「難しいわよねぇ。露出もしたいけど、皆に見られるのは嫌。でも平気平気ぃ。この年頃の子はね、大体そういう悩みを抱えているものだからぁ」

「……そう、ですか……」




 鏡に映った自分の姿を見る。自分でも胸部に目が行ってしまう。なら他人はどうなるだろうか。






 入浴した時のことを思い出す。視線が一様に自分に集まっていて――体型以外の要因もあると思うが、それでも気になった。






「それでも、その水着にすることにしたんでしょう?」

「……はい。やっぱり……せっかくの海、ですから」

「なら自信持って! ……っていうのも難しいから、暫くここで落ち着いていっていいわよぉ」

「ありがとうございます……あの、アイスティーにレモン汁入れてください」

「はぁい」











 遊泳を行えるのは、特別訓練を行った海岸線と全く同一。訓練の時とは打って変わって、開放的な服装の生徒達が多く騒ぎ回っている。


 そこに薄手のパーカーを羽織ってやってくるエリス。周囲を見回して、友人を見つける。








(あの波に乗っているの……アーサーかな)






 何やら板に乗って波に揉まれているようだが――






(……)




(男子は……怖いな……)






 なので別の場所にいた友人に合流することにした。











「おおっとその姿は……エリス!」

「なのです!」

「大丈夫? ちゃんと水着選べた?」

「うん……」




 タオルを脱いで水着姿を見せる。




「……」

「駄目だよリーシャ。エリスは気にしてるんだから、そんな顔しないで」

「う……うん。そうだね、ごめんね……」

「いいよ……リーシャだって気にしてるんだし、お互い様」




 カタリナとリーシャ、セバスンとスノウは砂の城を作っていた所だった。




 エリスはその隣にしゃがみ、まじまじと製作途中の城を見つめる。






「スノウがやってみたいって言ってさー。やってみたのはいいけど、奥深いね!」

「何度崩れたか覚えてないよ……あはは」

「そうなんだ……」





     <おーっほっほっほっほ!!






「……」

「この高笑いは……」








 嫌な予感を感じつつ高笑いの方を振り向くと――遠目でもわかる、凄く巨大な城。








「ご覧なさい!! この優美で豪華な城を!! このわたくしに相応しい出来栄えですわ!!」

「カトリーヌ様ばんざーい!!」

「ばんじゃーい!!」

「下民共よ!! もっと砂を持ってくるのだ!! そして早急に我が主君に相応しい城を建てるのだ――!!」




 姿を見なくてもわかる。カトリーヌとその取り巻きだ。


 大勢の男子生徒が集まって、せっせこせっせこ砂を積んでいる。積ませて城を作らせている。






 その豪華さはリーシャ達が作っていたものとは比にもならない。








「……当て付け?」

「いや……多分眼中にすら入ってないと思う……」

「まあ、無視してくれてんならそれはそれで! 私達は私達のペースでやろうよ!」

「うん……それもそうか」




 こうしてエリスも加わり、砂の城の製作が再開される。











 こちらは砂浜の中でも、比較的大通りに近い場所。


 近くにある屋台では海を楽しめるようなアイテムが各種販売及び貸出されており、現在サラ達はその中の一つで楽しんでいる。






「よーしやるぞー!! どこだー!!」

「前に進んでー」


「こっちか!」

「左に三歩進んでー」


「こっちなのか!」

「はい今度は右に行ってねー」


「どっちなんだ!?」

「獣人と言えど目隠しには弱いのねー。ああ左じゃなくて右よー」




 砂浜にどんと置かれた西瓜すいか。視界をタオルで隠し、木の棒を振りかぶったクラリアが、それを割らんとして歩き回っている。


 無事に西瓜に辿り着けるように、サラが口頭で指示をしているのだが、






「まだなのかよー!?」

「もうすぐよ。右に一歩進んでー」

「うっし! 進んだぜ!」


「よーしそこでいいでしょう。ちょっと勢い弱めて叩いてねー。それで十分だからー」

「わかったぜー!」






「……」






「西瓜ー!! 覚悟しやがれー!!」

「……」






「……はぁ!?!?」






 寝っ転がっていたハンスは、生命の危機を感じ、



 風魔法で自身を押し出して横に転がり回る。








「おんどりゃー!!」




 クラリアが振り下ろした棒は、ハンスがいた所に勢いよく振り下ろされた。






「……あはははは!!」

「何のつもりだてめえ!!!」

「ちょっと、ちょーっと悪戯してやっただけよぉ~??? あーははははは!!!」

「死ぬかと思ったぞ!!!」

「でもアナタなら避けてくれるかなーって!!! あはは、予想通り!!!」




 光の小盾を形成し、風の刃を防ぐ。


 双方とも目が見開いて、血に飢え出してきました。




「てめえ覚悟しろよ!!! 今度こそぶっ殺す!!!」

「ほほほ……おーっほっほっほ!!! いいわ、ワタシもやってあげる!!!」






 遂に勃発した魔法対決。当然クラリアは放置である。




「なーなー、西瓜割れたか? どうなんだ?」

「――」

「――」


「全く、あの二人は何をやっているんだが……クラリア、私とサリアとシルフィが導く。今度こそ割るぞ」

「そうか! やってやるぜ!」

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