第264話 ご飯とお風呂と思春期最前線

 こうして各々の訓練を終え、生徒達は自室に戻ってきた。荷物を適当に置き、汗を拭いたり消臭をしたり、やることやったら後は単純。






「飯だ!!」

「海賊形成の立食会!! 食うぞ食うぞ食うぞー!!」






 アーサーと同室の生徒は、片付けも半端に出て行ってしまう。因みに対抗戦と同じ面々なので、イザークも含む。




「あいつら……ここに来てからというものの、どうにも行動が早すぎだ」




 しっかりと自分の荷物を片付けてから、アーサーは一階に向かう。多分活動班での唯一の良心。








 食堂に向かうと、様々な料理が大皿に盛られて準備されている。メインからデザートまで選り取り見取り、好きなのを選んで食べ放題。


 その中で、手を顎に置いて悩んでいる様子のエリスを見かけた。




「エリス、先に来ていたのか」

「ん、アーサー。遅かったね」

「しっかりと片付けてきたからな」

「ルームメイトの全員片付けてきたんでしょ」

「……」


「あはは、お疲れ様。だってイザーク達すごい勢いで来たんだもん。そして今は向こうに……」

「ん……」




 エリスが指差した先には、大勢の生徒が群がっている。




 そこには『肉食べ放題』の看板がでかでかと立てられていた。






「ああ、肉か……」

「訓練を行う三日間の限定提供だって。小皿にたれをかけるもよし、岩塩プレートに乗っけて焼くのもよし。青牛っていうブルーランドの名産品なんだってー」

「名前は不味そうだな……」


「実際は太陽の光を目いっぱい受けて育っているから、脂身がすごくとろとろ……らしいよ。わたしまだ食べてないけど」

「オレも……まだいいかな。混んでいるから。それよりお前は、今何をしているんだ?」

「オリジナルろこもこー。ここにある食材を自分で盛れるの」

「ほう……」




 改めて正面を見ると、葉物野菜やタリアステーキ、目玉焼きも半熟から完全に火の通ったものまで、色々な食材が並んでいる。




「これが終わったらスイーツの方行って、そこで一回食事かなー」

「結構よそうのだな」

「よそうだけならタダだよ」


「オレは……どうするかな。特に食べたい物がない」

「わたしと一緒に食べるー?」

「そうしてもいいか?」

「うん、もちろん!」











 滴る肉汁。色づく肉身。沸き立つ匂いは食欲を的確に攻撃してくる。




 岩塩プレートが適度に肉汁を吸い取ってくれるので、ぎとつくことなく食べ進められるのだ。






「ん……美味いわねえ」

「んめええええええ!」

「アナタ少し静かにして食べられないかしら」

「……」

「いや、流石に少しは言っていいんだけどね?」




 同じテーブルで食事を行うサラとクラリア。クラリアは何度も立ち上がり、肉を始めとしたがっつり系のおかずを持ってきてはすぐに食している。




「お代わり行ってくるぜ!」

「これで何回目だと思っているのよ」

「わからねえ!!」

「ワタシもよ。行ってらっしゃい」

「行ってくるぜー!」




 またしても肉食べ放題の皿に突撃していくクラリア。






「……あら、そこで食べていたのね」

「む……」




 声をかけられたことにより、観念したのかヴィクトールは反応する。




「一人で食事なんて寂しいわねえ。ていうかハンスは」

「ルシュドと共に各地を回っている」

「ああそっちね。ならアナタも安心ね」


「……正直に言わせてもらうと、奴には感謝している。お陰で俺の負担が減ったからな」

「最近仲良いわよね、あの二人」




 そこで言葉を切り、二人で肉争奪戦に参戦中のクラリアを見遣る。




「……」

「どうした……ああ、クラリアか」


「ねえ、アイツフィールドワークではどんな感じだったの」

「街の景色に興奮していたが、指示を出すと的確にこなしてくれたぞ」

「あらそう。結構優等生だったのね」




「……話したいことはそれ以外にもあるのだろう」

「ああ、やっぱりアナタは気付いちゃう?」

「話を聞いてほしそうな目をしていたからな」

「そう……じゃ、アナタには言うことにするわ」


「何についての話だ?」

「ジルについて」




 ふむ、と言って考える素振りを見せるヴィクトール。




「アナタが話してくれたけど、クラリアがアイツのこと覚えていないっていうのがどうにも引っかかってねえ」

「それは理解できるが……」

「本当に覚えていないのか、ついでにどう思っているのか訊いてみようと思ったのよ。でもアイツ猪突猛進で常に動き回っているじゃない。だからここまでチャンスを逃しまくっててねえ。臨海遠征中に訊ければいいかなって思ったんだけど、多分無理そうね」

「自由散策の時間になったらそうはいかないだろうからな。しかし……」




 皿をテーブルに置いて考え込む。楽しい歓談とはどうにも言い難い。




「あのような性格なら覚えておいてもいいとは思うがな……」

「敢えて現実逃避している可能性もなくはないけどねえ」








 そんなこんなで食事の時間が終わり、各自自分の部屋に戻る。








「エリスー、大浴場の時間今からだけどー」

「あ……そうなんだ」

「……どうしたの?」

「ううん、何でもないよ」



 気を取り直して入浴の準備を行うが、再びカタリナに声をかけられる。



「……エリス? 何だか……乗り気じゃないの?」

「ううん? そんなことはないよ? もうそんな時間かってなっただけ」

「そっか……あ、あたしと一緒に行かない?」

「いいよー。ていうか、わたしもそうしたいって思ってたもん」








 十階程の階層の旅館。各階に大浴場が設置されており、生徒達は自分の階にある大浴場に入ることが決められている。






 エリスとカタリナも、当然そこにやってきた。現在は二年一組の生徒が使用可能、後が詰まっているので入れる時間は短めである。








「……」

「エリス、準備できたよ」

「あ、うん。わたしも……」

「……大丈夫? もうのぼせた?」

「ううん……」




 一度見たことあるはずなのに、何故か気になってしまう。




「……ねえ」

「ん?」


「カタリナって……わたしより、背がおっきいよね」

「ん……まあそうだね。数センチぐらい? いつの間にか抜いちゃったかな」

「……」




 身長が高いと、その分肉が引っ張られていく。故に細身に見えるのだ。




「時間がなくなっちゃう。早く行こうか」

「うん……」






 扉をがらがらと開けて、浴場に入る。






 大きい浴槽が一つ、蒸し風呂と水風呂が一つずつ、洗面所が数ヶ所。至って普通の観光用大浴場であった。




 既に生徒が何人も入浴中であり、その中を進んでいく。








(……)




        タオルで隠す。




(……)




        手で隠す。




(……見てる……)




        それでも気になる。




(みんな、わたしのこと……)








 そそくさと洗面所の一つに座り、石鹸で身体を擦る。






「ふう……お湯が気持ちいいよね、このお風呂」

「色々な効能がどうのこうのって……何かいいよね」

「疲れが取れていくよ……気持ちいいなあ」

「……」






 身体を洗い終え、いよいよ浴槽に入る時が来た。






「エリス……視線が気になるの?」

「へっ?」


「だってずっときょろきょろしてる……ああそっか、大浴場入るの慣れていないもんね」

「……」






 カタリナの言う通り、今までずっと離れで生活していたので、こうした大浴場に入るのは初めての経験である。イズエルトの公衆浴場とは違い、こちらは同年代の女子しかいない。




 あまり見慣れない生徒がいるので、気になっているのだろうか――






「……あのね、カタリナ」

「何?」


「わたし……やっぱり、ちょっとおかしいのかな……」

「え……? どこが……?」

「からだ……」




 そう言うエリスは、自分の胸元をじっと見つめている。




 他の生徒に比べて、発育の具合が進んでいるのは、自分でも重々自覚した。他の生徒と生活を営む経験を経て、してしまった。






「ああ……そういうことだったんだ」

「こんなにドキドキするの始めてで……それに女子でこれなら、男子はどうなるんだろう……」

「んー……」




 肩まで湯に沈まり、血を巡らせる。




「……別のことに集中するとか。見られていないって暗示をかけるとか……?」

「……」


「もうあるものは仕方ないよ……それと付き合っていくしかないって、あたしは思う」

「……」


「……無責任だよね。ごめんね」

「……ううん。カタリナはカタリナなりに、わたしのこと考えてくれているから。ありがとう……」




 今はこの沸き立つ湯気が、自分の姿を隠していてくれることを祈るばかりだ。











『砂と煙がどこまでも続く砂漠を超えて、私は遂にリネスの町に到着した。太陽は照り付け緑は育たない、そんな荒野の果てにようやく見つけた』


『この近辺には他にも栄えた都市があり、リネスは最も栄えている。それにあやかり、あの荒野をリネス荒野と呼ぶこともあるのだそう。トスカ海に面しているこの町では殆ど風が吹かず、故に海岸線はいつでも穏やかだ。人々の喧騒がより大きく聞こえる』


『交易の要として作られたこの町は、水の霊脈が隅々まで張り巡っており、荒野における一抹の希望とも言える。川が町中に走っており、そこを小舟がすいすいと移動し、輸送の主軸を担っている。住まう人々は人間も異種族も豊かだ』




『そんな町にも私の噂は届いており、町長から熱烈な歓迎を受けた。そして霊脈から魔力を頂くことを快く許可してくれたのだ。しかも有難いことに、宿まで手配してくれる至れり尽くせり。長旅の疲れが癒されるようだ』


『夜、眠る際に、宿から町を眺める。家屋にぽつりぽつりと灯る光が、絵のようになって美しい。人の営みが生み出す奇跡を見ながら、イングレンスの星空に心を溶かす--』











「……」






 イングレンスの星空に心を溶かすのなら、自分も今していると思った。


 何故か自分の方が偉いと、咄嗟に思い至ったのだ。






「よっアーサー。ここにいたんだな」

「イザー……じゃないだと」

「あ? 殺すぞ」

「もーハンス。星空、見よ?」






 旅館の各階には、外でくつろぐ為のデッキがそれぞれ建設されている。黒のタンクトップ一枚に着替えたアーサーはロッキングチェアの一つに座り、揺られながら『ユーサー・ペンドラゴンの旅路』を読み耽っていた。


 ルシュドとハンスは二人揃って、そこにやってきたことになる。他の生徒がいる中脇目も振らず接近してきた。






「いや、お前らがこっち来るとは思わなかった」

「んだよてめえ……」

「おれ、訓練、疲れたー。だから、リラックスリラックス」




 ルシュドはアーサーの隣のチェアに座る。




「ううー……関節、痛い」

「内部強化の訓練頑張ってたもんなあルシュド。ぼくはそこまで痛くねえけどさ?」

「意地っ張り」

「殺すぞ」




 ハンスも隣に座った後、これ見よがしにドリンクを飲み出す。




「ああ、ここはいい風が吹いている。やっぱ観光業やってるだけはあるね」

「珍しい、ハンスが風流だ」

「てめえさっきから何だよまじでぶっ殺すぞ」

「おれ、いいと思う!」

「そ、そうかい?」











 夜になると色んなことを考えてしまうのは--




 それが湛える空の闇に、それだけの力があるから。






「……ルシュド、ハンス。訊きたいことがある」




 改まった言い方に、少しは背筋が伸びる二人。






「……騎士王伝説。そこに出てくる騎士王について、どう思う」




 何だそんなことかと、二人は肩の力を抜いた。






「べーつーにー。ていうか所詮はめっちゃ昔の人物じゃん、どうも思わねえよ。だから仮に目の前に実在してたとしても、それがどうしたって感じかな」


「おれは……昔、だからこそ、わかんない。何思っているか、考えてるか。目の前、いてもそう、きっと。怖い……かな」




 答え終えた二人は、再び星空に視線を遣る。






「でも、急に訊いたのそんなこと、どうして?」

「名前が一緒だから気にしてんじゃねえの? 知らねえけど」




 アーサーが返答を考えていると、入り口付近がざわついているのに気付く。


 あのエルフがあんなに親しく――とまでは聞こえてきた。




「え? あの、ハンス、指差し……」

「ちっ、面倒臭えや。逃げるぞ」

「え、あ、うん?」




 ハンスはルシュドを引き連れると、そのままデッキを出ていった。










「……」




 周囲に静けさが戻ったのを感じながら、アーサーは再び椅子に身を委ねる。


 ゆらゆらと揺れ動く様は、今の自分の心境を表しているようにも思えて。






(……オレは)




(騎士王として生きるのか、人間として生きるのか――)




(どっちが正しいんだろうな)






 昔々のユーサーも、こんな風に悩んでいたのかもしれないと、少し錯覚してしまう。腰に差した鞘が一瞬光った気がした。

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