第266話 常夏の海・後編
蛙のように足を曲げ、手を伸ばして水を掻く。
一定の間を置いて、息を吸って水中に顔を沈める。
この海では様々な生徒が様々な道具で遊んでいるが――
ヴィクトールはそれらには一切触れず、遊泳を行っていた。
「ふぅ……」
近くにあった岩場に座り、一時休憩。身体についた水がどんどん蒸発していく。
「くっ、何故こんなにも日光が強いのだ……乾く、身体が乾く……」
やはり友人達を振り切ってでも町の散策にしておけばよかったと、
やや後悔しつつ、再び水中に戻ろうとした所に――
「いーーーーーやっふううううう!!!」
男子と板がやってきて、それらが起こした波を被る。
「……」
一旦冷静になって、その生徒を見ると。
それはイザークだった。板に乗って立ち上がっている。と思った矢先によろめいて落ちた。
「……サーフィンとやらは、ここまで激しいものなのか。興味はあったが行わないで正解だった」
で、ふと砂浜の方に目を遣ると。
光帯と風刃が血気盛んに交戦しているのが目に入るわけで。
「……ハンスか? ついでにサラか? 何をしているんだ……!?」
慌てて泳いで戻っていく。この生徒会役員は、遊んでいる時でも気が収まらない。
~およそ一時間後~
身長の二倍はあろうかという板を手に持ち、
立ち始めた波に向かって突進。
最初は両手で水を掻いて波に乗り込み――
ここぞと思ったタイミングで、立ち上がる。
「ふんっ!」
あとは体幹との勝負だ。揺れる波に逆立つ波。
二つの物質に揺れ動かされながら、如何に長い時間乗っていられるか。
揺られている所に声がかかる。板を貸し出していた屋台の店員だ。
「ヘイお兄さん! 中々センスあるねえ!」
「それはどうも!」
「安定しているから、そうだねえ――よかったらワザにチャレンジしてみないかい!?」
「具体的には!?」
「波の頂点に向かっていって、そこから飛び上がってジャンプ! 更に板を垂直に入るようにして、スィーっと着地! キメればカッコイイよぉ~!!!」
「……」
足の力で、板の先を波先に向け――
力を加えて――
「――はあっ!!」
水滴が飛び散り、光に当てられ輝く。
少し小高い所から見る砂浜は、ちょっと新鮮。
「――」
そのまま波に沿うようにして――
手を使い板の向きを変え着水。
そのまま波から降りていき――
「――ふっ」
砂浜に戻った所で、親指を立てて、決めポーズをしてみる。
が、
「ルシュドーこれ見ろ!! ヤドカリ!!」
「おお、おうち!! おれ、知ってる!!」
「あとこれヒトデな!!」
「星!! かっこいい!!」
「そしてこれはカメ!!」
「可愛い!!」
「――見てろよ!!!」
そういうことがあって、一旦休憩することになった。アーサーはイザークとルシュドの所に向かい、ラムネと呼ばれる飲み物を貰う。
「どうやって開けるんだ」
「ここのビー玉をさ、ポンって押し込むんだってさ~」
「ほう……」
ポンッ
「!? 待て、泡が吹き出て……!!」
「平らな所でやんねーからこうなるんだよーん」
「先に言え!!」
泡立ちがある程度落ち着いた所で口をつける。
「はぁ……美味い。中身は普通のレモネードか」
「ごくごくー。ごくごくー。げふー」
「ルシュドオマエなあ、これで何本目だよ?」
「五本!」
彼は笑顔で言う横から、六本目のラムネを開けている。
「いやーそれにしても。オマエ随分サーフィンハマってたな」
「こう……何だかな。これまでにない新鮮な感覚だ。体幹を求められるのは」
「そういう感じ?」
「今まで平坦な地面で戦い続けていたからな」
「成程なあ。アーサーの感覚からすると、そんな感じかあ」
ふとイザークは手持ち無沙汰に、砂浜を見回すと――
「……おい、アーサー」
「何だ」
「あそこ見ろよ」
「ん……カタリナとリーシャ、と……?」
目を凝らすアーサー。
「……」
白い素肌に白い水着。
赤い髪がそよそよと靡いて、その笑顔は真珠よりも美しい。
「遅かったけど、やっと合流したみたいだなエリス」
「……」
「……挨拶行かねえの?」
「いや……」
エリスが自分の水着姿を見たら――
どんな言葉を言うだろうか。
「そのカッコで行くのが恥ずかしいってか? それならボクの上着貸すか? ん?」
「……いや、上だけ隠しても意味ない」
「確かに」
「なあなあ、二人、何する、これから? おれ、ビーチフラッグ、したい」
「ん~……そうすっかあ。エリス達に近い所に、エリス達に近い所に移動してやろうぜ」
「何故二回言った?」
城はそろそろ仕上げの段階。装飾などをできるだけ施し、通り抜けができるように。
エリスやカタリナが砂を固めていると、いつの間にか何処から来たのか、シルフィが興味深そうに見つめていた。
「――」
「シルフィだー。入ってみるー?」
「……」
彼女はリーシャの言葉に小さく頷いた後、ゆっくりと門をくぐる。
「可愛い……」
「ハンスが出してくれていないから気付かなかったけど、シルフィって可愛いよねー」
「主君がハンスなのが勿体無いっていうか……」
その言葉を受けて、首を横に振るシルフィ。
「そんなことはございませんっていっているのです!」
「ううーん、いい騎士だ。ハンスは誇っていい」
そこで砂浜全体に目を遣ると――
「ん……」
「あっビーチフラッグだー。イザークとルシュドと……」
「……」
「ああ、そうかエリスは初めて……」
砂山に旗を立てて、一斉に奪いに行く。
上着がひらひら風に吹かれるイザーク、水に髪が濡れているルシュド、あとサイリとジャバウォックとカヴァスに加えて、
腎部以外のほぼ全てを露出しているアーサー――
「……」
「いや~凄いデザインだよねあれ。肉体美が映える映える」
「正直目のやり場に困っちゃうんだけどね……」
「……」
「……マジで大丈夫? 思考停止してない?」
「……してた、かも……」
アーサーが自分の水着姿を見たら――
どんな顔をするだろう。
「おーい! アタシが来やがったぜー! 西瓜美味かったぞーってエリス! 来ていたのか!」
「あ、クラリアとヴィクトー……ル?」
「やっと喧嘩の調停が終わった所だ」
顔を暑さに歪ませながらもヴィクトールはサラ、そこは制服姿なシャドウはハンスをそれぞれ背中に担いでいる。どちらも気を失っているようだ。
「な、何があったの……?」
「わかんねえ!」
「こちらが訊きたいぐらいなのだが」
「おおっと、あっちもデットヒートだ!」
「ぐっ……光が目に入る……」
「チャンスだな!! 次は勝ってやる!!」
「二人共、頑張るー。おれ、見てるー。位置についてー」
「よーい」
「俺だ俺だ俺だあああああ!!!」
後方から打撃を喰らいずっこけ
「ジャバウォックオマエなあ!!」
「はははっ、気まぐれってやつさぁ!」
「全くもー。もう一回やるー。位置についてー」
「よーい、ドン!」
今度こそ走り出す。
「「うおおおおおおおおおおお!!!」」
砂を撒き散らし、思いのままに叫び、
手を伸ばして滑り込む――
「あ!! オマエ水着ズレ落ちてるぞ!!」
「何だと!?」
ずざああああああ
「よっしゃあああああーーー!!!」
「卑怯だぞお前!!!」
「やったもん勝ちよぉ~~~~っへーーーーい!!!」
旗を手に威張り散らすイザーク。義憤しながらも本当にズレていないか気にするアーサー。
そこに友人達がぼちぼち合流してくる。
「やっほー楽しんでるねえ」
「オマエらもな!」
「……あ゛ー、頭痛いわ」
「何だよこれ……どういう状況」
「ハンス、どうした。休む?」
「いや……そこまででは……ていうか降ろせや先ずは」
「……」
「……」
カタリナをじっと見つめるアーサー。
それもそのはずで、彼女を盾にするようにして、エリスが隠れていたからだ。
「……」
「……」
視線が合ってしまい膠着する二人。それ気付いて気まずい他八人。
太陽だけは能天気に輝いている。現在時刻は午後三時ぐらい。
「……そうだな。皆来たことだし、別の遊びやろうぜ!!」
突然旗を回収し、意気揚々と駆け出すイザーク。ついでにサイリも撤収していった。
「……ん?」
「あー! そういえばさ、お城良い感じにできたから見てよ! スノウがとっても頑張ったのー!」
「ワタシ休みたい。売店で何か買いたいんだけど」
「監視として同行するぞ」
「……へ?」
「ハンス、休む、しよう。おれ、付き添う」
「……じゃあお言葉に甘えて」
「アタシも腹減ったぜー! 何か食いたいぜー!」
「……あたしも行きます!!」
「……お前ら?」
「あっ、まっ、待って……!?」
エリスとアーサーの言葉に聞く耳持たず。
友人八人は、二人をそのまま置き去りにして、立ち去ってしまう。
「……」
「……」
もう隠れる物がなくなってしまった。アーサーの中にいるであろう、カヴァスも沈黙を保っている。
「……お、おはよ」
「あ、ああ」
「きょ、今日、初めて会うよね?」
「そうだな、そうだな?」
見つめ合う。視線の先は互いの目。
しかしじっと目を見続けるのは恥ずかしいもので、
どうしても、それ以外に。
「……座らない?」
「……いいぞ」
日光を吸収し、相応の熱を放出している砂浜に、座った。
「……」
「……」
アーサーは胡坐をかいて座った。足を組んだ先に視線を落とす。
エリスは両膝を曲げ、全体を押し付けるようにして座る。股の間に手を置き、そこに視線を落とす。
隣り合っているが、互いに視線を合わせる様子はない。そのまま会話を続ける。
「……アーサーはさ、どうだった? 海」
「まあ……楽しかったぞ」
「そっか……何して遊んでたの?」
「サーフィンとかビーチフラッグとか……その辺りだ」
「楽しそうだったよね。見てたよ」
「……」
アーサーは確固たる決意を固めて、エリスを見つめる。
(……くっ)
顔を見ようとしても、髪に視線を落とそうとしても、
どうにも、胸に目がいってしまう。
「……お前も、砂浜で楽しそうに遊んでいたよな」
「ん……まあね。海水が冷たくて、砂がさらさらで、気持ちよかった」
「そうか」
「……」
アーサーが再び視線を逸らしたのと入れ替わりで、
今度はエリスがアーサーを見つめる。
(……~~~っ)
目をじっと見つめようとしても、腕や肩で紛らわそうとしても、
無意識のうちに、引き締まった上半身に目が向かってしまう。
「……」
「……」
「……な、何か、新鮮、だよね」
「そ、そうだな? こんな機会、滅多にないからな?」
「一緒に、住んでいるのに……初めて、だよね」
「ま、まあ。男と女、だしな」
「……男と女、かあ」
「いや、そういう、そういう意味で言ったのではなくてな……」
「わかってるよぉ……でも、事実としてはそうじゃん……」
「……」
「……」
波が引いていく音、打ち付ける音。他に遊んでいる生徒がいる中、二人の周囲だけは静寂が訪れていて。
その中で互いに見つめ合っては、恥ずかしくなって俯いたり、
ちょっとずつ距離を詰めていったり、
何か言おうとして、結局言えなかったり――
互いが互いの心情を推し量って、寄らず離れずの微妙な距離感。
見慣れた顔、朝見る顔、夜寝る前に見てる顔。
全て同じなのに、感情はここまで違うのはどうして?
「どうよぉどんな感じよぉイザリン」
「押さないでくださいよぉリーシャン」
「なあなあ、イカ焼きあの二人にも……おおっ」
「クラリア、気持ちはわかるけど我慢なさい」
限りなく砂浜から離れた位置で、二人の動向を見守る八人。それぞれナイトメアによる魔力補正で、視力が劇的に向上している。
「くだらん。至極くだらん」
「とか言ってる割には進んで退散したよね?」
「貴様も同類だろうが」
「あれはルシュドが言うからさあ」
「ん? 何のこと?」
「貴様は素の感情だったか……」
「……」
それから暫く観察していたのだが――
相も変わらずつかず離れず――
という感じだったので、とうとう。
「……あー! もどかしい!」
「クソが! もどかしいぜ!」
我先に駆け出すリーシャとイザーク。
「もじもじしすぎよ! ここは一発言ってやらなきゃ!」
「ついでに煽ってやらねえとな!」
「ああ、ちょっと……!?」
「放置していいのか」
「まあ勝手にやらせておきましょう」
「アタシも行くぜー!」
「アナタが行くとややこしくなるから黙っていなさい」
「ぐぬぬ……じゃあ冷めちゃうからイカ焼きを食うぜ!」
「勝手にしてなさい」
「ラムネうまーい」
「ああ、ルシュドの頭がラムネにやられてる」
「「おーい!! お二人さんいい感じで……」」
どすん
「……ん?」
ずずっ
どすん
ぐるるるる
「え……地震?」
「いや、短くね? その割には――」
ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア
「えっ……!?」
「エリス、逃げ……っ!?」
最初にそれは蛸だと思った。触手が何本もあって、色が赤いから。
次にそれは牛だと思った。四足歩行で、角が生えて、顔の形は逆三角形だったから。
そしてそれは蝙蝠だと思った。蝙蝠特有の、骨格が浮き出た翅を持っていたから。
「足が……動かない? 何故だ!?」
「……!」
「エリス、お前だけでも――」
蛸、牛、蝙蝠。三つに見えた生物は、全部一つの生物だと気付いた。気付いた、気づいた、きづいてしまった。
ならそれは、砂浜の中から突如現れたそれは、一体何だと言うのだ?
「エリス!! アーサー!!」
「オマエら何してんだよ!!」
「リーシャ!! イザーク!!」
「ねえ、早く戻ろう!! あいつ見たことない姿してる!! 絶対危険だよ!!」
「わかっている、わかっている……!!」
心は十二分に理解した。あれは危険だ、戦うべき相手じゃない。
なのに逃げようにも足は動かない。
「エリス!! エリスも動けねえのか!?」
「……」
何度声をかけられても、彼女の心は呆然としていて、
足は固まってしまって、逃げるという選択肢を想起させていない。
「うーん……!! 駄目!! 全然動かない!!」
「拘束魔法か!? だったらボクが何とか――」
「解除、して……?」
イザーク、その後にリーシャ、が後ろを振り向いた
先に、居てしまった
「あ――」
「な、んだ――」
遠目から見ると、それは――
二人の生徒を
大口開いて、喰らったように、見えた
「うおおおおおおおお!!!」
「くたばれ!!!」
火を纏って駆け出すルシュド、風を操り宙を舞うハンス。
しかし――
「ガアッ……!?」
「なっ、何だよ!?」
尻尾の辺りにあった触手が
有り得ない速さで伸びた
「死ねええええええ!!!」
「沼に沈め」
クラリアが魔力で生成した爪で、カタリナがどこからともなく取り出したナイフで襲いかかるが
また触手で無に帰す
「ぐおおおおおお……!?」
「何、これ……切れない……!!」
四人の生徒が抵抗虚しく
それの肉体に取り込まれる
「
「
サラとヴィクトールが、口を揃えて呪文を唱える。
光線と剣雨が、それに降りかかって、動きを鈍らせた。
だが
「……っ!?」
「嘘……!?」
足元から
地面をせせり上がって
触手が出てきた
先しか出ていなかった触手は 地響きを上げさせ
砂浜の形を変え 全貌を現した上で
二人もまた取り込んだ
「あ……」
「……剣は」
「何で……みんな……」
「……我が剣は」
「どうして……」
「我が剣は闇を断つ――!!」
カヴァスに呼びかける。詠唱も続ける。
しかし一向に姿は変わらない。
こうして手こずっている間にも、
それは自分達を狙っているというのに――
「……!!」
触手が伸びた
「エリス!!」
拘束を解き、手を伸ばした
その手が彼女に届く前に
意識が闇に落ちた
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